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中国を中心にしたアジアのテック最新事情

テスラの中国販売数がさらに下落。尾を引き続けるテスラブレーキ問題

テスラの中国での5月の販売数が2万1936台となり、販売数シェアも2月のピーク時の22.3%から11.9%にまで下落をした。テスラのブレーキに対する不信感が影響していると見られる。しかし、専門家はブレーキの不具合ではなく、EV特有のワンペダル操作に人間側がまだ慣れていなことが大きな要因だとしてきていると騰訊網が報じた。

 

尾を引き続けるテスラブレーキ問題

2021年2月21日に、河南省安陽市で起きたテスラモデル3の追突事故で、所有者の女性が「ブレーキに不具合があった」と主張し、テスラ側と対立している問題が広く報道されるようになり、メディアは続々と他のテスラ車の追突事故を報道している。その多くは、ブレーキの不具合とは関係のない運転操作ミスによるものだが、あまりの報道数の多さに、「テスラ車はブレーキが効かない」というイメージが広まっている。

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▲問題の女性は、テスラの販売店の前に事故車を持ち込み、ブレーキ問題をアピールした。この映像が、SNSなどで拡散し、大きな話題になっている。

 

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▲「ブレーキに不具合がある」と主張する女性は、上海モーターショーで、テスラブースに乱入し、車によじ登り、「テスラ、ブレーキ、効かない」という言葉を連呼して、拘束された。

 

テスラの中国販売数にも影響か

その影響なのか、テスラの中国での販売台数は、3月をピークに下がり続けている。新エネルギー乗用車での販売シェアも2月3月は高かかったものの、下落し続けている。

この事件をどの程度真剣に受け止めているのは人それぞれだ。中には、テスラ車のオーナーが「ブレーキが効きません。先に行かせてください」というステッカーを貼っていたりする。前を走ると追突しちゃうかもというジョークステッカーで、このブレーキ問題を深刻には考えていない人もいる。

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▲テスラの中国市場での販売台数は下落が続いている。ブレーキ問題が起きたのは2月、それがメディアで話題になったのが3月。4月、5月は台数が下落しただけでなく、販売数シェアも急落している。

 

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▲テスラのオーナーは、ブレーキ問題を深刻に捉えてはいないようだ。このテスラ車には「ブレーキが効かない。先に行かせてください」というジョークステッカーが貼ってある。

 

人間がEVの運転にまだ慣れていないという専門家の指摘

走行台数と事故車の割合に関する正確な統計は存在しないものの、テスラ車の事故率は高いと専門家は見ている。しかし、それはテスラ車に何か欠陥があるからではなく、運転する側の人間がまだ電気自動車(EV)の運転に慣れていないことが原因だ。

すでに中国ではEVの普及が始まっているが、その多くは上汽通用五菱の宏光MINI EVに代表される小型車で、通勤、買い物などの短距離利用だった。高速道路を高速走行するEVに限れば、テスラはかつてないほどの台数が売れている。つまり、EVの高速走行に慣れてなく、テスラ車に乗る人が多いため、あたかもテスラ車ばかりが事故を起こしているように見えるのだという。

 

EV特有の「ワンペダル操作」

その最たるものがワンペダル操作だ。これはブレーキペダルを使わなくても運転ができる仕組みで、多くのEVで採用されている。アクセルペダルを離すと回生ブレーキが働き、減速だけでなく停止をすることもできる。この操作に人間側がまだ慣れてなく、ブレーキのタイミングを誤ってしまう。

また、回生ブレーキの強さや低速になった時に完全停止をするか、徐行のままにするかなどがタッチパネルから設定できるようになっているため、挙動に慣れていないということだけでなく、設定を勘違いして運転操作をしてしまう場合がある。

ワンペダルは、ブレーキの踏み違いも起こらず、将来の都市内ビークルのほとんどが採用することになると思われるが、人間側がそれに慣れるまでの時間が必要なようだ。

 

テスラが従来の自動車と異なる3つの特徴

さらにテスラには、従来のガソリン車と異なる3つの特徴がある。

ひとつは、加速力が非常に強いということだ。停止状態から時速100kmに達するまで3.5秒しかかからない。この、背中がシートに張り付くような加速度がテスラの大きな魅力のひとつになっている。

しかし、これが駐車場などで、ブレーキの踏み違いを起こした場合に仇になる。従来のオートマガソリン車と同じように、ペダルから足を離している間にゆっくりと進むクリープモードに設定している人は多い。この場合、駐車場などの細かい操作では、ブレーキを軽く踏みながら速度を調整する。しかし、傾斜などがあって、ブレーキではなく、軽くアクセルを踏みながら速度を調整しなければならないことがある。この時、自分がどちらのペダルを踏んでいるかという意識が消え、子どもや動物が飛び出してくるなど咄嗟の事態が起きると、アクセスに置いた足を踏み込んでしまう。

ガソリン車の場合はエンジン音もして、すぐに気づいて、踏み直しをして、事故を回避できることもあるが、加速力の強いテスラ車ではあっという間に事故になってしまう。従来の感覚では、テスラ車に乗るにはスポーツカーかレースカーぐらいの意識が必要だが、その使いやすさから乗用車の感覚でいる。これが事故を起こすひとつの要因になっている。

 

バックでは回生ブレーキが働かない

2つ目は、バックの時は回生ブレーキによる減速が行われないことだ。回生ブレーキのねらいは、高速走行をしていて減速する時の力を利用してバッテリーを充電し、航続距離を伸ばすことだ。そのため、高速走行ではないバックの時は回生ブレーキが効かない。つまり、アクセルを放しても、前進の時のような減速が起こらない。この感覚が異なるために、バック時に接触事故を起こしてしまうパターンも多い。特にバックをする状況は、他の車を待たせているような状況が多く、気持ちも焦りがちで操作ミスを起こしやすい。

 

ツーペダルの習慣が残り、踏み間違いを起こす

3つ目は、人間側がワンペダル操作に慣れていないことだ。アクセルを放すと、回生ブレーキが効くが、同乗者とおしゃべりなどをしていて気を取られていると、以前のアクセルとブレーキというツーペダルの意識が残っているため、今、足を放したアクセルが減速をしているためブレーキなのだと思い込みやすい。そこで、急に前の車が減速するなどすると、慌ててブレーキだと思い込んでいるアクセルを踏み込んでしまう。

 

人間側の慣れが必要

現在、ワンペダルは、あくまでもオプションの運転操作方法という位置付けで、使うか使わないかは運転者の判断に任されている。しかし、それが従来のツーペダル感覚と新しいワンペダル感覚を混乱させ、とっさの事態に対応できないという問題が生じている。理想を言えば、ブレーキペダルそのものをなくして、物理的にもワンペダルの車にすべきなのだが、そこまでいくのにはまだ時間がかかる。

