中華IT最新事情

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お客さんは集めるのではなく育てる。米中で起きている私域流量とそのコミュニティーの育て方

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今回は、私域コミュティーの育て方についてご紹介します。

 

今、米国と中国で「私域流量」の概念が、偶然にも異なる理由から注目をされています。私域流量については、「vol. 127:WeChatマーケティング。私域流量の獲得と拡散が効率的に行えるWeChatの仕組み」でご紹介しましたが、簡単に言えば、企業やブランドが、自社の顧客コミュニティーを自分で構築をし、そこに対して商品や販売を販売していくことを指しています。もっとわかりやすく言えば会員制販売サービスです。会員になって初めて商品を買うことができ、購入すればするほど特典が与えられ、お得に買えるようになるというものです。一気に販売をして一時的な売り上げを上げるよりも、長期にわたって購入してもらい、LTV(LifeTimeValue=生涯価値)を最大化することをねらっています。日本でも化粧品や健康食品でこのような小売手法を採用している例が増えています。

 

米国ではアップルの施策が、デジタル広告業界に大きな影響を与えています。アップルは2017年からITP(Intelligent Tracking Prevention=インテリジェントトラッキング防止機能)をiOSiPhone)のSafariブラウザー)に導入をしました。これはクッキー規制とも呼ばれます。

クッキーとのいうのはSafariやEdge、Chromeなどのブラウザーに備わっている小さな保存用ファイルのことです。アマゾンのようなサイトにログインをして、しばらく経ってから再びアクセスをしてみると、ログインした状態で表示されます。いちいちアカウントやパスワードを入力しなくていいので非常に便利です。これはログイン情報がクッキーに保存をされているからできることです。

これが本来のクッキーの使い方ですが、デジタル広告配信業者はこのクッキーを巧妙に利用をして、自分たちのビジネスを拡大しようと考えました。

そのひとつがリターゲティング広告です。何度でも対象にできる広告という意味です。例えば、ある自転車のサイトを見に行ったとします。そのことがクッキーに記録されます。その後、その人はチョコレートのサイトを見に行きますが、広告配信業者はクッキーをのぞいて、自転車に興味がある人だと考え、自転車のバナー広告を表示します。一度、デジタル広告配信業者に「この人にはこの広告が有効」と認められてしまうと、どこのサイトを見ても、その広告が表示されるようになります。

もはや笑い話ですが、ある人が「××のサイトはけしからん。バナー広告にアダルトサイトの広告ばかり表示される!」と怒ったという話があります。これはその人がアダルトサイトばかり見ているために、アダルト広告が有効だと考え、デジタル広告配信業者がアダルト広告を配信したのです。もちろん、多くのサイトはアダルト広告など表示されないような制限をかけて弾かれるようになっています。しかし、制限を受けない一般商品の広告であれば、同じ広告、同じジャンルの広告がいつまでも追いかけてくることから、不快感を感じる人も少なくありません。誰かに行動をのぞかれていたり、監視をされているような不安を感じるのです。

 

アップルは以前からこのようなリターゲティング広告を問題視していました。アップルはプライバシー特設サイト(https://www.apple.com/jp/privacy/)で、日本語でもこの問題を解説しています。特に、「あなたのデータの一日」(https://www.apple.com/jp/privacy/docs/A_Day_in_the_Life_of_Your_Data_J.pdf)は、日本語情報も用意され、わかりやすく、現在デジタル広告業界で何が行われているかを赤裸々に、正確に解説しています。一読されることをお勧めします。

アップルのメッセージは次の一言に集約できます。「こんなことをする必要はありません。広告主は、ユーザーを追跡しなくても、グループに対する広告キャンペーンの効果を測定できるのです。Appleは、ユーザーのプライバシーを守りながら広告キャンペーンの効果を測るツールの開発に取り組んできました」。

つまり、ユーザーを不安がらせたり、プライバシーを侵害しなくても、デジタル広告を運用する方法は存在するのに、なぜそのような手間を惜しんで、ユーザーのプライバシーを侵害し続けるのかということです。

