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フォクスコンでは、機械をつくるのではなく、自分が機械になる。転換期に差し掛かった鴻海

フォクスコンは、台湾で創業された企業だが、深圳に工場を設立して以来、中国各地に拠点を持ち、中国を代表するEMS企業として知られている。しかし、製造品質を高めるために、業務が過酷であるため、フォクスコン以外のEMS企業を選ぶ若者も増えている。一時代を築いたフォクスコンも転換期に差し掛かっていると騰訊網が報じた。

 

世界最大のEMS企業「フォクスコン」

台湾のEMS(製造請負)企業「鴻海」(ホンハイ)。中国でのブランド名は「富士康」、国際ブランド名は「FOXCONN」(フォクスコン)となる。

世界最大のEMS企業であり、1988年に深圳に最初の工場を建設して30年、30カ所以上の拠点をつくり、従業員数は100万人を超える。これはもはや地方都市の人口に匹敵をし、電子機器製造の分野での存在感は大きい。

こんな笑い話がネットでは流布をされている。「フォクスコンに勤めていた工員が、技術を高めてより報酬の高い仕事に就こうと、辞職をして専門学校に通った。卒業する時に勧められた就職先はやっぱりフォックスコンだった」というものだ。

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▲フォクスコンは仕事は厳しいが、待遇は悪くない。そのため、農村出身者にとっては憧れの職場にもなっている。

 

オイルショックを乗り切った鴻海プラスティック

創業者の郭台銘(グオ・タイミン)は、生まれた家庭が貧しく、働きながら自分で学費を稼いで学校に通った。船会社で働いていた24歳の時、偶然のことから、ある外資系企業が台湾でプラスティック部品をつくってくれる企業を探していることを知った。郭台銘はこれはまたとないチャンスだと感じた。20万台湾ドル(約83万円)を借金し、友人と「鴻海プラスティック」を創業した。

しかし、創業してすぐにオイルショックが起きた。1973年に、中東産油国原油価格を70%も引き上げたことにより、あらゆる原材料費が高騰し、狂乱物価と言われるインフレが発生した。日本では、「トイレットペーパーや洗剤がなくなる」というデマが流れ、そのデマを信じた人が買い占めに殺到し、実際に商品が店頭から消えるという事態まで生じた。

鴻海プラスティックも原材料費は高騰をするが、納入価格は急には上げられないということから倒産の危機に陥った。共同創業者の中には会社を離れるものもでてきた。それを支えたのが、郭台銘の妻だった。あちこちを駆け回り、借金をしては、鴻海プラスティックの運転資金に充てた。

 

テレビの請負製造が転機となる

その苦しい中で、幸運もあった。鴻海プラスティックはモノクロテレビの大量製造の仕事を獲得した。これで200万元(約3600万円)を稼いだ。

これにより、社名を「鴻海精密工業」に変更し、日本から工作設備を導入し、製造会社の「富士康」(フォクスコン)を設立した。

1980年代に、フォクスコンは成長期に入った。PCのマザーボードからテレビゲーム機、はてはコネクタまで、製造するものは選ばず、なんでも受けた。ただし、大量注文である必要があり、単価を安くして競争に勝ち抜いていった。すぐに1000名の従業員数があり、2.5億元(約46億円)の売上があるEMS企業に成長した。

 

暴君と呼ばれる郭台銘

郭台銘には、社内から「暴君」と呼ばれることがある。強い野心を持ち、かつてこう語ったことがある。「企業の中では、民主的というのは最も効率が悪い。経営者は正しい横暴さを持つべきだ」。

フォクスコンも規律が厳しく、企業というよりは軍隊に近い雰囲気だという。誰もが郭台銘に服従することが求められ、上級管理職は「郭台銘語録」を暗記することが求められる。

このような中で、1988年に、フォクスコンは深圳に500ムー(33ヘクタール、東京ドーム7個分)の土地を購入し、中国に進出をした。1993年には、深圳の龍華区に1500ムーの土地を購入し、龍華科技工業園を建設し、これが現在でもフォクスコン最大の拠点となっている。

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▲フォクスコンの創業者、郭台銘。非常に厳しいワンマン経営者で、時には「暴君」と呼ばれることもある。経営者には「正しい横暴さ」が必要だと語ったこともある。

