アリババの伝説となっているのが童文紅のストーリーだ。2000年にアリババに受付嬢として入社をし、現在は月給1億円の菜鳥会長として活躍している。このシンデレラストーリーがアリババ従業員の励みになっていると紅柚財経が報じた。
創業時から女性が活躍をしたアリババ
1999年、浙江省杭州市でたった18人で始まったアリババは、わずか20年で中国を代表する企業までに成長をした。
アリババが成功をした理由のひとつが、創業時から女性を積極的に起用をしたことだ。創業メンバー18人のうち、6人が女性だった。この6人のうち多くが、アリババ上場後に大きな資産を得て、アリババの中核メンバーとして活躍をしている。女性上司は、女性を積極的に採用する。これにより、女性が活躍できる企業となり、アリババが成長する原動力のひとつとなった。
アリババのシンデレラ、受付嬢から会長に
その中でも、受付嬢から首席人力官(CPO=Chief People Officer)、菜鳥会長にまで出世をした童文紅(トン・ウェンホン)は、アリババの常識を越える成長ぶりを象徴する人として知られる。
浙江大学を卒業後、結婚をし、子どもを産んだ。しかし、生活は苦しく、子どもの手が離れたら仕事を探さなければならなかった。2000年になって、ウェブで仕事を探すと、近所にアリババというよく知らない企業があり、社員数は50名ほどで、社員募集をしていたのを発見した。童文紅は、ちょうどいい仕事だと思って、履歴書を送付して面接を受けた。
童文紅はこの時30歳で、アリババは20代の社員募集をしていたため、不合格となった。しかし、童文紅は何としても仕事を得なければ生活をしていくことができない。数日後に、受付の仕事の面接があると聞いて、そちらの面接も受けると採用された。仕事は総務部に所属をする受付嬢だった。
理不尽な叱責に辞表を提出
しかし、受付嬢といっても、フロントに座って来客対応だけをすればいいわけではない。当時の総務部は3人しかおらず、代表電話に出なければならず、大量の郵便物の仕分けもしなければならなかった。さらに、訪問客の対応もしなければならなかった。
ある時、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)と約束をしているという来客がフロントに現れた。受付のマニュアルでは、来客名簿に記帳をしてもらい、それから対応する担当者に内線電話で知らせる。この来客に対しても、マニュアル通りの対応をした。
しかし、この来客はジャック・マーにとって重要な取引相手であり、いわゆるVIPだった。それが一般の来客と同じように記帳を求められたことを不快に思ったようだ。後で、ジャック・マーがやってきて、童文紅を叱責した。
しかし、童文紅は理不尽に感じた。マニュアル通りに対応をしただけであり、特別な対応が必要な来客があるなら、先に知らせておいてくれないと対応のしようがない。仕事はとにかく忙しい。入社の時に約束した以上の仕事を押し付けられている。さらに、この上司の理不尽な対応。童文紅は、人事部に辞表を提出した。
お詫びの気持ちを示すために株式をわたす
これに驚いたのがジャック・マーだった。当時のアリババは、EC「淘宝網」(タオバオ)が成長を始め、とにかく人手が足りなかった。このような状況では、ひとつの仕事に対して1人の従業員で対応せざるを得ない。つまり、誰かが辞めると、その仕事を引き継げる人がいないのだ。頭数が足りないということも問題だったが、あまりの忙しさに誰かが辞職をすると、その人の仕事が断絶をしてしまうということも大きな問題になっていた。
さらに、ジャック・マー自身も童文紅を叱責したのは失敗だった、自分の方に非があると後悔をしていた。そこで、童文紅を慰留して、アリババの株式の0.2%をボーナスとして支給すると約束した。当時のアリババ株をもらっても、金銭的価値はほとんどなかったが、ジャック・マーの気持ちが示されたことにより、童文紅は思いとどまった。
ジャック・マーから与えられた大きな仕事
総務部の中では、童文紅の評価はあがり続けた。仕事を正確に早くこなすことができ、雑用のようなことをさせているのはもったいないと言われるようになった。総務部に新人が入ってくると、童文紅は顧客サポート部に異動となり、さらに3ヶ月後には総務部の主管となった。
すると、2012年にジャック・マーが直々に仕事を頼んできた。アリババは杭州市でセキュリティカンファランス「西湖論剣」を開催することになった。会場の手配から来客の対応など、一切の仕切りを童文紅に任せたのだ。童文紅としては生まれて初めての大きな仕事で、これをやり遂げ、ジャック・マーからの信頼を得た。
あの時もらった株が650億円に
この頃、童文紅はジャック・マーと会うと、必ず「アリババはいつ上場するのですか?」と尋ねた。もちろん、冗談で、ジャック・マーは苦笑いして「もうすぐだから」と答えていた。
しかし、2014年という早い時期に、アリババはほんとうに米ニューヨーク市場に上場をし、2383億ドル(約33兆円)の企業価値を得て、中国企業最大のIPOとなった。
童文紅が持っている株の価値は4.7億ドル(約650億円)にもなる。普通であれば、保有株の一部をお金に変えて、引退をしてもおかしくない状況だ。しかし、童文紅は辞職をしなかった。
それどころか、より難しい仕事に挑戦をしていく。当時、アリババは宅配物流を自社で持つ必要があり、宅配企業「順豊」(シュンフォン、SF Express)やその他の宅配企業と合弁で「菜鳥物流」を創業していた。しかし、寄せ集め部隊であったため、混乱が続いていた。童文紅は、菜鳥物流の首席運営官となり、混乱した業務フローをひとつひとつ丁寧に修正をしていった。
これにより、菜鳥物流が動き出し、軌道に乗った。童文紅は菜鳥物流の会長となり、月給500万元(約1億円)で今でも働いている。
受付嬢からアリババ幹部へ。この童文紅の物語が、アリババ社内で共有され、多くの従業員の励みになっている。