中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

アリババに買収されたサービスはその後どうなるのか。買収で消えてしまうサービスの悲劇(下)

テックジャイアントは自身の事業が巨大であるだけなく、有望なサービスを次々と買収し、自社陣営に加えて、拡大をしていく。それは大国が周辺国を飲み込む姿にも例えられる。しかし、買収されたサービスの多くが、結果として消えてしまう例が多いとPMCAFF産品経理社区が報じた。

 

アリババの支援を拒否した美団

テックジャイアント「アリババ」に買収される企業は多い。しかし、買収された後はどうなるのだろうか。フードデリバリーなどの生活サービスを提供する美団(メイトワン)は、以前、アリババの支援を受けていたことがある。美団にとって、成長のきっかけとなった投資で、美団にとってアリババには恩義がある。しかし、美団創業者の王興(ワン・シン)は、「ジャック・マーは不誠実な人である」と発言してアリババに反旗を翻した。

王興の主張によると、美団が対応する決済方式をアリババのアリペイのみに絞ることを要求され、その要求を拒否すると、アリババが保有する美団株を意図的に安値で売却したという。そのため、美団の株価は下がり、経営が難しくなった。それ以来、美団はアリババのライバルである騰訊(タンシュン、テンセント)の支援を仰ぎ、現在では生活サービスの領域でアリババのライバルとなっている。

 

アリババの買収を受け入れたウーラマ

一方、フードデリバリーで美団のライバルであるウーラマは、アリババに買収される道を選んだ。しかし、買収をされるとともに、創業者の張旭豪(ジャン・シューハオ)は、ウーラマから離れることになった。フードデリバリーという新しいビジネスを生み出したイノベーター企業であるウーラマは、今ではアリババの新小売戦略のひとつのパーツになっている。

アリババに買収されるということは、大量の資金を得ることができ、事業を大きく拡大させるチャンスが生まれる。しかし、拡大方針は当然、アリババの戦略や思惑に従う必要も生まれる。アリババに買収されることは、スタートアップ企業にとって幸福なことなのだろうか、それとも不幸なことなのだろうか。

 

ドロップボックスに対抗して生まれた酷盤

酷盤(クーパン)は、ドロップボックスと同じように手軽にデータ共有ができるクラウドサービスだ。創業者の顧志誠(グー・ジーチェン)は、ソフトウェア領域のシリアルアントレプレナーだ。2000年には、わずか15歳で、「狗狗静電」というサイトを作り、事業化をしている。

その頃、米国で生まれたドロップボックスを使いたかったのだが、中国では利用することができず、それではと中国版のドロップボックス「酷盤」を開発した。PCからでもスマートフォンからでも、ファイルを共有できるクラウドサービスだ。当初は5Gまでの利用が無料で、友人を紹介すると15Gの無料クラウドストレージが与えられた。これはドロップボックスの2G、10Gよりも大きく、ドロップボックスが中国で利用できるようになっても、じゅうぶんな競争力があると考えた。

f:id:tamakino:20210825124016j:plain

▲中国のドロップボックス「酷盤」。アリババに買収されて開発チームは散り散りに。サービスも結局停止された。

 

焼銭大戦でアリババの支援を仰ぐ

最初に広く使われたのが大学だった。教授が大量の教材を酷盤に保存する。学生たちはそれを自分のPCやスマホでアクセスして入手するという使い方が広まった。また、企業でも書類の配布に利用されるようになった。

酷盤はわずか5ヶ月で、600万アカウントを達成し、投資資金も集まるようになった。

しかし、そのような急成長をテック企業が指を加えて見ているわけがなかった。2013年になると、百度キングソフト、360などが同様のサービスで参入をしてきた。そして、大量の無料ストレージを提供する、有料会員を一定期間無料にするなどの焼銭大戦が始まった。

