中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

クッキー規制により大変革が起きているネット広告。中国で進むファーストパーティーデータとO2O

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今回は、中国の広告業界についてご紹介します。

 

2023年の中国のネット広告の市場規模は5732億元(約11.81兆円)となり、前年比12.66%の成長となりました。「情報通信白書」(総務省)によると、世界のデジタル広告市場は4155億ドル(約61.1兆円)であり、日本のネット広告市場は3.33兆円となっています。つまり、中国のネット広告は世界の20%を占め、日本の3.5倍の市場規模があります。

 

ここで面白いデータをご紹介します。「Duopoly still rules the global digital ad market, but Alibaba and Amazon are on the prowl」(eMarketer、https://www.emarketer.com/content/duopoly-still-rules-global-digital-ad-market-alibaba-amazon-on-prowl)=「ふたつの独占的企業が依然としてグローバルの広告市場を支配。アリババとアマゾンは足踏み」という記事に出ているデータです。

▲世界のネット広告市場は、グーグルとメタが支配をしているが、グーグルはシェアを徐々に下げてきて、メタに追いつかれそうになっている。

 

確かにふたつの独占企業=グーグルとメタが、世界の広告市場を支配しています。足踏みをしていると言われたアリババとアマゾンも、そして立ち止まっているかのように見えるテンセントですらシェアをわずかですが伸ばしています。

しかし、ひとつだけ異質な企業があります。グーグルです。このデータがカバーしている2016年にはグーグルはネット広告の独占企業でした。しかし、その後、シェアは下がり続け、ついにはメタに追いつかれてしまいました。

もうひとつ、グーグルには他の企業にはない異質な点があります。どこが異質なのか考えてみてください。あまり読者のみなさんにクイズのようなものを出して、知能テストをするようなことは好きではないのですが、この答えを今お教えしても、ネット広告に詳しい方以外はピンとこないと思います。今回のメルマガを読んでいただくと、グーグル広告のもうひとつの異質な点がわかる仕掛けになっています。答えは、必要な説明をして後、なるべく早めにお示しするようにします。

 

現在、ネット広告の世界は始まって以来の大変革期を迎えています。それが次のニュースです。

Googleサードパーティークッキー廃止方針を撤回」(日経新聞https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2305Y0T20C24A7000000/)です。これもネット広告に詳しい方以外には、何の話なのかピンとこないと思います。しかし、ここがわかっていないと、今後、小売業はネットプロモーションでどのようなチャンネルにどの程度の広告費をかければいいのかを見誤ることになる重大な事件です。

そこで、今回は、まずこのクッキー廃止の動向についてご紹介し、ネット広告業界が大変革期に入っていることをご紹介します。そして、メタとアマゾン、特にアリババとテンセントが広告シェアを伸ばしている理由についてご紹介します。また、中国ではネット広告一本やりではなく、リアル広告も組み合わせて使うようになっています。この辺りの中国の広告事情についてもご紹介したいと思います。

 

グーグルの「サードパーティークッキー廃止方針」というのは、広告とプライバシーの衝突の問題で、2020年にアップルがこのプライバシー問題を取り上げ、対策をとり始めたことから始まっています。

例え話で考えてみます。昔からずっと通っている定食屋さんがあるとします。ある日食事に行くと、顔なじみの店主が「あなたは最近、肉ばかり食べているようだから、たまには魚を食べた方がいいよ。いいサバが手に入ったよ」と薦めてくれたら、多くの人はありがたいと思うでしょう。

ところが、初めて行った定食屋で、いきなり「あなたの食事歴データを見ると肉が多いので、魚を食べることをお勧めします」と言われたら、びっくりするのではないでしょうか。そんな情報、どこから手に入れたのだと問い詰めたくなります。多くの人がプライバシーの侵害であり、なんかこの店は怖いと思うのではないでしょうか。

同じことが、ウェブで行われています。グーグルはクッキーという仕組みを活用して、誰がどのサイトを見ているのか、その行動履歴を収集する仕組みを構築しました。そして、「この人は牛肉関連のサイトばかり見ているので、ステーキレストランの広告を出すとクリックしてくれる可能性がある」と考え、ウェブを見ている時にステーキレストランのバナー広告を表示するようにします。クリックしてくれそうな人を探して、それに合った広告を出すターゲティング広告です。

