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新小売から撤退の永輝スーパーが再出発。武器は、自力開発の基幹システムYHDOS

今年2021年4月に、新小売からの撤退を決めた永輝が復活の狼煙を上げている。アリババのフーマフレッシュに負けたのは、技術開発力にあると認め、社内に1000人規模の開発部隊を設置した。その成果である次世代基幹システムYHDOSの試験運用が福州市の数店舗で始まったと永輝超市が報じた。

 

新小売でつまづいたスーパーの雄「永輝」

中国のスーパーの雄「永輝超市」(ヨンホイ)が再出発をした。永輝は2001年に創業した生鮮小売スーパーチェーンで、当時圧倒的に強かった米ウォルマート、仏カルフールに対抗して、中国スーパー業界のトップに立った。

ウォルマートカルフールが、郊外大型店で消費者を集める一方で、駅近都心中型店を中心に展開をし、仕事終わりの通勤客をねらうことで、現在1046店舗を展開している。

しかし、2017年のアリババとの新小売スーパー戦争でつまづいた。永輝は新小売スーパーブランド「超級物種」(チャオジー  ウージョン)を2017年中に50店舗展開する計画を進めたが、結局27店舗展開に終わった。その後も展開は遅れ、80店舗をピークに閉店が続き、2021年7月に新小売スーパーから完全撤退をすることになった。

この超級物種を運営したのは、永輝子会社の「永輝雲創」だが、テンセントから46億元(約780億円)の投資を受けながら、毎年10億元ペースの赤字を出し続けることとなった。

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▲永輝が展開していた新小売スーパー「超級物種」。宅配よりはイートインを重視し、店舗体験を軸にしたコンセプトだったが、コロナ禍によりそれが裏目に出てしまった。

 

好調「フーマフレッシュ」の違いは技術開発力

アリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)が好調なのに比べて、超級物種がうまくいかなかった理由はいくつもあるが、最も大きな差は技術開発力だった。

新小売スーパーは、注文はオンラインとオフライン(店頭)で受け、配送は宅配と店頭渡しが選べ、この2×2の購入方法を、消費者が自分の都合に合わせて選べるということが最大の利点。宅配料は無料にするためには、ピックアップから宅配までをいかに効率的に行うかが決め手となる。

フーマでは、アリペイの履歴データから購買力の強い出店地域を選び、その地域を店舗を中心にした半径3km程度の「フーマ区」でカバーをしていく。複数の店舗の配達エリアが隣接をしているということが、フーマの配送効率をあげる鍵になっている。

配送スタッフは、店舗の所属をするが、その店舗だけの配送をするわけではない。システムからの指示により、隣接区の住宅に配送をすることもあれば、隣接店から商品をピックアップして配達することもある。つまり、配送スタッフを遊ばせることなく、効率的な宅配ができるようになっている。

この指示は、アリババが開発した基幹システム「象」(アオシャン、Aelophy)が行う。テック企業であるアリババが生鮮小売に進出をした理由は、この技術開発能力により、既存スーパーに対して優位性を確保できると判断したからだ。

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▲2021Q1の各スーパーの営業収入。昨年の2020Q1はコロナの外出禁止期間と重なり、スーパーの売上が膨らんだこともあるが、それを考慮に入れても、減少ぶりが厳しい。新小売、生鮮EC、社区団購などがスーパーの市場を蚕食している。

 

店舗体験を重視したことが裏目に出る

超級物種は、自社のリソースを考え、宅配ではなく、イートインコーナーを重視する戦略だった。店舗内に本格レストランを併設することで、食材の有効活用ができ、全体の商品ロスを減らすことができる。さらに、店舗に客を惹き寄せることもできる。来店体験を重視した新小売を志向した。

これはあながち間違った戦略とは言えない。しかし、2019年末からのコロナ禍が決定的だった。多くの市民が外出を控える中で、店舗体験を重視する超級物種は苦しくなり、オンライン体験を重視するフーマフレッシュは業績を伸ばしていった。

 

店舗体験は先細り、宅配は利益減の二重苦

永輝はサプライチェーンや店舗運営に強みがある典型的な生鮮小売企業で、基幹システムの開発は外部委託をしていた。新小売スーパーの運営や、永輝本体でも到家サービス(宅配)を始めたが、想定していなかった宅配業務に対応することができず、宅配をしてしまうと、その商品の利益がまったくなくなってしまう状況に陥っていた。宅配に対応をせず店頭販売だけをしていれば先細り、宅配に対応をすれば利益がなくなるという2つの選択肢がいずれも地獄という苦しい状況に陥った。

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▲永輝も到家サービス(宅配)に対応しているが、フーまフレッシュのように効率的に宅配スタッフを活用できないため、コストが吸収できず、宅配販売は利益がほぼなくなってしまう状況になっていた。

 

新小売から撤退、社内に開発チームを設置

2021年4月、永輝の張軒松会長は、「イノベーションは非常に難しいことで、精鋭チームを必要とし、知恵を必要とし、実行能力を必要とする」と、素直に反省の弁を述べ、新小売からの撤退方針とともに、永輝復活の鍵は技術開発力にあるとして、京東(ジンドン)でリードエンジニアをしていた李松峰をCTOとして招き、子会社「永輝科技」の設立を発表した。

李松峰は積極的に動き、わずか100日で100人規模の開発チームを設立し、永輝内部や関連会社にいるエンジニアも集約し、最終的に1000人規模の開発チームを構築した。

その最初の成果が、永輝の新しい基幹システム「YHDOS」で、現在、永輝の本拠地である福州市の数店舗で試験導入が始まっている。

 

スタッフを有機的に動かすYHDOS

このYHDOSの最大の特徴は、スタッフの「持ち場」をなくしたことだ。従来は倉庫担当は倉庫の仕事だけをして、店頭担当は店頭の仕事だけをしていた。倉庫が暇で店頭が忙しい時でも、倉庫担当は倉庫だけの仕事をしており、店長が経験に基づいて店頭の手伝いを指示する程度だった。

YHDOSでは、永輝で必要なタスクが細分化をされ、特殊な専門職を除き、スタッフはすべてのタスクに対応をする。次にどのタスクをすべきかは、手元の端末で指示をされ、店長は誰がどのタスクを実行中であるかが手元の端末で把握できるようになっている。これにより、スタッフの業務効率が大きく改善し、多様なサービスに対応できる体制を整えるという。

福州市の永輝屏西店が、このYHDOSの実験場となっており、実際の業務をこなしながら、YHDOSの問題点を洗い出し、改善を行い、他店舗にも展開をしていく予定だ。

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▲1037店舗を展開する永輝スーパー。都市型中型店、生鮮食料品特化という手法で、ウォルマートやカルフルーフを抑えて、中国スーパーのトップに立っている。しかし、到家サービス(宅配)のコスト吸収に苦しんでいる。

 

わずか半年でテック志向に転換というスピード感

驚くべきは、永輝の対応の早さだ。2021年4月にテクノロジーを重視する大きな方針転換を行い、12月には次世代基幹システムの試験運用にまで漕ぎ着けている。スーパーのかき入れ時となる来年の春節前には多店舗展開をしたいと考えているのだろう。テクノロジーの差で負けて、わずか半年でテクノロジーで対抗する体制を整えた。もともとスーパーとしては力のある永輝であるがゆえに、永輝の逆襲が始まるのではないかと見ているメディアもある。

新小売、生鮮EC、社区団購と大きな波に翻弄される生鮮小売業界に、再び大きな波乱が起きるかもしれない。