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1.3兆円でアリババに売却をされたフードデリバリー「ウーラマ」。売却されても社名が残っている理由

現在はアリババの完全子会社となっているフードデリバリー「ウーラマ」。創業者は1.3兆円の現金を手に入れ、中国史上最大のイグジットと言われる。しかし、創業者がお金だけを追い求めていたわけではないと財新説が報じた。

 

起業家が目指すのはお金の自由なのか事業なのか

起業家が目指すのは上場か売却のいずれかだ。それまで創業者の権利にすぎなかった持株が、突然高値がついて売れる。数年必死になって事業を成長させれば、後は一生働かなくてよくなる「お金からの自由」を手に入れることができる。しかし、起業家はそれを本当に目指しているのだろうか。事業をすることが生き甲斐で、自分が起業した会社は自分の子どものようなもの。絶対に手放したくなく、ずっと経営をしていたいと考える起業家もいる。

フードデリバリー「餓了么」(ウーラマ)を創業した張旭豪(ジャン・シューハオ)は、ウーラマをアリババに売却をして655億元(1.3兆円)の現金を手に入れた。これは中国では最大の現金による買収案件となった。もはや張旭豪はお金の心配など必要がない。人からは中国で最も成功したイグジットとも言われる。しかし、それはほんとうにそうだったのだろうか。

▲ウーラマの創業者、張旭豪。中国史上最大のイグジットをし、現在は個人投資家として暮らしている。

 

学生の買い出しから思いついたデリバリービジネス

1985年に生まれた張旭豪は、上海交通大学の大学院生だった時期にフードデリバリーというビジネスを思いついた。中国の大学生は学生寮に住むのが基本であり、食事は学食でとるのが一般的だった。学食の食事は安く、栄養バランスが考えられているが、問題はおいしくないことだ。そこで、学生たちは学生寮をこっそりと抜け出し、近所の料理屋にいき、テイクアウト料理を買い、学生寮で食べるということをしていた。誰かが「○○の店で回鍋肉を買ってくる」と言えば、自分も自分もとお金をわたし、代表者が10人前を買って帰るということも珍しくなかった。

この料理を買いに行く代行業がビジネスになるのではないか。張旭豪が友人に相談すると、友人はそれはすごいビジネスに化けるかもしれないと言う。なぜなら、誰がどの店のどの料理を買ったかのデータを把握できるからだ。そのデータを分析して飲食店に還元することでコンサル業ができる。利用者からは配達料をとり、店舗にはコンサルを行う。これは絶対うまくいく。張旭豪と4人の友人たちは、「ウーラマ」(お腹すいたの?という意味)というユニークな名前の企業を2008年に立ち上げた。

▲中国でよく見かけるフードデリバリー「ウーラマ」。青いカラーが特徴だ。ライバルの美団は黄色いカラーで街を走り回っている。

 

後追いの美団に追い上げられるウーラマ

当初はいろいろ苦労をしたがスマートフォンが普及をするにつれ、ウーラマの利用者が増えていき、2015年には国内外から4つの投資機関の投資を受け、投資総額が10億ドルを超え、ユニコーン企業となった。

しかし、張旭豪らが考案したフードデリバリーという新しいビジネスをコピーした美団(メイトワン)が追い上げてきていた。美団は後追いだったが、創業者の王興(ワン・シン)はビジネスに長けた人で、ウーラマが盲点になっている点をついてくる。

両社の勝敗を決定づけたのはグルメ口コミサービスだった。当時、最もよく使われていたグルメ口コミサービス「大衆点評」は、ウーラマに投資をしていたが、投資をしただけで具体的なシナジー効果を生もうとはしていなかった。

これは美団の王興から見ればあり得ない手抜かりに見えた。なぜなら、人はお腹が空いた時、「出前を取ろう」と考えていきなりデリバリーのアプリを開くという行動はしない。お腹が空いたら「何を食べよう」と考えてグルメ口コミサービス「大衆点評」を開く。そこで飲食店を検索して食べたいものを選び、そこが遠かったりすると出前を頼もうと考える。つまり、フードデリバリーは独自のアプリを公開しても、最初から出前を頼もうと考えている人しか獲得することができない。しかし、グルメ口コミサービスに「デリバリー」のボタンをつけることで、より多くの「お腹が空いた人」を顧客として獲得することができる。特に、デリバリーの普及段階では、新規の利用者を獲得しやすい。

ウーラマはせっかく大衆点評の投資を受けながら、このような施策をしていなかった。そこで美団は投資資金を使って大衆点評を買収してしまった。そして、大衆点評の各飲食店のページにデリバリーのボタンをつけた。これにより、美団は利用件数でウーラマを大きく上回り、業界トップシェアを獲得した。

 

消費者問題で窮地に立たされたウーラマ

さらに、ウーラマは不幸に見舞われた。毎年3月15日の国際消費者権利デーには、中央電子台で「315晩会」という特別番組が放映される。消費者の権利を侵すような企業を糾弾する報道番組だ。

2016年の315晩会では、ウーラマが槍玉に上がった。黒店の問題だった。北京市通州区に、営業許可も受けていない、住所もでたらめ、ウーラマに掲載している店舗写真もでたらめのキッチンだけの飲食店があり、ウーラマはそこからも料理を配達していた。闇営業の店であるために消毒設備もなく、食品基準、衛生基準も守られていないことを中央電子台の記者が暴露した。そして、契約をする飲食店は厳しい審査をしていると公言するウーラマがなぜこのような飲食店と契約をしているのかを厳しく追求した。

ウーラマは審査が甘かったとして、食品安全管理担当者を解雇し、消費者に謝罪をしたが、多くの消費者がウーラマではなく、美団を利用するようになり、ウーラマの経営は一気に追い込まれることになった。

運転資金が厳しくなったウーラマはアリババに12.5億ドルの投資を仰ぐことになった。

▲ウーラマの創業者、張旭豪。創業時には自分で営業をし、自分で配達をしていた。

 

ウーラマの名前を残す最後の手段

しかし、ウーラマの苦境は改善しない。アリババは新小売スーパーなどの新小売ビジネスが好調で、大量のデリバリー業務を必要としていた。アリババからの業務委託を受ける率は上がっていき、このままではアリババに買収されることになるのは明らかだった。

張旭豪は、ウーラマという企業を残したかった。ウーラマという名前も残したかった。自分もウーラマのCEOであり続けたかった。しかし、この3つを同時に守ろうとすると、ウーラマはアリババに買収をされて、アリババのデリバリー部になってしまい、自分も追い出されることになり、ウーラマは消えてなくなってしまう。

張旭豪は、アリババのCFOである蔡崇信(ツァイ・チョンシン、ジョセフ・ツァイ)に面会を求めた。そこで買収価格の交渉をすると65億ドルという数字が出てきた。

次に、張旭豪は美団の王興に会いに行った。美団に売却をする意思はなかったと思われる。しかし、王興はチャンスだと見て90億ドルという数字を出してきた。この話は、当然業界の中を伝わり、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の耳にも入る。

この下準備をしてから張旭豪はアリババと正式な交渉に入った。これにより、当面はウーラマという企業名を残すこと、売却価格は95億ドルであることなどが決まった。さらに、張旭豪が実際の経営に携わることはできないが、形式上はウーラマの会長という職に留まることができた。

現在、張旭豪は655億元の現金を手にし、悠々自適の生活を送っている。張旭豪はウーラマを手放すことになったが、あの状況の中では最善の道を選んだと確信しているという。

起業家はお金を求めているのか、事業を求めているのか。それはどちらか一方に決めつけることはできない。