中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

自動運転の転換点は2025年。大詰めを迎える自動運転車の開発と商業化

中国では百度のロボタクシー、ポニーのロボタクシーの人を乗せた試験営業が進んでいる。すでに事故率は人間よりも下回っており、法整備を待つ状態になっている。ポニーでは2025年が自動運転の大きな転換点になると見て、量産化計画を進めていると晩点LatePostが報じた。

 

タクシーのコストの8割は運転手の人件費

中国のタクシーを含めた交通ビジネスの売上は2020年で1300億元(約2.5兆円)あるが、そのうちの80%は運転手の給与となる。そのため、百度を中心に無人運転技術を利用したロボタクシーの開発が進んでいる。

ロボタクシーは、運転手の人件費が不要になるというだけでなく、交通事故を大きく減らし、事故による損失も大きく減らしてくれる。さらに、人は自分で車を運転する必要がなくなり、移動時間を他のことに有効活用できるようになる。人は車を所有する意味がなくなり、住宅のガレージや駐車場も不要となり、建築や都市景観、ライフスタイルまでを変えていく。

米国ではグーグル傘下のWaymo(ウェイモー)、中国では百度バイドゥ)がロボタクシーの開発を行い、どちらが先に商用化をするかで競い合っている。

しかし、中国と米国の両方に拠点を持ち、ロボタクシーの開発を行っている企業がある。小馬智行(シャオマー、Pony.ai)だ。

▲ポニーの試験車両。ポニーでは、自動運転への転換点は2025年と見ており、2025年から大量生産を始める。

 

ポニーの自動運転の優秀さを示す一枚の映像

このポニーが、コンファレンスなどでよく使う1枚の画像がある。2017年6月、米国カリフォルニア州フリーモントで、ポニーの非公開の公道走行テストが行われた。2週間前に完成した自動運転システムで、最初の公道走行テストだった。

ところが、ある投資家が公道走行テストのことを聞きつけ、走行するポニーの自動運転車の前に突然飛び出したのだ。関係者は顔面蒼白となったが、ポニーの自動運転車は人を認識し、静かにブレーキをかけて停止をした。そのときのLiDARの映像が、ポニーの自動運転システムの優秀さを示すためによく使われる。

▲ポニーの技術を象徴する1枚の画像。ポニーの自動運転車の試験走行中、ある投資家が悪意を持って、走行する車の前に飛び出してきた。自動運転車はその人を認識し、静かに停止をした。

 

グーグルより早く自動運転を実用化しようとした2人の創業者

自動運転システムの開発は、2009年、グーグルが秘密プロジェクトとして始めたのが最初だ。2012年、グーグルは自動運転システムを開発していることを公開し、これに触発されて、2013年にはCruise、2014年にはZooxなど、シリコンバレーで自動運転システムを開発するスタートアップ企業が登場し、自動運転ブームとも言える状況になった。

2015年には、百度米国ラボが自動運転部門を設立し、中国企業として初めて自動運転開発競争に参入をした。

ポニーの創業者である彭軍(ポン・ジュン)と楼天城(ロウ・ティエンチャン)は、2人とも百度の研究員だった。しかし、技術開発の進捗を見ると、2人は百度よりも早くグーグルがロボタクシーを実用化するように見えた。グーグルに勝つには、百度のような大きな企業で開発をしていたのでは決断スピードが遅すぎる。2人はスタートアップとして起業をして、グーグルよりも早く、ロボタクシーを実用化するという競争に参加をしようと考えた。これにより、米シリコンバレーでポニーが創業され、彭軍がCEO、楼天城がCTOとなった。

 

清華大学の同窓会となっていったポニー

中国でも自動運転ブームが起こり、AutoX、Momenta、Roadstar.aiなどが創業し、投資資金も流れ込み始めた。ポニーは、2017年3月、セコイアキャピタル中国、IDGなどからエンジェル投資を受け、2018年には連続してAラウンド、A+ラウンドの投資を受け、本格的に開発が始まった。

ポニーには優秀な中国人エンジニアが集まり始めた。彭軍と楼天城の経歴を見ると、中国企業では最も早くロボタクシーの実用化しそうに見えたからだ。グーグルに勝つという目標も中国人エンジニアにとっては痛快な目標だ。

