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株価158倍の神株「BYD」。EVシフトの追い風に乗る中国版テスラ

中国の電気自動車市場(EV)は、宏光MINI EVを大ヒットさせた上汽通用五菱とテスラがリードしているが、3位につけているのがBYDだ。携帯電話のバッテリーからスタートしたBYDは、次々と新規事業に乗り出し、創業者の王伝福は中国のイーロン・マスクとも呼ばれていると節点財経が報じた。

 

中国のテスラと呼ばれるBYD

中国有色金属研究総院と内モンゴル鋼鉄が合弁で設立した深圳市比格電池というバッテリー製造企業があった。1995年、この企業の28歳の総経理であった王伝福(ワン・チュアンフー)が辞職をして、いとこと自分たちの会社を設立した。バッテリー製造をする会社で、名前は比亜迪(ビヤディー、BYD)と名付けられた。

バッテリーの市場は、当時日本企業が圧倒的に強く世界市場を独占していた。BYDはその中でようやくある程度のシェアを確保できたのみで、伸び悩みをするようになった。

そこで、2003年、BYDは成長の限界を突破するために、西安市の自動車メーカー「泰川汽車」を買収し、まったく未知の自動車産業に参入をした。「素人に車が作れるわけがない」と、中国の自動車業界人からは、王伝福は「狂人」と呼ばれるようになる。自動車は、非常に複雑なものづくりで、長年のノウハウの蓄積があって可能になる。何も知らない素人が突然作れるようなものではないというわけだ。奇しくも同じ年、米国では、イーロン・マスクがテスラを創業していた。

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▲2021年上半期のメーカー別新エネルギー乗用車売上ランキング。五菱、テスラが強いが、BYDは3位につけ、EVシフトの追い風に乗っている。

 

市場は戦場、競争は戦争だ

深圳にあるBYDの本社ビルは、米国のペンタゴンのような形をしている。ペンタゴンは5角形だが、BYDは6角形だ。その中で、創業者の王伝福は常に作業着を着て仕事をしている。着替える時間が無駄だと考え、何を着るか考えることも無駄だと考えているからだ。本社から車で15分のところにある自宅から出勤し、毎日残業をし遅くまで働き、休日はとらない。王伝福に週末という考え方はない。

人物も破格だ。BYD内部ではこういう伝説がある。ある政府関係者がBYDに視察にきた時に、廃棄バッテリーによる汚染問題について質問された。人体に悪影響があるのではないかという。すると、王伝福は目の前にあったバッテリーの電解液をごくごくと飲み干したという。この話が本当であるかはわからないが、BYD内部では、王伝福はそのぐらいのことをしてもおかしくない人だと認識されている。

王伝福はフォーブズ中国の取材にこう答えている。「市場は戦場だ。競争は戦争だ。勝負は将軍で決まる。企業家の役目とはそこだ」。

従業員の多くが、BYDは企業ではなく大学だと感じている。大学の時は、学生寮と大学を行き来するだけで、BYDでは社員寮と会社を行き来するだけ。上司は上司というよりも指導教官のようだ。研究職やエンジニアは、大学の時と変わらずに学ぶことが仕事になっている。

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▲BYDの本社ビル。ペンタゴンのような建物だが、こちらは六角形だ。

 

自動車のすべての部品を自社生産。そこから学ぶ

現在のBYDという企業の特徴は技術だ。しかし、王伝福は技術志向だけの人ではなく、リアリストでもあった。それがBYDの成功の鍵になっている。

創業時にニッケルカドミウムバッテリーのような大きな資本を必要とする製造に参入するのは簡単なことではなかった。そこで、王伝福は、農村の安い労働力を活用して、人海戦術でバッテリー製造を始めた。これにより、当初から低価格でバッテリーを供給することができ、日本企業が独占する市場をわずかずつ切り取っていった。そして、利益が出始めると自動化技術を自社開発して、生産ラインを段階的に自動化をしていった。

自動車製造では、ほとんどすべての部品を自社開発している。1台の車で外部から調達している部品はわずか30個程度であるという。自社生産をするのは、コストを下げる研究開発ができる。コストを下げながら、品質を落とさないという調整ができる。そこを追求することが、BYDの「安くていいもの」を生み出す原点になっている。

また、短期間で自動車のすべての製造に関するノウハウが蓄積され、BYDは自動車製造の万能選手になることができた。

 

プラグインハイブリッドとEVで存在感を示すBYD

現在、BYDは数十車種を販売している。バス、タクシーの公共交通用EVと、個人向けのプラグインハイブリッド「秦」「唐」「漢」「明」が中心になっている。いずれも高級車よりのラインナップだ。

