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EC「天猫」がわずか15ヶ月で香港から撤退。アリババも通用しなかった香港の買い物天国ぶり

アリババのEC「天猫」(ティエンマオ、Tmall)が、10月いっぱいで香港から撤退をする。中国では存在感のあるECだったが、香港ではわずか15ヶ月間で敗退をすることになったと維港那些事児が報じた。

 

アリババが運営する2つのEC

アリババは2つの巨大ECを運営している。ひとつは「淘宝網」(タオバオ)で、出店料、販売手数料などは不要。そのため、膨大な数の販売業者が出店することで、タオバオで売っていないものはないと言われるほどさまざまな商品が購入できる。販売業者は消費者の目に留まろうと、タオバオ内に広告を出したり、アリババが主催するキャンペーンに参加をする。このような広告費や参加費で、タオバオは運営されている。

もうひとつが「天猫」(ティエンマオ、Tmall)だ。こちらは出店料などが必要で、アリババの手厚いサポートを受けることができる。11月11日の独身の日セールも、本来はこの天猫のセールだ。天猫にはグッチやナイキなどの著名ブランドがEC旗艦店を出店することが多い。

この天猫が香港では受けなかった。一方、タオバオは越境対応で香港への対応を継続する。

▲香港は利便性の高いコンパクトな都市であるため、市民はECよりも実店舗での購入を好む。しかし、東南アジアに対する影響力が強いため、香港系ECだけでなく、海外ECも参入するEC激戦区になっている。

 

中国全土をカバーできないブランド店舗

中国でECが発達をしたのは、オフライン小売が未成熟だったことも大きな要因だ。というより、中国全土を店舗でカバーすることはほとんど不可能と言ってもいい。

中国人が豊かになって、質の高い製品を買いたいと思っても、地方都市だと輸入ブランド品を販売している店舗は限られている。例えば、日本のユニクロはカジュアル衣料として、中国でも広く認識され、人気ブランドのひとつだが、中国での店舗展開は日本よりも多く900店舗近くにも達している。これでも、中国全土をカバーできない。中国をカバーするには3000店舗程度の出店が必要だとされている。つまり、大半の中国人にとっては、自分の住んでいる都市にユニクロがない。そういう人は天猫で購入することになる。

このような事情で、中国では天猫が人気となった。

▲アリババの天猫が香港から撤退をする公告。8月21日に販売を終了し、10月いっぱいで完全停止する。アリババも香港では通用しなかった。

 

香港はコンパクトでECを必要としていない

しかし、香港では事情が違った。

香港は、「自由港」「免税港」と呼ばれるほど、このような物品税が低く抑えられている。海外ブランド品を買うには、今でも世界一二を争うほど安く買える。そのため、天猫でわざわざ買わなくても、店舗で購入すれば同程度の価格で手に入れることができる。

さらに、香港の市民もブランド品を購入するが、大きな顧客になっているのが東南アジアからの観光客たちだ。香港に遊びにきてショッピングを楽しむ。そういう人がわざわざECを使うことはない。海港城、IFC、崇光百貨、時代広場などの店舗で書ピングを楽しむのが一般的だ。

香港は東京都の面積の半分ほどで、そこに750万人が暮らしている。地下鉄やバスも発達しているため、ほとんどの市民が中心街に30分でアクセスができる。そのため、ECを使う人はネット利用者の38%程度しかいない。中国では75%、ECの利用が進んでいる英国では88%ということから見れば、実に小さな数字だ。

▲インターネット利用者に占めるEC利用者の割合。香港は先進国であるのにEC利用率が低い。「Estimates of Global E-Commerce 2019 and Preliminary Assessment of COVID-19 Impact on Online Retail 2020」(国際連合貿易開発会議)より作成。

 

コンビニ受取りに対応していなかった天猫

このような理由から、香港でECを利用する人は、宅配ではなく、店舗受け取りやコンビニ受け取りを利用する人が多い。収入も多いが住宅価格が高い香港では、多くの家庭が共働きをしていて、昼間は自宅にいない。そこに宅配されても受け取りが面倒なのだ。それよりは、仕事の帰りに店舗やコンビニに寄る、あるいは公共宅配ロッカーに寄って、自分で持って帰る方式を選ぶ人が多い。