また、人間側も、従来の自動車の延長としてEVを考えるのではなく、まったく別の乗り物という意識を持つ必要がある。場合によっては、ワンペダルEVは、オートマと同じように、免許の種別を変える必要が出てくるかもしれない。

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▲主なEVブランドの販売台数。小型で定格の五菱が強いのは当然として、テスラは高価格であるのにそれに匹敵する台数が売れていた。しかし、下落を続け、同グレードのBYDに追いつかれている。

 

意外に効果があるテスラの安全運転教室

テスラ中国では、ブレーキ問題、報道される交通事故などに対応して、テスラ車の安全運転セミナーを積極的に展開をし始めた。ネットでは、イメージアップをねらった安直な対応策と批判的な人も多いが、そのセミナーで、ワンペダル操作など、EV特有、テスラ車特有の運転操作にフォーカスをあてて教習を行なっているのだとすれば、かなり効果が期待できる。

2021年5月のテスラ車の中国での販売台数は2万1936台で、販売シェアは4月の15.9%から11.9%へと下落が続いている。

 

 

大人気の火鍋チェーン「海底撈」に異変。コロナ後、半数の店舗が営業再開できず

変態的接客で大人気だった海底撈に異変が起きている。コロナ終息後に、多くの料理店が営業再開をする中で、海底撈は半数程度の店舗しか再開できていない。原因は人材不足だと餐飲老板内参が報じた。

 

変態的接客で大人気になった火鍋チェーン「海底撈」

コロナ禍前、あれだけ勢いのあった火鍋チェーン「海底撈」(ハイディーラオ)が苦しんでいる。

海底撈は、「変態的接客」「90度接客」と言われ、接客をエンターテイメントに昇華させることで人気となった火鍋チェーン。火鍋店なのに、なぜか店内にネイルサロンや靴磨きがあり、予約をすれば無料で利用することができる。飲み物、火鍋のタレ、果物はすべて無料(日本店舗では一部有料)、最近では無料のシャンプーコーナーまでできている。

接客も異常な親切ぶりで、紙エプロンをつけてくれる、タレを作ってくれる、具材を入れてくれる、客は食べて楽しむこと以外、手を動かさなくていい状態にしてくれる。90度接客とは、お客様に対して90度の角度でお辞儀をするという意味だ。実際にそのようなお辞儀をするわけではないが、お客が喜ぶことはなんでもやるという接客方法を象徴する言葉になっている。

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▲海底撈は変態的接客とまで呼ばれる独特の接客が行われる。客席の間では常にエンターテイメントパフォーマンスが行われ、デザート、プレゼントなどの無料提供も頻繁に行われる。料理の値段はやや高めだが、多くの人が納得をして支払う。

 

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▲話題になった無料のネイルサロン。この他、無料の靴磨きもある。最近では無料のシャンプーコーナーが設置されている。

 

コロナ禍の休業から半数が復帰できず

ところが、コロナ禍前、1298店舗を展開していたが、コロナ禍の休業のまま営業を再開できない店が続出し、現在、営業しているのは半分程度だと見られる。再開をしても、すぐに営業休止になってしまう店舗も多い。

しかも、以前は、どの店も予約なしでいくと2時間、3時間待つのは当たり前だったが、今ではどこの店もすぐに入れる状態だ。新規開店計画も全面的に停止している。

2020年の利益は3.09億元(約53億円)と黒字にはなったが、前年から86.8%も下落をした。これにより、海底撈の株価は、2月16日から下がり続け、85香港ドルから40香港ドル程度になっている。約2000億元の企業価値が失われたことになる。

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▲海底撈の株価は、2021年2月中旬から下落をし続けている。

 

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▲ある海底撈の店舗。改装中のため休業と書かれているが、改装工事をしている様子はないという。

 

終息すれば客足は戻るはずだった海底撈

飲食関係者の間には衝撃が走っている。なぜなら、海底撈のビジネスモデルは強く、コロナ禍で打撃を受けたとしても、終息をすれば、客足は戻ってくると考えられていたからだ。それが、店舗が再開できない、再開しても客足が戻らないという状態になっている。

海底撈ですらコロナ禍を乗り切ることができないのであれば、特色のない普通の飲食店はとてもこの危機を乗り越えることはできないと落胆されている。

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▲グルメサイトで検索をしても、軒並み「一時営業停止」になっている。

 

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▲また、営業をしている店のコメントでも「並ぶ必要がなかった」というコメントが増えている。以前の海底撈は、予約なしで行ったら、2時間か3時間は待たされるのが当たり前だった。

 

顧客満足度をKPIに設定した海底撈

一般的な飲食店のホール従業員の報酬は低い。しかも、仕事はきつく、いわゆるブラック労働になっていた。それが成立をしていたのは、農村から無限とも思える人材が供給されていたからだ。賃金が安いことはわかっていても、農村で仕事を探すよりもまし。しかし、低賃金であることが、一般的な飲食店の接客品質があがらない最大の理由だった。

海底撈はここを大きく変えた。売上ではなく、顧客満足度の調査を頻繁に行い、満足度に応じて、従業員全員の基本給に報奨金が加えられる。顧客満足度の高い店舗では、一般的な飲食店の10倍の給与をもらっている従業員も珍しくない。

また、接客のアイディアを決定する権限は、店長に一任されている。このような仕組みで、ホール従業員からさまざまな接客のアイディアが生まれてくる。優れたものについては、横展開をして広げていくという仕組みだった。

 

優秀な人材を育成する海底撈独特の徒弟制度

もうひとつ重要だったのが、店長の育成制度だった。店長の給与は、顧客満足度と従業員離職率で評価される。顧客満足度が高くなり、従業員も離職をしない店舗は、売上もついてくるという考え方だ。

これにより、店長は従業員が考えた接客アイディアを実現し、なおかつチームとしての結束を高め、離職を防ごうとするようになる。

従業員の中で優秀なものは、店長候補となり、現店長の「弟子」となる。店長の給与は基本給以外に得られる報酬が2つあり、好きな方を選べる。ひとつは、自分の店舗の利益の2.8%がもらえるというもの。もうひとつは、自分の店舗の利益の0.4%の他、弟子の店長の利益の3.1%、孫弟子の店長の利益の1.5%がもらえるというもの。

つまり、優秀な弟子、孫で支店長を育て、店長に育ってからも、店舗運営がうまくいくようにアドバイスするようになる。これが、海底撈独特の店長育成制度、管理制度となり、優秀な店長を育てることで優秀な店舗を展開することができていた。

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▲海底撈の店舗数の推移。特に2019年と2020年は大規模に新規開店をする計画が進行していた。それにコロナ禍が重なった。

 

店舗数の増加に人材育成が追いつかない

しかし、この店長育成制度が仇になった。2017年頃から急速に人気が高まった海底撈は、猛烈な勢いで店舗数を増やしていく。特に2019年と2020年は急速に店舗数を増やしている。そのあまりの店舗展開ぶりに、店長の育成が追いつかなくなっていた。そこにコロナ禍がやってきた。コロナ禍の長期休業で、離職をした店長、従業員も多かった。そのため、人材不足で営業再開ができなくなっていると見られている。

