中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

取り残される高齢者。デジタルデバイドは永遠の社会課題

生活にスマホが浸透する中で、高齢者が取り残されている。スマホが使えない高齢者にとって、以前よりも暮らしづらくなってしまっていると北京晩報が報じた。

 

スマホを持たない人には暮らしづらい中国

中国の大都市では90%以上の街中決済が、アリペイ、WeChatペイのスマホ決済で行われるようになっている。現金を使っているのは、茶葉、骨董品、食器などの伝統産業の問屋街ぐらいで、現金を目にすること自体が珍しくなっている。

とは言え、米国の調査会社ピュー研究所の調査によると、2018年の中国の携帯電話普及率は98%であるものの、スマートフォンの普及率は68%であり、日本の59%と大きな差があるわけではない。地方都市、農村、高齢者などスマホを持っていない、つまりスマホ決済が利用できない人にとっては、暮らしづらい世の中になっている。

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▲若者世代は、スマホで遊園地のチケットを買い、タクシーを呼び、快適な生活を送っている。しかし、高齢者にとっては、何が起きているのかがよくわからない。

 

スマホがなければスーパーでの買い物も面倒

北京市の南三環外に住んでいる72歳の徐さん(女性)は、近所にできた新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)に行ってみた。フーマフレッシュはアリババ系列のスーパーで、店内で買い物をした場合はセルフレジを使って専用アプリで決済をする。専用アプリからは、3km圏内であれば30分配送の宅配注文ができる。

徐さんは、近所の永輝スーパーでいつも買い物をしていたが、近くにフーマフレッシュが開店し、近所の人の評判もものすごくいいので、試しに買い物にきてみた。

専用アプリをスマホに入れた会員専用店であるということは聞いていたので、スマホを持っていない徐さんは、入り口でスタッフに聞いてみた。「すみません。携帯電話がなくてもここで買い物ができますか?」。

スマホがなくても買い物はできますよ。ただ、お支払いが現金になる場合は、インフォメーションデスクでお支払いください」。

フーマは開業当初、アリペイでしか決済ができず、現金支払いができなかった。中国でも商店が現金支払いを拒否することは法律で禁じられている。そのため「会員専用店」という建て付けにしたのだが、中央銀行から違法性の指摘を受け、インフォメーションデスクでのみ現金支払いを受け付けている。しかし、面倒であることは間違いない。

 

スマホがなければ優待も受けられない

徐さんがフーマフレッシュの商品を見て回ると、確かに肉や魚、野菜といった生鮮食料品の品質は高いと感じたが、価格は少し高めだとも感じた。できれば、今後もフーマで買い物をしたいが、毎回、現金支払いでスタッフの手を煩わせるのも申し訳ないと感じた。

さらに、スマホがないと、会員アカウントとアプリを紐づけることができず、未登録会員という扱いになってしまい、クーポンの配信や割引などの優待が受けられないという。スタッフは「次回はぜひスマートフォンをお持ちください。操作をお手伝いしますので」と言うが、徐さんはスマホそのものを持っていないし、スマホ決済も使っていない。スマホがあったとしても、徐さんにはセルフレジで決済をするのは自分には難しいのではないかと感じた。

 

現金だとお釣りがなくて決済ができない

現金主義の徐さんが困っているのは、先進的な新小売スーパーだけではない。昔から通っている市場でも、ほとんどがスマホ決済になり、現金を使う人はほとんどいなくなっている。そのため、紙幣を出すと「お釣りがない」と断られることが多くなった。業者の方も現金を扱わなくなっているので、釣銭をほとんど用意していないのだ。結局、市場に行く前にコンビニなどに寄って、低額商品を買って、小銭を用意してからでないと市場に買い物に行けなくなっている。「2年もしたら、私は買い物ができなくなっているのではないでしょうか」。徐さんは心配している。

 

スタッフに現金を渡してチャージをしてもらう

北京市の右安門に住む80歳の陳娟則さん(女性)は、夫との二人暮らしだが、体が健康であるため、家事を一人でこなしていた。しかし、さすがに毎日食事を作り、掃除をし、洗濯をすることがつらくなったため、国安社区のサービスを利用することにした。国安社区は、アプリから家事サービスを注文できるサービスで、買い物、料理、洗濯、掃除などを代行してくれる。支払いはアプリ内にチャージしたポイントから引き落とされる。

ところが、陳さんはスマホは持っているものの、スマホ決済を使っていない。使い方がよくわからないからだ。そのため、アプリに料金をチャージすることができない。そこで、陳さんは歩いていて5分ほどの国安社区の店舗に行き、現金を持っていき、スタッフにチャージをしてもらっていた。

 

周りは高齢者ばかりで、誰も使い方を知らない

ところが、国安社区の経営が芳しくなく、陳さんがいつも行っている国安社区の店舗が閉鎖になってしまった。いちばん近い店舗は、歩いて30分か40分もかかる場所にしかない。スマホ決済を入れて、自分でチャージができるようになれば、わざわざ店舗に行く必要はないのだが、そのやり方がわからない。近所の人に聞こうとしても、陳さんの住んでいる場所は高齢者ばかりで、やり方がわかる人がまったくいない。

「今の時代、スマホが使いこなせるか、使いこなせないかで、生活が大きく違ってしまいます」と陳さんは言う。以前は、高齢者が多く住んでいるような地区には、必ずと行っていいほど家政婦派遣所があって、そこに行って声を掛けるか、電話することで、家事を手伝ってもらうことができていた。しかし、IT化が進むと、家事サービスもオンラインのものが普及をし、その煽りで、小さな家政婦派遣所は消えていっている。陳さんにとっては、かえって暮らしづらくなってしまっている。

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▲高齢者が多い地区では、若者がスマホの使い方を教えるボランティア活動が盛んに行われている。高齢者の話し相手ともなり、地区からは歓迎をされている。しかし、教えてもらっても、使い方をすぐ忘れてしまうのが高齢者なのだ。

 

永遠に続くデジタルデバイドのサイクル

中国の都市部では、60歳ぐらいであれば、当たり前のようにスマホを持ち、スマホ決済を使い、オンラインの生活サービスも、ご近所や若者に教わりながらなんとか使いこなしている。取り残された高齢者は少数であり、後10年もすればいなくなってしまうだろう。そのため、この高齢者のデジタルデバイドの問題は、あまり大きな社会問題にはなっていない。

しかし、今30歳の人も、40年後には高齢者になる。その時、スマホは使いこなせるかもしれないが、世の中の主流があいかわらずスマホであるとは限らない。その時には、スマホではない、まったく新しいデバイスが登場しているだろう。サービスも今からは想像のつかない仕組みになっているかもしれない。

デジタルの進化は、連続ではなく不連続に起きていく。フィーチャーフォンスマートフォンは、似てはいるが、考え方がまったく違う。フィーチャーフォンしか使ったことがない人が、いきなりスマホに切り替えて、ウーバーや顔認証決済を使えと言われたら、かなり戸惑ってしまうだろう。スマホを使いこなせている私たちも、いつかは新しいデバイスの登場に戸惑うことになる。デジタルデバイドの問題は構造的なもので、永遠になくならない社会課題なのだ。