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チェーンスーパー「永輝」が新小売から完全撤退。復活策はエンジニアチームの構築

スーパー業界の雄と呼ばれる永輝が新小売から完全撤退をすることを決断した。アリババに太刀打ちをすることができなかった。失敗の原因は、根本的なDX不足であると捉え、本格的なエンジニアチームを内部に構築することで、復活をねらうと中国企業家雑誌が報じた。

 

永輝が新小売から完全撤退、キーマンは辞職

中国最大規模のチェーンスーパー「永輝超市」(ヨンホイ)が、新小売スーパーから完全撤退することを決めた。

7月に、役員会秘書の張経儀氏が、辞職を決めたことを知人にSNSで報告した内容が話題になっている。「申し訳ないが、実家に戻り、親につくします。永輝に入社してちょうど12年。永輝人とともに共通の夢を実現しようと、千店千億という高い山に挑みました。しかし、私たちは遠くの山を雲を通してしか見ていなかったのかもしれません。なぜなら、体力を回復し、装備を新しくし、補給を整えながら、私たちは、下っていたからです。もはやあの高い山に登ることはできません。家族を伴い実家に戻り、両親につくします」。

この、高い山を目指しているつもりで下山をしていたというところが、永輝の現在をうまく表していると話題になったのだ。

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▲永輝のキーマンが辞職したことをSNSで報告。「高い山を登っていたつもりが、下山をしていた」という一節が、永輝の現在をよく表していると話題になった。

 

新小売領域でアリババに負けたスーパーの雄

永輝は、2001年創業の新興チェーンスーパーで、当時、人気だった仏カルフール、米ウォルマートの郊外大型店、総合小売に対抗して、都市型、生鮮食料品特化の戦略で店舗数を拡大、中国のスーパー業界トップに立った企業だ。しかし、新小売スーパーの領域では、アリババの「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)に太刀打ちをすることができなかった。

 

誰も正解を見通せなかった新小売

2017年1月、永輝は、福州市に新小売スーパー「超級物種」(チャオジーウージョン)の1号店を開店した。この時、永輝は絶対の自信を持っていた。

超級物種は、スーパーと飲食が合体をしたグローサラント形態を基本にし、そこにネット注文+宅配を合体させた。これは決して悪い選択ではなかった。当時、コンビニがイートインコーナーを設置し始め、朝食や昼食をコンビニで食べるという人が増え始めていた。スーパーの客数が少ない時間帯に、飲食で集客することができ、帰りについでに買い物をしてくれる。フーマフレッシュはスマホ注文+宅配に集中をしていたが、フーマフレッシュとは毛色の異なる新小売スーパーで、勝機はじゅうぶんにあった。

しかし、2017年中に50店舗を開店する計画だったものが、結局27店舗しか展開することができず、その後も店舗数は最高で80店舗にとどまった。そして今、北京と福州の数店舗を残して、すべて閉店している。

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▲永輝の新小売スーパー「超級物種」。飲食に比重を置いたグローサラントを基本にしたが、コロナ禍で飲食が壊滅してしまった。

 

正解のない中で、競争だけが激化した

その原因は、「新小売」という概念を、永輝内部で明確に定義できなかったことにあるようだ。新小売は、アリババから生まれた概念。「オフライン小売とオンライン小売は深く融合して新小売となる」というもので、具体的な実現方法は示されていない。そのため、新小売を具体的なビジネスモデルにどうやって落とし込むか、永輝内部では二転三転をする。

北京市のある生鮮小売企業の役員が匿名で中国企業家雑誌の取材に応えた。「あの頃は、新小売という言葉に刺激されてさまざまな業態が一気に現れてきました。どのモデルが成功するか誰にもわからなかったのです。誰もがいつも焦りを感じていました」。

2017年は新小売元年となり、アリババに続いて、京東、美団、蘇寧などのテック企業のほか、大潤発、カルフールウォルマートも新小売に参入、一気に新小売スーパーが湧くように現れた。その中で、永輝も「永輝雲創」という子会社を設立し、テンセントから46億元(約780億円)の投資を受け、新小売に参入をした。しかし、永輝雲創は2016年から2018年まで連続して10億元程度の赤字を出し続けることになった。

誰もが正解のビジネスモデルが見えない中で奔走する中で、さらに前置倉方式の生鮮ECや社区団購というライバルまで生まれてくる。新小売スーパーは、生鮮食品を売るすべてのライバルとも戦わなければならなかった。

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▲永輝の本体であるスーパー。都市型スーパーとして圧倒的に強かったが、宅配サービスを始めて収支が悪化、さらに新小売や社区団購が登場して、減益減収に苦しんでいる。

 

飲食に軸足を置いたことがコロナ禍では逆風に

2018年に、永輝は新小売の対応体制がようやく整った。永輝超市の会長は張軒松氏。新小売事業を行う永輝雲創のCEOは、兄の張軒寧氏であり、永輝の共同創業者でもある。兄弟の間で、超級物種は飲食に軸足を置き、永輝超市本体では到家サービス(宅配)に対応することにした。

2017年から2019年にかけて、超級物種の出店数は、27、46、15と2019年になって急速に頭打ちになった。一方で、コンビニサイズの永輝mini(コンビニ+イートイン+宅配)は2018年にスタートして、2019年には510店舗に増えていた。しかし、2020年になると573店舗をピークに一気に156店舗にまで減少する。コロナ禍の影響で、イートインコーナーを利用する人が激減をしたからだ。さらに、現在は70店舗前後にまで減少している。

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▲永輝の共同創業者の兄弟。兄の張軒寧が新小売、弟の張軒松がスーパー本体を経営している。

 

永輝の復活策は、エンジニアチームの構築

2021年4月、永輝の張軒松会長は、「イノベーションは非常に難しいことで、精鋭チームを必要とし、知恵を必要とし、実行能力を必要とする」と、素直に反省の弁を述べた。そして、京東でDXを担当していた李松峰をCTOとして招き、子会社「永輝科技」の設立を発表した。経営、顧客、効率、業務のすべての面で、抜本的なDXを行なっていくことを宣言したのだ。

アリババのフーマフレッシュがうまく運営できている鍵はアルゴリズムだった。コストのかかる宅配も、宅配スタッフを効率的に動かすアルゴリズムが構築されている。現場のスタッフは業務用アプリが表示する指示通りに動けばよかった。永輝はサプライチェーンなどに強みを持っていたが、このデジタル化=DXが遅れていた。

李松峰CTOはわずか100日で、100人の開発チームを組織。永輝内部のエンジニアも集約して、現在は1000人規模になっている。永輝はある意味、第二創業が必要になっている。カルフールウォルマートとの競争を勝ち抜いた成功体験のまま、テクノロジーが重要な役割をする新小売に参入をしてしまった。そのことを反省し、いったん原点に帰り、テック企業として生まれ変わろうとしている。この試みが成功するかどうかはもちろん誰にもわからない。しかも、永輝本体の業績も赤字ギリギリの危険水域に入っている今、与えられた時間は多くはない。