史河ロボットの立面ロボットが活用の場を広げている。垂直面に磁力で密着し、作業を行う高所ロボットだ。大型船舶の壁面に密着して、検査や防錆加工などをする。このユニークなロボットを開発した史河ロボットの許華暘CEOに、極客公園がオンラインインタビューを行った。
壁に吸い付いて走行できる立面ロボット
極客公園:立面ロボットはどのような課題を解決するのでしょうか?
許華暘:立面ロボットとは、垂直の壁を走行することができるロボットのことです。一般的には高所ロボットと呼ばれていて、応用領域は非常に広大です。よく見かけるのは、都市内の高層ビルの壁面で、これまで「スパイダーマン」と呼ばれた作業員が行っていた清掃作業を行います。
民用以外でも活躍の場が多くなっています。船舶の側面の錆び取り、タンク内壁の防サビ処理、ボイラーの検査、橋梁の循環検査などです。
高所でもドローンよりも多機能に行動できる
極客公園:高いところで作業をするロボットは一般的にドローンが使われます。なぜ、高所ロボットなのでしょうか。
許華暘:高所作業をするのに、ドローンと高所ロボットでは大きな違いがあります。ドローンは計測機器を搭載して、広範囲の検査、測量をします。また、非接触の作業も行うことができ農薬の散布などにも使われます。
一方、高所ロボットはさらに多くの機器を搭載することができます。電磁超音波測定器(EMAT)や渦電流式膜厚計なども搭載することができ、精度の高い測定ができます。防錆処理も機器に対する要求は高く、高圧で水を噴射するため、その反発力に耐えなければなりません。だいたい数十kgから数百kgにもなります。これに耐え、正確な位置移動ができ、連続稼働時間もドローンよりも長くなります。
磁力で壁面に密着する
極客公園:高所ロボットはどのような原理で、高所の壁面に密着できるのでしょうか。
許華暘:多くの場合磁力です。壁面が鋼鉄ではない場合は陰圧で吸着します。
大型工業製品は多くの場合、壁面が鋼鉄製なので磁力で密着しますが、難しいのは密着力と重力と駆動力のバランスです。密着力が強ければ移動ができなくなりますし、弱すぎれば滑落や墜落をしてしまいます。
ビルの外壁の窓など、磁力で密着できない場合は陰圧をかけて吸着します。管状の物体では摩擦力を使う場合もあります。ホールドするパーツを使って、摩擦力を使います。
磁力の精密制御により可能となった立面ロボット
極客公園:重力に逆らって高所の壁面に密着をし、ロボットが活動できるようになりました。これにはどのような技術的進歩があったのでしょうか。
許華暘:高所ロボットの密着は、力学と動力学の関係の問題です。もし、高所の状況が理想的な平面であれば、純粋な力学的な問題となり、そのような高所ロボットはすでに20年前から存在していました。
しかし、現実の大型工業製品で、理想的な平面ということはほとんどありません。船舶などは曲面であり、曲率も位置によって変わります。溶接のつなぎ目も越えなければなりません。火力発電所のボイラー内壁には冷却や熱効率のために複雑な面構造をしています。かわら屋根のような形状をしているのです。状況に応じて、必要な磁力を計算して、自律的に調節する機能が必要になります。これは20年前のロボットにはなかったことです。
ネオジウム磁石材料の進歩が大きい
極客公園:具体的にどのようなテクノロジーで実現しているのでしょうか。
許華暘:ひとつはネオジウム磁石材料の進歩です。磁力密度が非常に高く、大きな磁力を発生することができます。これにより、安全により多くの機器を搭載できるようになりました。近年のレアアース材料科学の進歩によるものです。中国は全世界の90%のレアアースを提供している国であり、永久磁石に関する技術も世界をリードしています。
もうひとつは駆動モーターの性能があがったことです。効率が大きく改善され、小さな電力で大きな駆動力を生み出せるようになりました。
ジョブズの伝記を読んで起業
極客公園:どうして起業をしようと考えたのでしょうか?
許華暘:私は、中南大学の機械工程学院を卒業し、2011年に青華大学の機械工程系で修士号と博士号を取得しました。
起業をするきっかけになったのは、2014年にスティーブ・ジョブズの伝記を読んでからです。何も持っていない普通の青年が、世界で最大の価値を持つ企業のCEOになりましたが、自分の努力だけで道を切り拓いていきました。そして、世界のPCやスマートフォン、映画に大きな変革を与えました。この本を読んで、私も起業をしてみようと考えるようになったのです。
2015年に博士課程に在籍をしながら、同級生とスマート部品を開発する企業を起業しました。1ヶ月後にエンジェル投資を受け、デモ製品を制作し、1年後に買収をされました。2017年に博士号を取得すると、高所ロボットに狙いを定めて本格的に起業をしました。
アイザック・アシモフのロボット観を現実のものに
極客公園:なぜ高所ロボットだったのですか?
