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TikTokとMusical.lyとMindie。「真似で終わる真似」と「真似で終わらない真似」はどこが違うのか

ショートムービーSNS「抖音」とその国際版であるTikTokは、もはやインフラとも言えるほど普及をしている。抖音の前身のプロダクトはA.meであり、このA.meはMusical.lyの真似だった。そして、Musical.lyはMindieの真似だった。しかし、抖音にはAIリコメンドエンジンがあったため、ただの真似では終わらなかったとXYY読書筆記が報じた。

 

マンションをアルゴリズムで探したバイトダンス創業者

バイトダンスの創業者、張一鳴(ジャン・イーミン)は、1983年、福建省の竜岩市に生まれた。2006年に天津市の南開大学を卒業すると、旅行予約サイトの酷訊網(クーシュン)に入社をし、ITエンジニアとして頭角を表す。2008年には離職をして、マイクロソフトアジア研究院に転職をした。

この時、張一鳴は北京市にマンションを購入している。張一鳴は、ネットから北京市の不動産情報を読み取り、自分が希望する条件でスコア化をし、最もスコアが高くなる地域を選び、そこでマンションを探したという。

▲バイトダンスの創業の地「錦秋家園」。マンションの一室がオフィスで、食堂がないために昼食はベランダで食べていた。

 

不動産情報をキュレーションする九九房

マイクロソフトという大きな組織の中で働くことは、張一鳴に合わなかったようだ。唯一の僥倖は、同郷の王興(ワン・シン)と知り合ったことだ。王興は中国版ツイッター「飯否網」(ファンフォー)を創業し、張一鳴は大きな刺激を受けた。王興は2009年7月に飯否網を手放し、美団(メイトワン)を創業する。

張一鳴が創業したのは「九九房」(ジウジウファン)だった。自分がマンションを買った時の経験を活かして、不動産情報を提供するサービスだった。評判はよく、中国の三大不動産情報サイトのひとつに数えられるようにまでなった。

しかし、iPhone4が発売され、中国の地下鉄の中でもスマートフォンを使う人が目立つようになった。この変化に、これからはスマホがデバイスの中心になると考え、九九房のアプリを5種類開発して公開した。そのうちのひとつである「不動産情報」というアプリは、大手不動産情報サイトの人気物件情報を収集して、読者の好みに合わせて配信をするというものだった。これが後の「今日頭条」(トウティアオ)につながる。

 

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情報を拡散させる企業「バイトダンス」を創業

世の中はスマホ時代に入っているのに、九九房でできることは限られていた。不動産業界に特化をした情報ビジネスだったからだ。より広い情報を扱うビジネスであればもっといろいろなことができる。PCからスマホという時代の転換点にあって、張一鳴はもう一度起業をすることにした。

北京市の知春路にあるマンション「錦秋家園」の一室を借り、バイトダンスという企業を創業した。情報を拡散させ、バイト(情報)が社会の中を踊り回る(ダンス)を目指した企業だ。

拡散させる情報として選んだのが娯楽だった。不動産情報は家を買おうとしている人にしか価値がない。買ってしまったらもう不動産情報は見なくなる。しかし、娯楽はどんな時でも見る。どんな人にも価値がある。

そこで面白小話、面白写真、面白動画をネットから集めて配信する「敲笑途」「内涵段子」など開発して公開した。利用者からは歓迎されたが、これにより、バイトダンスはサブカル的な企業だと見られるようになり、エンジニア採用の障害にもなったと言われる。

 

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情報の拡散は、人ではなくアルゴリズムが行う

2012年の間、張一鳴は、どのような情報であれば、拡散することにより社会の役に立つかを考え続けた。張一鳴は、拡散の方式は人に頼ってはいけないと考えるようになった。どの情報を拡散させるのかは、情報の受け手の行動を機械学習し、AIが判断をして、機械的に拡散させるべきだと考えた。

拡散に人が介在をしてしまうと、必ずバイアスがかかってしまう。雑誌などは編集長のバイアスがかかった情報メディアだが、それはそのような情報が好きなコミュニティーの中だけで閲覧されるもので、社会全体に拡散はしていかない。社会全体に情報を拡散せるには、機械が選び、色をなくした情報にしなければならない。

