中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

SHEINの成功の秘密はイノベーションではなく改善。持続型イノベーションのお手本となったSHEIN

SHEINはもはや中国を代表する企業のひとつとなった。しかし、その成功は破壊型イノベーションではなく、広州市の既存の服飾生産業者を活用した改善の積み重ねだった。持続型イノベーションでも大きな成功を得ることができると環球企業沈浮録が報じた。

 

1000億ドル未上場企業のシーイン

中国の越境EC「希音」(シーイン、SHEIN、https://jp.shein.com/)が追加投資を獲得し、企業価値が1000億ドル(約14兆円)を突破した。企業価値1000億ドルを突破した未上場企業は、世界でも、字節跳動(バイトダンス)、SpaceXに続く3社目となる。

シーインは、そのデザインから製造、出荷までのスピードから、ファストファッションを超えたリアルタイムファッション企業と呼ばれ、150カ国で服飾品のEC販売をしているが、中国での知名度はあまりない。業界関係者の間では有名だが、消費者の間では名前を知らない人も多い。それもそのはずで、競争が厳しく、頭打ち感の出ている中国市場で成長をすることは難しいと、最初から中国市場を放棄して、海外市場での展開をしてきたからだ。

▲安くて、最新の流行スタイルがすぐに販売される。リアルタイムファッションとして、米国市場での地位を確立した。

 

ZARAを目標に、中国でつくり、米国で売る

シーインは、元々はファストファッションの大手であるZARA(ザラ)を目標に、低価格で勝負するところから始まった。大量に安くつくることができる中国の製造業の特性を活かし、同じラインの製品であればZARAの半額以下で販売をする。

ZARAを筆頭とするファストファッションの消費者たちは、価格にも敏感だ。そのため、シーインは多くの顧客を獲得することができた。特に米国では、最も販売点数の多いアパレルブランドにまで成長している。

▲シーインの創業者、許仰天。元々は検索エンジンの開発をしていたエンジニア。中国のウェディングドレスが米国では10倍の価格で売れることに目をつけ、越境ECビジネスを始めた。

 

中国産のウェディングドレスを米国で売る

シーインを創業した許仰天(シュー・ヤンティエン)は、山東省淄博市のごく普通の家庭に生まれた。2007年に青島科技大学を卒業、専攻はコンピューター科学だった。この時は、アパレル関係の仕事をしようなどとはまったく思っていなかったが、越境ECに興味を持ち、その分野でのエンジニアかプロダクトマネージャーになることを目指していた。

卒業後に就職をした南京市の奥道情報技術で、検索エンジンの最適化をするエンジニアとなった。この奥道が中国でもいち早く越境ECビジネスに挑戦をしていた。特にウェディングドレスに注目をした。中国で生産したウェディングドレスは、中国市場の価格の10倍以上で米国市場で売れるのだ。

当時の中国では、経済が好調なこともあって、派手な結婚式を開く人も増えていった。結婚式をごく質素にする場合でも、ウェディングドレスなどを着て、プロのカメラマンを頼み、記念写真を撮影する。凝った撮影をするのが普通で、これをアルバムにする。このため、ウェディングドレスの専門店が各都市にあり、販売価格も競争により下がっていた。

そこで、許仰天はウェディングドレスの越境ECを始めるため、2人の友人と、2008年10月に南京点唯情報技術を創立した。これが米国市場で好評だった。

このウェディングドレスの越境ECで資金を得た許仰天は、2011年にSheinsideというドメインを取得し、扱い品目を女性服飾品全般に広げていく。これがシーインとなった。

▲中国はウェディングドレスの生産が盛ん。近年では結婚式も開かれるようになったが、簡素な結婚式であっても結婚記念の写真アルバムづくりにお金をかける。

 

シーインの強みは、SNS活用と供給スピード

資金に余裕がなかったシーインは、米国市場でSNSピンタレスト」を活用して、商品情報を拡散していった。これが功を奏し、2012年には、会員数が25万人を超えたが、本格的な成長をするのは2017年からだ。