海底撈の接客品質を実現するには、一般の飲食店の店長経験者をすぐに店長にするわけにはいかない。数年は従業員の経験をし、海底撈の文化を理解しなければならない。育成に時間がかかるのだ。

さらに、海底撈の一般的な楽しみ方は、大人数で出かけて、賑やかに食事をするというもの。コロナ禍以降、そのような食事の仕方はあまりされなくなっている。海底撈が再び賑わいを取り戻すことができるのか、あるいはこのまま縮小してしまうのか。あれだけ勢いのあった海底撈は、コロナ禍で完全につまづいてしまった。

 

 

内在する欲求に対して商品リコメンドをするTikTokのEC。「興味EC」「アルゴリズムEC」という新しいECのスタイル

中国版TikTok「抖音」内のECが急成長をしている。TikTokのリコメンドアルゴリズムを活用し、消費者の内在する欲求に訴えかける商品リコメンドが可能になっているからだ。この抖音ECは、「興味EC」とも「アルゴリズムEC」とも呼ばれ、伝統的な商品検索方式のECとはまったく異なる世界を展開していると川叫獣が報じた。

 

TikTokのECが上方修正を繰り返す成長ぶり

中国版TikTok「抖音」(ドウイン)のEC機能が急成長をしている。運営元のバイトダンスによると、2020年の流通総額(GMV)は5000億元(約8.6兆円)に達し、2019年の3倍以上となった。バイトダンスは当初、2020年の目標を1200億元から1500億元にしていたが、2020年半ばに目標額を2500億元に上方修正したが、最終的にその2倍の成績を達成した。

2021年4月に、バイトダンスは抖音の販売業者を集めたカンファランスを初めて開催した。ここで、バイトダンスが提唱した概念が「興趣EC」(興味EC)という概念だ。また、なぜ、抖音のECが急成長をしているのかという点で、参加者からは「アリゴリズムEC」という言葉も使われるようになった。

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▲バイトダンスのTikTok ECの販売業者大会で「興趣電商」(興味EC)という新しい考え方が提案された。

 

「興味EC」「アルゴリズムEC」という新しい概念

抖音のECが伝統的なECと最も大きく異なる点は、商品説明がショートムービーやライブ配信であるという点だ。このようなムービーやライブも、抖音の通常のムービーと同じようにアルゴリズムで配信される。

伝統的なECは、消費者が買いたい物をイメージして、それをECで検索して商品を探して購入する。人が商品を探す。

リコメンドも購入傾向が近い人の間で売れているものをプッシュする。「あなたと似た人はこんなものを買っています」という薦め方だ。しかし、このリコメンドは難しい。例えば、お風呂の洗剤をそのECで定期的に購入している人は、「お風呂の洗剤が好きな人」になってしまって、トイレの洗剤やキッチン洗剤などが薦められることになってしまう。実際の購入傾向は、その人の内在するニーズとは必ずしも合致しないのだ。

 

コンテンツを好む人を探す独特の機械学習アルゴリズム

一方、抖音の商品説明ムービーやライブは、他の一般的なムービーと同じようにアルゴリズムで配信される点が大きく異なっている。抖音では、一般のムービーが投稿されると、その内容をAIが解析を行い、タグづけを行う。そして、ランダムな小集団に配信をされ、その反応が機械学習されていく。その結果から、反応がいい視聴者と似たプロフィールの、より大きな視聴者集団に配信をされ、その結果がさらに機械学習される。これを繰り返しながら、配信する集団を段階的に大きくしていく。

この方法は、伝統的なECの「人が商品を探す」のではなく、「商品が人を探す」ことになる。商品が、その商品を好みそうな人を探していくのだ。

こうすると、隠れた嗜好を掘り起こすことが可能になる。例えば、ECでお風呂の洗剤しか買ったことない消費者集団がいたとする。伝統的なECであれば、洗剤をリコメンドすることになる。

しかし、アルゴリズムECでは、スイーツのムービーが最初の集団で、洗剤しか買わない視聴者にも反応がいいと学習されれば、同様の視聴者に配信がされていく。視聴者がムービーを見ることで、「私は、実はこれに興味がある」ということを教えてくれるのだ。

これにより、購入傾向ではなく、その人の内面にある興味に則した商品を紹介することができるようになる。

付加価値を伝え、価格競争から脱却

興味ECのもうひとつの利点は、低価格競争から脱することができる可能性があることだ。例えば、ある都市からある都市に移動するのに、鈍行列車で20時間、高鉄(中国版新幹線)で3時間だったら、誰でも高鉄のチケットを買う。

しかし、抖音のムービーやライブでは、配信主が商品を紹介する。配信主は、その商品を機械的に説明するのではなく、その商品のどこに価値があるのかを説明する。高鉄のチケットは「快適、時間の節約」という価値がある。しかし、鈍行列車20時間の旅に「旅情」という価値があるということを伝えられれば、そこに興味を持ってわざわざ鈍行列車の旅をする人が出てくるかもしれない。

このような付加価値を提案できる商品ジャンルは「食飲遊楽泊」に多い。「高級ホテルの宿泊チケットを驚きの安さで提供」が伝統的なECの手法だとすれば、「高級ホテルに宿泊すると、こんな楽しみ方ができる」というのを伝えるのが興味ECで、消費者がその提案に興味を持てば、正規料金であっても購入する人はいる。

しかも、抖音のECでは、「高給ホテルに泊まろう」と決心をした人が商品を検索するのではない。抖音のムービーを見ていたら、高給ホテルの楽しみ方を提案するムービーが配信されてくる。それはアルゴリズムによって、その人の内在する興味に合致している可能性が極めて高い。視聴者から見れば、偶然の出会いであったかのように見える。その場で購入してしまうか、ブックマークをしてくれる可能性が高い。

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▲抖音で北京市で購入できる商品を検索すると、ホテルやレストランが大量に現れる。その多くが、「ちょっと贅沢な体験」になっている。

 

ターゲットは食飲遊楽泊の5つのジャンル

消費者は、お風呂の洗剤のように関心度が低く、大量生産され、さまざまな価格で販売されている商品については、1円でも安く買おうとする。それはお金を節約したいというよりも、同じものを高値で買ってしまうという悪い体験を避けたいと考えるからだ。

しかし、興味ECの食飲遊楽泊商品には、配信主によってそれぞれの付加価値がつけられるので、同じ商品はひとつもない。自分にとっては、少し出費がかさむと感じたとしても、その価値が価格を上回っていれば、購入する。

これを「ECに革命が起きた」とまで言う人もいる。いささか大袈裟な表現かもしれないが、確かに伝統的なECとは考え方が根本的に違っている。そして、それだけの成果もあげている。

バイトダンスはニュースキュレーションやショートムービーの世界で、AIを使って、既存のライバルたちを陳腐化させてきたが、ECの世界でも同じことが起きないとは誰も断言できない。

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▲「抖音は真剣にECを行う」として、「質の高いGMVこそが核心的な指標」だということも提案された。ただ、売上があげることではなく、付加価値をきちんと伝えて適切な価格にすることが重要だという考え方だ。

 

 

ソーシャルEC「拼多多」躍進の理由のひとつは、ジャック・マーの油断?