この発想から生まれたのが「今日頭条」だ。ネットのニュースサイトからニュース記事を収集して配信するが、どの記事を配信するかは、すべて読者個人の過去の閲覧行動を機械学習して決められる。今日頭条のチームにエンジニアはたくさんいるが、いわゆる編集のプロは一人もいない。

この今日頭条が、「知りたいニュースが次々と出てくる」と評判になり、すぐに100万人以上に使われるヒットサービスとなった。

▲バイトダンスの最初のヒットプロダクト「今日頭条」。ネットニュースを収集して、AIが利用者の興味に応じて配信をする。どの記事を配信するかはすべてをAIが決定している。

 

AIによるリコメンドエンジンの開発がスタート

この頃、YouTubeが大きく成長をした。YouTubeでもバイトダンスと似たような発想で、トップページのおすすめ動画を機械学習による表示をするようになっていた。Sibyl(シュビラ)というシステムが使われ、後にGoogle Brainに置き換えられた。

張一鳴は、これを見て、自分の考え方の方向性は正しかったと確信をし、機械学習によるリコメンドエンジンの開発をする計画を進めた。優秀なリコメンドエンジンがあれば、そこにニュース記事を入れれば今日頭条になるし、動画を入れればYouTubeになる。

張一鳴は、開発チームに電子メールを送った。タイトルは「リコメンドエンジン」というもので、「情報プラットフォームを構築するには、パーソナライズされたリコメンドエンジンが必須になる。準備はいいか?」というものだった。

そして、開発チームとともにAIやディープラーニングの学習を始め、百度などからAI人材をスカウトしてきた。

 

Vine、Mindie、Musical.lyのショートムービーのトレンド

この頃、ショートムービーが流行する兆しが現れ始めていた。2013年1月にリリースされた「Vine」(バイン)は、6秒のループ動画を投稿して共有するサービスで、後にツイッターに買収された。

2013年10月には、フランスで「Mindie」(ミンディー)がリリースされた。これはショートムービーに音楽をつけるというもので、感度の高い若者から支持をされた。

そして、上海で起業した朱駿と陽陸の2人が開発したMusical.lyが登場する。2人は当初、オンライン教育のビジネスを考えていたがうまくいかず、教育的な知識を動画で配信する仕組みを考え出した。

2013年にはそのプロトタイプが完成し、最初に投稿されたのは朱駿自身が2時間かけてつくった「コーヒーの歴史」という2分の動画だった。しかし、動画をつくる手間はものすごくかかったのに、できあがった動画は退屈なものだった。

どのような題材であれば、2分から3分程度の動画に合うのか。朱駿はある日、サンフランシスコのケーブルカーに乗っていた時に、大きな発見をする。若者の半分はiPodで音楽を聴き、若者の半分はiPhoneで動画を見ていたのだ。音楽と動画を組み合わせれば100%になる。これにSNSを組み合わせられないか。

こうして、Musical.lyが2014年4月にリリースされた。

 

米国でヒットしたMusical.ly

このMusical.lyは中国ではなく、米国で受け入れらた。陽陸は「私たちが米国市場を選んだのではなく、米国市場が私たちを選んだ」と言う。米国の若者たちは、音楽が大好きで、ムービーも大好きだった。しかし、中国の若者は、学校の宿題や大学の課題に追われており、音楽や動画を楽しむ時間が少ない。

Musical.lyが爆発的に流行するきっかけになったのがリップシンクだ。2015年の頭、Dubsmash(ダブスマッシュ)という動画にアフレコができるアプリが人気になった。Musical.lyの開発チームはこれを見て、Musical.lyのリップシンク機能を強化し、リップシンク大会を開催した。著名曲のリップシンクをし、自分が主人公のミュージックビデオをつくれるようにし、投稿が簡単にできるようにした。これによりMusical.lyの人気は次第にあがっていった。2015年の4月にはiOSアプリランキングで1400位前後をうろうろしていたが、これ以降毎週100位のペースで上昇するようになり、7月にはDon’t judge meチャレンジが自然発生した。化粧などで自分の顔を醜くした動画と本来の姿の動画を合わせたもので、そのギャップや醜く見せるアイディアを競うものだ。

