多くのアプリが採用する起動時広告。広告効果は高いものの、利用者からの評判は決して芳しくない。テンセントのSNS「WeChat」は、この起動時広告を採用していない。それには3つの理由があると人人都是産品経理が報じた。
広告効果が高いアプリ起動時広告
スマートフォンのアプリを起動した時に表示されるアプリ起動時広告。画面全体に表示をされ、消すことはできない。数秒後にようやく「skip」「×」などのクローズボタンが表示されるというものだ。画面をタップすると、その広告が指定するウェブページ(ランディングページ)に飛び、商品の購入や資料請求などができる。
本来は、アプリが起動してから操作ができるようになるまで、データの読み込みのために数秒の待ち時間があることが、アプリ起動広告が生まれた理由だ。この時間、ただ「読み込み中。お待ちください」と表示するよりは、広告を表示した方が利益が得られる。いわゆるスキマ広告だ。アプリによっては、広告収入の80%以上がアプリ起動広告から得ているケースもある。
広告としては非常にいい場所にあり、広告効果も高いことから、読み込みで利用者を待たせることがほとんどないアプリでもアプリ起動時広告が採用されるようになった。しかし、利用者の中には迷惑に感じている人も多い。
起動時広告を採用しないWeChat
ところが、中国でほぼ全員が利用しているSNS「微信」(ウェイシン、WeChat)は、このアプリ起動時広告を採用していない。アプリを起動すると、WeChatのロゴ画面が一瞬表示されるだけで、WeChatのトップページが表示される。
なぜ、WeChatはアプリ起動時広告を採用しないのか。理由は3つある。
理由1:アプリの価値を損なう
WeChatはSNSに分類されるが、すでにSNSを超えている。友人とメッセージをやりとりするだけでなく、ミニプログラムを起動して生活サービスを利用したり、ショートムービーを見て楽しんだり、企業の公式アカウントから情報を得たりする。生活アプリと呼んだ方がいいほどになっている。このようなツールの場合、必要な時にすぐに必要な情報にアクセスできるのがサービスの価値となる。アプリ起動時広告は、このサービスの価値を損なってしまう。そのために採用されていない。
理由2:アプリの差別化をするため
現在は、無数のアプリが存在するために、毎日使ってもらうために、利用者にアプリを覚えてもらうだけでも至難の業になっている。覚えてもらうためには、差別化を徹底して、他のアプリとは違うという認識を持ってもらう必要がある。
そのためには、多くのアプリが起動時広告を採用しているのは、WeChatには好都合とも言える。他のアプリは起動直後の画面が毎回違う。しかも、アプリとは直接関係のない他の企業の広告が表示される。
しかし、特徴のあるオリジナルの起動画面を毎回表示をすれば、利用者はその画面とアプリを関連づけて記憶をしてくれるようになる。
WeChatは起動時に、独特の起動画面を表示する。どこかの惑星で、地球を眺めている人物の画像だが、今の感覚からすると、少し時代遅れにも感じられる。しかし、これはWeChatがスタートした2011年から使われている。画像の解像度や絵のタッチなどは改善されているが、基本的には同じ構図の画像だ。
しかも、多くのアプリが記念日や季節に応じて起動画面を変えたりするが、これもWeChatはしていない。この地球の映像を利用者に何回も見てもらうことで、記憶に刻み、WeChatが特別なアプリであるという感覚を持ってもらうことをねらっている。
理由3:広告効果を高めるため
多くの広告主が起動時広告に出稿をしたがる。なぜなら、アプリを使う人が必ず見ることになる「いい場所」だからだ。しかも、利用者はアプリを使おうと思って画面を注視しているので、見逃されることも少ない。これは確かにゲームのように「起動をしたら長時間利用する」アプリでは有効だ。起動して、広告を見た後は、長時間ゲームで遊ぶので、数秒の広告もあまり気にならない。
しかし、WeChatのように、1日に何回も起動するツールの場合は違う。すでに見たい情報があってWeChatを起動するので、起動時広告は障害にしかならない。ましてやタップしてランディングページに行こうという人は少ない。出勤途中で、美味しそうなソフトクリームの広告を見たからといって、寄り道をしようと考える人はほとんどいないのと同じだ。
WeChatの場合、起動時広告よりも、朋友圏(モーメント)の広告の方が効果がある。モーメントは、友人知人の発言が時間順に並ぶタイムラインだ。WeChatではこのタイムラインの間に広告を挟むことができるようになっている。タイムラインは、目的の情報があってアクセスするのではなく、「何か面白い情報はないか」と探すために使うものだ。そこに広告があっても、人によっては「面白い情報」のひとつとして認識をしてもらうことができ、広告の効果があがる。
モーメントは1日のアクティブユーザー数が7.5億人もある。しかも、平均して1日に10数回閲覧される。つまり、1日100億回以上の閲覧があるということになる。WeChatの場合は、こちらに広告を出すのが正解ということになる。
情報でも悪貨が良貨を駆逐する現象が起きる
WeChatを開発したスターエンジニア、張小龍(ジャン・シャオロン)は、「情報の悪貨、良貨理論」ということを述べている。「なぜWeChatではアプリ起動時広告を採用しないのか?」と質問されて、「やることは可能だ」と答えている。
もちろん、利用者は起動時広告をじゃまだと感じ、不満を述べることになる。しかし、その不満はすぐに収まるのだという。なぜなら、人間は適応能力が非常に高い生き物で、毎日じゃまな起動時広告を見ている間にそれが当たり前のこととして受け入れられてしまい、むしろ、起動時広告がなくなると不安にすら思ようになる。
張小龍は言う。「今日、ネットには無数のジャンク情報が流れています。しかし、これに慣れすぎると、ジャンク情報に満ちているのが正常だと感じるようになってしまいます。そして、悪い情報がいい情報を駆逐するようになっていくのです。これは恐ろしいことです」。
WeChatは世界の情報を整理するツール
WeChatのようなSNSツールは、このようなネットに溢れている情報を整理して、利用者に閲覧をしてもらうために存在をしている。そのため、利用者にとって不必要な情報を大量に提示するような仕組みは排除しなければならない。WeChatが悪貨が良貨を駆逐することの手助けをしてはならない。だから、起動時広告は採用しないのだと答えている。
2021年7月、工信部は「工信部はアプリ起動時情報、ポップアップ情報が利用者の迷惑になっている問題をただす」という文書(https://www.miit.gov.cn/jgsj/xgj/fwjd/art/2021/art_751c6a1caeef4780b30a20c7b302157c.html)を発表し、起動時広告やポップアップ広告が市民の権利を侵害しているとして、百度やアリババなど68社に改善を求めた。このリストの中にテンセントは入っていない。