中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

自動車のAピラーを透明にして安全確保。EVメーカー「ナタ」が採用。浙江省では安全性試験の標準化へ

6月1日、浙江省汽車工程学会は「乗用車デジタル透明Aピラーシステム性能要求と試験方法」(http://www.ttbz.org.cn/upload/file/20210510/6375625214003599911435441.pdf)を公開した。これは中国で初めての透明Aピラーの規格の雛形になるものだと開眼視頻が報じた。

 

運転者の死角となっていたAピラー

自動車のAピラーとは、フロントグラス部分を支える柱のこと。フロントグラスや車の屋根の部分を支えるだけでなく、衝突時には乗員空間が潰れるのを防ぐ役割も持っっている。そのため、強度のある素材や太さなどが必要であり、わずかながら運転者の死角を生み出していた。

特に、運転席側のAピラーによる死角は6度と大きく、右左折するときに、並走している自転車やバイクが、シンクロしてこの死角に入り続けることがあり、運転者の意識から消えてしまい、接触事故を起こすことがある。

f:id:tamakino:20210719093749j:plain

▲Aピラーは、わずかながら死角を生み出している。高速走行の場合はあまり問題にならないが、右左折時や駐車時には、バイク、自転車、歩行者が、Aピラーの死角に連動して動いてしまい、接触事故を起こすことがある。図は左ハンドルの場合。

 

カメラとディスプレイを使って擬似的に透明化

そこで、各自動車メーカーでは、このAピラーの透明化の工夫を始めている。もちろん、透明な素材でAピラーを作るのは難しいので、カメラとディスプレイを利用して、外の風景をAピラー上のディスプレイに映し出す擬似透明化という考え方が採用されている。幸いなことに、運転中の多くの時間で、運転者の顔の位置は大きくは動かないので、カメラ角度を自分に合わせて設定することで、違和感なく透明化効果を得ることができる。

f:id:tamakino:20210719093745p:plain

▲実際に透明化されたAピラー。撮影位置の問題で外の風景とずれているように見えるが、運転手の頭の位置を測定して、カメラ角度を調整し、運転者には自然な風景に見えている。

 

f:id:tamakino:20210719093742p:plain

トヨタの特許出願図。トヨタでは、カメラとディスプレイではなく、ミラーの組み合わせで、Aピラーを擬似透明化する特許を出願している。

 

液晶ディスプレイでは問題が生じる

しかし、一般的な液晶ディスプレイを利用することは問題がある。ひとつは液晶ディスプレイには厚みがあるため、Aピラーを薄くするか、液晶ディスプレイの分だけ乗員空間の内側に迫り出してくることになる。前者の場合は、強度に問題が生じる可能性があり、後者の場合は乗客空間内の快適さが失われる。

また、衝突時にはAピラーには大きな負荷がかかるため、ガラス素材である液晶ディスプレイは容易に割れる。運転者の顔に近い部分で、ガラスの砕片が空中に舞うことになり、顔や目という人間の弱い部分を傷つけてしまう可能性がある。

 

フレキシブル有機ELを採用することで透明化を実現

新エネルギー車メーカーの哪吒(ナージャー、ナタ)は、この問題を曲げられるフレキシブル有機ELディスプレイを使うことで解決した。薄いフィルム上のディスプレイなので、従来のAピラーの上に貼り付ける感覚だ。すでに同社の「哪吒U Pro」に透明Aピラーを搭載している。

同社の透明Aピラーシステムも2.0にアップグレードされた。運転者は運転中は頭の位置をあまり動かさないものの、交通状況が複雑になると、外部をよく見ようとして頭を前に出す習性がある。この時、透明Aピラーに映し出す風景がずれてしまい、かえって運転者を混乱させる可能性がある。

そこで、運転席に運転者の目の位置を追跡するカメラを設置し、自動的にAピラーに映し出す風景を違和感のない角度に調整する機能が搭載された。また、昼間と夜間では光の条件が異なるため、これも自動調節をして、違和感がなくなる機能が搭載された。

f:id:tamakino:20210719093754j:plain

▲ナタのフラグシップモデル「哪吒U Pro」。透明Aピラーを搭載していることが話題になっている。また、自動駐車機能も備わっている。

 


www.youtube.com

▲自動車専門メディア「苑叔聊車」による、哪吒U Proの試乗レビュー。透明Aピラーについても言及がある。

 

課題はOLEDの寿命

哪吒の透明Aピラー2.0は、自動車メディア、評論家、オーナーからも非常に好評だが、唯一の欠点はOLED(有機ELディスプレイ)の寿命の問題だ。具体的な使用年数は明らかにされていないものの、数年で交換が必要になると見られている。

現在、透明Aピラーの交換には1.2万元(約20万円)が必要で、自動車部品の交換料金としては高額の負担を強いられる。

そのため、透明Aピラー2.0では、車速に連動する設定も設けられた。車速が一定以上になると透明Aピラーがオフとなり、車速が落ちると透明Aピラーがオンとなるものだ。Aピラーの死角が問題となるのは、右左折時や駐車時なので、高速走行をするときはオフにして、OLEDの寿命を伸ばすというものだ。

まだ課題はあるとはいうものの、Aピラーの透明化により、運転しやすくなることは明らかだ。世界中の自動車メーカーが、それぞれの形で透明Aピラーの開発を行なっている。これからの車は、透明Aピラーが当たり前になっていく可能性が高い。