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アリババはテンセント帝国の臣下となるのか。アリババのサービスが続々とWeChatミニプログラム開設を申請

アリババのEC「淘宝網」のサブブランド「タオバオ特価版」がすでにテンセントのSNS「WeChat」のミニプログラム開設の申請をしていたが、さらにアリババの中古品売買プラットフォーム「閑魚」(シエンユー)もWeChatミニプログラム開設を申請をしていることが判明をした。これはアリババの敗北が始まったのかと互楽応用が報じた。

 

SNSで拡散から購入に直結できるWeChatミニプログラム

WeChatミニプログラムとは、テンセントのSNS「WeChat」内で利用できるアプリ内アプリ(実態はウェブアプリ)。ネイティブアプリと異なり、事前インストール不要、アカウント登録不要(WeChatのアカウントでログイン)、決済方式設定不要(自動的にWeChatペイが使われる)など利便性が高いことから、多くのBtoC企業が顧客との接点の主軸をウェブやネイティブアプリからWeChatミニプログラムに移している。

メリットはこれだけでなく、国民的インフラとなったWeChat内のアプリであるという点が大きい。SNSで商品情報のリンクがやり取りされると、タップするだけで、そのWeChatミニプログラムが開き、サービスを利用できる。このWeChatメッセージからの流入が大きい。

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▲拼多多のWeChatミニプログラム。機能としてはネイティブアプリとほとんど変わらない。SNSで拡散したリンクから直接開け、購入まで直結させることができ、中国のECビジネスの世界を大きく変えた。

 

アリババを遮断してきたテンセント

当然ながら、アリババ系のサービスはWeChatミニプログラムを利用していなかった。WeChatミニプログラムを開設するには、テンセントの許可が必要になり、さらにアリババとしては自社のスマホ決済「アリペイ」を使ってほしいからだ。

そのため、WeChatはアリババ系サービスのミニプログラム申請を拒否していたし、WeChat内のメッセージにアリババ系サービスのリンクが貼られることも無効化をしていた。

このような「封殺」処置は2013年頃から始まっている。この当時は、アリババにとってまったく問題にならなかった。なぜなら、2013年6月時点でのタオバオのECシェアは95.1%と、ほぼ独占状態だったからだ。テンセントも拍拍網(パイパイ)を2005年から開始していたが、この時のシェアは4.7%にまで落ちていた。

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▲テンセントが2005年に始めた直営EC「拍拍網」。アリババのタオバオに勢いがある時期で、ほとんどシェアを都ることができなかった。テンセントは自社でECを運営するのではなく、EC企業に投資をして、SNSとのシナジー効果をねらう戦略に切り替えた。

 

テンセント系ECを成長させたWeChat

テンセントは自社でECを運営することをあきらめて、EC企業に投資をし、WeChatとのシナジー効果をねらう戦略に舵切りをした。これにより、京東(ジンドン)に投資をし、さらに拼多多(ピンドードー)に投資をした。

特に、拼多多の成長は目覚ましく、2020年末段階で、テンセント系ECの企業価値はアリババのEC部門の企業価値の1.3倍にまで膨らんでいる。また、注文件数では2019年にテンセント系がアリババを抜き、2020年には大きく上回るようになった。さらに、拼多多単独でも日間アクティブユーザー数で7.884億人とタオバオの7.57億人を超えた。

このようなテンセント系ECの成長は、間違いなくWeChatの膨大な流量からの流入だ。個人同士で、京東や拼多多の商品情報が交換される。受け取った人が、その情報をタップすると、京東や拼多多のWeChatミニプログラムが開き、その商品が購入でき、その場で自動的にWeChatペイで決済される。こういう消費行動の流れができあがっている。

 

伸び悩むタオバオ特価版

拼多多は、日用雑貨を激安で販売することが特徴のECだ。アリババはこれに対抗するために、日用雑貨の卸問屋の集積地である浙江省義烏市の業者と提携して、「タオバオ特価版」を2020年3月に始めている。

アリババの発表によると、2020年9月の段階で、タオバオ特価版の月間アクティブユーザー数は7000万人に達したという。これは独立したECサービスとしては驚異的な数字だ。タオバオ本体からの流入が大きいのだと思われる。しかし、テンセント系ECがWeChatから得る流入量を比べると桁が1つ小さい。

