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消えゆく深圳・華強北のiPhone密輸業者。iPhone 14 PlusとProMaxの不人気ぶりがとどめに

深圳市の華強北のiPhone密輸業者たちが苦境に立たされている。以前からECなどの圧迫を受け、商売としては厳しくなっていたものの、2022年秋のiPhone 14のPlusとProMaxの不人気ぶりにより、大量の在庫を抱え、大損をし、廃業をする業者が続出していると媒体が報じた。

 

iPhoneの密輸をしていた商店主も廃業を決意

電子製品であればなんでも手に入れることができる深圳市の華強北(ホワチャンベイ)。その華強北も、ECによる圧迫を受け商売が難しくなっているところに、新型コロナの感染拡大の影響により、商売を閉じる人が続出している。

この華強北で10年にわたり商売をし、大儲けをさせてもらった林さん(仮名)も、商売をやめて、故郷に帰る決心をした。林さんが扱っていたのは、密輸品のiPhoneだった。

▲華強北の典型的な店舗。ショーケースで囲って店舗にしている。このような店も空き店舗が目立つようになっている。

 

関税がない香港は買い物天国だった

アップルは、新製品を発表するタイミングで価格改定をする。その時の為替レートを参考に米国以外での販売価格を決めるが、これまで香港のiPhone価格は周辺国と比べて非常に安かった。なぜなら、香港には関税がないためだ。香港は都市国家であるために、農業、工業といった産業がほとんどない。そのため、食料品から日用品、ブランド品まで90%以上の物資を輸入に頼っている。関税というのは、輸入品から国内産業を保護するためにかけるものだが、香港の場合は、その保護すべき産業がないために関税の必要性がない。むしろ、関税をなくして市民に低価格で輸入品を購入できるようにした方が小売業が盛況になる。これにより、香港は海外からもブランド品を買いにやってくる「買い物天国」となり発展をした。

 

安い香港iPhoneを密輸して、中国で売りさばく

iPhoneも同じで、中国で購入するよりも、香港で購入をして中国に持ち込む方が安く済む。ただし、1つであれば個人用とみなされ関税はかからないが、複数個であると販売用とみなされ関税がかかり、結局、中国国内の販売価格と変わらなくなってしまう。

そこで、登場するのが密輸だ。このような密輸品は「水貨」と呼ばれ、林さんの商売は、iPhoneを大量に密輸をして、華強北で売りさばくことだった。華強北の飛揚時代ビルは、この水貨のメッカとなっている。林さんの店もこの飛揚時代ビルの中にあるが、店舗ではなく、広いフロアの中にガラスのカウンターで囲ったスペースだ。そして、「iPhone販売」ではなく、「iPhone修理サービス」という看板を掲げている。しかし、林さんには修理をする技術はなく、修理をしたこともなかった。

▲密輸されたiPhone。夜に船を仕立てて、香港で購入したiPhoneを深圳に持ち込む。

 

個人持ち込みと船で密輸の2つのルート

林さんが水貨を入手するルートは2つある。ひとつは人を雇って香港に行かせて、香港のアップルストアiPhoneを購入させ、深圳に持ち込ませ、それを買い取るというものだ。以前は、通関検査も甘く、3つや4つぐらいのiPhoneであれば、荷物の中に隠して持ち込めば発見されることは少なかった。発見されたとしても、関税を支払えば、利益はなくなってしまうが、大きな問題にはならなかった。

しかし、このようなやり方では、なかなか数が確保できない。そこで、深圳湾で密輸船を仕立て、闇に紛れて、香港で購入したiPhoneを大量に持ち込む。ずばり密輸で、発覚をした時のリスクは大きいが、一度に100台から1000台のiPhoneを持ち込むことができる。

 

コロナ禍により個人密輸が壊滅

この水貨は、林さんのように、華強北で危ない商売をする商店主に大儲けをさせてきた。ところが、この商売がコロナ禍により大きな打撃を受けた。

中国では、新型コロナウイルスが物体に付着をして感染源になっていると信じられていて、コロナ禍に入ると、宅配便はほぼすべての荷物が消毒をされるようになった。特に厳しくなったのが、海外からの輸入品で、念入りな消毒が行われる。このため、旅行者が税関で厳しい検査を受けることになり、バッグにiPhoneを隠して密輸をすることがきわめて難しくなった。消毒のために、バッグの隅々まで調べられ、複数個を持ち込もうとしたiPhoneが見つかってしまって、関税が請求される。これで個人ルートは壊滅状態になってしまった。