この「サイト越えトラッキング」(サイトを横断する行動追跡)をプライバシーの侵害と考えるかどうかは人によって異なります。そのぐらいかまわないと思う人もいれば、プライバシーの侵害だと考える人もいます。図書館が、利用者の購読履歴を常に消去してアーカイブしないのと同様に、どのサイトを閲覧したかの履歴も残されるべきではないと考える人もいます。私はその中間的な考えですが、それでも「どの行動がデータとして収集され、どのように共有されているのかが明らかではないこと」に不安を感じます。

 

多くの方がグーグルのアカウントをつくり、グーグル検索やグーグルのサービスを使っているかと思います。そこで、グーグルのホームページ(https://www.google.co.jp/)に行き、右上の自分のアイコンをクリックし、「検索履歴」をクリックしてみてください。スマホのグーグルアプリでも同じことができます。

すると、今日、検索した内容、アクセスしたウェブの履歴が出てきます。ここで、履歴の左上にあるカレンダーアイコンをクリックして、昔の日付を入れてみてください。いつからグーグルを使い始めたかにもよりますが、かなり昔の日付を入れても、その日に訪問したウェブが一覧表示されます。

人間の記憶力というのはすごいもので、この訪問履歴を見ると、その日、何を考え、何をしていたかが何となく思い返すことができます。現在は、削除する機能が備えられましたが、何もしなければ残り続け、グーグルが悪用するとは思えませんが、背筋がゾッとされる方も多いのではないかと思います。

 

2020年に、サイト越えトラッキングを問題視したアップルは、自社のブラウザーSafari」にITP(Intelligent Tracking Protection)という機能を実装しました。これは非常にシンプルで効果的な機能でした。グーグルは広告配信をしているウェブサイトにグーグル用のクッキーと呼ばれる小さなファイルを、利用者のブラウザーに保存させるようにします。このクッキーはグーグルと協力関係にあるウェブを見た時に、そのウェブを見たことをグーグルに報告をします。これにより、グーグルは利用者がどのウェブを見ているかを知ることができるのです。アップルのITPは、この第三者(訪問しているウェブが第一者、見ている自分が第二者、それ以外の人が第三者)のクッキーを削除してしまうというものです。

これで、グーグルは、利用者のトラッキングができなくなりました。「この人はこの7日間、台湾の旅行案内ウェブや旅行社のウェブを頻繁に見ている。だから、台湾旅行パッケージの広告を表示したらクリックしてもらえる可能性が高い」というターゲティング広告ができなくなりました。広告精度が低下をしてしまったのです。Safariスマートフォンでは50%近いシェアがありますから、その影響は小さくありません。

さらに問題なのは、マーケティングデータの精度まで下がってしまったことです。これは広告配信企業にとってお金のなる木です。膨大な行動トラッキングデータと販売データを組み合わせることで、どのような属性の消費者が、どのような行動を取ると、商品を購入するかがわかります。これを、小売企業に販売をしたり、コンサルティングをすることで大きな収入を得ることができます。

グーグルの場合は、グーグルマーケティングプラットフォームを構築し、小売企業が匿名化されたデータにアクセスし、さまざまなマーケティング情報を得ることができるようになっています。有料版のツールをすべて使うと、月額130万円以上にもなります。グーグルの大きな収入源になっていることは間違いありません。しかし、トラッキングができなくなったことにより、このマーケティングデータの精度も下がっています。

 

広告業界の人は、消費者のプライバシーを侵害しようなどとはまったく考えていません。商品を売るためのデータが欲しいだけです。さらに言えば、消費者のプライバシーには興味もありません。そのため、匿名で行動データが取得できれば、広告業界の人も満足ができ、消費者も自分のプライバシーを守れることになります。

そこで考案されたのがフィンガープリント技術でした。フィンガープリントとは、プライバシーにあたらない情報を使って、個人識別をしようというものです。例えば、使用している機種、使用しているOSのバージョン、使用しているブラウザーとバージョン、画面解像度、IPアドレスなどの複数の情報を組み合わせると、ほぼ一人一人を区別できるようになります。もちろん、これではその人の氏名や住所などのプライバシー情報はわかりませんが、広告業界の人にとってはそれでじゅうぶんなのです。番号0001の人はどのサイトに行き、ネット上でどのような行動を取り、どのような買い物をしているかがわかればそれでいいのです。