 

ITPはこのような背景から生まれてきました。仕組みについては、アップルの特設サイトを読んでいただく方がいいかと思いますが、簡単に言うとクッキーの利用を制限し、ユーザーに利便性の高い使い方(ログイン状態の維持など)には問題が起こらず、リターゲッティング広告を目的とする使い方に対しては、一定時間でクッキーを削除してしまうものです。

これにより、広告配信業者にとっては次のような問題が生じます。

1)リタゲーティング広告が機能しなくなる

2)広告の精度が低下をする

3)コンバージョンの測定が正確でなくなる

クッキーにはさまざまな情報を保存できるため、その個人がどのサイトを閲覧したのかを知ることも可能になります。それにより、例えば、その個人が「ダイエットをしたいと思っているが、ポテトチップの大量消費がやめられない人」というようなことがわかります。それに基づいてダイエット商品の広告、特に「ポテトチップを食べても痩せられる奇跡のダイエットサプリメント」だったりすれば、広告の効果は非常に高くなるでしょう。しかし、ITPの機能により、このような個人の行動履歴を広告配信業者が知ることができなくなります。

また、コンバージョンとは、デジタル広告をクリックして、ランディンページに移動した後、購入や資料請求をした人の割合のことですが、このコンバージョンを正確に計算するためには、あるサイトに表示されたデジタル広告をクリックしたという事実と、同じ人がランディングページで行動をしたという事実のふたつが必要になります。しかし、クッキーが利用できないと、その人がどのサイトを訪問したかがわからないためにコンバージョンが測定しづらくなります。

 

これはデジタル広告配信業者にとって大きな痛手となります。そこで、現在、多くのサイトが初めての訪問者に対し「クッキー機能をオンにしてください」というお願いをする事態になっています。アップルはクッキー機能の拡大使用がプライバシー上問題だと考えていますが、それを問題だと考えるかどうかは消費者個人の判断が優先されます。そのため、訪問するサイトが訪問者に「クッキーを許容してください」とお願いをして、オンにしてもらえれば、以前と変わらずリターゲティング広告や広告効果の測定ができるようになるからです。

しかし、その効果は限定的なようです。「ITPがアクセス解析に与える影響‐新規ユーザー率は85%までに上昇-」(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000282.000018628.html)という面白い記事があります。ウェブサイトの新規ユーザー率が急上昇をしているという記事です。

従来は、一度訪問すれば、訪問したことがクッキーに保存をされたので、次に訪問した時は、ウェブサイトはその人が「リピーター」であるということがわかります。しかし、利用者がクッキーの受け入れを拒否した場合は、次に再び訪問した時も過去の履歴がわからないので、「新規ユーザー」だと記録をしてしまうのです。つまり、新規ユーザー率が上昇をしているということは、クッキーの受け入れ拒否をしている人が増えていると推測できるのです。

▲ウェブの新規ユーザー率が異常な上昇を示している。これはクッキーの受け入れ拒否をしている人が多数いることが原因だと推測される。

 

ITPを搭載しているのはアップルのSafariだけですが、グーグルのChromeも2022年中に同様の機能を搭載すると宣言していました(諸事情により2023年中に延期をされています)。そのようなITP非搭載のブラウザーであっても、新規ユーザー割合が上昇をしています。「クッキーを受け入れてください」という表示が出るため、多くの人が拒否をしていることがうかがわれます。

この記事からはデジタル広告業界の悲鳴が聞こえてきます。

「ITP対応などのcookie規制が進むことで、既存の計測における新規・既存といったユーザー分類が使い物にならない状態に近づいていると考えられる」

「既にITPの影響で新規/既存などについてはウェブサイトの分析ができているとは言えない状況であり、結果として適切なプロモーション計画立案の難易度が高まっている」

「GA移行がまだ10%程度であり、導入を早期に済まさないと、昨対の数字もわからず数値や機能の違いも分からないという混乱した状態で未来のプロモーション施策を考えなければならなくなる」

