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もはや現金で支払いができない!本格的な無限金都市化が進んでいる

現金で映画のチケットを購入しようとした高齢者が、結局現金では買えなかったというニュースが話題になった。北京日報の記者は、街に出て実際にどのくらい現金が使えるのかを検証した。すると、思った以上に現金が使えなくなっていることがわかった。

 

現金では映画のチケットが購入できない!

新民晩報が報じたひとつのニュースが話題になっている。上海のある82歳の高齢者が映画を見に浦東新区の浦建路富薈広場にある映画館「明星時代影城」に行ったが、チケットが買えなかったという内容だ。

その高齢者=陸さん(仮名)は、チケット売り場を探したが見つけることができなかった。スタッフに尋ねると、オンラインで購入するか、券売機を使って買うことを勧められたが、陸さんはスマートフォンではなく、高齢者用のフィーチャーフォンを使っており、ネットにアクセスすることができない。しかも、券売機も現金支払いには対応してなく、スマホ決済でしか支払えない。結局、陸さんはチケットを買うことができなかった。

陸さんはあきらめきれず、他の映画館にも足を運んだが、どこでも状況は同じで、現金では映画を見ることができなかったという内容だ。

もし、これが本当のことであれば、映画館は法に触れていることになる。なぜなら、人民元管理条例により、いかなる決済でも現金での支払いは拒否できないことになっているからだ。

そこで北京日報の記者が、北京の映画館を回り、現金で映画を見ることができるのかどうか調査をした。

▲昔は、映画館の入り口にこんなチケット売り場があった。そこで、現金でもスマホ決済でも購入ができていた。しかし、いつの間にかこのチケット売り場は無くなっている。

 

映画を見る時には子どもと一緒に行く高齢者

記者はまず街を歩いて、高齢者を探し、同様の経験をしたことがないかどうかを尋ねて回った。すると、高齢者のほぼ全員がスマホを所有し、アリペイやWeChatペイでの支払いを日常的にしており、映画館のチケットもオンラインで購入していることがわかった。

少数だが、スマホを持っていない、あるいは高齢者用のフィーチャーフォンを使っていて、スマホ決済が利用できないという高齢者もいた。日々の生活をどうしているのかというと、買い物はほとんどが近隣の商店やスーパーで済んでおり、そこでは現金が問題なく使えるという。映画を見るような場合は、子どもたちと一緒に行くので、子どもたちにチケットを買ってもらうのだという。

 

チケット売り場はもはや撤去されている

では、子どもたちが遠方にいて、一人で暮らしている高齢者で、スマホを持っていない場合、映画は見られるのだろうか。

記者は、朝陽区建国路の映画館「万達影城CBD店」に行き、スマホを持ってなく、現金しか持っていない高齢者の視点で映画館を眺めてみた。すると、ポップコーンや飲み物を売るカウンターは目に入るものの、チケットを販売するカウンターがどこにも見あたらない。

そこで、スタッフに尋ねると、券売機を使ってくれという。しかし、その券売機で映画を選んで決済しようとすると、アリペイやWeChatペイでの決済方法は対応しているものの、現金での決済の選択肢がない。

記者は、さらにスタッフに「今、スマホが壊れている。現金でチケットを購入したい」と尋ねると、「現金で購入する方式は廃止されました」と言う。そこで、スタッフに現金を渡すので、代わりに券売機で購入してくれないかと頼むと、それはできないという。スタッフと来店客が直接お金を受け渡しすることは禁止をされていると言うのだ。

スタッフの返答は冷たいものだったが、そのスタッフは親切で、友人か親戚にオンラインでチケットを購入してもらい、発行されたQRコードを転送してもらえば、そのQRコードで入場できると説明した。しかし、記者が「スマホがないので、QRコードを受け取ることもできない」と言うと、自分の説明の矛盾に気がついて申し訳なさそうに「だったら他に方法はないですね」と言った。

▲映画館にある券売機は、アリペイ、WeChatペイのスマホ決済にしか対応してなく、現金では購入する方法がなかった。

 

飲食品のカウンターでチケットも販売

大興区欣寧街の金逸影城でも、現金に対応していそうなチケット売り場は見当たらない。飲料品を売っているカウンターがあるだけだ。スタッフに尋ねてみると、飲料品カウンターでは現金でチケットが購入できるという。今では、現金でチケットを買う人はほとんどいないので、チケット売り場を廃止して、飲料品の販売スペースを広げたのだという。

 

現金で購入するとチケットが高い

ここでは現金でチケットを購入することはできたが、別の問題に記者は気がついた。それは現金でチケットを購入すると価格が高いのだ。ネットで購入すると66元である映画が、現金購入では150元だった。4D映画の場合は、ネットで購入すると86元だったが、現金購入では240元だった。

これではチケットを現金で購入する人がいないのも当然だ。現金で買うつもりで映画館にやってきても、スタッフがオンライン購入を勧める。多くの人が、その場でスマホからオンラインでチケットを購入し、入場をすることになる。

 

キャッシュレスが優遇される中国

一般的な国では、キャッシュレス決済では決済手数料が発生するために、現金決済を優遇しようとする傾向がある。よくあるレストランなどでの「ランチは現金のみ」というパターンだ。厳密にはカード会社の加盟店規約違反になるのだが、多くの消費者が飲食店の経営の厳しさを知っているため黙認して協力している。また、会員カードをつくり、ポイント還元をしているようなチェーン店では、ポイント還元率を現金決済では優遇するということも行なっている(加盟店規約違反にはならない)。

