中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

テレビは死んでしまうのか。起動時広告とマトリョーシカ会員制度により、避けられ始めたスマートテレビ

有名な俳優がテレビに対する不満をSNSで表明し、多くの人が賛同をしている。スマートテレビは過剰な広告と会員制度により避けられ始めている。多くの視聴者が3つの不満を感じていると新湖南が報じた。

 

マトリョーシカ会員制度がテレビをダメにしている

テレビに対する不満が高まっている。テレビ番組ではなく、テレビ装置の方だ。有名な中堅俳優・李嘉明は、SNSでテレビに対する怒りを表明し、それが多くのネット民の共感を呼んだ。

李嘉明氏は、SNSの中でこう訴えている。「以前のテレビはスイッチを入れたらすぐに見れた。買って持って帰ったらすぐに見れた。今は、すべてのことに課金が必要になっている。サブスクだとかVIP会員だとか、みんなは嫌じゃないのか。何千元も出してテレビを買う。それなのに見れない。非常に腹が立つ。普通の人がお金を稼ぐのがどれほど大変かわかっているのか。もう3年もテレビをつけていない」。

さらに、人民日報にまでテレビを批判する社説が掲載された。批判の焦点は「マトリョーシカ式会員」制度だ。ある映画を見ようとすると、会員に入らなければならない。しかし、会員になってみると、見たい映画はさらにVIP会員にならないとみることができないなど、次から次へと加入を促す画面が現れて、まるでマトリョーシカのように多重加入をしなければならなくなる。社説は「このマトリョーシカ会員がテレビを置物に変えている」と批判した。


www.youtube.com

▲有名な俳優・李嘉明がSNSでテレビに対する怒りを表明した。もう3年もテレビをつけていないと語った。

 

スマートテレビマトリョーシカ会員制度(多重会員制度)を批判する記事が、人民日報にまで掲載された。この制度がテレビを置物に変えてしまっていると批判している。 http://opinion.people.com.cn/n1/2023/0110/c427456-32603563.html#

 

テレビ利用者が感じる3つの不満

現在、ほとんどのテレビがスマートテレビになっており、アンテナに接続するのではなく、ネット回線に接続をする。OSが搭載され、アプリを入れることで、テレビ放送のサイマル配信を見たり、ストリーミングサービスを使って映画やドラマを楽しむことができる。見られるコンテンツは大幅に増えたが、メーカーはさまざまな方法でお金を稼ごうとするため、使い勝手は最悪の状態に向かいつつある。消費者の不満は主に3つある。

 

不満1:リモコンが2つ必要になる

ほとんどのテレビは、テレビ本体のリモコンと画面操作のリモコンが別々になっている。つまり、リモコンが2つあり、それを使い分けなければならないのだ。テレビ本体は従来のようにテレビメーカーが製造をし、そこに別のメーカーが開発したOSを載せるために、制御系統が統一されず、リモコンが2つになってしまっている。

テレビのリモコンは1つであっても見つからなくなることがたびたびあるのに、2つもあると、いつも必ずどちらかは行方不明になる。2つのリモコンがそろわないとテレビを見ることはできないのだ。

しかも、多くのドラマや映画は文字検索で見つけなければならない。画面に表示されるキーボードをリモコンの矢印キーで操作をして文字入力をするのは、操作として難しいものではないものの、面倒すぎて誰もやりたがならない。

 

不満2:広告が多すぎる

2つ目は、多すぎる広告だ。メディア「澎湃」が市場で販売されている12のメーカーのテレビを購入し、調査をしたところ、そのうち7つのメーカーのすべてのモデルに起動時広告機能が搭載されていた。テレビのスイッチを入れると、いきなり15秒から30秒の広告が流れるのだ。この起動時広告がないのは、高価格帯の一部の機種のみになっている。

「2021年スマートテレビ消費者使用上の痛点調査研究報告」(人民網財経研究院)によると、消費者にスマートテレビの問題点を聞いたところ、83.8%の消費者が「起動時広告が長い」と答えている。

報告の中で、ある消費者はこう意見を述べている。「テレビはお金を出して購入する商品であるのに、テレビを見る時まで広告を強制表示するのはやりすぎです。これは家を購入したのに、敷地に入るのに通行料を毎回取られるようなものです」。

さらに、視聴中にも広告が入る。一般的な1時間ドラマでは180秒の広告が4回入る。40分ドラマでも4回入るため、見ている時間の1/3が広告ということになる。

さらに、突然ポップアップされる広告もあり、それを消すためには、リモコンでクローズボタンをねらって押さなければならない。

▲テレビの平均視聴時間は2時間程度。家事をする時にラジオ代わりにつけている人がいることを考えると、2時間は決して長くない。

 