我的電商故事は、拼多多が躍進をしたのは、アリババの創業者、ジャック・マーの油断があったからだと主張する。アリババのEC「淘宝網」と「天猫」は、まったく異なる路線のECであるのに、運営を完全分離しなかった。そのため、タオバオの運営が天猫に引きずられ、そこに拼多多が成長する空間が生まれたと考えているという。

 

拼多多に猛追されているタオバオ

中国のECでは、アリババの淘宝網タオバオ)、京東(ジンドン)、拼多多(ピンドードー)が上位3サービスになるが、2020年の年間アクティブユーザー数で、拼多多が7.884億人と、タオバオの7.79億人を抜き、利用者数では拼多多が第1位のECに躍進したことが大きな話題になっている。

しかし、拼多多は激安が売りの低価格商品が中心で、流通総額(GMV)の面ではまだ3位だ。ECの流通総額の半分はタオバオが握っており、残りの半分を京東と拼多多で分け合っている状態で、アリババの強さは依然として変わらない。

しかし、ピーク時にはタオバオのGMVシェアは90%を超えていたこともあり、タオバオとECは同義語だった時代もある。それから比べると、アリババは拼多多に猛追をされていると見ることもできる。アリババも拼多多に対抗するために、タオバオ特価版というサブブランドサービスを始めたが、拼多多に対抗する規模には育っていない。

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▲拼多多の創業者、黄(ホワン・ジャン)。もはや参入の余地はないと思われていたEC領域で、ソーシャルECという新しい手法で、アクティブユーザー数ではタオバオを抜くほどの躍進をした。

 

拼多多の躍進を許してしまったジャック・マーの油断

この拼多多の躍進を許してしまったのは、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の油断があったと指摘する専門家も多い。それは、タオバオを成長させるために、客単価をあげる方向に走ったことだ。

伝統的なECでは、「GMV=訪問者数×コンバージョン×客単価」という公式が成り立つ。つまり、訪問者数を増やす、コンバージョンを高める、客単価をあげるという3つの施策を行うことで、GMVを増やしていくことができる。このうち、アリババは客単価をあげる施策に力を入れてしまい、そこに客単価の低い層をねらった拼多多につけ込まれる隙を作ってしまったというものだ。

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▲アリババの創業者、ジャック・マー。筆者は、ジャック・マーの油断が拼多多の成長空間を作ってしまったと主張している。現在のアリババは、拼多多への対抗策に苦しめられている。

 

タオバオと天猫を完全分離しなかったことがそもそもの原因

しかし、実際にタオバオで長年、販売業者をしてきた筆者は、タオバオと天猫(Tmall)の分離がきちんと成されなかったことが問題だと指摘している。

2008年に、アリババはタオバオとは別にタオバオ商城というECブランドをスタートさせた。これが現在の天猫の前身になっている。タオバオは、eBayなどに対抗するため、出店料や手数料を完全無料にしていた。これにより多くの出品業者を惹きつけることに成功し、タオバオは淘宝の名前通りに、宝探しをして、掘り出し物が激安価格で手に入れられるECとなった。

しかし、問題が2つあった。ひとつは、手数料無料ではアリババは利益の出しようがないという問題だ。もうひとつは、有象無象の出品業者が集まったため、劣悪商品や偽物商品が氾濫してしまったことだ。

そこで、出店料、手数料を取るタオバオ商城を新設した。その代わりに、アリババが販売を強力にサポートする。11月11日の独身の日セールもここから生まれてきた。

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▲日本でもよく知られる11月11日の独身の日セールは、本来、天猫のセールイベント。しかし、タオバオも便乗をする。さらに、京東や拼多多も便乗してセールを行い、中国最大のECセールとなった。

 

ジャック・マーとタオバオ総裁の間の運営論争

この時、タオバオタオバオ商城との分離に関して、当時のタオバオ総裁の孫彤宇(スン・トンユー)とジャック・マーの間で論争があった。

ジャック・マーは、タオバオ商城はタオバオのサブブランドであるのだから、運営は一体化をした方がいいという見方だった。タオバオの出品業者の中から、タオバオ商城向きの業者を勧誘して、タオバオ商城を急速に拡大をしていくことができる。

しかし、孫彤宇は両者は明確に分離をし、運営も別々に行うべきだと主張した。タオバオは低価格商品の宝探しをする場所、タオバオ商城は信用力のあるブランドの製品を購入する場所で、消費者の目的が違う。だから、はっきりと分けるべきだと主張した。

2012年には、タオバオ商城は、天猫(Tmall)と改名され、タオバオとの差別化が図られたが、運営面などではタオバオと完全には分離されていない。ここが問題だった。

論争に負けた孫彤宇は、アリババの創業メンバーの一人で、アリババ十八羅漢の一人として数えられていたが、2008年にアリババを退職している。

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▲アリババ創業メンバーの一人、孫彤宇。タオバオ総裁時代に運営分離問題で、ジャック・マーと対立し、アリババを辞職している。妻の彭蕾(ポン・レイ)は、アリペイなどで長く活躍した。

 

天猫の戦略にタオバオも引きずられる

その後、天猫は、客単価をあげる施策を行っていく。「消費のアップグレード」というキーワードで、豊かになった中国人は価格が高くても良質のもの、高級なものを購入するというイメージを広げていった。

しかし、タオバオと天猫の運営が完全分離をされていないため、同じ施策がタオバオにも適用された。タオバオ中で、良質な製品、高級な製品を販売する販売業者を優遇したため、低価格商品を販売する業者は相対的に冷遇された。タオバオでは、販売業者に対するセミナーも行われるが、その内容は「いかに客単価を上げるか」という内容のものが多くを占めるようになっていった。

 

タオバオから拼多多に出品業者が流出

これにより、タオバオと天猫は大きく成長をした。ますます客単価を上げる戦略が正しいと認められるようになり、タオバオの低価格業者は居場所を失っていった。

そこに登場したのが拼多多で、スタートしてすぐにうまくいったのは、大量のタオバオの出品業者が拼多多に流れたからだった。タオバオの低価格出品業者の多くが、拼多多にも出品をした。すると、タオバオは、複数のプラットフォームに出品する業者に圧力をかける「二選一」を行うようになる。