天猫はこの香港の特殊事情に対応をしていなかった。天猫香港の宅配は、アリババ傘下の「菜鳥物流香港」が担当をしているが、コンビニ受取りに対応をしていない。配送営業所受取りには対応をしているが、配送営業所は数が少ない上に、営業所であるための多くが夕方5時で窓口が閉まってしまう。

コンビニ受取り、公共宅配ロッカーを受取りを希望する場合には、配送業者を公式の菜鳥物流ではなく、順豊(SF Express)などの業者に指定をする必要があるが、公式以外の宅配業社を指定する場合は、600円から800円程度の別料金が必要になる。多くの香港市民にとって、天猫は配送料が高くつくECになってしまっていた。

 

日用品ECのタオバオは定着の可能性

一方、タオバオはそれなりに売上をあげている。中国から香港へ、一方通行のビザ「単程証」を利用して、移住をする人がすでに100万人を超えている。単程証は、香港へ入国できるが、出国はできない一方通行のビザで、有効期間6ヶ月以内に香港の市民権を取得する必要がある。多くの場合、香港人と結婚をして香港に移住をする。

このような人たちは、中国でタオバオを利用した経験があり、その便利さを知っている。このような移住組が香港でもタオバオを使い始め、それが香港人の間にも広がっている。タオバオで販売されているのは高級ブランド品ではなく、日用品が多く、価格も非常に安いからだ。

アリババは、天猫を撤退させ、タオバオに集中をすることに戦略転換をしたのだと思われる。

▲B2C ECの国、地域別流通総額。香港の流通総額は小さい。「Estimates of Global E-Commerce 2019 and Preliminary Assessment of COVID-19 Impact on Online Retail 2020」(国際連合貿易開発会議)より作成。

 

市場は小さくてもECが殺到する理由

しかし、タオバオも成功が約束されているわけではない。香港の人口は470万人で、月収の中央値は2万元(約41万円)程度。購買力は高いが、人口が少ないため、中国の都市と比べるとずっと小さい市場になる。

それなのに、ECは過剰になり、競争は熾烈になっている。HKTV、友和YOHO、Club HKT、士多Ztoreなど香港系のECプラットフォームがあり、さらに、PARKnSHOP、ウェルカムなどのスーパー、ワトソンなどのドラッグストア、莎莎SASAなどの化粧品店、豊沢Fortressなどの量販店などがEC販売を始め、人気を得ている。さらに、ここに、海外からタオバオだけでなく、Shopeeやアマゾンも参入をしている。

 

ECがオフライン小売を補完している香港

確かに香港のEC市場は小さく、EC利用者はネット利用者の38%程度と利用も進んでいない。しかし、EC企業から見ると、香港はきわめて魅力的な市場に見える。

EC流通額をEC利用者数で割った、年間客単価を計算して他国と比較をしてみると、香港は1.9万ドル(約280万円)と頭抜けて高くなる。2位の米国ですら0.667万ドル(約99万円)でしかない。EC利用者は多くないものの、利用額は大きい。これがEC運営企業、特に越境EC企業にとっては魅力的に見え、参入が相次いでいる。EC利用者の低さも、今後の成長空間が広大であるように見える。

香港人は、買い物をする時はまずは店舗に行くが、店舗に希望の型番がない場合、店舗スタッフの勧めるECで注文をする。このため、家電や宝飾品などの高額商品でもECで購入をする。

このようにECがオフライン小売を補完する関係になっているため、「ECだけで人気のブランド」が生まれづらい。まずは店舗で実際の商品を見て、在庫があればその場で買うし、なければECで買う。このため、ECを進出させるとともに、ブランドのオフライン店舗も展開をする必要があるが、天猫はこの点でもECのみの展開であったために利用が進まなかった。

▲EC利用者一人あたりの流通総額を算出してみると、香港は頭抜けて高くなる。これが多くのEC運営企業が香港に参入する要因になっている。「Estimates of Global E-Commerce 2019 and Preliminary Assessment of COVID-19 Impact on Online Retail 2020」(国際連合貿易開発会議)より作成。

 

アリババの実力が試される香港

アリババが中国で成功できたのは、アリババの企業努力ももちろんあったが、中国の人口が増え続け、なおかつ収入が上がり続けた人口ボーナスに助けられた部分も多い。しかし、香港では人口ボーナスはなく、収入は高いがこれ以上はなかなか上がっていかない。そのような安定市場でタオバオは成長することができるかどうかが注目されている。アリババの本当の実力が香港で試されることになる。