「GA移行」とは、広告効果測定ツール「グーグルアナリティクス4」のことで、ウェブ側にGA4対応のタグを設定することで、従来と変わらない広告効果の測定が可能になります。しかし、そうなると、おそらくアップルのITPはさらなる対策を行い、デジタル広告業界はそれに対する対抗策を考えというサイクルが繰り返されていくことになります。

 

その結果、米国で何が起きているかというと、広告出稿先の変化です。まともな広告効果が測定できなくなっているのですから、ウェブ広告を出すことに意味がなくなっています。そこで、ウェッブ広告からアマゾンのようなプラットフォーム広告へのシフトが始まっています。

アマゾンもウェブに対してアフィリエイト広告を行っていますが、そのようなものを除いて、アマゾン内の広告であれば、利用者の同意が取れていることもあり、アマゾン内のでの行動履歴が把握でき、正確な広告効果が測定できます。利用者もオープンなウェブでどのようなデータが収集されているのかよくわからないというのは不安に感じますが、アマゾンの中でどの商品のページを見たかという情報が把握をされるのであれば許容ができます。しかも、そのデータに基づいて「あなたにおすすめの商品」などを表示してくれますから、利用者にとってもメリットがあります。

次のグラフは、ネットメディア「AXIOS」の「Slow fade for Google and Meta's ad dominance」(https://www.axios.com/2022/12/20/google-meta-duopoly-online-advertising)という記事から引用したグラフです。2022年での実データと以降の予測値から、グーグルとメタのシェアがゆっくりと下がっていくことが論じられています。

▲アップルのクッキー規制の取り組みにより、メタとグーグルの影響力が低下をしている。

 

面白いのは、今後伸びていく広告は「E-commerce」です。つまり、アマゾンのようなプラットフォーム広告です。

デジタル広告は、オープンなものからクローズなものへと場を移していくことになります。

 

そこで今、米国で(そして日本でも)注目されている言葉が「ファーストパーティーデータ」です。ファーストパーティーとは消費者、セカンドパーティーが広告配信業者、サードパーティーが調査会社や公的機関と考え、従来はセカンドパーティーからマーケティングデータを入手していました。これができなくなるため、消費者から直接データを収集しようという考え方です。

基本になるのは、小売企業が自社で会員制サイトを運営し、そこに消費者を集めることです。そして、アマゾンと同じように行動履歴を収集したり、あるいは特典を与えることで消費者自身にアンケートに答えてもらうことでデータを収集していきます。

消費者の同意は取れているため安心をしてデータ収集ができるだけでなく、消費者と直接結びつくことができ、LTVを最大化する施策が打てるようになります。つまり、D2C(Direct to Consumer)への志向が強くなっているのです。

 

このメルマガをお読みの方は、この米国でのデジタル広告からD2Cへの流れは、中国で起きている「公域流量から私域流量へ」と偶然にも付合することにお気づきでしょう。中国企業が私域流量を志向する理由は、米国とはまた違っています。ご興味のある方は「vol.127:WeChatマーケティング。私域流量の獲得と拡散が効率的に行えるWeChatの仕組み」をお読みください。

理由は違っているのに、同じ場所に着地をするというのは非常に面白い現象です。いずれにせよ、中国でも米国でも、「広告をばらまいてモノを売る」時代は終わり、「お客さんのコミュニティーを育てて、末長く商品を買っていただく」時代に入っています。集客ではなく、育客が重視される時代に移り始めています。これはいずれ日本でも同じようになると考えておいた方がいいでしょう。

そこで、今回は、このお客さんコミュニティーを育てるためにどのような工夫がされているかをご紹介します。背景となる文化が異なるため、そのまま真似をしてもうまくはいきませんが、コミュニティー育成の施策を考える時のヒントにはなるはずです。

 

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今月発行したのは、以下のメルマガです。

vol.162:中国の津々浦々に出店するケンタッキー・フライド・チキン。地方市場進出に必要なこととは?

vol.163:止まらない少子化により不安視される中国経済の行末。少子化をくいとめることは可能なのか