中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

中国ビジネスに不可欠のWeChat。なぜWeChatは消費者ビジネスに使われるのか

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 113が発行になります。

登録はこちらから。

https://www.mag2.com/m/0001690218.html

 

今回は、テンセントのSNS微信」(ウェイシン、WeChat)についてご紹介します。

WeChatについては、読者のみなさまもご存知だと思いますし、実際に使っている方も多いかと思います。月間アクティブユーザー数(MAU)は現在12.6億人(世界)。普及率調査を行えば、どの調査でも90%を切ることはありません。中国人スマホユーザーのほぼ全員が使っていると言っても過言ではないSNSです。国民的インフラといっても間違いありません。日本のLINEとよく似た性格のサービスです。

それをなぜ、今更取り上げるのかというと、WeChatは中国でtoCサービスを展開する上で必須のサービスになっているからです。消費者に公告をする時、個別の顧客と連絡を取る時などもWeChatが使われます。なぜ、WeChatはビジネス上そこまで重要な存在になり得たのかということが今回のテーマです。

 

「利用者数が多いから活用される」というのはごく最近のことで、MAUが10億人を超え、国民的インフラと呼ばれるようになったのは2017年頃のことです。むしろ、WeChatはビジネスや消費者に便利な機能を次々と投入をしていき、多くの人を惹きつけてきたために、利用者数が増えてきたという言い方の方が正確です。

WeChatが登場したのは2011年のことですが、数年の間は今ひとつパッとしない感じで、テンセントはQQという国民インフラSNSを持っていたために、多くのビジネス関係者がQQを使っていました。

WeChatのビジネス的に重要な機能だけに絞っても次のようなものがあります。

1)企業アカウント

2)WeChatペイ

3)紅包

4)ミニプログラム

5)WeChat小商店

6)チャネルズ

 

このような機能があり、顧客対応に使うことができ、これにより使う人が増えていきました。

このWeChatを開発したのは、テンセントの張小龍(ジャン・シャオロン)というエンジニアで、中国で最も重要なエンジニアの一人です。

この張小龍の手法は、真似です。他で優れた機能を見かけると、すぐに真似をしてWeChatに取り入れます。これはあまり誉められたことのように見えないかもしれませんが、市場を支配するドミナントサービスとしては非常に強い戦略です。誰だって、とがった面白い機能だけどよくわからない企業が運営しているものより、なじみのある著名企業が同じ機能を提供していたらそちらを使います。日本でも強かった頃の松下電器が「マネシタ電器」とまで陰口を叩かれながら、圧倒的な強さを発揮した理由のひとつにもなっています。

張小龍は、真似をするだけでなく、利用者がその機能をどのように使うのかを見極める感性に優れています。これにより、最初は真似でもどんどんWeChatテイストに改良されていき、最後にはWeChatがオリジナルなのではないかと思わせるほど独自性の高いサービスに仕上げていきます。エンジニアとしても一級品の人ですが、それ以上にプロダクトマネージャー、マーケターとしての才能がある人です。

 

張小龍は、1969年に湖南省邵陽市の郊外の農村に生まれました。しかし、学業成績が優秀であることから華中科技大学の電信系に進学をし、修士号を取得します。その後、広州市で起業し、当時、ビジネスシーンで使われるようになり始めた電子メールのクライアントソフト(メーラー)「Foxmail」を開発します。

内容としては、すでに米国でいくつも登場していたメーラーと基本的に同じですが、中国語対応している初期のメーラーであり、中国版は400万人に利用され、英文版も20カ国で発売されました。

Foxmailを開発した張小龍の会社は、企業価値があがり、2000年にソフトウェア企業「博大科技」に1200万元(約1.9億円)で買収をされました。スタートアップ企業としてはバイアウトをして大成功です。創業者である張小龍はかなりの財産を得て、なおかつ博大科技の副総裁となりました。普通であれば、そろそろ引退を考えて、悠々自適の人生を送ることを考えるところです。

 

ところが、運命のいたずらから、張小龍はテック業界の最もホットな場所に巻き込まれることになりました。

この頃、1998年に馬化騰(マー・ホワタン、ポニー・マー)が創業した騰訊(タンシュン、テンセント)の主要プロダクト「QQ」の利用者数が100万人を突破し、成長期に入っていました。

QQというのはインスタントメッセンジャー(リアルタイムチャット)が元になったSNSです。ポニー・マーは勤めていた潤訊という企業で、ポケベルの研究開発の仕事をしていて、ポケベルでテキストメッセージをやり取りできるサービスを構想していました。しかし、社内ではそのアイディアは無視されます。あきらめなきれないポニー・マーは、友人とともにテンセントを創業して、PCベースでテキストメッセージがやり取りできるソフトウェアを開発します。これがQQです。