フィンガープリントは広告業界にとっても、消費者にとっても妥当な解決のように見えます。しかし、アップルはこれも問題視をし、iOS17からSafariに「フィンガープリント保護」機能を搭載しました。グーグルのような大手であれば、やる気になればフィンガープリント情報と個人情報を容易に結びつけることができ、プライバシー侵害につながる可能性があるからです。アップルは、ブラウザー情報やIPアドレスを偽装して送信する仕組みを実装し、多数のフィンガープリント情報が同じになるようにしてしまいました。同じフィンガープリントの人が多数出てきてしまうため、トラッキングをしたい方は混乱をしてしまうわけです。

 

アップルは広告業に携わってなく、消費者向けの製品とサービスで収入を得ています。そのため、アップルの顧客は消費者であり、消費者を守ることがアップルのミッションに合致をします。だから、これだけ、広告業に対して厳しい措置が取れるということもあります。

立場が難しいのはグーグルです。グーグルは広告業を主な収入としており、同時に消費者向けにChromeやグーグルマップなどのサービスも提供しています。グーグルは広告業も守らなければならず、消費者のプライバシーも守らなければならず、挟み撃ちになってしまっています。当然、Chromeにもクッキーを削除する仕組みを搭載することが求められています。しかし、それをやってしまうと、自社の広告事業が大きな打撃を受けることになります。

そこで、グーグルは「2022年までにChromeのクッキーを廃止する。それまでにクッキーを代替する広告の新たな仕組みを構築する」と宣言をして、プライバシーを守る方向に傾きました。しかし、2022年になっても代替の仕組みが間に合わないため、2025年から段階的にクッキーを廃止していくという先送りをしていました。しかし、今回、クッキーを廃止する方針を撤回して、クッキーを使いながらプライバシーに配慮するという方針に切り替えたのです。つまり、グーグルは消費者ではなく広告業界を選びました。

 

グーグルが開発をした代替案とは「プライバシーサンドボックス」のことです。サンドボックスとは砂場のことで、アクセスはできるけど中はのぞけない仕組みのことです。グーグルは収集した情報を暗号化してサンドボックスの中にプールをしてしまいます。広告業者は、中をのぞいて生データを見ることはできませんが、「20歳未満で、アニメに興味ある人」などという問い合わせをすると、必要な匿名マーケティングデータが得られるというものです。これであれば、プライバシーデータは誰も知ることができず、トラッキングデータやマーケティングデータを活用することができるようになります。

しかし、このプライバシーサンドボックスが各方面から批判に合います。グーグルの独占的な地位は変わらず、むしろ、プライバシーサンドボックスの導入により、他の広告配信プラットフォームが競争できる余地が小さくなってしまうという指摘があります。また、広告業者の方からも必要なターゲティング広告やマーケティングデータの取得が、クッキーを使う仕組みよりも悪化するという指摘もあります。

このようなことから、グーグルはプライバシーサンドボックスの導入を断念し、同時にクッキーをやめるわけにはいかなくなりました。

しかし、モバイルブラウザーの半分はSafariで、多くのSafariユーザーがトラッキングを拒否する設定で使っています。つまり、ネット広告は広告効果も低下し、マーケティングデータの精度も低下をした状態になっています。

では、広告を出したい小売企業はどうしたらいいでしょうか。その答えがリテールメディア広告です。面白いことに、中国は歴史的な経緯により、グーグルのようなサイト越えトラッキングによる広告が発達せずに、今、米国を中心とした各国が進もうとしているリテールメディアに近いネット広告が早くから発達をしていました。これは「中国のネット広告が進んでいる」というのとは少し違います。中国の事情にはリテールメディア広告の方が適していたため、早くから普及していたということなのです。

とは言え、私たちはこれからリテールメディア広告にシフトをしていかなければならないのですから、中国の状況から参考になる事例を数多く引き出すことができるはずです。

今回は、中国のネット広告がどのような現状になっているのかをご紹介します。

 

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