中には、タオバオに別れを告げて、拼多多専属になる業者もいた。すると、アリババは拼多多に対抗してタオバオ特価版を始めるが、遅きに失した。拼多多とは大きな差がついてしまい、追撃のきっかけさえつかめないままでいる。

 

ジャック・マーの油断が拼多多の成長空間を生んだ

すべては、タオバオタオバオ商城の完全分離を行わなかったことにある。2つは名前は似ていても、まったく異なる路線のサービスなのだから、名前も運営も完全に分離をし、別々の子会社がそれぞれに運営するようにすべきだった。90%以上ものシェアを握り、ジャック・マーに油断がなかったとは言えない。

 

中国でも増えるフリーランスITエンジニア。WeChatミニプログラムが生存空間を創出した

中国でもフリーランスのITエンジニアが増えてきている。その多くが、WeChatミニプログラムの開発に携わっている。技術的なハードルは低く、大学に進学できなかった人にもチャンスが生まれていると深圳特区報が報じた。

 

中国でも認知されてきたフリーランスエンジニア「野生碼農」

深圳市郊外には無数のスタートアップパークがある。といっても、その多くはビルであり、中は1間間口の小部屋がずらりと並んでいる。起業を考えている人は、家賃の安いこのような場所を最初のオフィスとし、投資家がついたら、本格的なオフィスに転居をする。つまり、このような場所に長くいる人は、成功のきっかけをつかむことができない人ということになる。

しかし、最近、このようなスタートアップに長期間入居する人が目立つようになってきた。フリーランスのエンジニアだ。中国でITエンジニアやプログラマーは、自虐的に「碼農」(マーノン)と呼ばれることがある。碼はコードのことで、コードを生産する農家という意味だ。

また、このようなフリーランスエンジニアたちは、自分たちのことを「野生碼農」と呼ぶ。

 

独学でフリーランスエンジニアになる人々

野生碼農となった24歳の趙洋さんは、高校卒業後、大工の仕事をしていた。「大工の仕事は、技術も技能も必要なく、単に体力勝負でした」。そのまま大工の仕事を続けていくことに不安を覚えた趙洋さんは、数ヶ月間、コンピューターの専門学校に通い、野生碼農となり、スタートアップパークにオフィスを持った。

ここには、趙洋さんと似たような経歴の人がたくさんいる。30歳の徐精華さんは、レンガ運びの仕事、スーパーの在庫管理の仕事、工場の工員などをやってきて、将来にわたってできる仕事として、専門学校に通い、野生碼農になった。

張宇さんは、専門高校を卒業後、光ファイバーの敷設の仕事をした。その後、電子機器メーカーの設備関連の仕事についた。ITエンジニアになりたくて、電子系の専門高校に進学をしたのに、実際にある仕事は設備関連のものばかりだった。そこで、独学をして、野生碼農になった。

このスタートアップパークだけでも、このような野生碼農は少なくとも10人以上はいる。

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▲疫況を開発した洪俊瑶さん。ボランティアベースのWeChatミニプログラムを開発して、多くの人と知り合いになり、現在では個人ではこなしきれないほどの仕事が舞い込んでいる。

 

WeChatミニプログラムがフリーランスの居場所を作っている

本人が自分でフリーランスエンジニアを名乗ることは自由だが、それで食べていけるかどうかは別問題だ。

しかし、そのハードルは著しく下がっている。なぜなら、多くのテック企業がAPIを開放し、野生碼農でも利用することができる。アイディアさえあれば、1人でも世の中から必要とされるソフトウェアを開発することができる。例えば、地図アプリを開発した企業が、地図表示のAPIを開放していれば、1人でも地図上に何らかの情報を表示するアプリやウェブを開発することができる。

さらに、テンセントのWeChatミニプログラムが野生碼農の生存空間を生み出した。ミニプログラムを開発して公開することは、ネイティブアプリやウェブアプリよりも敷居が低い。

 

ボランティアベースのミニプログラムも登場

野生碼農の洪俊瑶さんは、2020年のコロナ禍が激しい2月1日に、「疫況」(イークワン)というWeChatミニプログラムを個人で公開した。公的な情報からコロナ陽性患者が発生した場所の情報を地図上にポイントし、利用者の現在地からの距離を表示するというものだ。他に同様のアプリが存在しなかったこともあって、疫況はわずか数日で100万回以上利用され、現在利用者数は3500万人を超えている。

洪俊瑶さんは、1月31日の夜に、深圳市の衛生健康委員会が陽性患者が発生した場所の情報を公開しているのを知った。しかし、テキスト情報であったためにわかりづらい。地図上にポイントをし、可視化をしたいと思った。

すぐにWeChatミニプログラムのコードを書き始め、夜中の3時には、WeChatミニプログラム公開の申請を行った。

しかし、当局が公開する情報を手入力でポイントをしていくしか方法がないため、1人では深圳市と広東省の主要都市の情報を入力するのが精一杯だった。そこに科学メディア「少数派」の創業者、老麦がSNSで連絡をとってきた。「何か手伝えることはないか?」と言う。老麦とは面識はなかったが、洪俊瑶さんは渡りに船とばかり、入力の問題を相談した。老麦はメディアで訴え、すぐに100人の入力ボランティアが集まった。これで、疫況は全国の情報を表示できるようになり、コロナ禍で重要なミニプログラムのひとつとなった。

洪俊瑶さんは有名な存在となり、1人ではこなしきれないほどの仕事が舞い込んでいる。

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▲ボランティアベースで運用されているWeChatミニプログラム「疫況」。陽性患者が発生した場所を地図上に表示してくれるというもの。感染拡大の厳しかった2020年2月に公開されたため、多くの人が利用した。

 

WeChatミニプログラムの登場で生まれたフリーランスエンジニア

WeChatミニプログラム関連の開発、運用に従事しているITエンジニアは、2020年には780万人となり、2019年から45.6%も増加をしている。その中には大学に進学をせず、専門高校出身者や専門学校、独学という人も増えている。

WeChatミニプログラムは、小売業の変革に大きな影響を与えたが、ITエンジニアの世界にも大きな影響を与えている。

 

 

あらゆる商品を1時間以内にお届け。即時配送が拡大する理由とその難しさ

まぐまぐ!」でメルマガ「知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード」を発行しています。

明日、vol. 077が発行になります。

 

中国の都市部では、黄色いユニフォームの美団(メイトワン)、青いユニフォームのウーラマのライダー=騎手が電動バイクに乗って、忙しく配達をしています。日本の出前館やウーバーイーツと同じで、スマホで注文した飲食店の料理をデリバリーしてくれるものです。

しかし、今やデリバリーするのは料理だけではありません。一般商店の商品、コンビニ、スーパーの商品、医薬品、花束、ケーキなどあらゆるものをデリバリーします。

「飲食外売再開消費報告」(美団)によると、コロナ禍が起きる2020年春節以前は、料理以外のデリバリー数は全体の12.72%でしたが、コロナ禍が終息をして、店舗の営業が再開すると25.38%に伸びています。新型コロナの影響で、外を出歩きたくない、デリバリーを利用するという心理が働き、現在でも1/4が料理以外になっています。