その理由は、デザインから販売まで、わずか7日間で可能にしたスピード感だった。SNSで流行しているデザインの製品をいち早く市場に出すというのがファスファッションだが、シーインの場合には流行しているデザインがもうECで販売されている。しかも価格が安い。ここからリアルタイムファッションと呼ばれるようになった。

▲ウェディングドレスを着て凝った写真を撮り、アルバムにする。ウェディングドレスだけでなく、コスプレなどもして何枚もの写真を撮り、お金をかけるため、大きな産業になっている。

 

若者の価格相場感を移動させ、他ブランドへ流出させない

服飾品に伝統や品質を求める中年以上にはまったく響かないが、流行や低価格を求める学生や若い女性には圧倒的な支持を受けている。ほしい服があっても、従来のファストファッションでは5着しか買えなくても、シーインなら10着買える。お金があまりない若い時代に、財布を気にせず服飾品が買えるというのは、普通ではあり得ないユーザー体験になる。これが若い世代を惹きつけている。

しかも、リピート率が高い。一度シーインで買い物をしてしまうと離れられなくなる。意識の中の価格相場が動かされてしまうと、他のブランドで買い物をしようとした時に、価格の高さに驚き、財布と相談しなければならないという悪いユーザー体験が生まれるようになってしまう。

これにより、シーインは大量の新規顧客を獲得し、なおかつ高いリピート率を維持することができている。

 

中国最大の服飾基地で打倒ZARAをねらう

シーインの転換点は、2014年に許仰天が広州市番禺区に拠点をかまえたことだ。番禺区は、服飾品の製造、問屋などが集積した中国最大の服飾生産基地の町だ。ここで、800人のデザイナー部隊を構築し、企画から出荷までを7日間で可能にする体制を整えた。

許仰天はZARAをライバルと見做し、ZARAに勝つ方法を考え続けた。ZARAは200人のデザイナーを擁し、企画から出荷までを30日から60日で可能にする。これでも当時は画期的で、ファストファッションと呼ばれた。シーインは、製造拠点の隣りでデザインをすることで、このリードタイムを大幅に短縮した。

 

協力会社に独自システムを提供、小ロット生産を可能に

さらに、独自の受発注システムを開発し、これを協力企業すべてに導入をした。生産工場では、自社が生産した製品がシーインでどの程度売れているかをリアルタイムで見られるようになる。現在の売れ行きだけではなく、機械学習による売上予測も表示される。

そして、新製品はすべて小ロット生産をする。この小ロットの売れ行きを見て、売れる可能性がある場合は、大量発注の指示が出される。製造企業では、売上予測を見ているため、発注が入る前に製造ラインの手当てができるため、発注されたらすぐに生産にかかれるようになる。

 

消費者を活用する低コストプロモーション

また、アパレルブランドは、プロモーションにも莫大な費用をかける。有名な女優やモデルを起用し、広告を打ち、ブランドの価値を高めようとする。しかし、シーインはそういうプロモーションをしない。

SNSを注視して、影響力のある普通の顧客を選び出し、積極的に情報提供をする。この顧客がSNSで情報を発信することで、商品情報が拡散をされていく。このような影響力のある普通の顧客は、KOC(Key Opinion Consumer)と呼ばれ、ユーチューバーのような情報発信、情報拡散を仕事としている人たちよりも、消費者寄りのポジションの人たちだ。報酬よりも、情報が欲しいというコアファンであり、起用のための経費も抑えられる。また、シーインの購入層にとっては、著名人やインフルエンサーが発信する情報よりも、身近な存在の人の情報の方が信頼ができる。

シーインの成功に大きな秘密はない。しかし、企画、デザインから製造、出荷、販売、プロモーションまで、すべてが合理的に考え抜かれている。画期的なイノベーションがあったというよりも、改善をすべての工程で極限まで突き詰めた結果だ。

このため、中国の服飾業では、すでにシーインが教科書になっている。多くの服飾業者が、シーインに学び、製造、流通、販売の工程を見直し、市場が飽和した中国市場ではなく、成長空間の大きな海外市場に目を向けている。第2、第3のシーインが登場してくることはほぼ確実だと見られている。