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テンセントがECを運営しない理由。アリババとの深刻な対立

BATという言葉で、アリババと並び評されるテンセント。SNSとゲームが主力事業だが、ECビジネスは行っていない。しかし、WeChatなどをツールとして、ECを支援するビジネスは積極的に行っている。なぜ、テンセントは自分でECを運営せずに、人のECを支援するのか。それはタオバオ危機の時に、アリババと深刻な対立をしたことに原因があると新浪科技が報じた。

 

接触経済で加速するテンセントの小売店支援ビジネス

新型コロナウイルスの感染拡大で始まったのが、無接触経済だ。元々、スマホ決済「アリペイ」「WeChatペイ」が普及をしていて、店舗で現金のやり取りがされることはきわめて少なくなっていたが、感染拡大により現金の決済は避けられるようになった。店舗ではスタッフと来店客が距離を保ち、購入をするようになった。

さらに、進んだのが宅配ECだ。一般的な商店も、急遽、WeChatミニプログラムやWeChatグループを利用し、顧客との売買をオンラインで行い、商品は宅配をするというケースが増えている。

テンセントの劉熾平(リウ・チーピン)総裁は、テンセントにとって、大きな商機があると見ている。テンセントは以前からWeChatペイやミニプログラムを基本ツールとして、既存小売店のデジタル化を支援するビジネスを行なってきた。それが加速をすることになる。

テンセントの財務報告書によると、2019年第4四半期の、WeChatペイによる決済数は1日10億件を超えており、月間アクティブユーザー数は8億人、商店アカウントの月間アクティブユーザー数は5000万軒を超えている。

ライバルであるアリペイがどちらかというとtoCのビジネスに向かっているのに対し、テンセントはWeChatペイでtoBのビジネスに向かおうとしている。

 

SNSがないアリババ、ECがないテンセント

ライバルと言われるアリババとテンセントは奇妙な関係にある。スマホ決済の分野では直接対決をしているが、その他の事業では自然に互いに棲み分けを行っている。簡単に言えば、「アリババはSNSを持っていない。テンセントはECを持っていない」という関係にある。

しかし、互いに相手を気遣っているわけではない。両社とも自社に足りない事業に何度も挑戦してきたが、相手が強すぎるためにうまくいかない。アリババも過去に何度もSNSをリリースしてきたが、結局、テンセントのQQやWeChatにかなわないのだ。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、企業の在宅勤務、学校の在宅授業のツールとして、アリババの「釘釘」(DingTalk)の利用者が急増している。純粋なSNSではないが、グループを作り、テキスト、音声、動画などで連絡が取れるメッセンジャー系アプリで、WeChatの一部機能と重なり、エンタープライズ向けWeChatとはライバルプロダクトになる。アリババとテンセントの複雑な形をした国境ラインが崩れようとしている。

当然ながら、テンセント側もアリババのホームグラウンドであるECに乗り出すのではないかと一部からは憶測されている。しかし、テンセントは過去何度もECに挑戦をし、失敗をしてきた歴史がある。

 

EC+オンライン決済で正面対決したアリババとテンセント

2005年9月、テンセントはEC「拍拍網」をスタートさせた。この時に、オンライン決済システムである「財付通」をスタートさせている。2013年に、この財付通をSNS「WeChat」でも使えるようにしたのが、WeChatペイだ。

アリババは2003年10月に、自社のEC「淘宝」(タオバオ)でオンライン決済システム「担保交易」をスタートさせていて、これが後の「アリペイ」に発展をしていく。テンセントはタオバオに2年ほど遅れをとっているものの、当時は真正面からアリババと対峙をしていた。

しかも、テンセントは当時、PCベースのSNS「QQ」で、利用者数がすでに3億人を突破していた。QQから拍拍網に誘導をすることで、半年後の2006年3月には、拍拍網の利用者数は700万人を突破した。じゅうぶん、アリババのタオバオと戦える状態になった。

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▲中国人も多くの人がもはや忘れている「拍拍網」。膨大なユーザーを抱えるSNS「QQ」から誘導するだけでなく、さらにタオバオの危機の時に露骨な乗換キャンペーンを行い、アリババとの深刻な対立をもたらせることになった。

 

タオバオと拍拍網の仁義なき戦い

2006年になって、アリババのタオバオはつまづく。それまで、出店料、手数料ともすべて無料にするというフリーランチ戦略をとってきたが、それではもちろん利益が得られない。そこで、アリババはフリーミアムモデルに移行をすることにした。

