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市長はフィリピン人ではなく中国人だった。身分詐称の市長は中国のスパイだったのか?

フィリピンの郊外の街、バンバン市の市長、アリス・リアル・グオが、フィリピン人でもなくアリス・グオでもなく、まったく別の中国人であることが発覚をして、フィリピンの小さな街が揺れている。各メディアは、この中国人女性が、中国のスパイであり、何らかの工作活動に従事していた可能性を指摘していると南方人物週刊が報じた。

 

違法カジノ施設から救助を求めたマレーシア人

ことの起こりは、このバンバン市にあるバオフと呼ばれる施設から、マレーシア人のディランという人物が、駐フィリピンのマレーシア大使館に助けを求めて電話をかけたことから始まる。

このディランは、友人の誘いに応じて、春節旧正月)のお祝いをするためにバオフを訪ねた。豪華な料理とお酒と女性がいて、ディランはすっかりくつろいでいたが、いつの間にか友人の姿が見えなくなってしまった。すると、バオフの責任者と称する人物が現れて、ディランの携帯電話を取り上げ、「あなたには30万ペソ(約75万円)の借金があり、それを返すためにここで半年間は無給で働かなければならない」と告げた。

納得がいかないディランは逃げようとしたが、屈強な男たちにさんざん暴行を受けて監禁をされてしまった。

▲家宅捜索を受けたPOGOの施設。この中で、さまざまな犯罪が行われていた。

 

犯罪の巣窟となっているフィリピンのPOGO

このバオフという施設は、POGO(Philippine Offshore Gaming Operator)と呼ばれるものだった。海外向けにオンラインカジノを提供する業者だ。多くの国で、賭博はカジノなどの許可を得た施設以外では禁止をされているが、賭博をしたいニーズはある。そこで、オンラインで賭博を提供するというのがPOGOだ。最も多く利用されているのが中国で、中国ではマカオなどを除いて賭博が禁止をされているため、手軽にスマートフォンから楽しめるオンラインカジノの人気が高まっている。もちろん、中国人が海外のオンラインカジノを利用することは違法行為にあたる。

オンラインカジノだけであればまだしも、そこにはマネーロンダリングから始まり、ロマンス詐欺、仮想通貨詐欺、投資詐欺、麻薬取引、人身売買、誘拐、売春、殺人と、ありとあらゆる犯罪がついてくる。

フィリピン政府はこのような海外カジノ業者による犯罪に頭を悩ませたが、彼らが得ている経済的利益は魅力的なものだった。そこで、フィリピン政府は2016年にこのようなカジノ業者を公認し、法人税を徴収することにした。フィリピン娯楽賭博公社(Philippine Amusement and Gaming Corporation、PAGCOR)を設立し、一定の審査の元、カジノ業者をPOGOと認定し、オフショアオンラインカジノの運営を認めた。

 

各国から批判を浴びるオンラインカジノ施設POGO

しかし、POGOはフィリピン人は利用することができず、外国人だけが海外からオンラインで利用することができる。外国、特に利用者の多い中国にしてみれば迷惑な話で、中国政府は何度となく、フィリピン政府に対してPOGOを禁止するように求めている。その結果、マルコス大統領は2024年末までにPOGOを廃止する宣言をした。

バオフもこのようなPOGOのひとつで、約8万平方mの敷地(サッカー場9つ分)の敷地に14の建物とスーパー、レストランがある。家宅捜索を受けた時、678人が働いていて、内訳はフィリピン人383人、中国人218人、ベトナム人55人、マレーシア人16人などで、その他、ルワンダインドネシアキルギスタンなどの国籍の者もいた。

オーナーは黄志楊という中国人で、2019年にバオフを設立し、許可を取り、POGOの運営を始めた。しかし、仮想通貨詐欺が発覚をし、2023年2月にPOGOの資格が剥奪をされた。それでも、黄志楊はPOGOとしての運営を続けていた。つまり、バオフは違法POGOだった。

 

違法POGOの運営に市長が関与していた

この違法POGOにマレーシア人のディランが監禁をされ、ディランは携帯電話を手に入れ、マレーシア大使館に助けを求めた。この時、暴行の後が残る自分の写真も送ったために、マレーシア大使館はすぐに大統領府反組織犯罪委員会(Presidential Anti-Organized Crime Commission、PAOCC)に通報をした。PAOCCもマレーシア大使館からの通報であるため、すぐにバオフに対して家宅捜索を行い、違法POGOの摘発を行った。