彭軍は清華大学を卒業後、米スタンフォード大学で博士号を取得し、2012年に百度に入社した。そこで検索広告システムの開発に参加をした。その後、百度の自動運転部門の主席アーキテクトとなり、数十人のエンジニアチームを率いて、自動運転システムの開発をしていた。

楼天城は、清華大学を卒業後、グーグルのウェイモーで働き、その後、百度に転職をして、彭軍と知り合った。

つまり、2人は百度の自動運転部門のキーパーソンであり、その2人が創業したポニーには多くの中国人エンジニアが集まってきた。その多くが、清華大学を卒業した人たちで、グーグルやマイクロソフト、アップル、百度で働いていた人たちだ。初期のポニーのオフィスは、清華大学の同窓会のようだったという。このような「人」が、投資を呼び込んで、ポニーの事業がスタートした。

ポニーの開発は順調だった。2019年には、テスト車両が100台を越え、公道走行距離は累計100万kmに達した。米国カリフォルニア州広東省広州市南沙、北京市の海淀区、亦庄新開発区などで公道走行テストを行っている。

当時、ウェイモーは1600万km、百度は300万kmのテスト走行を行なっていたため、ポニーはこの2つの巨頭に続く、第3の地位を確保していた。

 

2019年、自動運転冬の時代

しかし、2019年以降、自動運転には逆風が吹き始める。ひとつはL4(条件下での自動運転)、L5(無条件での自動運転)を達することが目標だが、どこまで開発をすれば達成できるのか、ゴールが見えなくなってきた。

実際の運転環境というのは、コンピューターの仮想空間の中よりも、はるかに複雑だ。横断禁止の場所では人は車道に飛び出してくることはないはずだが、現実には投資家が車の前に飛び出してくることがある。さらには、車線が消えている、交通標識が汚れていて見えなくなっている、野良犬が寝そべっているなど、さまざまなレアケースの状況が起こる。自動運転システムは、このようなレア状況に対しても対処ができるように学習を進めていかなければならない。しかし、どこまで詰めていけばいいのか。誰にも想像できない状況にまで対応することは不可能だ。

これにより、自動運転車の運転席には、運転はしないが、いざという場合には手動運転をする安全監視員が乗車しなければならない。しかし、それでは「人件費を節約する」ことがポイントのロボタクシー事業は成り立たない。

さらに悪いニュースが世間を駆け巡った。2018年にウーバーの自動運転車が歩行者を跳ねて死亡させてしまったのだ。その歩行者は自転車を押して、横断禁止の道路を横断しようとした。自動運転システムは歩行者と自転車が重なったシルエットを画像解析し、歩行者ではなく、道路脇の障害物だと判断をした。そのため、移動予測を行わなかった。自動運転システムにしてみれば、移動をするはずのない障害物が突然路上に出てきたため、対処ができなかったのだとも言われる。この事故により、各自動運転企業の株価は下落をし始めた。

▲すでに自動運転技術は、人間の事故率を下回るレベルに到達をしている。あとは法整備をするだけの状態になっている。

 

戦略転換をして商業化を急ぐメーカー

これにより、各自動運転企業の戦略は大きく変化をしていった。「誰もが自動運転車に乗り、人類を運転という作業から解放する」という遠大な目標をいったん置いて、商業化しやすいところで自動運転を実現するという方向に舵が切られていった。

この舵切りに成功したのが、中国の文遠知行(ウェンユエン、WeRide)だ。2020年にバスメーカーの宇通集団と共同して、無人のミニバスを開発し、2021年から広州市で試験走行を行い、2022年には広州国際生物島でロボバスの営業運行を始めた。安全監視員は乗車をせず、センターによるリモートモニタリングと、車内にある非常停止ボタンで安全確保をする。新開発区であるため、道路環境は良好で、固定路線を走行するため、道路上のレアケースに遭遇する確率が大きく減り、実用化のハードルが低い。

また、MomentaはL4よりもアシスト運転であるL2に舵切りをし、自動車メーカーにソリューションとして提供する戦略に切り替えた。

 