許華暘:専門領域の関係で、ロボット工学にはなじみがありました。私はSF小説が好きで、特にアイザック・アシモフが好きなんです。アシモフが描くロボットに興味があったのです。どの家庭にもロボットがいて、お茶を入れてくれたり、洗濯をしたり、ご飯をつくってくれます。仕事では助手を務めてくれます。ロボットは人間と共生をする存在なのです。
起業する機会を探していた時期、毎日、ビルで窓の清掃する通称「スパイダーマン」と呼ばれる人たちの作業を目にしていました。しかし、非常に効率の悪い作業だと思い、高層ビルの清掃をしている企業の社長や従業員の話を聞いてみると、業界でもロボットの登場に期待をしていることがわかりました。なぜなら、非常に技術のいる仕事で、すでに人手不足に困っていたからです。
さらに、高所ロボットには船舶、化学工業、エネルギー、橋梁などさまざまなニーズがあることがわかり、起業が現実的になってきたのです。
外部カメラでロボットの位置を特定
極客公園:船舶の高所ロボットは自律的に移動をして作業を進めます。これはどういう技術でしょうか?
許華暘:高所ロボットはリモコンで手動操作をする方法と、自律的に移動をする方法の2つがあります。規則的に変化をする曲面部分では自律移動が実現できています。船尾や船首などの複雑な形状の場所では、手動操作に切り替えて、センサーの情報を考慮しながら移動をしていきます。
自律移動は私たちが「アウトサイドイン」と呼んでいる手法で行っています。壁面を移動する高所ロボットを第三者の視点で撮影しているクラウドカメラがあり、高所ロボットの正確な位置を割り出します。これで3cmから5cmの精度が得られます。
そして、船舶の壁面をいくつかの矩形に区切り、矩形ごとに防錆加工をしていきます。
作業員は半減以下になる
極客公園:高所ロボットによって、どれくらい作業は効率化するのでしょうか?
許華暘:10万トンの貨物船は、長さも300mほどになります。従来の作業は、30台から40台の高所カゴに人が乗って作業をしていました。大体50人から60人の人が必要になり、昼夜二交代で作業を進めます。
これが20台の高所ロボットを導入して、ロボットと人が同時に作業をすると、作業員は20人程度で済むようになります。だいたい3日間で作業が完了します。
今後100年は海運が低コスト物流の主役
極客公園:船舶の防錆加工、洗浄作業の市場はどのくらいの規模なのでしょうか?
許華暘:世界の物流の70%は船に頼っています。現在12万艘の貨物船が活躍をしています。私たちは、今後100年から200年は、海運が依然として低コストの物流であり続けると考えています。
船舶の最大の問題は、船舶の腐食です。だいたい5年間で2回のメンテナンスが必要になります。市場は大きく、今後も成長をしていくと見ています。
複雑な局面にも対応しているのは世界で3社だけ
許華暘:史河ロボットの技術的な強みはどこにあるのでしょうか?
許華暘:船舶では、形状が複雑な船首の部分では、曲率半径が1mにもなります。このような曲率の高いところでは、通常のロボットでは容易に墜落してしまいます。火力発電所のボイラーでも、内部にはさまざまな配管が走っており、複雑な構造物もあり、移動をすると磁力が突然変化をします。このような複雑な状況での高所ロボットを実現できているのは、世界で3社のみです。米国のGecko RoboticsとGE子会社のInspection Robotics、そして、私たち史河ロボットだけです。
高所ロボットのDJIを目指す
許華暘:今後のビジネスプランはどのようなものでしょうか?
許華暘:販売とRaaS(Robot As A Service)の2つの方法を考えています。RaaSは、利用ごとに使用量を支払ってもらう方式です。
私たちが重要視しているのは海外戦略です。国内では顧客が集中をしているので、販売方式が主体になりますが、海外の顧客は分散をしているため、その地域にあった販売方式を取れるように考えています。
私たちの海外戦略は、グローバル+ローカルです。グローバル化は本社で行いますが、ローカル化は現地の法人に任せるべきで、さまざまな販売方式を用意していくことが必要になります。
6年から8年ぐらいで、主要な製品の開発をし、RaaS化、グローバル化を完了させます。私たちは6年から8年で、高所ロボット業界でのDJIになることを目指し、ユニコーン企業に成長することを目指しています。