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テスラ車の事故はワンペダル操作のせい?運転感覚がガソリン車とは異なるテスラ

テスラ車の事故が連日報道されている。その多くは、不具合ではなく、運転操作ミスと考えられるが、ネットではテスラのワンペダル操作に問題があるという声が上がり、有志が中国工信部に調査を依頼するまでに至っている。テスラのワンペダルのどこに問題があるのか。張抗抗KKが報じた。

 

連日のテスラ車の事故報道

テスラのブレーキ問題に続いて、今度はワンペダル操作が大きな問題になりつつある。2021年2月21日に、テスラモデル3に乗った女性が河南省安陽市で交通事故に会い、女性は「ブレーキに不具合があった」と主張をしてテスラと対立している。

それ以降、メディアは他のテスラ車の事故を連日報道している。メディアがアクセス数の稼げる記事として報道していることも否定できないが、正確な統計はないもののテスラ車の事故は多いと多くの人が感じている。

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▲テスラ車で事故を起こし、ブレーキに不具合があったと主張する女性は、上海モーターショーで、テスラブースに乱入し、ブレーキ問題を訴えた。現在、テスラとの間で裁判が進んでいる。

 

原因はワンペダル操作?

その原因として、ネットで取り沙汰されているのがワンペダル操作だ。ワンペダルは、アクセルを踏むと加速、アクセルを放すとブレーキがかかるというもので、運転操作が楽になるだけでなく、ペダルの踏み間違い事故が起きなくなる。また、このアクセルを放すことによってかかるブレーキは、回生ブレーキで、自動車の慣性走行を利用して発電をする。そのため、うまく利用すると、航続距離が10%から15%伸びると言われている。

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▲ワンペダル操作は、次世代の操作方法として期待をされている。踏めばアクセル、放せばブレーキがかかる。人間側が早くこの操作に慣れる必要がある。

 

中国でも多発するアクセルとブレーキの踏み間違い事故

中国でもアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故は多発している。特に多いのが、駐車場に止めようとして、アクセルを誤って踏み込んでしまい、店舗に突っ込んだり、他の車に衝突をしたり、最悪の場合は歩行者にぶつかってしまうというものだ。

この原因は、自動車がオートマになって、アクセルとブレーキというUIデザインの原則が崩れてしまったことだ。マニュアル車時代、アクセルはエンジンを回すスイッチであり、ブレーキは車を停止させるスイッチだった。アクセルを踏めば車は動き、ブレーキを踏めば車は止まるというシンプルな関係になっていた。

しかし、オートマでは、構造上、半クラッチという操作ができないため、アクセルを踏まなくても、車は低速で移動する。いわゆるクリープだ。そのため、オートマ車ではエンジンをかける時に、ブレーキを踏みながらでないとエンジンがかからないようになっている車種が増えている。

駐車場のような微速を必要とする状況では、マニュアル車はアクセルを踏み、半クラッチにすることで必要な速度を作り出す。「アクセルで動く」というUIの一貫性は崩れていない。

しかし、オートマ車では、必要な速度を作り出すのに、クリープさせてブレーキを軽く踏むことで行う。つまり、ブレーキに足を乗せているのに動くという状況が起こり、UIの一貫性が崩れてしまう。しかも、ややこしいことに、傾斜がある場所や段差のある場所では、クリープの速度では不十分で、アクセルを踏まなければならいこともある。つまり、微速を作り出すのに、ブレーキを使うこともあれば、アクセルを使うこともあるのだ。

この時、突然子どもが飛び出してくる、電話がかかってくるなどの突発自体が起きると、どちらのペダルを使っているのかの判断を間違えてしまう。

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▲典型的な踏み間違い事故。車両に衝突をしてからもアクセルを踏み続けていることに注意。アクセルとブレーキの踏み違いにまったく気がついていない。

 

テスラのワンペダルに問題ありとの声があがる

ワンペダル操作では、このような踏み間違いが起こらなくなる。アクセルを踏み込めば動き、放せば止まると、UIの観点からは、操作と結果が1対1に対応をしているからだ。

しかし、テスラ車のオーナーからは、テスラのワンペダル操作に問題があるという声が上がっている。専門メディアに投稿したり、SNSで意見を表明するだけでなく、中国工信部に対して、正式な調査を要求した人も多数いた。

2021年5月31日に、工信部はこのような声に正式に対応を公表した。その内容は、「ワンペダル操作は、テスラだけでなく多くのEVで採用されている新しい操作方式であり、その安全性は確認されている」というものだった。

 

