21世紀になって、中国からBAT(百度、アリババ、テンセント)などのテック企業の成功例が登場して、東南アジアに刺激を与えている。東南アジア各国でもテック企業が創業し、ユニコーン企業が登場してきている。その中でも注目をされているのが、「ベトナムのテンセント」と呼ばれるVNGだと越南商機網が報じた。
反中であることが、国内サービスを育てたベトナム
ベトナムは、中国に対して独特の立場を保っている。中華文化の影響を強く受けながらも、「反中国」の姿勢を貫いているからだ。西漢、東漢、隋唐、明の時代に4回も中国に征服をされ、多くの周辺国の支配者が「王」を名乗り、中国よりも格下であることを表明したのに対し、ベトナムの支配者は「皇帝」を名乗り、大中国に対峙してきた。
その感覚は、現在でも続いていて、中国製品を避ける市民が多い。「反中」の空気が濃い国のひとつだ。
多くの東南アジア諸国は、中国のネットサービスを受け入れる傾向にあるが、反中であるベトナムでは、中国由来のサービスが今ひとつ広まらない。そのため、ベトナム生まれのネットサービスが育ち、ベトナムのテンセントとも呼ばれるテックジャイアントが育ちつつある。
▲中国テンセントとベトナムVNGのサービスの比較。テンセントが提供しているサービスを、ベトナムで独自に立ち上げるというのがVNGの戦略。
起業のきっかけは、中国ゲームのベトナムでの運営
VNGを2004年に創業したル・ホング・ミンは、オーストラリアのモナーシュ大学に留学をし、金融学を学んだ。ミンは、ゲーム好きでもあり、2002年には韓国で開催されたeスポーツ世界大会にベトナムチームとして参加もしている。
ミンは当初、中国や韓国のゲームを輸入して、ベトナム向けにローカライズし、ベトナム国内で運営するという代理運営ビジネスを考え、Vina Gameを創業した。しかし、多くの中国企業、韓国企業が、実績のないVina Gameを相手にしなかった。ようやく応じたのが中国キングソフトで、「剣侠情縁」のベトナムで運営する権利を獲得した。
▲VNGの創業者、ル・ホング・ミン。ゲームが好きで、自身もeスポーツプレイヤーだった。中国産のゲームをベトナムで運営するビジネスを始めた。
ベトナム流の「ビールとeスポーツ」イベント
ミンの運営方法は独特だった。ベトナムの若者たちはビールが大好きであり、ゲームを好きになってもらいたい顧客層とかぶっていた。そこで、ミンはビール会社と提携をして、大きな体育館でeスポーツ大会を開催し、観客はビールを飲んで盛り上がるというイベントを連続して行った。そこから「剣侠情縁」が若者の間で人気となっていく。オンラインにいるユーザー数は最高で17万人に達し、ベトナムのオンラインゲーム市場の92.3%のシェアを獲得した。
現在でも、ベトナムではeスポーツを観戦する時はビールを飲みながらというのが常識になっている。
▲中国キングソフトの「剣侠情縁」。このベトナム版の運営をすることから、VNGが始まった。
中国産ゲームをベトナム向けにローカライズ
2010年、ベトナムのゲーム市場は1.3億ドル(約140億円)に達していた。これは中国のゲーム市場のわずか3%程度という小さなものだったが、当時のベトナムの平均月収が100ドル程度であることを考えると、決して小さな市場とは言えなかった。
ミンは、中国とベトナムの根底にある文化が似ていることに気付いており、中国のゲームをベトナム向けにローカライズすることでヒットとなる方程式を確立した。中国のテンセントがVNGに出資をしてからは、ゲームだけではなく、テンセントのサービスをベトナム向けにローカライズしてサービスを提供するという戦略を始める。これにより、「ベトナムのテンセント」と呼ばれるようになっていく。テンセントはVNGの20%前後の株式を取得している。
▲VNGの社員たち。若い社員が多く、ナスダック上場の準備にも入っている。ベトナムのテックジャイアントに育ちつつある。
中国からの脱却を図り、独自サービスを提供
中国産ゲームをベトナム向けにローカライズをして運営することで資金を蓄え、そこからは、出資元であるテンセントに学び、テンセントが中国で提供しているサービスと同じものをベトナムでも独自に提供するようになり、中国からの脱却を図った。現在では多くの事業が、VNG独自のものになっている。
VNGは、4つの基幹事業を持っている。「メディアとゲーム」「SNS」「ソフトウェア」「スマホ決済」だ。
メディアとゲーム事業で中心になっているのは、動画ストリーミングのZing TVだ。ベトナムのテレビドラマや映画、中国、韓国のドラマ、映画などが楽しめる。
さらに、このZingシリーズとして、ニュースサイト、音楽ストリーミング、PC版SNSがある。
▲映像ストリーミングのZing TV+。中国、台湾、韓国などのドラマに人気がある。反中なのに、文化的には中国に親和性があるという複雑な状況になっている。
▲音楽のサブスクサービス「Zing mp3」。ベトナムでも若者の間では、音楽はストリーミングで聴くものになっている。
ベトナムの人口より多い利用者がいるSNS「Zalo」
SNSでは、スマホ用のSNS「Zalo」を提供している。2012年にサービスがスタートし、世界中に1億人の利用者がいる。ベトナムの人口は9000万人程度だが、1人で複数台のスマホを使うのが一般的になっているため、スマホユーザーは約1.3億人いる。
1日で9億件のメッセージが送られ、5000万分の音声通話が交わされ、4500万枚の写真が送られている。
すでにミニプログラム的な機能も備えており、Zaloの中からさまざまな生活サービスを利用できるスーパーアプリ化をしており、ベトナム人の生活プラットフォームになろうとしている。
▲VNGのSNS「Zalo」。テンセントのWeChatに学び、スマホ決済なども搭載され、ベトナムのコミュニケーションインフラになろうとしている。
普及し始めたZalo Pay、123 Pay
ZaloはWeChatペイと同じように、2017年にZalo Payというスマホ決済機能をスタートさせた。2018年の旧正月に、中国の紅包と同じように、お年玉を配布するキャンペーンを行い、一気に普及をした。
Zalo Payは、モバイル決済なので、個人間の送金、対面決済に使われる。オンライン決済では、2010年から123 Payを始めている。主に、VNGのストリーミングサービスの料金の支払いやチケット購入などに使われる。
ベトナム国内の40の銀行口座と紐づけられるほか、VISA、Masterのクレジットカードとも紐づけられる。
▲ZaloはただのSNSではなく、さまざまな生活サービスが利用できるスーパーアプリになっている。水道光熱費などの支払いがスマホでできるようになっている。
反中だからこそ、中国に学ぶ
VNGはすでに米ナスダック市場への上場準備を始めている。反中の空気が濃いベトナムは、ただ中国を嫌うのではなく、中国に学ぶことで、テック産業が成長している。中国で広まっているさまざなネットサービスは、いずれベトナムにも入ってこざるを得ない。中国のテックジャイアントが入ってくる前に、ベトナム独自の同様のサービスを普及させることで、中国の進出を阻む。VNGはそういう戦略で、ベトナムのテックジャイアントに育ってきた。
アジアのテックビジネスは、中国を中心に回ってきたが、東南アジアからも別の極が生まれてくるかもしれない。