一定の費用を支払うと、商品検索をした時に上位に表示される「招財進宝」制度を導入しようとした。しかし、タオバオの販売業者から大反発された。費用を払わない販売業者の商品は、検索結果の下位にしか表示されなくなり、実質的に売れなくなる。不満を持つ販売業者は「反タオバオ連盟」を結成し、タオバオの本社前で抗議活動を行った。結局、タオバオはその反響の大きさに驚き、招財進宝制度の導入を見送った。

テンセントの拍拍網は、このタイミングで引越しキャンペーンを行った。新規に参入する販売業者の信用調査を行い、一定の信用力がある業者には検索上位に表示される権利を無料で提供した。さらに、利用者向けには拍拍網を利用し、何らかの商品を購入すると、最高で600元のクーポンを配布するキャンペーンを行った。これにより、タオバオの販売業者、利用者の相当数が拍拍網に流れたと見られている。

 

深まるアリババとテンセントの深刻な対立

これにより、タオバオとテンセントは深刻な対立をすることになった。ジャック・マーの発言によると、2006年の初めに、タオバオの当時の総裁である孫彤宇とテンセントの創業者である馬化騰(マー・ホアタン、ポニー・マー)CEOは、口論になったことがあるという。

これは極めて珍しいことだ。ポニー・マーは温厚な人であり、学究肌の人で、メディアには積極的には登場しないし、誰かを批判することも滅多にない人だ。それほど、この当時のタオバオとテンセントの関係は悪くなっていた。

ジャック・マー自身もテンセントを批判している。「ネットビジネスの競争には一定のルールがあります。そのルールを守らずに、コピーをするだけの人にイノベーションは起こせない。テンセントの拍拍網の最大の問題はイノベーションがまったくないことです。すべては真似なのです。競争は一種のゲームです。それが、ビジネス競争の味わいというものなのです」。

さらに、ジャック・マーはこう語った。「拍拍網は数年後に苦いものを飲み込まなければならなくなるでしょう。ポニー・マーもその結果を受け入れなければならなくなるでしょう」。

 

市場を支配するタオバオ、追いやられる拍拍網

拍拍網とテンセントとポニー・マーは、数年後に、ジャック・マーの予言が正しかったことを思い知らされることになる。

2007年の段階で、拍拍網の利用者は5000万人、出品点数は1000万件。CtoC型ECの流通総額の9%を占めていた。しかし、そこから成長することなく、2013年にはタオバオのシェアが95.1%となり、拍拍網のシェアは4.7%に落ちてしまった。アリババとしては、拍拍網はなんとしても潰さなければならないライバルになっていた。

なぜ、拍拍網は失敗をしたのか。メディアではさまざまな理由が指摘をされているが、最も大きかったのは、拍拍網がテンセントの中で最重要の事業ではなかったということだ。資金、人材などがじゅうぶんに投入されたとは言い難い。

一方で、タオバオはアリババの最重要事業で、すべてのリソースがタオバオに注ぎ込まれた。その差であると見られている。

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▲QQユーザーを誘導しようとした「QQ商城」。黒字化できないまま「QQ網購」に吸収された。


テンセントはEC支援ビジネスに転身

拍拍網の失敗後も、テンセントは「QQ商城」「QQ網購」などをスタートさせ、ECに挑戦をしている。しかし、拍拍網と同じく、あまりうまくはいかなった。

2012年5月に、テンセントはテンセントECを設立した。そして、2013年3月に、「QQ商城」を「QQ網購」を吸収合併させた。テンセントとしては、EC部門を独立させ、ブランドを整理して、リソースを集中させ、本格的にEC事業を伸ばしていくかに見えた。しかし、2011年には1.62億元の赤字、2012年に2000万元の赤字、2013年に7100万元の赤字と、黒字化することはできなかった

2014年3月に、突然、テンセントは大手EC「京東」に投資をすることを発表した。QQ網購、拍拍網を京東に譲渡し、さらに2.14億ドル(約227億円)を投資し、株式公開前の京東の15%の株式を取得するというものだった。

つまり、EC領域で、自社でアリババに対峙することをあきらめ、アリババに対抗できるEC企業に投資をし、そこにWeChat関連のテクノロジー支援をすることで、アリババに対抗していく戦略に転換をしたのだ。

そして、この新型コロナウイルスの感染拡大により、既存商店のEC化が進み、テンセントはWeChatペイやミニプログラムを起点にして、このEC化を支援しようとしている。テンセントはECという舞台からは降りたが、その裏方として、今後のEC、新小売領域を演出していくことになる。

ECをめぐって、アリババとテンセントは異なる角度からいまだに競争を続けている。

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▲テンセントが提供するエンタープライズ向けWeChat、WeChatペイには、さまざまなデータ分析機能がある。データ分析だけではなく、キャンペーンなどのノウハウ伝授、運営、実行などもテンセントが行い、ビジネスを支援してくれる。