QQはPC上で起動しっぱにしておくと、リアルタイムで知り合いとチャットができるサービスです。当初は、先進的なサービスが好きな若者たちが使い始めましたが、商店が面白い使い方を始めました。顧客との連絡を取るのにQQを使い始めたのです。店員がデスクに座って、QQを起動しておくと、顧客からさまざまな問い合わせが入ってきます。それにテキストチャットで返答するというのが店番の重要な仕事になりました。当時は、多くの名刺、広告などに「QQホットライン」という名称で、電話番号などといっしょにQQアカウントが表示されていました。

 

このような利用者の動向を感じ取ったポニー・マーは、QQのビジネス利用の可能性を模索し始めます。企業間、企業と消費者の間のコミュニケーションツールとしてシェアを伸ばすことで、収益化を図ろうとします。

しかし、それには決定的な機能が欠けていました。電子メールです。すでに電子メールはビジネスをする上で必須のツールになっていましたが、QQは短文のテキストをやり取りできるだけで、長文の電子メールには対応していなかったのです。

QQに電子メール機能を取り入れる必要がある。そこで目をつけたのが、Foxmailでした。Foxmailを博大科技から買収をし、その開発者である張小龍も移籍をして、Foxmailを改良し、QQ郵箱を開発し、テンセントのQQ郵箱の開発責任者となりました。

面白いことに、世界では電子メールのような長文で非同期型のコミュニケーションが先に普及をし、その後、スラックやLINEのような短文で同期型のコミュニケーションに移行をしたのに、中国では短文同期型のQQから始まり、その後、電子メールに移行をし、さらにWeChatのような短文同期型に戻るという歴史をたどっているのです。

 

QQに電子メール機能が備わって安心をしたポニー・マーですが、今度はツイッターの登場に不安を感じました。ツイッターのように、フォローをするという非対称的な結びつきで、メッセージが拡散していくという新しいコミュニケーションが登場をしたのです。中国でも微博(ウィイボー)が登場をして、人気を博していました。

ポニー・マーは大きな不安を感じました。「ウェイボーが登場して、SNSで連絡を取るということが始まりました。学校ではウェイボーのグループを作って、連絡を取り合っているという話を聞いて、大きな危機感を持ちました。我々もテンセント版のウェイボーを開発しなければと思ったのです」。

しかも、不安の種はそれだけではありません。スマートフォンが登場をして、それまでソフトウェアと言えばPCで使うのが当たり前であったのに、スマホでアプリを使う人が増え始めていました。ツイッターもウェイボーも、スマホからいつでもどこからでもアクセスができることが大きな魅力になっていました。

 

ポニー・マーは、QQチームの他に、ワイヤレス技術関連、携帯電話関連の3つのチームに声をけ、「テンセント版ウェイボー」の提案をさせます。しかし、このレースを制したのは、レースに参加もしていない張小龍でした。

張小龍は当時、カナダのスタートアップ企業が開発したメッセンジャー「kik」に注目をしていました。LINEをシンプルにしたようなスマホメッセンジャーですが、とにかく登録などが楽なのです。友人と話す時も、連絡帳に登録をするというのではなく、友人の名前(アカウント名)を直接検索をすることができます。そして、1回話すとスレッドがつくられるので、次からはそこで会話をしていけばいいという仕組みです。徹底してシンプルにできているのです。

張小龍はこれこそがあるべきメッセージングのスタイルだと確信しました。シンプルで使いやすい。それがスマホのアプリとして重要だと考えました。張小龍は、テンセント版kikを開発するべきだと考え、夜中に、ポニー・マーに電子メールを書きました。「これが未来の方向です」というタイトルで、kikを紹介し、何が重要かを論じ、開発プロジェクトを承認してほしいという内容のものでした。

電子メールが送信されたのは夜中であったにも関わらず、数分でポニー・マーから返事が来ました。その電子メールの本文は4文字だったと言います。「馬上就做」(すぐにやってくれ)でした。

 

こうしてWeChatの開発が始まり、すぐにポニー・マーは「テンセント版ウェイボー」ではなく、WeChatの方向にこそテンセントは進むべきだと考えるようになりました。

それは間違いではありませんでした。シンプルなメッセージサービスであるWeChatに、張小龍は世界中のSNSから優れた機能を見つけてはWeChatに追加をしていきました。そして、利用者の反応が薄いものについては躊躇することなく機能を停止させ、利用者が面白い使い方をしているものについては、それをさらに発展させるような機能を追加していきます。これがWeChatを国民インフラとも呼べる重要なサービスに育てることになりました。

そこで、今回は、どのような機能がWeChatを重要インフラにしていったのかを歴史を追いながらご紹介していきます。

 

続きはメルマガでお読みいただけます。

毎週月曜日発行で、月額は税込み550円となりますが、最初の月は無料です。月の途中で購読登録をしても、その月のメルマガすべてが届きます。無料期間だけでもお試しください。

 

今月発行したのは、以下のメルマガです。

vol.110:二軸マトリクスで整理をするECの進化。小売業のポジション取りの考え方

vol.111:夜間経済とほろ酔い文化。「酒+X」店舗体験で変貌するバー業界

vol.112:アリババ新小売へのスーパーの逆襲が始まった。YHDOSと大潤発2.0