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タクシーのEVシフト。課題の多い深圳方式。順調な杭州方式

公共交通、タクシーなどのEVシフトが進んでいる。急速充電をする深圳方式とバッテリー交換をする杭州方式の2種類があるが、深圳方式は課題が多く、杭州方式は今のところうまくいっている。EVシフトを進めるには充電ステーションなどのビジネスが成り立つエコシステムを構築することが重要だと第一電動網が報じた。

 

政府主導で進む公共交通のEVシフト

中国のEVシフト(電気自動車への転換)は、民間需要はなかなか大きくならないが、法人需要は伸びている。中国政府は2009年から2012年まで「十城千輌」工程を進めた。これは、科技部、財政部、発展改革委員会、工信部が共同して行なっているもので、毎年10の都市を選んで、1000台分の新エネルギー車購入の補助金を出すというものだ。公共交通、タクシー、公用車、郵便配達車などが対象。

これが公共交通のEVシフトの始まりとなり、その後は、各都市が独自でEVシフト施策を打ち出し、公共交通のEVシフトが進んでいる。

 

急速充電の深圳方式。バッテリー交換の杭州方式

この中で、深圳市と杭州市は電気自動車のタクシーの導入を始めた。深圳市はBYDのE6急速充電車を採用し、杭州市は衆泰の朗悦のバッテリー交換方式車を採用した。この方式の違いから、急速充電方式が深圳モデル、バッテリー交換方式が杭州モデルと呼ばれる。

2016年には、タクシーをすべてEV化した都市も現れた。山西省太原市だ。人口350万人の太原市では、政府の巨額の補助金を利用し、8929台のタクシーをすべてBYDのE6に変えた。深圳モデルを採用したことになる。

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▲太原市が導入したBYDのE6急速充電電気自動車。カタログでは満充電で400km走行可能になっているが、実際は300km前半。タクシーにとっては充電時間の確保が大きな課題となる。

 

カタログ通りではない満充電航続距離

しかし、太原市では、すでにEVの問題点が明らかになっている。

E6はカタログ数値では、満充電で400kmの走行が可能になっており、タクシーとしてはじゅうぶんな走行距離だ。しかし、実際は、新車の状態でも、急加減速をせずに、できるだけ経済速度を保つ運転を行っても、だいたい360km程度しか走ることができない。走行距離が10万kmを超えるようになると、夏にエアコンを入れると300km程度、冬にヒーターを入れると250kmも走ることができない。

タクシーにとって、航続距離の問題は大きい。充電量が減っている時に、郊外の長距離の乗客を捕まえた時は、運転手としては稼ぐチャンスなのに、断らざるを得ないことがあるからだ。

 

充電時間が大きな問題になるタクシー

太原市では、導入時に車両台数の4倍の充電ステーションを設置したため、充電ができずに困るということはほとんど起きていないが、残量が20%程度の時に充電をすると、満充電になるまでにだいたい1時間半かかる。これは運転手にとって頭の痛い問題だ。充電をしている間は、稼ぎにならないからだ。

多くの運転手が「2シフト制」を採用している。つまり、1台の車両を2人の運転手でシェアをして、12時間交代で使う。EVでは、車両を交換する時間帯に充電時間を取らなければならなくなった。さらに、長距離の客を乗せた後はバッテリーが著しく減るので、常務時間中であっても充電をしなければならないこともある。運転手にとっては、稼ぎがその分、少なくなってしまうのだ。

 

課題が多い急速充電の深圳方式

すでに30分で80%まで急速充電ができる技術も開発されているが、対応している充電ステーションは最高出力が120kWで、現在整備されているのはほとんどが30kWから60kWのもので、1時間から2時間の充電時間が必要になる。30分充電が可能な急速充電ステーションを整備するのにはまだまだ時間がかかる。

また、米テスラは250kW出力で、5分で充電できる技術を開発したが、中国の場合は電力網に対する負荷の問題などがあり、すぐには実践投入できない。

専門家は、10分から15分で充電ができる技術ですら、市場投入できるのは2020年以降と見ている。

急速充電方式の深圳モデルは、充電時間の問題をクリアし、なおかつ航続距離の問題も克服しなければならない。

 

概ねうまくいっているバッテリー交換の杭州方式

一方の杭州モデルは概ねうまく行っている。杭州モデルはバッテリー交換方式だ。杭州市以外では、北京市が積極的に導入をしている。北京市では、北京汽車新能源汽車のEUシリーズを4000台以上導入し、バッテリー交換ステーションも100箇所設置している。北京市政府も車両購入費を最大7.38万元までの補助を出している。

バッテリー交換は3分程度で済むため、ガソリン給油とほぼ変わらない感覚で利用できる。バッテリーを満充電にしない、残量ゼロにしないという、バッテリーに優しい使い方をすることで、バッテリー寿命を20%程度伸ばすことができ、コストを抑えることもできる。深圳方式に比べて、設備コストは高くなるが、運用コストは安くなる。

問題はガソリン車よりも総コストが高くなることだが、技術が進めば、下がっていくことが期待されている。課題はバッテリーの互換性がないため、車種やメーカーごとに交換ステーションを用意しなければならない点だ。これも互換性は次第に進んでいくと見られている。

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杭州市が導入した衆泰の朗悦。バッテリー交換方式に対応。交換ステーションで、底部に入っているバッテリー交換をする。交換時間は3分程度で済む。

 

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北京市が導入した北京汽車新能源汽車のEUシリーズ。バッテリー交換方式であり、4000台導入に対して100カ所の交換ステーションが設置されている。

 

1日46台以上の交換で黒字化できる交換ステーション

北京汽車によると、交換ステーションに必要な面積は67.5平米で、これは5台分の駐車スペースでしかない。これで1日300台のEVのバッテリー交換に対応できる。設置も、電気設備が整っていればわずか4時間で済む。

第一電動網では、5人のスタッフで運営するバッテリー交換ステーション事業の損益分岐の試算をしている。これによると、1日46台以上のバッテリー交換を行うことで黒字化が可能になる。実際には、ある程度の利益を出すことが必要なので、第一電動網では、1日60台の交換をすることが、交換ステーションがビジネスとして成立するかどうかの分岐点になるのではないかという。

現在北京市では、4000台のEVが投入され、交換ステーションは100カ所設置されているため、1日1回交換するとしても、1ステーションの交換台数は40台となり、多くの交換ステーションが赤字状態だと推測される。しかし、現在北京市には7.1万台のタクシーが走っているので、これがEVシフトをすることで、交換ステーションのビジネスが成立するようになり、タクシーのEVシフトがうまく回り始めると思われる。

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▲バッテリー交換ステーションも設備もパッケージ化されているため、電気系統さえ確保できれば、設置そのものは4時間程度で済むという。

 

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▲バッテリー交換ステーションの内部倉庫。バッテリーを常に充電しておく。交換したバッテリーはすぐに充電する。

 

周辺ビジネスが成立するエコシステムの構築が鍵になる

将来、急速充電技術が市場投入できるほど進むまでは、バッテリー交換の杭州方式が現実的だ。第一電動網は、EVシフトを成功させるには、補助金をつけて、やみくもに導入を進めるのではなく、交換ステーション、充電ステーションなどの周辺ビジネスが成立する環境を整えながら進めていくことが重要だとしている。

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▲バッテリーは車両の底部に装着されているので、これを交換する。交換時間は3分程度で済むので、ガソリンを補給する程度の感覚で利用できる。

 

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▲第一電動網が作成したバッテリー交換ステーションの試算表。1日46台のバッテリー交換を行うことで黒字化できる。現実的には60台ぐらいの交換でビジネスと成立する。