 

アリババ系サービスが続々とWeChatミニプログラムを申請

京東が始めている激安EC「京喜」(ジンシー)、「拼多多」、「タオバオ特価版」の3つが同じポジションで競い合っており、多くの業者が3つのプラットフォームに出品をしている。しかし、売行きの面では多くの業者が拼多多が強く、その次が京喜であり、「タオバオ特価版」にはあまり力を入れられない状態であるのが実体だ。

このため、WeChatの莫大な流量を利用しなければ、拼多多に対抗することは難しく、アリババとしては苦渋の決断をして、WeChatミニプログラムの申請を行わざるを得なかった。しかも、タオバオ特価阪に続いて、中古品売買サービスの「閑魚」(シエンユー)もWeChatミニプログラムの申請を行った。また、業界では、ウーラマ、盒馬集市、菜鳥裹裹、HelloBikeなどのアリババ系サービスがWeChatミニプログラムの申請を検討しているとも報道されている。

アリババの最大の弱点「SNSを持っていない」ということが大きく響き出している。

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▲アリババの中古家具CtoC取引サービス「閑魚」。若い世代を中心に人気になっているサービス。タオバオ特価版に続いて、WeChatミニプログラム開設の申請を行った。

 

アリペイを凌駕し始めたWeChatペイ

タオバオ特価版、閑魚のWeChatミニプログラムは現在審査中で、いつ頃結果が判明するかはテンセントはコメントしていない。しかし、ライバルであるからといって拒否をされることはないだろうというのが大筋の見方だ。アリババという巨大なサービスがWeChatミニプログラムに参入することは、テンセントのビジネスにとっても大きなメリットがある。しかも、当然ながら、アリババのサービスもアリペイではなく、WeChatペイを使うという点が大きい。

アリババとテンセントは、スマホ決済「アリペイ」と「WeChatペイ」の領域でも激しい競争を行なっているが、アリペイの運営母体であるアントグループは上場にストップがかけられ、現在の企業価値は1500億ドル(約16.4兆円)にとどまっている。一方、テンセントの理財通(オンライン決済部門)の価値は、方正証券のアナリストによると、2020年末時点で1.08億元(約18.3兆円)と見積もることができ、すでにアントグループを上回っている。これで、アリババのサービスがWeChatミニプログラムに参入すると、さらに理財通の価値は大きく増加する。一見、アリペイとWeChatペイの決済金額シェアでは、アリペイが大きくリードをしているように見えるが、実質的なスマホ決済ビジネスの点では、テンセントが引き離し始めている。

 

アリババはテンセント帝国の臣下となるのか

WeChatミニプログラムを開設することは、個々のサービスを成長させるために必要なことだが、アリババは大きなリスクを負うことになる。WeChatミニプログラムをビジネスの主軸の流入口とすることは、テンセントに生殺与奪の権を握られるということだ。実際、2017年に「匿名聊聊」事件が起きている。個人に対して、暗号化した音声メッセージを送れるという匿名聊聊(ニーミンリャオリャオ)のWeChatミニプログラムが公開され、わずか4時間で140万人が利用するという大ヒットになった。

しかし、4時間後に、テンセントは突然、匿名聊聊のWeChatミニプログラムを停止する措置に出た。停止された理由は明らかにされていないが、匿名で音声メッセージがやり取りできるという点に、中国政府がなんらかのアクションを起こしたのか、あるいはテンセント内部で配慮をしたのではないかとも言われている。

匿名聊聊を開発した魏志成氏はテンセントを批判している。「匿名聊聊は、WeChatミニプログラムのガイドラインに従って開発をし、テンセントの審査も問題なく通過をしました。テンセントは停止の理由も説明してくれません。二重基準ではなく、基準がないのです」。

アリババのミニプログラムを停止する措置に出るというのは世間の批判を浴びるため、そのようなことまではしないにせよ、規約違反を盾にさまざまな圧力をかけることができる。アリババは、すでにテンセント帝国の属国になったのだと評する人もいる。長年、ライバルとして激しい競争をしてきたアリババとテンセントの関係性が大きく変わることになる。

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▲2017年に起きた匿名聊聊事件。理由の説明もなく、WeChatミニプログラムが突然停止された。WeChatミニプログラムを開設するということは、テンセントに生殺与奪の権を握られるということだ。