中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

自立生活可能な高齢者の見守りにフードデリバリー。地方政府が民間デリバリーの活用を始める

中国でも高齢者介護の仕組みが整いつつあるが、空白地帯になっていたのが、自立生活可能な高齢者に対する支援だ。この課題に対し、地方政府はフードデリバリーを活用した配食サービスを始めている。デリバリーは配食だけでなく、見守り支援にもつなげることができると期待する動きも出てきているとAgeClubが報じた。

 

ネット注文ができず、食べ物に困る高齢者

今年2022年3月にある動画が話題になった。新型コロナの感染拡大により、吉林省長春市では、スーパーなどが店舗を閉じて、ネット注文と宅配に切り替えた。するとある高齢者が閉鎖されているスーパーの入り口で、切々と食べ物がなくなっているので売ってほしいと訴えている様子を撮影した動画が拡散した。この高齢者は、ネット注文がうまくできず、食べ物が手に入れられなくなってしまったようだ。

▲2022年3月に話題になった動画。新型コロナの感染拡大が起きた長春市では、スーパーを閉じて、ネット注文+デリバリーのみの営業にした。しかし、スマホ注文がうまくできない高齢者が、スーパーの入り口の前で食料がなくなったと切々と訴えているというもの。

 

大きな市場となっている高齢者ビジネス

中国の高齢者人口は2.64億人で、一人暮らしの高齢者は1.18億人にも達している。高齢者の44.7%が一人暮らしになる。また、全戸数は4.9416億戸なので、全世帯の23.9%が一人暮らしの高齢者ということになる。高齢者向けの食事、買い物といったサービスは、従来は同居する子どもたちに頼っていたが、今後はこのようなサービスを社会化、市場化する必要がある。

このような高齢者市場は、ビジネスとしても注目されている。2025年には高齢者の消費市場は5.29兆元(約107.6兆円)になると予測され、その中の飲食市場は2.88兆元になると予測されている。外食だけに限っても1.42兆元になると予測されている。

 

価格に敏感な高齢者。難しい高齢者ビジネス

この大型の成長市場に向けて、地域に高齢者向けの食堂が次々とオープンしている。しかし、黒字化をするのは難しく、撤退をする例も見られるようになっている。「北京養老産業発展報告青書」によると、58%の高齢者が食事を近隣の食堂で摂ることを望んでいるが、1回の食事に費やせる額は20元以内と答えている。高齢者向け食堂は低価格で食事を提供せざるを得ず、利益を出すのが難しくなっている。

 

地方政府がデリバリーを運営

このような状況の中で、各地方都市政府が進めているのがデリバリーの利用だ。デリバリーであれば、高齢者食堂よりも広い範囲をカバーすることができる。ただし、問題はコストがかかることだ。この問題を乗り越えようと地方都市政府や民間企業が知恵を絞っている。

広州市浙江省などでは、地方政府が行政サービスとしてデリバリーをする仕組みを構築中だ。広州市では、市の中心域で徒歩15分圏内、郊外で徒歩25分圏内をカバーするデリバリー網を構築中だ。

浙江省杭州市余杭区では、この行政によるデリバリーの整備が進み、すでに12カ所の配食センター、50カ所の高齢者食堂から、118カ所の配送拠点、42チームの配送スタッフが登録済み高齢者1万3477人に毎日8000食を配達している。

このような行政のデリバリーサービスでは、スマートフォンだけでなく、電話での注文も可能になる。ただし、配達は各戸ではなく地域の配送拠点までになるので、そこに取りにいく必要がある。

杭州市では、市政府がフードデリバリーを運営して、高齢者に配食サービスを提供している。

 

民間デリバリー企業を活用する地方政府も広がる

また、上海市普陀区では民間のデリバリーを活用している。本人が注文してもかまわないが、あらかじめ登録しておいた家族が代わりに注文をすることもできる。離れて暮らしていても、家族で電話などで連絡を取り、スマートフォンの操作に慣れている家族が注文をする。

普陀区では、家庭の状況などに合わせて、注文ごとに1元から10元までの補助を出している。また、デリバリー企業には1回の配送ごとに2元の助成金を出し、各デリバリー企業に高齢者の利用を促す施策を求めている。

この行政が助成金を出して、民間のデリバリー企業を活用する方式は、上海市以外にも広がっている。デリバリー企業「ウーラマ」では、北京、広州、天津、杭州、深圳などの都市政府とも連携し、同様の高齢者向けデリバリーサービスを始めている。

 

デリバリーを起点に高齢者サービスを広げていく

このデリバリー方式が高齢者の見守りにもなると期待されている。2021年1月、ある動画がネットで拡散をした。広州市の美団の配達スタッフがある家庭に料理を届けたところ、応答がないため、窓から中を覗いたところ、高齢者が家の中で倒れているのを発見した。すぐに救急車を手配し、消防隊員が窓を割って中に入り救助をしたというものだ。しかし、その時にはすでに高齢者は亡くなっていた。配達スタッフは、自分がもっと早く届けていれば助けられたかもしれないと号泣し、その姿が多くの人の心を打った。

デリバリーは直接各家庭を訪問するサービスであり、料理も直接手渡しするのが基本だ。このことから見守りにも貢献できるのではないかという議論が始まっている。

高齢者が必要としているのは「食事、掃除、入浴、外出、診療、救急」の6つの介助だ。この6つを総合的に提供するデリバリー企業も登場している。中海油配餐では、天津市川西区政府と提携をし、共同して高齢者サービスセンターを設立して、介助サービスを提供する準備を進めている。

▲配達先の高齢者が住居内で倒れていることを発見して、通報をした美団のデリバリースタッフ。この事件をきっかけに、デリバリーが高齢者支援の起点になるのではないかという議論が始まっている。

 

空白地帯になっていた自立生活可能な高齢者

中国は例を見ないほどの速度で高齢化が進んだ。また、伝統的な観念の中では、親子が同じ家に住み、子どもが親の面倒を見るというのが常識になっているため、社会的な介護サービスが確立しないままにきてしまっている。

一人では生活ができない状態になった高齢者に対応する介護施設などは徐々に整いつつあるが、放置に近い状態になっているのが、介助があれば一人でも生活できる状態の高齢者だ。このような高齢者に介護サービスを提供する接点として、フードデリバリーの活用が考えられるようになっている。