衛星打ち上げは、もはや民間の宇宙ビジネスになっている。中国の民間企業「東方空間」は、海上から引力1号の打ち上げに成功をした。今度は、スペースXに追いつくために、ロケットの回収技術と液体燃料ロケット技術の開発をすることになると最華人が報じた。
中国の民間宇宙企業が打ち上げに成功
宇宙開発は、国家プロジェクトから民間ビジネスにシフトをしている。その最先端を行くのは米スペースXで、低軌道の衛星打ち上げビジネスは、ほぼスペースXに独占されている状態だ。その確実さと打ち上げコストの低さから、他を圧倒している。
このイーロン・マスクの牙城に挑んでいるのが「東方空間」(ORIENSPACE、https://www.orienspace.com/)だ。東方空間は、世界最大の固体燃料ロケットを開発し、2024年1月11日、「引力1号」は打ち上げに成功をし、3機の衛星を軌道に投入した。
高さ29.5m、重量405トン、推力600トンという巨大固体燃料ロケットで、液体燃料ロケットに比べて扱いがしやすく、打ち上げ費用を小さく抑えることができる。低軌道であれば6.5トン、太陽同期軌道であれば4.2トンまで衛星を積載することができる。低軌道であれば標準的な衛星を30個程度同時に打ち上げることが可能になる。
しかも、この巨大ロケットを船上から打ち上げる海上打ち上げに成功をした。投入する軌道に合わせて、海上の最適な場所から発射することができるようになり、燃料も節約することが可能になる。
32歳のCEOは、わずか3年でロケットを開発
このイーロン・マスクに挑戦をした東方空間の創業者は、まだ32歳の姚頌(ヤオ・ソン)CEO。しかも、29歳からロケット開発を始め、わずか3年でこの成功にまで漕ぎつけた。
姚頌CEOは、1992年、湖南省生まれ。小さい頃から成績がよく、長沙第一中学(日本の高校に相当)から清華大学の電子工学系に進学をした。高校生の頃から物理コンクールなどで入賞するなど活躍をしていた。
清華大学でも、筆頭筆者となった3本の論文が国際学術誌に掲載されるなど活躍をし、卒業の時期が近づくと米カーネギーメロン大学など複数の大学から特待生待遇でのオファーがあった。しかし、姚頌は米国に留学する道を選ばず、中国に残って起業する道を選択した。
AI関連の起業で成功した姚頌
2015年、姚頌は清華大学の同級生たちと、「深鑑科技」(DEEPHi)を創業した。このスタートアップはロケットとは無関係で、セキュリティと自動運転の2分野にAIを応用することを目的にしたものだ。
しかし、船出は甘くなかった。最初の1年で50以上の投資機関を回ったものの、投資をしてくれる投資会社はひとつもなかった。清華大学を卒業したというだけで、大金を投じてくれる人がいるほど、世の中は甘くはなかった。
深鑑科技は1年間苦しんだ後、シリコンバレーでデモを行い、そこでようやく500万ドルのエンジェル投資を獲得することに成功をした。この資金を元に、顔認識などのセキュリティー系のプロセッサを開発し、これが注目を浴びた。中国のNVIDIAとも言われるようになり、2018年7月、英国のザインリクスが3億ドルという破格の価格で、深鑑科技を買収した。
姚頌たちは成功をして、お金の自由を手に入れた。
スペースXの独占に挑戦をする
姚頌は次に何をしようかと考え、後学のために投資会社「経緯中国」(Matrix)に入社をした。経緯は当時、民間の宇宙関係企業に投資をしており、姚頌は経緯を通じて、民間宇宙開発の世界に触れるようになる。
その中で、当然注目をせざるを得ないがスペースXだった。スペースXは、低軌道衛星という最も需要が多い分野で、低コストの打ち上げをねらっている。科学的な発想の宇宙開発ではなく、ビジネス視点での宇宙開発を行なっている。しかも、知れば知るほど、スペースXが将来の宇宙ビジネス市場を独占することが明らかになってくる。このままでは、宇宙ビジネスはスペースXに独占をされてしまう。その焦りが姚頌の次の起業の動機になった。
段階を踏むのではなく、ゴールに直登する
2021年、姚頌は29歳で、東方空間を共同創業した。もう1人の共同創業者は、長征11号のチーフデザイナーだった布向偉だった。さらに、清華大学出身者を集め、ソフトウェア開発を行った。
東方空間は創業してすぐに根深い路線対立が生じた。大型ロケットを開発するには、まずは小さなオモチャのようなロケットで実験をし、自分たちの技術を確認しながら徐々に大きなロケットにシフトをしていくというのが常識だった。しかし、姚頌CEOはこの考え方に反対をした。それは、国家プロジェクトでの考え方だというのだ。「安全性を考慮する考え方は理解できる。しかし、それは民間宇宙企業の考え方ではない。民間はコストについても、安全と同じように重要なのだ」と言って、試験打ち上げを繰り返しながら、徐々に大型をするのではなく、一気に頂上へ直登することを提案した。
技術に関しても、主流である液体燃料ロケットではなく、枯れた技術である固体燃料ロケットを選択した。推力が大きく、保管も容易で、最短12時間で打ち上げ準備が完了するため、機動性も高い。さらに、船舶から打ち上げるという技術開発を行い、地球の自転を利用することができ打ち上げに有利な赤道に近い場所から打ち上げることができるようになる。
1月、海上から引力1号の打ち上げに成功
こうして、2024年1月11日、山東省沖から「引力1号」の打ち上げに成功をした。中国では中国版スターリンク「GW」の計画を進めており、10年で1.3万機の通信衛星を打ち上げる予定だ。これは1日あたり3.5機を打ち上げるという無謀な計画だ。しかし、東方空間が引力1号の打ち上げに成功したことで、この無謀な計画は現実的な計画になった。
しかし、東方空間の本格的な開発が始まるのはこれからだ。ブースターやロケットの回収技術がまだ確立をしていない。すでにスペースXは回収技術を確立しており、衛星を放出したロケット、ブースターは自分で地上に戻ってきて再利用することでさらにコストを下げることが可能になっている。
今後の課題は液体燃料と回収技術
また、打ち上げ能力を高めるために、液体燃料ロケットの開発も進んでいる。引力2号では、液体燃料ロケットと固体燃料ブースターの組み合わせとなり、引力3号では、回収技術を確立する。
姚頌は、メディアから「中国のイーロン・マスク」と呼ばれるようになっているが、姚頌自身はそれを否定している。「中国の民間宇宙産業はまだまだ長い道のりを経なければならない。私はイーロン・マスクを追いかけている人間だ」と言う。回収技術の試験は1年後、引力2号の打ち上げは2年後を予定している。