不満3:マトリョーシカ会員制度

3つ目は、人民日報が批判したマトリョーシカ会員制度だ。例えば、百度のストリーミングサービス「愛奇芸」(iQIYI)では、7つものメンバーシップメニューがあり、それぞれに見られるコンテンツが異なっている。一人で見るのであればともかく、家族がいる場合は見たいコンテンツが異なるため、複数のメンバーシップに加入をするか、あるいは多くのコンテンツが見られ、価格も高いゴールドやプラチナのメンバーシップに加入をする必要がある。

しかも、iQIYIはスマートフォンアプリもあり、そちらでもサブスクに入らなければならないが、見られるのはスマホタブレット、PCのみであり、テレビに関しては別に加入をしなければならない。そのため、スマホで見ていたドラマの続きをテレビで見るということをしたいと思うと、2つのサブスクに入るか、高価なプラチナメンバーシップに入る必要がある。プラチナメンバーシップは、年348元(約7000円)にもなる。

さらに、愛奇芸の他にもさまざまなサブスクサービスがあり、そちらのコンテンツを見たい場合はそちらにも加入しなければならない。しかも、多くのサブスクが初月は1元などの格安の価格を表示し、更新時にはリマインドすることもなく自動更新されてしまうために、多くの人が見もしないサブスクにいくつも加入していて気がつかないということが起きている。

スマートテレビで番組を見ようとすると、すぐにこの入会画面が現れる。プランによって見られるコンテンツが異なっているため、複数のプランに加入してしまう人もいる。

 

テレビメーカーの収益となる起動時広告

2010年頃、テレビの製造は技術革新により以前より簡単に製造できるようになったため、大量の新興メーカーが誕生した。そのため、一気にテレビ価格が下がり、各メーカーは値下げ競争をせざるを得なくなっていった。その後、高速のネット回線が普及をすると、競争に苦しめられていた各メーカーはスマートテレビに活路を見出そうとした。しかし、スマートテレビもすぐに価格競争に陥っていった。

その中で、テレビメーカーが注目したのが起動時広告だった。コンテンツの間に挟み込まれるインストリーム広告は、配信プラットフォームの利益となる。操作画面に表示されるバナー広告はOSを提供する企業の利益となる。テレビメーカーは広告で利益を得る方法がなかった。

しかし、スイッチを入れると表示される起動時広告は、テレビメーカーの利益となる。しかも、テレビを見る人が必ず見る広告であるために、広告枠が非常に高く売れる。この起動時広告はテレビメーカーの救世主となり、多くのテレビに搭載される”標準機能”になっていった。

 

関係三者がそれぞれに利益を追求し、テレビは死んだ

つまり、テレビとは、テレビメーカー、プラットフォーマー、ストリーミング配信者の三者が相乗りをしている商品で、それぞれがそれぞれに広告や会員制度でお金を稼ごうとするために、テレビは広告だらけ、サブスクだらけのデバイスになってしまった。もはやコンテンツを楽しむデバイスではなく、広告を見るためにお金を払うデバイスになってしまっている。

これはテレビにとって大きな危機になる可能性がある。もはやテレビそのものが子どもと高齢者が楽しむものとなり、現役世代の視聴時間は年々減少をしている。2020年のコロナ禍で大きく増加することが期待されたが、結局視聴時間が大きく伸びることはなかった。子どもはすでにテレビではなく、親がタブレットを渡してコンテンツを楽しむようになりつつあり、高齢者はスマートテレビは操作が難しいと言って嫌い、古いテレビを使い続けている。

▲テレビの視聴時間は、年々減少する傾向にある。2020年のコロナ禍で大きく伸びることが期待されたが、伸びはそれほどでもなかった。



付加機能がますますテレビをテレビではなくしている

テレビメーカーは、スマートテレビを現役世代に売り込むために、テレビ以外の機能をセールスポイントにするようになっている。定番なのはゲームやカラオケ、ECなどだ。テレビをコンテンツを見るデバイスとしてではなく、家庭内の娯楽センターとして位置付けようとしている。しかし、だとしたらスマホとの差はどんどんなくなっていく。わざわざテレビを買うよりは、シンプルなディスプレイを購入して、スマホの画面をミラーリングさせればいいと誰もが考える。実際、スマホとの連携機能があるディスプレイの販売は好調に推移している。

今、テレビ放送局のアプリをわざわざスマホに入れてサイマル放送を見ている人は多くない。テレビがスマホミラーリングするディスプレイになるとともに、テレビ放送を見る人はどんどん減っていくことになる。放送局はコンテンツ制作スタジオとして生き残っていくより他なくなり、多くの制作スタジオとの競争にさらされることになる。まだ先のこととは言え、テレビ放送はゆっくりと消え去る方向に進み始めている。