しかし、中国ではキャッシュレス決済が浸透をしたために、キャッシュレス決済が優遇される。なぜなら、映画館の場合、チケット販売カウンターを撤去することができ、そのコストが節約できる。券売機も現金決済対応をさせなければ、券売機自体のコストも下がり、釣り銭などの現金を管理する手間も不要になる。さらに、オンラインチケットであれば、さまざまなデジタルプロモーションが可能になり、チケットが売れるようになる。ダイナミックプライシングも導入でき、収益の見込みが立ちやすくなり、経営が安定をする。

このような数々のメリットがあるために、オンラインチケットを安くすることができる。

 

キャッシュレス決済ならさまざまな優待も受けられる

記者は、「なぜ現金だとこんなに高くなるのか?」と現場のスタッフに尋ねてみた。すると、スタッフはその質問には答えず、会員用のチャージカードを勧めてきた。プラスティックのカードで、系列映画館のカウンターで現金チャージができる。これであれば、会員用の優待価格で券売機を利用することができるという。

海淀区の英嘉国際影城でも、チケット販売カウンターはなく、飲食品の販売カウンターで会員カードの配布とチャージを行なっていた。さらに、ここでは平日は60歳以上の高齢者は、身分証などを提示するとチケット代金が半額になる。しかし、この優待を受けるには会員カードで決済をする必要がある。

中国の映画は、文化旅行部の規制を受けている。文化旅行部では、映画は文化コンテンツであるために、チケット販売価格の上限と下限を定めている。しかし、映画館にとっては、客入りの悪い映画は下限を下回っても売ってしまいたい。それがオンラインであれば、優待クーポンと組み合わせるという形で、実質、下限を下回った価格で販売することができる。このため、映画館は急速に現金決済を廃止し、キャッシュレス決済に移行をしたようだ。

 

公共博物館でも現金決済は嫌がられる

このような「現金に対応していない施設」は、映画館以外にも広がっている。王府井にある北京工芸美術博物館は北京市が運営をする公共博物館だ。ここもオンラインでチケットが販売されているため、記者は電話をして「現金でチケットが購入できるか」を尋ねた。すると、そんな問い合わせをする人は滅多にいないようで、電話の向こうで確認をする声がして、しばらく待たされた。そして、返ってきた回答は、現金で購入できるが、お釣りの用意がないので98元をぴったり用意してきてくださいというものだった。

 

ルフレジコンビニでも現金が使えない

記者は、スマホのない高齢者は日常の買い物にも不便があるのではないかと考え、豊台区梅市口路のセルフレジしか置いていないコンビニに入り、ペットボトル飲料を1本買ってみた。

ルフレジは当然ながら現金決済に対応をしていない。そこでスタッフに声をかけると、非常に困った様子で、「鍵ないとレジを開けられない。その鍵を扱えるスタッフは今日はいない」と現金決済ができないことを告げられた。

これは、セルフレジが原則のコンビニであり、大手の有人レジが基本になっているコンビニでは問題なく現金で購入することができる。しかし、記者はあることに気がついた。それは商品の価格が、5.84元とか7.02元とか非常に半端になっているのだ。以前も確かに半端な価格設定は多かった。しかし、その大半は2.98元のような安く見せるための価格で、3元を出せば2分をお釣りに出せばいいだけだった。しかし、今の価格設定では大量の元以下の小銭がお釣りとして返ってくることになる。

決済の多くがスマホ決済になったため、お釣りのことなど考えずに価格設定ができるようになり、価格競争や原価コスト、売れ行きなどで細かく価格を変えるようになったため、現金のやり取りには不便な価格設定になっているのだ。

▲コンビニなども価格がキャッシュレス対応になっている。以前は、5.98元などお釣りの出しやすい価格が多かったが、お釣りのことを考えずに半端な価格が設定されるようになっている。

 

ほんとうに無現金都市となっていく大都市

さらに記者は、自動販売機も調べてみたが、目につく限りでは現金に対応している自動販売機は見当たらなかった。

カフェ、中国茶ドリンクカフェでも、現金決済を受け付けていないか、あるいは対応はするがお釣りが用意できないという店が増えている。そもそも現金を使う人が非常に少ないことがあり、さらにコロナ禍により現金を受け渡しすることが避けられるようになり、その習慣が定着をしてしまったようだ。

また、スマホを使っている人には現金が拒否されてもまったく問題がないだけに、不満を言う人はほとんどなく、現金拒否が実質的に進んでしまっている。しかし、高齢者がスマホを使うかどうかは本人の自由であり、使わないからといって、基本的な生活にまで不便を強いられるのはやはり問題だ。そもそも法律では現金支払いを拒むことはできないことになっているのだ。

2017年は中国でキャッシュレス決済元年と呼ばれ、「無現金都市」がひとつの理想として語られていた。その理想を、すでに大都市は実現してしまっている。しかし、その陰で一部の人が、現金決済時代よりも大きな不便を味わうようになっている。

▲自販機も増えてきているが、現金対応をしているものはほとんどない。