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中国を中心にしたアジアのテック最新事情

ユーザーの誤操作を誘う起動時広告。その悪質ぶりに、中国工信部が規制に乗り出す事態に

中国で悪質な起動時広告が横行している。じゃまな広告を消すつもりでスワイプをすると、それが広告表示に同意した動作とみなされ、ランディングページが表示されるというものだ。あまりの悪質ぶりに、中国工信部が規制に乗り出したと雷科技が報じた。

 

ユーザー体験の悪い起動時広告

アプリの起動時広告が問題になっている。起動時広告とは、アプリを起動した時に表示される全面広告。以前のスマートフォンは性能が限られていたため、多くのアプリを起動するのに数秒かかっていた。その待ち時間に全画面広告を表示するという一種のスキマ広告だった。

それがスマホの性能があがり、アプリが起動するまでの待ち時間がほとんどなくなっても、起動時広告だけが残った。起動時広告を消さなければアプリの画面に遷移ができない状態だけが残った。

しかも、起動時広告を消すための「×」ボタンや「skip」ボタンは意図的に見つけづらくするなどの”工夫”もされている。あるいは広告ページに遷移するボタンが、あたかも広告を消すためのボタンであるかのように誤認させる工夫をされている例もある。

▲一般的な起動時広告。アプリの起動時に全画面広告が表示される。しかし、右下の広告を消すボタンが小さかったり、遅れて表示されることが多く、以前から問題になっていた。

 

シェイクしないと消えない起動時広告

中国ではさらにこの「工夫」が進化をしてしまった。シェイク起動時広告だ。アプリを起動すると全画面広告が表示される。ここまでは従来と同じだ。しかし、スキップボタンがすぐには出てこないか、小さくて見つけづらい。その代わりに、中央に大きく「揺一揺」(シェイク)という表示が見える。シェイクをするとどうなるかは説明があるものの、シェイクという表示が大きく見えるため、スマホをシェイクしてしまう人がいる。すると、それは広告を見るという意思表示だと見做され、広告主が設定したランディングページに移動するというものだ。スキップボタンは数秒後に小さく表示される。

このシェイク広告は多くのユーザーから不満の声が上がっている。なぜなら、歩きながらスマホを使っている時だと、シェイクをしなくても、歩行による揺れでシェイクしたことになり、広告ページに移動してしまうのだ。

▲問題となったシェイク広告。SNS「微博」(ウェイボー)アプリを起動すると、この起動時広告が表示される。シェイクすることを示すアイコンがあるために、ついシェイクをしてしまうと、それが広告表示に同意したことになり、ランディングページに遷移してしまう。シェイク判定を厳しくしているものもあり、歩きスマホをしている時は何もしなくてもランディングページに遷移してしまうものもある。

 

アプリストアでは起動時広告のガイドラインを提示

グーグルやアップルは、アプリストアを運営し、配信するアプリの広告についてもガイドラインを提示している。例えば、「Google AdMobヘルプ」には「アプリ起動時広告のガイドライン」(https://support.google.com/admob/answer/9341964?hl=ja#zippy=,実装の非推奨例,推奨される実装例)が示されている。

ここには「非推奨例」として2つのケースが示されている。

起動時広告は、基本的にはアプリの起動時に表示され、アプリが利用できる状態になるまでの間に表示されるべきものだ。しかし、アプリの読み込みを先に行い、その後に起動時広告が表示されるというものがある。あるいは、よりひどいケースでは、アプリの画面がすでに表示されているのに、起動時広告が表示されることがある。ガイドラインによると、ポリシーに必ずしも反しているとは言えないものの、無効なアクティビティにあたる可能性があり、アプリの広告掲載が停止される事態もあり得るとしている。

グーグルやアップルは、アプリストアで配信するアプリについては、このようなガイドラインを設け、ユーザーからのクレームに応じて調査を行い、問題がある場合は配信停止などの処置をとることで、ユーザーの不満につながるような広告を排除している。

▲グーグルのガイドラインで推奨をされる起動時広告の例。アプリを起動すると広告が表示されるが全画面ではなく、上部にアプリに遷移する大きなボタンが表示される。

▲グーグルのガイドラインで非推奨とされ、場合によっては広告掲載が停止される可能性がある例。アプリがすでに読み込まれているのに、わざわざ広告が表示される。起動時広告はあくまでもアプリが読み込まれるまでの時間を利用したものにしなければならない。

▲同じくグーグルのガイドラインで非推奨とされる例。すでにアプリが読み込まれ、コンテンツまで表示されているのに、割り込むようにして起動時広告が表示される例。場合によっては、広告の掲載禁止になる可能性がある。

 

中国のアプリストアにはガイドラインが存在しない

ところが、中国ではアップルに関してはアップルのApp Storeからアプリが配信されるが、Androidに関しては、スマホメーカーが独自のアプリストアを運営し、そこから配信をされる。このような各メーカーのアプリストアのガイドラインにはばらつきがある。また、俗に「野良アプリ」と呼ばれる、アプリストアを介さない配信方法もある。この場合は、ガイドラインは存在せず、起動時広告はやり放題になってしまう。

