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SHEINの成功で変わる下町工場地帯「広州市番禺区」。AIが導入され、家内制手工業から技術志向の生産基地へ

ファストファッション「SHEIN」が成功をしたことで、その生産基地である広州市番禺区の下町工場が劇的に変わり始めている。作業工程や担当者のアサインはAIが提案するようになっている。従業員も技能を身につけることですぐに給料が上がるようになり、技術志向の生産基地に変わろうとしていると数智前線が報じた。

 

SHEINの成功により変わる下町工場地帯

広東省広州市番禺区には、服飾関係の零細・中小の工場、企業がひしめいている。番禺区政府の統計によると、2022年3月時点で、服飾製造業が7281社、服飾卸・小売業者が3万4689社ある。いわゆる下町工場地帯だ。

この7281社の工場のうち、約1000社がSHEIN(シーイン)と製造契約を結び、そのうちの400社程度はほぼSHEIN専門になっていると言われる。このため、この番禺区の一角は通称「希音村」(シーイン村)と呼ばれるようになっている。

工場といっても、家族経営も多く、家内制手工業の香りが存分に残っている。普通であれば将来性の限られた地場産業だったが、SHEINの桁外れの発注がこの地域を変えている。下町工場がAIシステムを導入し、働き方が大きく変わってきているのだ。

広州市番禺区の典型的な風景。中国のどこの都市にもある下町工場地帯だった。この街がSHEINの成功により変わろうとしている。

 

SHEINと番禺区の切っても切れない強い関係

SHEINのビジネスの最大のポイントは小ロット生産だ。100着が基本になっており、ファストファッションの発注ロットの1/5から1/10の小ささだ。これでは小さな工場でも赤字になるが、SHEINのECでの売れ行きはリアルタイムでわかるようになっており、週に30着売れると、50点から300点の追加発注が自動的にかかる。この追加発注で、工場は利益を出すことができるようになる。

この小ロット生産はアパレル業界が抱えているさまざまな課題を解決した。ファストファッションは消費者に大量消費を促し、環境に対する関心が高まっている時代に合わないと批判をされる。しかし、実際には消費者が衣服を廃棄するよりも、アパレル企業による廃棄の方が環境にとっては負担になっている。多くのアパレル企業はシーズンごとに大ロット発注を行うため、売れ残りが大量に出て廃棄をせざるを得なくなる。割引販売をしたり、ブランドマークを取り除いて途上国で再販する試みも行われているが、ブランド価値を毀損することを恐れて、焼却処分をする例が多い。

SHEINのような小ロット生産では、このような売れ残りは出ないため、環境にも負荷を与えない。さらに、在庫、流通経費も大きく低減することができ、多品種生産ができるため、ヒット商品の確率があがり、なおかつ販売しながらA/Bテストを行うこともできる。

SHEINは、このような手法を考案して番禺区の下町生産地帯に目をつけたのではなく、先に番禺区に目をつけ、そこからビジネスを組み立てていった。つまり、小ロット生産が優れているという発想ではなく、「番禺区では小ロット生産しかできないからどうすればいいか?」という発想でビジネスを組み立てていったのだ。

▲SHEINの本社。広州市番禺区の下町工場地帯にある。この一帯は、シーイン村と呼ばれるようになっている。

 

製造工程はAIが考える下町工場

そして、今、SHEINが番禺区の下町工場を変え始めてる。より、低価格にし、より利益を増やすために、下町工場にもITシステム、AIの導入が進んでいるのだ。

すでに新しい服の生産の作業工程は、人ではなくAIシステムが提案をするようになっている。新たな服を生産する時、パターン(型紙)から、製造工程に分解をしていく。ダウンジャケットやワンピースでは数百の工程が必要になる。

この工程は、実際にラインに流してみて、修正を加える必要があり、通常はチームで1週間から2週間かかることになる。しかし、SHEINでは、発注から1.5週で納品をしなければならない。

そこで、この製造工程を組み上げる作業をAIが代替するようになっている。従来の類似をした製造記録から製造工程を出力し、実際に動かしてみて、各工程の作業効率を測定する。ボトルネックになっている工程をすぐに発見することができ、AIはすぐに修正プランを提示してくる。

▲製品はレールを伝って、次々と各工程担当者に流れていく。技術を磨けばすぐに給料が上がる仕組みになりつつある。

▲作業工程はすべて測定され、人別、工程別の作業効率が測定される。これに基づいて、AIは作業工程のプロセス、担当者を修正していく。

 

誰が担当するかもAIが決める

さらに、AIシステムは、どの工程に誰を担当させるかも提案をしてくる。人別に作業効率が測定をされ、どの人はどのような工程に向いているのか、作業効率の上昇度(成長度、習熟度)はどうなのかを判別し、最適なスタッフがアサインされる。

初めての工程を担当する場合は、スタッフの前のタブレットにその工程の標準作業を録画したビデオが繰り返し流され、スタッフはそのビデオを見て学ぶことになる。この学びの速度もAIシステムは測定をする。

▲作業工程は、手順ビデオが作成され、それを見ながら手順を学ぶ。学んだ技術が増えれば、それに応じて給料があがるため、スタッフも真剣に取り組む。

 

班長のいないフラットな組織。若いスタッフは歓迎

これが工員の働き方を変えている。以前は、何もよりも重要なのはチームワークだった。そのため、班長は仕事が終わると、スタッフを食事に誘い、チームの結束力を高めるのも重要な仕事のひとつになっていた。

しかし、このようなことも必要がなくなり、班長という中間管理職も必要なくなり、工場長とスタッフというフラットな組織構造になっていった。

このような人間のコミュニケーションがない働き方は受け入れられないのではないか?確かにベテランスタッフたちから反発はあった。しかし、若いスタッフたちからは歓迎をされている。スタッフごとの成長度、作業効率が厳密に測定できるようになったため、給与に関しても効率をあげられるスタッフは高くなり、効率のあがらないスタッフは低くなるという、公平な能力給の部分が大きくなっていった。従来の工場スタッフというのは、高給を得るには長い時間をかけて経験を積み、班長や工場長になっていくしかなかった。しかし、今では、技能ですぐに給料が上がる。このスピード感が若い世代に受け入れられている。

▲作業工程もAIが提案する。作業効率が測定され、問題があると、AIが作業工程を修正してくる。

 

作業の標準化が進み、人材の流動性も高くなった

また、このようなAIシステムによる工程の提案が、業界そのものを変えようとしている。従来は、ブランドごとに独特の工程や仕組みがあり、Aというブランドの生産を行う工場では、Aというブランドのやり方を学ぶことになる。その工場で熟練をしたスタッフが、Bというブランドの生産を行う工場に転職をした場合、能力をすぐに発揮できるとは限らない。Bのやり方を学ぶ必要があるからだ。

しかし、AIシステムによる工程提案が進み、作業の標準化が急速に進んでいる。そのため、あるスタッフが転職をしても、すぐに能力を発揮できるようになり、すでに給与や待遇のいい工場を選んで渡り歩くスタッフも現れるようになっている。業界全体で作業の標準化が進むということは、さらに効率を上げることになり、コストを下げることになる。

番禺区の下町工場は、従来の牧歌的な家内制手工業の段階を脱し、一種の職能集団化が始まっている。そのきっかけとなったのは、SHEINによりもたらされた大きな富だ。