 

また、最初から料理以外の即時配送を主要サービスとして創業したのが、上海を本拠地とする達達(ダーダー)です。全国2400の都市、地域をカバーし、京東、ウォルマート、永輝スーパー、サムズクラブ、7フレッシュ、ファーウェイショップなどの商品をスマホで注文すると、1時間程度で配達してくれるというものです。

さらに、EC「京東」(ジンドン)も、即時配送サービス「京東到家」を始めていました。全国1200の都市、地域で、10万軒以上の商店の商品を配送してくれます。

京東は、この即時配送に強い関心があり、達達に出資をし、京東到家と合併させ、半数以上の株式を保有するようになりました。つまり、達達は京東の子会社と言ってもいい存在になりました。

フードデリバリーと達達。この2つが中国の即時配送を支えています。

 

京東が、即時配送に関心を示しているのは、もともと京東は物流に力を入れてきた企業だからです。2020年の11月11日の独身の日セールでは、消費者がスマホで注文した6分後に商品を配達することに成功して話題となりました。もちろん、倉庫から出荷をしていたらそんなことは不可能なので、あらかじめ需要予測を立て、売れ筋の商品は配送ステーションに在庫を確保していたのです。それがうまく当たり、黒竜江省のある女性が口紅を注文したところ、そのわずか6分後に京東のスタッフから「今、お宅の前にいますので、ドアを開けてください」という電話が入りました。女性が驚いてドアを開けると、本当に京東のスタッフで、注文した口紅が配達されました。

京東は配送時間にこだわる企業で、現在、ほぼ全国の地域で「211限時達」(2つの11時が締め切りになる配達の意味)と呼ばれる半日配送を実現しています。午前11時までに注文をすれば当日中、それ以降、午後11時までに注文すれば、翌日午後3時までに配送するというものです。

 

この211限時達の実現は簡単ではありません。元々、京東は創業者の劉強東(リュウ・チャンドン)が、1998年に北京市の中関村に開いた「京東マルチメディア」という商店が原点です。CD-Rが主力商品で、次第にCDドライブなどの電子製品なども手がけるようになり、2001年には店舗数が12店舗となり、成功をしていました。

しかし、2003年にSARSが流行したことで、京東マルチメディアは大きな打撃を受けます。感染者数は新型コロナと比べれば2桁少ない程度ですが、致死率は高く、近代中国では初めてのアウトブレイクであったために、多くの人が外出を控えたからです。

その頃、お店に電子メールで注文を送って、自宅やオフィスなどに届けてもらうというECの前身のようなことが細々と行われていました。店舗営業が壊滅的なので、劉強東はこれしかないと思い、当時人気のネット掲示板に広告を出し、電子メールでの注文を受け始めました。

しかし、まったく注文が入りません。そこに掲示板にこういうコメントがつきました。「京東って知っている。中関村にある店で3年ぐらい光ディスクを買っていたけど、ここでは1回も偽物をつかまされたことがない」。その日のうちに6件の注文が入りました。これが京東の原点になっています。

当時、記録媒体のCD-Rは質の悪いものも流通していました。100枚単位で安く購入できるものの、10枚のうち、2、3枚は書き込みに失敗するということが珍しくなかったのです。しかし、京東はそのような劣悪商品は扱わずに、正規ブランド品だけを扱いました。また、CD-Rのような記録媒体は、用意周到な人は買い溜めをしておくかもしれませんが、多くの人は記録をしようと思ってCD-Rがないことに気がついて買いに行くということをします。ですから、すぐに届けなければなりません。

「本物を売る」「すぐに届ける」。この2つが京東の信頼の源泉になっています。ですから、当然、即時配送には強い関心を持つのです。

 

京東は即時配送をECの当然の進化と考えているようです。京東のメディア発表会などでは「遠距離EC時代」「近距離EC時代」「短距離EC時代」という言葉がよく使われます。

遠距離EC時代とは、広域大型倉庫に商品を集積し、そこから全国物流ネットワークを使って宅配をするというものです。一般的なECはこの遠距離ECです。配送距離は100kmを超え、配送時間は翌日、翌々日となります。

近距離EC時代とは、都市内に中型倉庫をもち、そこから100km以内の宅配をします。これが京東の211限時達で、当日または翌日配送になります。

短距離EC時代とは、前置倉(都市内に複数ある小型倉庫)や店頭在庫から近隣に宅配するというもので、配送距離は3km程度。配送時間は1時間ほどです。

京東が使う言葉では、「時代」という言葉が使われていることに注意をしてください。これは、京東が、遠距離EC→近距離EC→短距離ECと時代が変化していくと捉えているということです。つまり、京東は、即時配送は、次世代の京東のあるべき姿だと考えているということです。

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▲京東が考えているECの進化。現在の京東は近距離ECであり、短距離ECに進化すべきだと考えている。

 

日本にもアマゾンフレッシュという即時配送サービスがあります。また、コンビニやスーパーも短時間での宅配をしてくれるところが増えています。しかし、多くの人が、あまり強い関心は持っていないのではないでしょうか。いざという時には便利かもしれないけど、普段は必要ないと考えている人が大半でしょう。特にアマゾンフレッシュのサービス地域になっている都市部では、通常のお急ぎ便でも翌日には届くので、わざわざそこまで急ぐ必要性を感じないかもしれません。

しかし、それは、日本の宅配便が優秀で、何度でも不在による再配達をしてくれ、なおかつ宅配ボックスも普及をしたため、宅配便が受け取りやすいということがあります。中国で宅配便を受け取るのはなかなか大変です。再配達の時間指定などもできないことが多く、宅配便を待っていると、外出することもできませんし、シャワーを浴びることもできません。結局、自分から配送ステーションに取りにいくことも多いのです。行動範囲の広い若者などは、最初から配送ステーション止めを選択して、自分で取りにいくことを基本にしている人もいます。

しかし、即時配送は、注文してから1時間で届くので、待っていられます。すぐに商品を手にしたいというニーズの他、受け取りが楽というニーズもあるのです。

 

即時配送は、スマホ注文をすると店頭在庫から出荷をして宅配してくれるというもので、店舗ECと呼ばれ方をすることもあります。また、到家サービスと呼ばれることもあります。それぞれに異なる文脈で使われるので、ニュアンスなどの違いはありますが、いずれも本質的には同じサービスを指しています。

このような発想の起点になっているのは、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)が2016年に提唱した新小売(ニューリテール)という考え方です。「オンライン小売とオフライン小売は深く融合していき、すべての小売業は新小売になる」というものです。これを実現したのがアリババの新小売スーパー「盒馬鮮生」(フーマフレッシュ)で、スマホ注文して30分配送してもらうことも、店頭で購入することもできるというスーパーです。