ところが、その捜査の過程で、意外な事実が明らかになった。このバオフの建物の多くは、バオフがあるバンバン市の市長が維持費を支払っていたのだ。バンバン市の市長はアリス・グオというフィリピン人で、市長に立候補するまでは、このバオフの株を50%所有していたこともわかった。立候補する時に、すべての株式をあるフィリピン人に売却したことになっていたが、そのフィリピン人は、自分が株式を譲渡されたことを知らなかった。つまり、株式譲渡は偽装であって、この違法POGOであるバオフの実質的なオーナーはバンバン市長ではないかという疑いが出てきたのだ。

▲バンバン市議会で答弁するアリス・グオ市長。いつもにこやかで、市民からの支持は高かった。

▲バンバン市の公式サイトには、アリス・グオ市長の写真とメッセージが掲げられている。バービー好きのアリス・グオ市長は、ピンクをアイデンティティカラーに使っていた。

 

市民から人気の高かったアリス・グオ市長

意外なことに、2022年6月に就任したアリス・グオ市長は、市民からの人気が高かった。前市長は既得権益にどっぷりと浸かった人であり、バンバン市にはたまに顔を出す程度で、自分はマニラ市の快適なマンションで暮らしていた。人口わずか8万人で、農業中心で、道路は穴ボコだらけ、停電が日常的というバンバン市は発展から取り残されていた。

しかし、そこに若くてチャーミングな女性市長候補が颯爽と登場した。アリス・グオは養豚業で成功し、12の企業を所有しているやり手のビジネスウーマンだった。市長に就任すると、さっそくセブンイレブンマクドナルド、フィリピン最大のファストフード「ジョリビー」を誘致して持ってきた。

アリス・グオ市長はバンバン市に常駐し、健康センターを設立し、道路を修繕し、犬と猫にはワクチンを接種した。交通ストライキが起きると、市民のために無料のライドシェアサービスを提供した。結婚式や葬儀、イベントがあると、現場に現れて、テントと椅子を無償で貸与した。高齢者の誕生日には、必ずバースデーケーキを贈る。

バービーが大好きで、いつもピンクの服を着ている。決して美人ではないものの、親しみのある笑顔で人に接し、「最近太ってしまって」とお腹の肉をつまむ。市民は誰もが、そんなアリス・グオ市長が大好きだった。

ところが、この市長が、裏世界とも言えるPOGOにどっぷりと絡んでいたのだ。市民は大きなショックを受けた。

▲市長時代の郭華萍。親しみやすい笑顔で、市民との距離が近い、人気の市長だった。

▲アリス・グオ市長は、親しみやすい笑顔と行き届いた市民サービスで、市民からの人気は高かった。

▲POGOとの関係で、警察で取り調べを受けるために同行を求められたアリス・グオ市長。この時は、大きな問題ではないと楽観をしていた。警察も、相手が市長であるため、丁重に扱った。

 

公聴会で発覚した市長の「身分」

PAOCCの捜査が終わると、アリス・グオ市長はフィリピン政府が行う公聴会に召喚された。市長と違法POGOの関係を追求することが目的だ。

それでも、市民は大好きなアリス・グオ市長を応援した。SNSでは、市民からの「アリスを信じている」「アリスが帰ってくるのを待っている」というメッセージで溢れ返った。

しかし、その市民の期待は裏切られることになる。公聴会で、アリス・グオ市長は実はアリス・グオではなく、まったく別人の中国人であることまでが発覚をしたからだ。

フィリピン国家調査局が、アリス・グオの身分照合をしてみると、アリス・グオというフィリピン人は実在したが、顔がまったく違う。しかも、この本物のアリス・グオは所在がわからなくなっていた。

では、市長はいったい誰なのか。フィリピン国家調査局は指紋から照合をして、中国籍の郭華萍(グオ・ホワピン)であることを突き止めた。中国人がフィリピンの市長になることはできない。

公聴会に出席する郭華萍。ここで郭華萍の身分が虚偽のものであることが明らかになっている。郭華萍は残りの公聴会を無断欠席して海外に逃亡し、インドネシアで拘束された。

 

借金でフィリピンに逃れた郭一家

アリス・グオ市長は、公聴会では、あくまでもフィリピン人のアリス・グオであると言い張ったが、議員たちの追及に矛盾のある回答を重ね、もはや中国人の郭華萍であることは明らかだった。

この問題は、フィリピンや中国のメディアも取り上げることになり、調査報道により、郭華萍の生い立ちが次第に明らかになっていった。

郭華萍は1990年8月31日に、福建省晋江市に生まれた。父親は地元で養豚業や服飾工場、刺繍工場、飲食店を経営する人で、裕福な家庭だった。弟と妹が生まれ、絵に描いたような幸せな一家だった。しかし、90年代後半になると、父親の事業が思わしくなくなり、多額の借金を背負うことになってしまった。