その戦いぶりは常識を超えたものだった。360は無料ストレージを360G提供した。百度は期間限定ながら1Tの無料ストレージを提供した。すると360は無料ストレージを1Tに増やす。すると、百度は1元を支払うことで2Tに増やすことができるキャンペーンを始める。さらに、360は36T、百度は100Tの無料ストレージを提供する計画を進めているほどだった。

サービスそのものに大きな差がないため、無料ストレージの大きさぐらいしか競うポイントがなかったとは言え、常識外の競争になっていた。酷盤は資金調達に悩むことになる。そこに資金を提供したのがアリババだった。

 

開発チームは配置転換、サービスは消滅

2013年9月、アリババは酷盤を買収し、酷盤はユーザーシステム及びデータ活用部門に吸収され、セキュリティを高めることが新たな目標となった。酷盤のエンジニアたちもアリババに吸収されたが、酷盤チームはセキュリティ系のエンジニア中心で再編成されたため、多くの元酷盤エンジニアはYunOS(モバイルデバイス用OS)のチームに回された。元酷盤エンジニアで、現在も酷盤チームに残っているエンジニアはほとんどいなくなってしまった。

2年後の2015年8月、アリババは酷盤の新規登録を停止し、10月にはサービスを完全停止すると発表した。各ユーザーがクラウドに保存しているデータは、削除をされ、回復する手段は提供しないとユーザーに告知をした。

 

アプリストアとして成功した「豌豆荚」

2009年からサービスを提供している「豌豆荚」(ワンドージャー)は、Android用のアプリストアサービスだ。Androidスマートフォンが広がり始めた当時、アプリストアは豌豆荚か91助手ぐらいしか存在しなかったため、当時のインストール必須アプリとなった。サービス開始3年で、1.5億人のユーザーを集め、4年で5億人を集めるに至った。

しかし、急速に会社が成長をしたたため、経営層での権力闘争、不正行為、版権問題などのトラブルが生じるようになる。さらに、百度、360がアプリストアビジネスに進出、独立系の「応用宝」も伸びてきた。さらに、ファーウェイ、小米(シャオミ)、OPPOvivoなどのスマホメーカーは、自社のスマホに自社運営のアプリストアアプリをプリインストールするようになり、豌豆荚の必要性は薄れていき、2012年からは利用率がめっきりと下がっていった。

このようなサードパーティによるアプリストアで生き残っているのは、TapTapのように、ゲームに特化をした垂直型アプリストアのみになっている。

f:id:tamakino:20210825124020p:plain

スマートフォンの初期に人気だったアプリストア「豌豆荚」。PCでアプリをダウンロードして、管理をし、スマホに転送することができた。

 

売り時を逸した「豌豆荚」

2013年7月、百度はアプリストア「91無線」を19億ドルで買収をした。この時、豌豆荚の創業者、王俊煜(ワン・ジュンユー)は、メディアに対して、「豌豆荚は91無線のようになることはない」と断言をした。しかし、皮肉なことに、2016年にはアリババに買収されることになり、しかも、時間とともに企業価値が低下をしたため、買収額はわずか2億ドルだった。ライバルだった91無線の1/10でしか売れなかったのだ。サードパーティのアプリストアに将来がないことを考えると、豌豆荚は、今から振り返れば、売り時を逸したことになる。

 

アリババの従業員になるか、外に出るかの二択

アリババに買収された豌豆荚は、アリババが複数展開しているアプリストアに組み込まれることになった。従業員はそのままアリババに移籍をしたが、創業者の王俊煜と周辺の数人は、新しい企業を創業した。この企業は、アリババとも豌豆荚とも無関係だ。

アリババに買収をされた場合、その経営層には2つの道がある。ひとつは、今まで通り、その企業のリーダーとしてアリババの中で仕事を続けること。ただし、CEOではなく、単なるチーム責任者になる。もうひとつが、売却で得た資金を持って、完全に外に出て、自分が創業した企業ともアリババとも縁を切ることだ。アリババに買収された企業の創業者の多くが、外に出る道を選ぶ。