 

フォクスコン工場はひとつの都市

深圳のフォクスコンの規模は普通の人の想像を超えている。従業員数は45万人もいて、標準的な地方都市の人口と変わらない。フォクスコンは企業というよりも、社会であり、キャンパスの中には工場だけでなく、社員寮、病院、飲食店、銀行、スーパー、ネットカフェなどがあり、消防隊まで備えられている。社員は食事のたびに10.6トンの米を消費する。

深圳以外にも、フォクスコンは崑山、北京、杭州、上海、天津、太原などにも拠点を持ち、36の子会社を持ち、82万人の工員が働いている。

 

遠くから眺めれば天国、中に入ると牢屋

ネットで流布するフォコスコンに対する形容でこのようなものがある。「フォクスコンは、遠くから見ると天国、近くから見ると銀行、中に入ると牢屋」。

フォクスコンに勤めた経験がある人は、「牢屋」という形容が決して大袈裟ではないと言う。フォコスコンでの規律は軍隊のように厳しく、勤務中に私語をすることは許されない。笑顔を見せただけで注意される。社員寮に帰っても、数々の規律がある。自分らしくいられるのは、外に食事に行った時か、ベッドの中で寝ている時だけだという。

郭台銘は、たびたび、中国で大量の雇用を生み、貢献をしていると語るが、フォクスコンの工員たちは素直に喜べない。フォクスコンが大量の雇用を生み、報酬に関しても仕事の内容に比べて手厚いのは確かで、多くの農村出身者がフォクスコンで働くことを夢を見て深圳に出てくる。その意味では、郭台銘の言葉は正しいのだが、あまりに規律が厳しく、自分たちが人ではなく、工業部品になったように感じられる。そこに多くの工員が不満を持っている。

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▲作業中は私語は禁止。笑顔を見せても注意をされる。ラインには監視をする役目のスタッフがいる。

 

一挙手一投足に時間が定められているマニュアル

この言葉は大袈裟ではない。実際、フォクスコンでのライン作業については、厳格なマニュアルがあり、手作業をするときも、姿勢のつくり方から、先に左手を使うのか右手を使うのかまで細かい規定がある。さらに「I工程」と呼ばれるマニュアルがあり、すべての作業が、この作業は2秒、この作業は6秒などと時間が定められている。すべては生産性をあげるためのものだ。

フォクスコンでは作業が発生すると、それを工員の作業効率から計算をし、納品時期や1日の作業量が決定される。しかし、この時の計算が、工員が残業をすることが前提なのだという。それだけではない。1日目にノルマをクリアをすると、より効率があがったとして作業量が再計算される。つまり、ノルマを達成しなければペナルティが与えられ、ノルマを達成すると翌日のノルマが増える。

ネットではこう言われている。「フォクスコンに入って機械をつくるのではなく、自分が機械になるのだ」。

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▲フォクスコンでは、すべての作業に時間が定められている。マニュアルを徹底させていることがフォクスコンの質の高さの理由だ。

 

待遇改善をするライバル、海外に進出するフォクスコン

このようなことが2010年には、16人の工員が次々と飛び降り自殺をするという事件につながり、一般の中国人のフォクスコンに対する見方も変わってきている。さらに、2004年以降、フォクスコンに勤めていた王来春が創業したEMS「立訊」を始めとして、歌爾(GoerTek)、舜宇(サニー・オプティカル)などのEMS業務を行うフォクスコンのライバルが登場し、力をつけている。いずれに共通しているのも、工員の労働環境の改善であり、多くの従業員がフォクスコンよりもこちらの企業を選ぶため、工員の質があがり、それが業績にも反映されるいい循環が生まれるようになっている。

一方、フォクスコンは、インドやベトナムに進出をしようとしているが、なかなかうまくはいっていない。ベトナムでは人件費が中国の1/3で、作業効率は中国の70%程度であることから進出をしたが、作業効率があがらないままに人件費が高騰し始めている。

インドでは、2021年の12月に、大規模な食中毒事件が起こり、1名が死亡した。これにより大規模な抗議活動ストライキが起き、工場を閉鎖せざるを得なくなった。

フォクスコンは、中国でも海外でも追い詰められている。中国のEMS業界は、フォクスコン一強の時代から変わり始めようとしている。