フーマフレッシュの成長ぶりに危機感を感じた既存スーパーは、即時配送企業と提携して到家サービスを続々と始めました。今、中国の飲食店、小売店で即時配送に対応していないというのは大手チェーンではほぼないと言っても過言ではありません。ジャック・マーの予言通りのことが起きています。

 

即時配送は、コロナ禍による外出自粛という追い風はあったものの、現在では完全に定着をしています。京東の考えるように、短距離EC時代に移っていくのかもしれません。

しかし、本当にそうなのか。短距離ECは、せっかちな人が使ったり、急ぎの場合に使うだけで、ECの主流にはならないのではないかという考え方もあると思います。ここを明らかにするために、達達の統計資料から、利用者の属性や利用動機などを紹介しながら考えていきます。また、即時配送を利用した店舗ECは簡単なようで、実は難しい面もあります。実際、香港初のおしゃれなドラッグストアとして人気のワトソンズが中国で対応を失敗して、問題を起こしています。このような即時配送、店舗ECの対応の難しさについてもご紹介します。

 

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vol.075:アリババをユーザー数で抜いて第1位のECとなったピンドードー。そのビジネスモデルのどこがすごいのか?

vol076:無人カート配送が普及前夜。なぜ、テック企業は無人カートを自社開発するのか?

 

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アリババに続き、フードデリバリー「美団」も独禁法違反で調査

アリババの独禁法違反処罰に続き、今度は美団が調査をされている。飲食店に対し、美団と専属契約を結ばないと検索順位やキャンペーンなどで冷遇をするという行為を行った疑いがもたれている。実態はどうなのか。燃財経は、美団と契約をしていたことがある4人の飲食店店主に取材をした。

 

アリババの独占禁止行為を批判していた美団創業者、王興

アリババは、2021年4月10日に、反壟断法(独禁法)違反により、中国国家市場監督管理総局により、2019年の営業収入の4%にあたる182.28億元(約3000億円)の罰金を課せられた。アリババが運営するEC「淘宝網」(タオバオ)に出品をする業者に対して、他のECプラットフォームに出品しないように求め、それに応じない販売業者にはさまざまな手段で冷遇をしたという「二選一」(二者択一)が問題にされた。

アリババのこのような市場での優越的地位の濫用を、最初に一般に知らしめたのは、美団(メイトワン)の創業者、王興(ワン・シン)だ。

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▲美団の創業者、王興。以前から、アリババの独禁法行為をSNSで批判をしていたが、今度は自分の美団が独禁法違反で調査が入ることになった。

 

美団とアリババの確執

2011年に美団は、米国のグルーポンに刺激を受けたグループ購入ECのビジネスをしていたが、5000社を超えるとまでいわれた激しい競走を勝ち抜くために、大型投資を必要としていた。そこに投資をしてくれたのがアリババだった。つまり、美団の今日があるのはアリババのおかげだといっても過言ではない。

しかし、2015年に美団が上場準備に入った頃から、王興はSNSでアリババ批判を始める。その大きな理由は、美団の決済方式をアリペイのみにするように要求されたことだった。王興は、SNSで「どのような決済方式を使うかは、消費者が選ぶことで、美団が決めることではない」と発言して、この提案を断った。

この対応は、(王興の主張によると)ジャック・マーを激怒させ、アリババは、保有している美団の株式を意図的に安く売却したため、美団の株価は大きく下落してしまったという。

以来、美団はテンセントの出資を受けるようになり、京東(ジンドン)、拼多多(ピンドードー)とともに、テンセント系列のサービスとなっている。

 

今度は美団が独禁法違反行為による調査を受ける

しかし、2021年4月26日に、市場監管総局は、その美団に二選一行為があった疑いがあるとして調査に入ることを公表した。美団は、調査に協力をする旨を公表したが、王興のSNSは沈黙をしてしまった。

いったい、美団はどのような違反行為をしていたのか。燃財経では、4人の美団と契約をしていた飲食店経営者に取材をした。

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▲中国では日常風景となった美団のデリバリー騎手。今ではフードデリバリーだけでなく、化粧品や電子部品、コンビニ商品、ケーキなどさまざまな商品を短時間配送するようになっている。

1:二選一を拒否し、デリバリー非対応に(劉芸さん、28歳、タニシビーフン店経営)

タニシビーフンとは、タニシから出汁を取ったビーフンのことで、独特の臭いがあるために、好きな人と嫌いな人がはっきりと分かれる広西チワン族自治区の郷土料理。食に関するドキュメンタリー番組で知られるようになり、カップ麺まで発売される人気料理となっている。

広西出身の劉芸さんは2019年に飲食業の道に入った。広東省の小さな地方で、タニシビーフンの飲食店を出した。小さな店だったが、繁盛をした。この地方都市では、美団とウーラマのフードデリバリーと契約をする店が増え始め、8割か9割の店は契約をしていた。劉芸さんの店も2019年の後半に美団と契約をし、デリバリーに対応をした。ウーラマと契約をしなかったのは、ウーラマに何か問題を感じていたわけではない。小さな飲食店で両方のデリバリーに対応するのは難しいと感じ、周りの飲食店の多くが美団を選んでいたので、劉芸さんも美団を選んだ。

 

ウーラマと契約した途端に手数料の値上げ通告

契約の際、美団側の手数料は18%から25%までの間で選べると説明された。飲食店にすれば、手数料は低い方がいい。18%を選ぼうとすると、担当者は「それは美団以外と契約しないことを意味している」と説明した。

劉芸さんは、ウーラマと契約するつもりはなかったし、このことがあまり重要だとは考えず、18%で美団と専属契約をした。劉芸さんの店は店舗売上が主体で、デリバリーは1日30件程度にすぎなかった。店が忙しい時には、デリバリー注文を一時止めることもあったほどだ。

しかし、2020年のコロナ禍ですべてが変わってしまった。店は営業休止をし、4月になって再開をしたものの、店舗の売上は限りなくゼロに近く、デリバリーに頼らざるを得なくなった。しかし、それまでデリバリーに力を入れてこなかったので、デリバリーも1日10件程度しか注文が入らない。

そこで、劉芸さんはウーラマにも登録をした。すると、すぐに美団の担当者から契約違反だという連絡が入り、ウーラマへの登録を削除するように求められた。劉芸さんは現状を話し、美団だけでは店がつぶれてしまうと訴え、ウーラマにも出店し続けた。すると、美団はさまざまな割引キャンペーンなどの対象外とし、少ないデリバリー注文がさらに少なくなってしまった。

美団の担当者と何回も話し合いをしたが、最初の独占契約を盾に譲歩する様子はなく、今の状態であれば、手数料は25%になると一方的に通告されるだけだった。

結局、劉芸さんは店を続けていくことができず、9月に美団との契約も解除した。劉芸さんは以前と同じように、デリバリーに対応しない小さな飲食店として、なんとか営業を続けている。しかし、先行きは不安しかない。