母親は、借金から逃れるために、フィリピンのホワフェイ刺繍センターに7.5万ドルの投資をした。フィリピンに投資をすると、特別投資居住ビザが取得できるからだ。母親は3人の子どもをつれて、フィリピンに移住をした。

中学生になっていた郭華萍は、フィリピンの中国語学校に通うことになった。しかし、中国籍のままでは、フィリピン政府のパスポートを取得することはできない。中国のパスポートを取得するには中国に戻らなければならない。しかし、パスポートがないので中国に行くこともできない。

そこで、多くの海外在住の中国人がするように、業者から戸籍を買って、フィリピン政府のパスポートを取得した。この時、買ったのがアリス・リアル・グオのもので、以降、郭華萍はフィリピン人のアリス・グオとして生きていくことになった。

▲郭華萍の生まれた町、福建省晋江市では、アリス・グオが郭華萍であることは周知の事実で、市長に当選した時に、地元の商工会は、新聞にお祝いのメッセージ広告を出している。

▲左が郭華萍、右がアリス・グオ。アリス・グオというフィリピン人は実在をしたが顔は似ても似つかない人物だった。本物のアリス・グオは所在不明になっている。

 

養豚業で成功し、POGO運営者と知り合う

中学を卒業したアリス・グオは、養豚業を始めて懸命に働いた。儲けたお金を様々な商売に投資をし、30歳になる頃には若い女性資産家として知られるようになっていた。

2019年、アリス・グオは中国人、黄志楊と知り合いになった。豚肉の販売の仕事を通じて、飲食店のオーナーである黄志楊と知り合いになり、バンバン市郊外に土地を買わないかと誘われた。この黄志楊は、フィリピン最大級のPOGO「ラッキーサウス99」を運営しており、大儲けをしていた。バオフに土地を買ってくれれば、自分がPOGOを運営すると言う。

なぜ、黄志楊は自分で土地を買わずに、アリス・グオに話を持ちかけたのか。アリス・グオは知らなかったが、黄志楊はこの時、すでに中国政府から国際指名手配を受けていて、表に名前が出ることは非常にまずいことだったのだ。そこで、善良そうな中国系フィリピン人で、真っ当なビジネスで資産を築いているアリス・グオを表向きのオーナーとしてPOGOを運営しようとした。

アリス・グオもPOGOがグレーなビジネスであることは承知をしていたが、フィリピン政府のPAGCORの公認が取れるのであれば問題ないと考えた。これによりバオフの運営が始まる。

▲事件の舞台となったPOGO施設。サッカーコート9つ分の広さがある。右にある建物が市庁舎で、市庁舎のすぐ裏が犯罪の巣窟になっていた。

 

POGOを偽装譲渡して市長選に立候補

2021年になると、アリス・グオは純粋な気持ちからバンバン市に貢献をしたいと考え、市長選に立候補をすることを決意した。そこで引っかかったのが、バオフのことだ。政府公認のPOGOなのだから、何も後ろ暗いことはないと言っても、実態は犯罪の巣窟のようなことになっている。クリーンな市長がPOGOのオーナーであることは問題になりかねないと考え、バオフの株式をすべて譲渡することにした。

その譲渡先は、近所にあるパソコンショップの店主だ。この店主は、自分がバオフの株主になっていることを知らず、登記簿に記載されている納税者番号や署名も出鱈目なものだった。つまり、形だけ株式を譲渡したことにして、実際は自分が所有したままにしたのだ。

これが大きな失敗となった。バオフの違法行為が明るみに出て、アリス・グオ市長との関わりも明らかとなり、さらには自分の出生の秘密まで暴露されてしまった。

数回にわたって開催された公聴会も、郭華萍は無断欠席をし、まだ生きているパスポートを使ってマレーシアに出国した。しかし、インドネシアで拘束され、フィリピンに強制送還され、警察に勾留されている。

▲市長選に立候補した郭華萍。前任の市長を批判し、バンバン市を発展させると約束し、人気を得た。

 

郭華萍は中国のスパイだったのか?

郭華萍が中国政府のスパイあるいは工作員であったのかは、これから取り調べられることになる。しかし、中国に事情があっていられなくなり、海外に逃れ、そこで懸命に働いて、幸せをつかみ取ろうとした典型的な華人の一人のようにも見える。いずれであったかは、今後の取り調べで明らかになっていく。

また、2024年末までに違法化されるPOGOの業者たちは、中東へ移住を始めている。アラブ首長国連邦は、2023年に商業賭博監督総局(GCGRA)を設立し、カジノやオンラインカジノの業者を監督しようとしている。