完全無人運転にこだわり続けたポニー

しかし、ポニーは戦略転換をしなかった。あくまでもL4、L5のロボタクシーに一直線に向かう戦略を維持した。彭軍CEOは、L2の開発から入り、徐々にレベルを上げて、L4、L5にたどり着くルートには無理があると考えていた。L3までの運転アシストとL4以上の自動運転は、似て非なるもので、まったく違うと考えていた。そのため、L4以上を狙うには、L4に一直線に進んでいくしかないと考えていた。

ポニーがやったのは、科学的な評価システムを確立することだった。それまでは自動運転システムを改良し、公道走行をし、同乗したエンジニアが人間の感覚で評価をする。事故が起きそうになった場面に遭遇すると、そのビデオを人が見て、何が問題なのかを議論をするという「人の評価」に頼っていた。

しかし、人の安全運転感覚はあてにならない。たとえば、雨の日は事故が多いはずだと誰もが思う。しかし、実際の統計によると、雨の日の事故率は低下をする。なぜなら、多くの人が「雨の日は危険だ」と考えるために、慎重な運転をするようになるからだ。

また、安全運転とはスピードを出さずにみだりに車線変更をしないことだと考えている人が多い。しかし、実際は違う。周囲の運転スタイルに同調をして、同じように運転をすることが最も事故率が少なくなるのだ。F1レースが行われているサーキットに、安全運転をする軽トラックが紛れ込んだら、あっという間に大事故になる。

ポニーのエンジニアチームは、この事故率に基づく評価システムを開発した。安全の問題は、自動運転車と道路環境の関係の中で確保されるのではなく、自動車と自動車の相互作用の中で確保されるのだということに気がついた。

 

人間の事故率を下回る段階に達したポニー

2020年初めにこの評価システムが一定程度完成すると、ポニーはテスト車両を100台から200台に倍増させ、公道走行距離は100万kmから1600万kmに伸びた。

中国の一般的な人間の運転手は2万kmから3万kmに1回の事故を起こす。熟練したタクシー運転手は10万kmに1回の事故を起こす。この事故とは、ガードレールにこすったなどの小さな事故まで含んだものだ。新しい評価システムを使った開発が進み、ポニーの自動運転車の事故率は、熟練したタクシー運転手の事故率を下回るようになった。すでに市場投入できる段階に達した。

▲混雑をし、割り込みをされるような中国の道路状況でも、ポニーの自動運転車は安全に走行をしている。

 

同時にソリューション提供で資金を稼ぐ

しかし、システム開発をすることとビジネスは一体でありながら、また別の問題だ。ロボタクシーの事業化も進めながら、投資資金が切れる前にお金を稼ぐ必要がある。ポニーが進出をしているのはひとつはロボトラックだ。三一集団と提携をして、L4自動運転トラックを開発した。運転手は乗車をするが、高速道路や幹線道路では自動運転が可能になるというものだ。すでに青騅物流で採用されている。

もうひとつがL2++と呼ばれる高級運転アシストソリューションだ。さまざまな自動運転ソリューションを高級車をつくるメーカーに提供をする。L2++は運転アシストながらL3、L4に近く、都市部の幹線道路での自動運転を可能にすることを目指している。中国の法律では、L3以上の事故の責任は自動運転システムにあることを基本にすると定められたため、運転手の責任で自動運転が可能になるL2++と呼ばれるカテゴリーが生まれている。

▲青騅物流のトラック。高速道路やバイパスなど一定以上の条件が備わっている道路での自動運転が可能。ポニーがソリューション提供を行なっている。

 

2025年が自動運転に転換する年になる

それでもポニーの主力事業がロボタクシーであることは変わらない。彭軍は自動運転の転換点は2025年になると見ている。2025年になると、多くの人が自動運転車をあたりまえのことと感じるようになり、タクシーに乗るのと同じ感覚で、ロボタクシーに乗るようになると考えている。ポニーも2025年から大量生産を始める体制を現在準備している。

百度のロボタクシーもすでに商業化投入が可能な段階にまで開発が進んでいる。しかし、これまで自動運転は「xxxx年がロボタクシー元年になる」と言われ続け、何度も元年が先送りになり、一部では「永遠に開発が終わらない永遠のベータ版」と見る人も出てきている。2025年は、彭軍の言う通り、ほんとうのロボタクシー元年になるか。ここをさらに先延ばしするようなことになると、自動運転業界は世の中から忘れられてしまうかもしれない。自動運転の開発と商業化は大詰めを迎えている。