 

人気音楽サービスとなった「天天動聴」

2007年にサービスを始めた「天天動聴」(ティエンティエンドンティン)は、音楽ストリーミングサービスで、PC時代に必須のサービスとなった。歌詞の表示機能や、豊富なイコライザー機能、豊富なスキン機能などが人気の理由だ。スマートフォンが普及をし始めると、すぐにアプリ対応をし、さらに利用者を拡大していった。2009年には利用者1000万人を突破し、2012年には1億人、2013年には2億人を突破した。

 

アリババは蝦米にリソースを集中

しかし、スマホ時代が始まるとともに、ライバルの音楽ストリーミングサービスが登場してきて、版権の争奪戦が激しくなっていった。天天動聴も版権獲得のために、大量の資金を必要とするようになり、2012年10月にアリババの投資を受けることになる。

その当時は、テンセントの「QQ音楽」、海洋音楽の「酷狗」「酷我」、アリババ系の「蝦米」「天天動聴」の3つの系統が版権争奪戦の中心で、さらに網易(ワンイー、ネットイース)の「網易雲音楽」も参入した。この中で、アリババは天天動聴の縮小をしていく。蝦米にリソースを集中することにしたのだ。開発チームの人員は削減され、新曲は追加されなくなり、サービスとしては衰退期に入っていった。

f:id:tamakino:20210825124024j:plain

▲音楽系サービスは、単なるコンテンツサービスではなく、運営がユーザーやアーティストから愛されているケースが多い。買収をされることは、多くのユーザーから裏切られたと感じる。

 

衣替えされ、サービスとしては消えた天天動聴

さらに、アリババは、既存の音楽だけでなく、誰でも音楽を公開できるオープンプラットフォーム「阿里星球」(アリシンチウ)を企画し、そのベースとされたのが、天天動聴だった。2016年4月、天天動聴は阿里星球と改名され、アリババ生え抜きのエンジニアチームによる大改造が始まった。一時期は、若者の間で知らない人はいなかったほど有名になった天天動聴のブランドは、ここで完全に消えることになった。

このアリババの対応には、音楽ファンから批判もあった。阿里星球は新たに作られるのではなく、天天動聴のブランド名を変えることからスタートしたため、天天動聴の利用者はそのまま阿里星球の利用者へとスライドされた。そして、天天動聴の愛好者から見れば、改悪が続くことになる。アリババは、天天動聴の価値を破壊しているという批判も起きている。

 

ユーザーが置いてきぼりになるサービスの買収

アリババだけでなく、テックジャイアントと呼ばれる企業は、いくつものスタートアップを買収してきた。その目的の第一は、利用者数の獲得だ。数千万人、数億人の利用者獲得は、ゼロから始めるたのでは膨大な時間と手間が必要になる。買収をすれば、(テックジャイアンとから見れば)わずかな金額で一瞬で手に入れることができる。また、コンテンツ資産も引き継げる。

さらに、そこに企業戦略という要素が加わってくる。わかりやすく言えば、「将来ライバルになりそうなサービスを買収して消しておく」ということも行われる。企業にはそれぞれの戦略があり、買収されたサービスは霧散霧消してしまうことも多い。

時代の必然と言えばその通りで、創業者は買収によって少なくない大金を手にし、普通の暮らしをするのであれば、もうお金を稼ぐために働く必要はなくなる。そのため、テックジャイアントに買収されることを最初から念頭に置いて創業するスタートアップも多い。しかし、そのサービスを気に入って愛好していたユーザーの多くが裏切られた思いを感じることになる。

インディーズ音楽を多く配信し、意識高い系音楽の流行の発信源となってきたアリババ(に買収された)音楽ストリーミングサービス「蝦米」も2021年2月にサービスを停止した。SNSは、深く愛好する人が多かった蝦米の消滅を悲しむ声で溢れることになった。