このチャレンジはFacebookなどで拡散をし、1週間で40万本のショートムービーが投稿され、累計閲覧数は10億回を突破し、Musical.lyはiOSアプリランキングで1位となった。


www.youtube.com

▲Musical.lyの人気が高まるきっかけとなったDon’t judge meチャレンジ。あえて汚い顔をするというもの。

 

不発に終わったTikTokの前身のA.me

張一鳴は、このような動きを見て、動画コンテンツに参入をし、自分たちが開発をしているリコメンドエンジンを適用すれば、勝機があると見た。そして、3レベルで動画コンテンツに参入する計画を立てた。

ひとつはYouTubeのような比較的長時間の動画を共有するもので、これが「西瓜視頻」となった。もうひとつはSNSの色彩を濃くした動画共有「快手」を模したもので「火山視頻」となった。最後のひとつはショートムービーを共有するものでMusical.lyを模したもので、これがA.meとなり、後の「抖音」(ドウイン)、TikTokになっていく。

しかし、この3つのプロダクトの中で、A.meは最も前途が暗いと見られていた。なぜなら、Musical.lyは中国でも流行の兆しが見え始めていたからだ。しかも、露骨なMusical.lyのコピープロダクトだったからだ。

実際、A.meは迷走をした。リリースしてしばらくは利用者の半分はバイトダンスの社員だとまで言われた。Musical.lyのDon’t judge meチャレンジに刺激を受け、さまざまなチャレンジを企画しても不発に終わる。ターゲットも当初は「流行に敏感な都市部の若者」という狭いもので、これが普通の若者からはとっつきにくい印象を持たれることになった。

▲抖音の開発チーム。多くが経験の浅いメンバーだった。経験がないだけに自由な発想ができた。

 

スクラブダンスでブレイクをした抖音

張一鳴は、A.meをいったん白紙に戻し、大幅にアップデートをし、サービスの名称を「抖音」(ドウイン、音が振動するの意味)に変えることにした。ショートムービーの面白さは、体を動かすことと音楽の2つであるという基本に立ち返ることにした。そのために、サービスのロゴを音符が躍動しているものにして、投稿したショートムービーにはこのロゴのウォーターマークが自動的に入るようにした。これにより、他のプラットフォームに転載をされることで、抖音の利用者が増えることになる。

そして、芸術系の学生を大量に利用者に加えることにした。芸術系大学を周り、抖音を紹介し、テスト運用に参加をしてもらい利用者になってもらった。学生たちは感性を活かして、面白いショートムービーを投稿するようになっていく。

2017年2月、その中からヒットが生まれた。「スクラブダンス」だ。左腕を水平に置き、右のこぶしを上下に突き出すというダンスというよりは振り付けに近い。しかし、ダンスとは呼べない単純さが鍵になっていた。誰でも真似ができ、それでいて、今まで見たことがない斬新さがあった。多くの人が自分も真似をして、ショートムービーを投稿するようになり、抖音はスクラブダンスであふれることになる。これが他のプラットフォームにも転載されて、抖音の利用者は急速に増えていくことになった。

▲抖音のロゴ。Douyinの頭文字であるdを音符に見立てて、音符が踊っているというもの。

 

真似で終わらない真似

抖音が他の動画プラットフォームと異なっていたのは、どの動画を配信するかをAIが決定をしていることだ。バイトダンスの基幹技術とも言えるAIによるリコメンドエンジンが採用されている。

これにより、抖音は、それぞれが見たいショートムービーが次々と配信されてくる状態になった。どのようなムービーが好みかは個人により異なるため、人によって抖音の印象は大きく違う。ニュースを見たい人にはニュース映像が、ダンスが見たい人にはダンス映像が、車が好きな人には車の映像が配信されてくる。自分の好きな映像が無限に出てくる感覚になる。

元々の発想は、VineYouTubeから得たものであり、プロダクトとしてはMindieの真似をしたMusical.lyのさらなる真似だ。しかし、「真似で終わらない真似」にしたのがバイトダンスのAIリコメンドエンジンだった。

そして、この抖音の国際版としてTikTokが開発され、海外に浸透をしていくことになった。中国では若者だけでなく、中高年にまで広がり、テレビは見ないけど抖音は見るという人が増え始め、インフラのひとつになってきている。