テンセントの法務部は、深圳市南山区人民法院で行われた裁判では勝率95%を超えている。現在500名を超える大きな部署になっている。その歴史は、2006年の泡泡堂裁判に遡ることができ、2010年の3Q大戦で、法務部が大幅強化されたと字母榜が報じた。
深圳では勝率95%を誇るテンセント法務部
テンセントの法務部は、その勝訴率の高さから「南山の必勝客」と呼ばれている。南山は、深圳市の南山区にある南山区人民法院のこと。テンセントが裁判を起こす時には、この南山裁判所であることが多い。必勝客はピザハットの中国名でもある。
2018年から2020年の3年間、テンセントは南山裁判所と深圳中級裁判所に564件の裁判を起こし、そのうちの536件で勝訴している。勝訴率は95.04%になる。
一方、北京市の各裁判所でも同じ期間に208件の裁判を起こしているが、勝訴は60件、敗訴が52件ある(判決文がまだ公開されていない裁判が96件)。つまり、勝訴率は53.57%、敗訴率は46.43%となる。
つまり、北京の裁判所では必勝客とはいえない平凡な成績だが、地元の南山では圧倒的な必勝客になるのだ。
▲テンセント法務部がホームグラウンドにしている深圳市南山区i人民法院。テンセントはここでの裁判の勝率は95%を超えている。
テンセントの最初の大きな裁判「泡泡堂」裁判
テンセントが最初に大きな裁判を戦ったのは、2006年の「泡泡堂」裁判だ。これは中国ネットゲームでの初めての著作権裁判でもある。
当時、韓国のNEXON(ネクソン)がオンラインゲームプラットフォーム「泡泡堂」を中国で運営していた。一方で、テンセントも「QQ堂」を運営。コンセプトだけでなく、提供しているゲームの内容までそっくりだとして、泡泡堂の中国運営会社が訴えた。テンセントにはQQ堂の運営を停止し、権利侵害している内容を削除し、謝罪広告と50万元(約850万円)の賠償金を要求した。
泡泡堂は、37枚の比較図を法廷に提出して、著作権が侵害されていると主張したが、法廷は泡泡堂の主張を退けた。「道具類の名前に相似性は見られるものの、太陽帽、天使の杯、天使の翼など一般的なもので、原告が著作権を有しているとは認めれない。また、ゲーム画面は美術作品の角度からは相似性があるとは認められない。勝利で笑顔、失敗で泣き顔になるというのも一般的な思想の表現の範疇であり、その表現方法には双方で違いがあるのだから、著作権の侵害があるとはみなせない」というものだった。
▲テンセント法務部を有名にした「泡泡堂」裁判。左が韓国の泡泡堂、右がテンセントのQQ堂。誰が見ても酷似しているのだが、裁判では著作権侵害は認められず、テンセントの勝訴となった。
黒を白に変えたテンセント法務部
多くのネット民は、この判決に違和感を感じた。確かに泡泡堂のゲームは、伝統的なコンピューターゲームをベースにしているため、テンセントが偶然似通ったゲームを作ってしまうということはあり得ない話ではない。しかし、多くの人は、テンセントが泡泡堂を大いに参考にしているとは感じていた。それが著作権法上どのような判断になるのかはわからなくても、テンセントは「黒を白に変えた」と感じた。ここからテンセントの法務部が注目されるようになっていく。
しかし、この泡泡堂の裁判は、北京市第一中級裁判所で行われ、テンセントの法務部が直接出廷をしたものではなく、法律事務所に委託をしたものだった。
テンセント法務部が強化された3Q大戦
本来の意味での南山の必勝客が成果を上げるのは、2010年の3Q大戦からだ。それまでは法務部も数人という小さなものだったが、3Q大戦を勝ち抜くために増員され、特に創業者の馬化騰(マー・ホワタン、ポニー・マー)が力を入れたため、法務部が急速に強化されていった。
セキュリティ企業「360」は、PC用のアンチウイルスソフト「360安全衛士」を2006年に無償公開し、瞬く間にセキュリティソフトのスタンダードになった。2008年、テンセントは当時運営していたSNS「QQ」でのアカウント乗っ取りを予防するソフト「QQ医生」をリリースする。さらに、2010年のバージョン4.0になると、名称を「QQ電脳管家」と変え、360安全衛士とほぼ同じ機能を持つセキュリティソフトに進化をした。
一方で、360は、「プライバシー保護器」をいう新しいセキュリティソフトをリリースした。これは当時問題になっていたQQのアカウント流出を検知するものだった。そのため、QQユーザーのQQ内での行動を記録する。
これをテンセントが問題にした。他のセキュリティソフトが自社内のSNS内の記録を取るのだ。そこで、2010年11月3日、テンセントは360のセキュリティソフトの排除に乗り出した。360安全衛士がインストールされているPC上では、QQが起動できないようにしたのだ。QQを利用したければ、360安全衛士を削除しなければならない。つまり、QQを使うか、360安全衛士を使うかの二者択一をユーザーに迫ったのだ。
経済圏戦略のために法務部が強化された
この背景には、2010年3月にQQの同時オンラインアクセス数が1億人を初めて突破したことがある。SNS「QQ」には、同時に1億人の人がアクセスをし、利用するようになった。それまでの競争は、各サービスがいかにユーザー数を集めるかだった。しかし、同時アクセスユーザー数が1億人を超えたことにより、その1億人にどのようなサービスが提供できるかに競争の焦点が移っていった。
そのためには、QQのトラフィックを利用しようとする他社を排除して、テンセント経済圏を作り、QQのトラフィックを利用したい他社は、テンセントに入場料や手数料を払って使うという経済圏ビジネスに戦略転換をしていった。
このため、テンセントにとっては、360のような「タダ乗り」は、許せなかったのだ。これは、テーマパークでどのライドが空いているかという情報提供を第三者がするようなものだ。テーマパーク運営にしてみれば、そのようなサービスは自分たちでやるか、あるいはその第三者と提携契約を結んでやるということを考える。それと同じだ。
こうして、テンセントはQQを中心に、外部企業と提携をし、戦略投資をするというやり方でテンセント経済圏を構築していこうとした。実際、その後に、京東(ジンドン)、美団(メイトワン)、快手(クワイショウ)、滴滴(ディディ)、大衆点評、58同城などに投資を行い、テンセント経済圏を確立している。
▲テンセント法務部の上部組織図。現在、500名から600名の大きな部署になっている。
500人を越す大部隊のテンセント法務部
このために、テンセントは法務部を強化した。米国のブレント・アービンを法律顧問に、南山区裁判所の知的財産関連の長だった江波(ジャン・ボー)を法務部のトップに招聘した。
法務部は、2010年には数十人だったが、3Q大戦の後には500人から600人の部署になっていた。
2012年頃からは、積極的に訴訟を起こすようになり、2012年と2013年の2年間で29の訴訟を起こし、そのすべてで勝訴をした。この辺りから、ネットでは「南山の必勝客」という言葉が使われるようになり、現在では、テンセント内部の人間ですらこの言葉を使うようになっている。