踏み間違いの起こらない安全なワンペダル操作

この工信部の発表には一理ある。ワンペダルだから危険ということはなく、むしろ、ツーペダルに比べて安全性は飛躍的に上がる。

ツーペダルでの踏み間違い事故の問題は、「ペダルを踏む」という1つの操作に対して、加速と停止という2つの結果が生じてしまい、操作と結果が1対1に対応をしていないことだった。これをUIデザインの原則である1対1の対応に戻すには、踏み方を変えて「踏み方A」→「加速」、「踏み方B」→「停止」という擬似的な1対1対応を作り出すことだ。そのために、教習所では「アクセルはカカトをつけて踏む。ブレーキはカカトを浮かせて足裏に体重を乗せて踏み込む」という踏み方を変えるように指導をしている。

しかし、現在の車はブレーキのアシスト機能があるために、つま先で軽く踏んでもしっかりと車が止まるようになっている。そのため、カカトをつけて踏んでも、通常の運転では問題がなくなっている。これにより、運転が楽だという理由で、アクセルもブレーキも、カカトをつけた同じ踏み方になりがちだ。

 

ブレーキペダルの位置を変えると反応時間が伸びてしまう

では、ブレーキペダルの位置を高くして、強制的にアクセルとブレーキで踏み方が異なるようにしてしまうことはできないのか。あまりにブレーキペダル高くすると、今度は操作に対する反応時間、足の移動時間が長くなってしまい、咄嗟の操作ができなくなり、全体の危険性が増してしまう。

「Advances in Engineering Design」に掲載されている論文「The Advancement of United Acceleration-Brake Pedal:A Review」(アクセル・ブレーキ統合ペダルの進化:評価)によると、ブレーキペダルはアクセルペダルよりも40mm程度高い位置にある時に、反応時間、足の移動時間ともに最短になる。同時に、ワンペダルであれば、この操作のタイムラグは圧倒的に短をされる。

つまり、ワンペダルの方が、トータルの安全性は大きく向上される。工信部の意見はもっともなのだ。

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▲アクセルペダルとブレーキペダルの高さの差による反応時間の違い。2つのペダルの高さの差が40mm程度の時、反応時間、足の移動時間が最も短くなる。●はワンペダルの場合の反応時間。ツーペダルよりも圧倒的に短縮される。足の移動時間はゼロになる。

 

鋭敏に反応しすぎるテスラのペダル

しかし、テスラ車のオーナーたちは、ネットで反論をし、それが自動車専門メディアで大きな話題になっている。

オーナーたちが、問題にしているのはテスラ車の反応がよすぎることだ。アクセルを踏むとタイムラグをほとんど感じないほど、鋭敏に反応する。これはテスラ車特有の現象だ。上海蔚来汽車(ウェイライ、NIO)などのEVメーカーでは、アクセルを踏んでも反応するまでにあえて0.3秒から0.5秒のタイムラグが発生するように設計している。これは安全性のためもあるが、いちばんの理由は、ガソリン車の運転感覚に近づけるための工夫だ。

テスラ車はアクセルを踏むと機敏に車が反応する。しかも、EVはガソリン車よりもゼロ発進加速が強い。テスラ車は、EVの中でもゼロ発進加速が強い。

さらに、人間側はツーペダルとワンペダルの2つの運転方法を使い分けなければならない状態になっている。ツーペダル感覚が強く残っている人がテスラ車のワンペダルを使うと、ブレーキを踏むつもりでアクセルを踏んでしまい、間違ったと思った瞬間にはもう事故を起こしているということになっている。

 

自動車は性能だけでなく、感覚も設計しなければならない

ネット民の中には、自動車というのは100年前から存在するプロダクトで、100年のノウハウの積み重ねがある。しかし、テスラはガソリン車を作った経験がない。一般的な自動車メーカーはEVを作るときに、何も考えなくても、ごく自然に「ガソリン車の運転感覚」に近づけようとする。しかし、テスラはスマートフォンやIoTデバイスと同じように、機能優先、パフォーマンス優先になっているのではないかという批判も生まれている。

もちろん、これは一概にどちらがいいとは言えない問題だ。iPhoneが登場した時、多くの人が「物理キーがない携帯電話なんて使いづらい」と感じた。しかし、今では多くの人が物理キーのない入力方式に慣れている。レガシープロダクトの感覚を引きずれば進歩はできないし、かといってまったく新しいプロダクトは人間の側が慣れるまでに時間がかかり、その間にいろいろな問題が発生する。

ワンペダルの最大の問題は、人間側がまだ慣れていないということだ。そこをレガシープロダクトに近づけ、スムースに人間を慣れさせていくと考える企業と、それをばっさりと切り捨て、全速前進をしていく企業があるということだ。

テスラ中国では、数々の問題、批判を受けて、無料のテスラ車安全教室を展開し始めている。ネットでは、「意味がない」「上辺だけの対応」と批判が多いが、この安全教室で、テスラ車特有の特性について周知をしているのだとすると、人間側を早く慣れさせるという点で意味があると評価する人もいる。