 

2:二選一を拒否し、TikTokで活路を開く(一堂さん、36歳、四川料理店経営)

一堂さんは飲食業を始めて10年、調理技術不要の火鍋店から、調理技術が決め手となる四川料理店まで経営をしてきた。その中で感じているのは、毎年毎年、運営コストが上昇し、利益が圧縮されているということだ。さらに、フードデリバリーが普及してからは、飲食店同士の競争が激しくなっていると感じている。

一堂さんは、2018年に合肥市のビジネス街に四川料理店を開店した。人の流れが多い場所で、ホワイトカラーが昼食を食べにやってきてくれ、それだけで利益が出るほどだった。

店が繁盛すると、すぐに美団とウーラマの担当者がやってきた。一堂さんは、両方のデリバリーと契約した。美団の担当者は、ウーラマとも契約していることについては、は何も言わなかった。しかし、後でわかったのだが、他の店は手数料が18%の契約だったのに、一堂さんの店は20%になっていた。

当時、美団はさまざまなキャンペーンを連続して行い、美団経由の注文が増えていき、店全体の売上の半分を占めるようになっていた。もはや美団なしでは商売が成り立たない状態になっていた。

 

クレームを入れたら冷遇された

この状態になって、美団の担当者は、ウーラマとの契約を解除することを提案してきた。美団との専属契約を結べば、さらに優待措置が取られるため、注文量はさらに増えるという。

一堂さんは、このような専属契約の強要はおかしいのではないかと、美団の本社に直接クレームを入れた。すると、なぜか美団の中での検索順位が下がり、注文量が減った。さらに、契約更改時には20%だった手数料を25%にあげると通告された。飲食店にとって20%でもほとんど利益はでない。25%になると、注文を受ければ受けるほど赤字になる。

一堂さんの店は、毎月20万元ほどの売上がある。原材料費は8万元、家賃、人件費、光熱費などのコストも8万元で、粗利は4万元になる計算だ。20万元の売上のうち、半分が美団からのものだとすると10万元、その20%にあたる2万元が美団の取り分となる。一堂さんの手元に残るのは2万元で、夫婦で働いているので、それぞれ1万元の給料で働いていることになる。

しかし、これが25%になると、美団の手数料は2.5万元となり、夫婦ふたりで1.5万元しか残らないことになる。これでは、飲食店を経営しているのではなく、美団で働いた方が収入が多くなる。

 

自力でTikTokを利用して活路を開く

一堂さんは、結局、美団との契約を解除して、ウーラマのみにした。しかし、一堂さんの店がある都市は、ウーラマの利用が多くない。ウーラマからの注文はきわめて少なかった。

そこで、一堂さんは、中国版TikTok「抖音」(ドウイン)と「小紅書」(シャオホンシュー)の公式アカウントを作り、店舗の様子のショートムービーの配信を始めた。抖音はオンラインで店舗を予約し、決済もできる仕組みを提供していて、この抖音からの注文が好調だ。一堂さんは、美団から離れることによって、新たなチャネルを開拓できたことになる。

 

3:広告出稿の強要で不信感(阿偉さん、32歳、ファストフード店経営)

阿偉さんは、2020年後半に脱サラをして、小さなファストフード店を開いた。お金儲けをしようと思ったのではなく、自由に生きていきたいと考えたからだ。ファストフードを選んだのも運営コストが小さいからだ。店も小さくてよく、専門の調理師も不要。客は店の前を通る人たちであるので、オンラインプロモーションの煩わしさもない。場所選びさえ間違わなければうまくやっていけると思っていた。

開店すると、美団とウーラマの担当者がやってきた。美団は、阿偉さんの店を「推薦店舗」として契約したいという。検索順位があがり、デリバリー注文の量は大きくなるという。しかし、阿偉さんは、それが専属契約の意味であることがわかっていた。考えた末に、美団の「推薦店舗」として専属契約することにした。

 

広告出稿料を強要される

しかし、この推薦店舗には罠があった。阿偉さんの店の売上は1日数百元だったが、美団の担当者はこれを1000元の大台にのせる提案をしてきた。そのためには、毎日200元から300元の美団での広告を打つ必要があるという。

阿偉さんはそれでは意味がないと思った。500元の売上が1000元になっても、200元の広告費を支出したら、阿偉さんの利益はかえって小さくなってしまう。しかも、阿偉さんはお金儲けよりも、自由に暮らしたいからと飲食店を始めたのだ。

阿偉さんは、結局「推薦店舗」の取り消しをしてもらった。推薦店舗という美名の裏に、隠れた規則、慣習を隠しているやり方に不信感を抱いている。

 

4:専属契約にしたらデリバリー注文が減少(大毛さん、デリバリー店経営)

大毛さんは、ミニ弁当のデリバリーチェーンに加盟をし、デリバリー専門店を始めた。当初は美団とウーラマの両方と契約をしていた。チェーンへの加入は10万元ほどの資金が必要だったが、チェーンの担当者は2、3ヶ月で利益が出始めるという話だった。

実際、開店して2ヶ月間、売上は好調だった。すると、美団の担当者がやってきて、美団とウーラマのどちらかを選んでほしいという。もし、両方に出店し続けた場合は、検索順が大きく下がると、恫喝するように言われた。大毛さんはデリバリー業界への対応も初めてあったため、美団との専属契約を結んでしまった。

 

専属契約を断って倒産した飲食店も

しかし、ウーラマとの契約を解除すると、デリバリー注文が如実に減少した。2、3ヶ月で黒字になる予定が、5ヶ月目にようやく黒字になるほど遅れた。しかし、それでもまだましな方だと大毛さんは感じた。なぜなら、美団との専属契約を断って、倒産している飲食店の話をよく耳にするからだ。

その後、2年間経営して、ようやくビジネス街にもう1店舗を開くことができた。新店舗では、美団との専属契約は結ばず、美団とウーラマの両方に出店をしている。美団では検索順位も低く、手数料も高く設定されたが、その代わりにウーラマからの注文が入る。大毛さんは、最初からこうすればよかったと感じているという。

 

中国の成長時代は終わったのか?

どこの国でもよく聞く話だとも言える。しかし、美団への風当たりが強いのは、美団は美団の利益しか考えてなく、飲食店を育てていこうという意思が見られない点だ。飲食店から簒奪して、美団のみが成長をし、販売力のなくなった飲食店は使い捨てにしていく。そのような感覚が見え隠れするところが批判の対象となっている。

しかし、美団とウーラマの売上シェアは、ダブルスコアで美団がリードをしている。中国はもはや労働人口と消費者人口が減少のモードに入った。従来のようにサービスを改善していくだけで成長していける時代は終わった。それでも成長が求められるテック企業にさまざまな軋みが生じている。