王伝福は、542技術を全車種の技術目標に掲げている。時速100kmまでの加速が5秒以内、フルタイムの4輪駆動、100km走行の燃料消費2リットル以内というものだ。

また、電気自動車の「漢EV」も好調で、五菱とテスラに次ぐ地位を確保している。

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▲現在の主力車種「漢EV」。航続距離600km以上という高級車だが、好調に売れている。

 

世界初のプラグインハイブリッド量産で注目される

BYDの発展は、3つの段階に分けることができる。1995年から2002年まではバッテリー製造の時代。2002年から2009年までは電池とガソリン車製造の時代。2009年以降は、新エネルギー車製造の時代で、次のビジネスとして軌道交通の領域に進出をしようとしている。

大きな転換となったのは、2008年にウォーレン・バフェットの投資会社が、2.3億ドル(約39億円)の投資をしたことで、これでBYDの名前が国際的にも認知され、BYDの株価は1年で10倍にも膨らむことになった。ここで潤沢な資金を得た王伝福は、新エネルギー車の製造に挑戦をする。

最初のプラグインハイブリッド車F3DMは、世界初の量産型プラグインハイブリッドとして政府機関や法人に販売が始まり、2010年からは欧州で一般向けの販売が始まっている。価格はベースとなったガソリン車の2倍ほどになってしまったが、中国の政策が新エネルギー車に向かっていたことから、深圳市政府などが購入をした。

また、2009年には公共交通市場に進出をする。EVバスK9を開発し、同じく深圳市などに採用された。EVバスK9、プラグインハイブリッドF3DM、EV乗用車E6の三車種がBYDの主力製品になっていった。

さらに、広東省湖南省に大規模な太陽発電施設を作り、自動車生産工場を建設していく。政府の新エネルギー政策により、地方政府が土地を無償提供するなどの追い風に乗ることができた。

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▲世界で初めてプラグインハイブリッドF3DMの量産を行い、国際的にも注目された。

 

ガソリン車低迷による経営危機

しかし、思わぬところで足元をすくわれた。新エネルギー車市場はまだ利益の出る段階ではなく、投資フェーズにあった。それは折り込み済みで、王伝福は未来への投資をしていた。その赤字分を補っていたのはガソリン車の売上だった。2010年から、その肝心なガソリン車の売上が下降し始めたのだ。BYDのガソリン車は最初に開発をしたF3とそのバリエーションであり、はっきりとした新車種がなかった。性能はアップデートされていくものの、消費者からはすでに飽きられていた。

2010年8月、BYDが年間の販売目標を80万台から60万台に修正し、大幅なリストラを行わざるを得なくなった。キャッシュフローもぎりぎりの段階に追い込まれた。

2011年には減収減益がはっきりとし、自動車製造、携帯電話部品製造、バッテリー製造の主要事業は利益を生み出すことができなくなり、新エネルギー車製造は育成段階にあり、短期には利益が見込めないという八方塞がりの状態になった。

それまでのBYDは株価が上がり続け、個人投資家からは「神株」と呼ばれていた。国内A株では158倍、香港株では120倍にもなったことがあり、海外からも中国株投資の優良株だと認識されていた。しかし、この時には個人投資家は王伝福のことを「詐欺師」と呼び始めていた。

 

旧事業を引きずっているBYD

BYDは、バッテリーからEVという流れだけに注目をすると、先進技術に特化した企業であるかのように見えてしまう。それは一面で正しいのだが、意外にも古い産業を引きずっている。

2020年の営業収入の内訳は、自動車が53.8%、スマホ部品関連が38.5%、バッテリーと太陽電池が7.7%と、スマホ部品関連の収入も大きい。また、自動車も2020年は42.7万台を販売したが、そのうちの新エネルギー車は18.9万台のみで、ガソリン車が23.7万台もある。つまり、スマホ部品製造、組み立て、ガソリン車という古い事業がBYDを支えていたのに、それが下降をし始めている。

それを見越して、新エネルギー車やバッテリー事業が伸びていき、置き換えられていく見込みが外れ、思ったより伸びないという状態になっている。

「市場は戦場だ」と言う王伝福にすれば、前線はじわじわと後退しているのに、新たな橋頭堡が築けない状態だ。2020年後半から新エネルギー車市場は好調に動き始めている。この追い風で、BYDは新事業に完全シフトすることができるだろうか。BYDは大きな好機を迎えている。