▲深圳市の華強北では、香港から密輸をしたiPhoneが大量に売られていた。以前は、香港のiPhone価格が安かったために、関税を免れて密輸をすれば、その差額がまるまる利益となった。

 

中国内でのiPhoneの実勢価格が下がり続ける

もうひとつは、iPhoneの中国内での国内価格が下がり続けていることだ。中国でもiPhoneの人気は高く、国別では米国に次ぐ大きな市場になっている。このため、ECがiPhoneは集客力のある商品だと考え、さまざまな手法で割引を行う。

最も大きかったのは、ソーシャルEC「拼多多」(ピンドードー)が2019年から行なっている「百億補助」だ。iPhoneの販売価格そのものを下げてしまうと、ダンピングになって違法になってしまうため、販売価格はそのままで拼多多が補助金を出すという建て付けでの割引販売を行った。時期によっては、アップルストアでの販売価格よりも1000元ほど安くなることもあり、拼多多は大量の新規顧客を獲得した。

これに京東(ジンドン)なども続き、iPhoneの実勢価格は大きく下がっていった。アップルストアもこれ以来、中国での販売価格を戦略的に引き下げていき、現在では香港での価格と中国国内での正規価格の差はほとんどなくなっている。水貨業者にとっては、商売の旨みがほとんどなくなってしまった。

▲現在のiPhoneの現地価格をドル換算した価格。中国と香港の価格差がなくなってしまったため、香港から密輸をして中国で販売をする密輸業者が壊滅状態になっている。

 

PlusとProMaxの不人気が密輸業者にも打撃

水貨業者にとって、稼ぎどきは毎年秋のアップルの新製品発売時期だ。新製品が発売されてもしばらくの間は在庫がじゅうぶんに回らないため、どこでも在庫切れとなり、購入しても商品は1ヶ月待ちというようなことが少なくなかった。この時期は、iPhoneの新製品の実勢価格が高騰をする。人によっては、早く新しいiPhoneを触りたい、周りに自慢をしたいということから、2倍以上の価格でも買う人がいる。

しかし、2022年の秋はiPhoneの相場価格がまったくあがらなかった。iPhone14は、前のモデルであるiPhone13と同じA15チップを使い、性能を含め、機能面でも大きな改善はなかったためだ。さらに、価格があがりすぎて、iPhone PlusとProMaxは想定よりも売れていないため、実勢価格も価格以上にはあがらない。水貨業者はiPhone14シリーズの大量在庫を抱えることになり、割引をしないと売れない状況になった。元々、価格が高騰することをあてにして、通常よりも高い価格で仕入れているため、大損をした水貨業者がほとんどだった。

次第に商売が厳しくなる水貨業者にとって、iPhoneの新製品が発売になる秋は、一気に稼ぐ季節であったものが、2022年はまったくの空振りとなった。これがとどめとなって、廃業をする水貨業者も多かったという。林さんは言う。「アップルでも華強北を救うことはできなかった」。

 

偽物品でもアップルの利益率には及ばない

生き残った華強北の業者たちは、AirPodやAppleWatchの偽物の販売に賭けている。いわゆる白ブランド品で、どこのメーカーがつくったかはわからないようにして、AirPodやAppleWatchそっくりの商品を販売するというものだ。

しかし、消費者を騙してアップル製品として売ることは難しい。消費者もよく調べてから買いにくるため、見た目がそっくりでも白ブランド品であることはすぐにわかってしまうからだ。

それでも白ブランド品を売るためには、価格を安くするか、機能を上げて本家と遜色がないものにしなければならない。いずれも利益率が下がることになる。林さんによると、深圳の業者がいかに努力をしても、アップル以上の利益率にすることはできないのだという。

水貨業者たちは、この10年、アップルによって大いに儲けさせてもらったが、アップルによって商売のとどめを刺されることになった。