 

中国政府が起動時広告規制に乗り出す

そこで、中国工業・情報化部(工信部)は、2021年7月に「工信部はアプリの全画面広告、ポップアップ広告が利用者の迷惑になる問題の改善を全力で推進する」(https://www.dt.gov.cn/dtszf/gxjbmdt/202107/8dd0312eb7e74e35bfbb7a6ebf85497c.shtml)という文章を公開し、起動時広告などの規制に乗り出し、すでに百度、アリババ、テンセント、バイトダンスなどの68のテック企業に問題解決を要求したことを明らかにした。

 

広告協会ではさらに厳しい自主規制が

さらに、これを受けて、中国広告協会は2022年7月に「モバイルインターネットアプリ広告行為規範」という団体標準のガイドラインを公開し、8月には施行をした。

この中では起動時広告についても厳しいガイドラインが定められた。

a)起動時広告の表示時間は最長で6秒。複数の広告を表示してはならない。「閉じる」「x」「スキップ」などのボタンを、最低でも72×36ピクセル以上の大きさで表示し、広告表示から遅れて表示させてはならない。

b)ランディングページに誘導するときは、その結果何が起きるのかを文字で表示しなければならない。例えば「詳しく見る」「タップしてダウンロード」「移動」など。

c)シェイク、スワイプ、回転などの動作により広告のランディングページに誘導するときは、そのことを明瞭に表示し、別に定める「モバイルインターネット起動時広告新型インタラクティブ技術要求」のガイドラインに従わなければならない。

▲中国広告協会は、細かい数値による指定を含めた悪質広告の規制を始めた。

 

ユーザーの誤操作を誘うスワイプ広告

この「モバイルインターネット起動時広告新型インタラクティブ技術要求」には、スワイプ広告、回転広告、シェイク広告について細かい規定が定められている。

スワイプ広告は、起動時広告をスワイプするとランディングページが表示されるもので、利用者がじゃまな画面を消すためにスワイプをする習慣を悪用して、ランディングページに誘導するというものだ。

ガイドラインでは、「上にスワイプさせる場合は55ピクセル、その他の方向に移動させる場合は120ピクセルの最低マージンを取らなければならない」とされている。つまり、利用者が指を乗せてわずかな距離をスワイプさせた場合は、ランディングページに移動しない安全マージンを取ることが定められている。

▲スワイプ広告の例。広告を消そうとすでに習慣になっているスワイプをすると、それが広告表示に同意したアクションになっており、ランディングページが表示されるというもの。

 

ユーザーの誤操作を誘う回転広告

回転広告は、例えば広告内に向きが上下になった画像などを表示し、利用者がそれを正しい方向で見ようとしてスマホを回転させると、ランディングページに移動をしてしまうものだ。

これもガイドラインでは「45度以内の回転ではランディングページに移動しない安全マージンを取ること、回転をさせてから1秒以内はランディングページに移動しない」などが定められている。主に、歩きながらスマホを使っている時に、意図ぜずスマホの角度が変わって、ランディングページに移動してしまうことを防ぐものだ。

また、シェイク広告に関しては、加速度による規制がガイドラインで定められている。これも、歩きスマホをしている時に、意図せずスマホが揺れて、ランディングページに移動してしまうことを防ぐものだ。

▲回転広告の例。横表示の動画が写り、それを見ようとスマホを回転させると、それが広告表示に同意したアクションになっていて、ランディングページが表示される。

 

すでに消費者はアプリからミニプログラムへ

このような回転広告やシェイク広告の意図しない動作を防ぐために、スマホの設定を変えて、加速度センサーをオフにしてしまう人もいる。しかし、そうなると、今度は正当な使い方で支障が生じることになる。

デジタル広告は、多くの場合、ランディングページを表示させることにより報酬が得られるため、配信業者はあの手この手でランディングページへ誘導しようとする。利用者の好奇心や興味を惹きつけて、利用者が意図をしてランディングページに移動をするのであれば問題はないが、近年では、このような誤認をねらった工夫が多く見られるようになっている。

これがあまりにも進み始めると、利用者の中で不快なユーザー体験が蓄積をし、アプリ離れが始まってしまうことになる。中国で、生活系サービスはアプリではなく、WeChatミニプログラムが多く使われるようになっているが、WeChatがこのような全画面広告を禁止していることも無関係ではない。消費者を騙してお金儲けをするというのは、目先の利益は得られるかもしれないが、結局はメディアをゆっくりと死亡させることに他ならない。中国広告協会が厳しいガイドラインを設けたのも、工信部の要求に応えただけではなく、ひとつの広告メディアが死んでしまうという危機感もあったのかもしれない。