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中国のペット事情と小紅書。アンテナショップとして活用される小紅書

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今回は、中国のペット事情を材料にして、小売業が小紅書をどのように活用しているかについてご紹介します。

 

小紅書は、よく中国版インスタグラムと呼ばれますが、他の国にはなかなか見当たらないタイプのSNSです。私もこのメルマガで小紅書をSNS(Social Network Service)と呼んでいますが、SNSという分類にそぐわない感覚もあり、小紅書は小紅書と呼ぶしかないほど独特だと感じています。

最も大きな違いは、通常のSNSはフロー情報が主体になりますが、小紅書はストック情報が主体になるという点です。情報蓄積型のSNSなのです。一般的なSNS、例えばXは、今の情報がタイムラインに表示され、どんどん流れて過去のものになってしまいます。togetterのようにツイートをまとめるサービスもありますが、これも情報をストックするというより、話の流れを理解するために遡って読みたいというニーズに応えるもので、情報をストックしデータベース化していくという趣旨のものではないように思います。

一方、小紅書は生活データベースになっています。例えば「初めてペットを飼いたい」と思った時に「ペットの飼育」で検索をすると「初めてペットを飼う人が、その前に準備をしておくこと」「犬猫以外に人気にある小さなペット」「飼育の難しさと楽しさの二軸マトリクス整理」「初めての人でも飼える犬種」「通勤族でも飼えるペット」などの記事がたくさん見つかります。まるで、昔、書店に並んでいたさまざまな入門書のような情報がたくさんあるのです。

このような記事は、ペット好きな普通の人が整理をして掲載をしていることがほとんどです。ここが、他のメディアに真似ができないところです。他のメディアのこのような情報というのは、ほとんどすべて広告だと思って間違いありません。ペットショップやペット産業企業、ペットトレーナーなど、何らかの利益を得る人が作成をし、最後には自社のページに着地をさせようとしています。もちろん、だからと言って信頼ができない情報だということにはならず、むしろ業界のプロたちが執筆をしたり監修をしているので内容については正確ですが、自社利益に誘導していないのかという公平性についてはどこか疑問が残ります。

一方、小紅書の場合は中立的な一般人が記事をつくっているので、内容に関してはアマチュアですが、その分わかりやすく、公平性の高い記事になります。ペットを飼い始めてある程度の知識がついてくると、小紅書の記事では物足りなくなりますが、初心者から中級者ぐらいまでの間は、非常に役に立つ記事が多いのです。

ペットや自転車、キャンプ、ヨガといった最近のブームに対して小紅書が果たした役割というのは大きいものがあります。初めてのことに挑戦しようと思ったら、とりあえず小紅書を検索してみるというのが定番になっています。

 

記事を書くのがアマチュアですから、間違ったことを書いてしまうこともあります。しかし、記事ごとにコメント欄があるため、そのような場合は誤りを訂正するコメントがつきます。

そして、ここが素晴らしいのですが、相手を貶めるコメントをつける人が非常に少ないのです。「ニワカが知ったかぶって語っているんじゃねえ」的なコメントがないわけではありませんが、そのような挑発的なコメントに対しては、みんな見事にまでスルーをするため、炎上ということがあまり起きません。小紅書では、自分がいかに優雅な生活をしているか自慢をする投稿も多いため、そちらには批判的なコメントがついて炎上することもありますが、実用性の高い記事で炎上しているのは見たことがありません。もし、信頼のおけない記事だと思ったら、批判コメントをつけるより、スルーする人が多いからです。そのような記事は、次第に検索順位の下に沈んでいき、リコメンドエンジンが拾わなくなります。

このようないい空気感が生まれているのは、中国人特有の「他人が何をしようとも気にしない、干渉しない」という国民性と、誰もが自分が幸せになることに忙しく、つまらないことに時間を割きたくないという現代の風潮のようなものが根底にあります。そして、もうひとつ大きいのが、「小紅書では他人のためになる記事を書き、他人のためにコメントをつける」という利他的な空気感が支配的だということです。自分が書いた記事やコメントが誰かの役に立つ。それが最大の喜びになっているのです。

個人的にはこの空気感が生まれたことは、この世知辛い現代の奇跡であり、他には簡単には真似ができない小紅書最大の特長だと思います。そのため、多くの小紅書利用者が小紅書はこれ以上成長してほしくないと思っています。新しい人が大量に流入してきて、この美しい世界が崩れてしまうことを恐れる感覚があるのです(実際、男性ユーザーが大量に流入してきた時期には軋轢も起きて、やや荒れた雰囲気になった時期もありました)。

少し褒めすぎかもしれませんが、こういう心地よい空気感のSNSは、世界中探してもちょっと見あたりません。あるとしたら、ごく初期の小規模で「わかっている人だけ」が参加をしている時代のSNSぐらいです。黎明期のいい空気感のまま、月間アクティブユーザー数3.12億人まで成長をしてきた。それが小紅書です。

 

小紅書がこのような心地よい雰囲気を確立したのは、小紅書自身の出自と運営方針の2つが大きな要因になっています。小紅書の歴史については「vol.183:なぜ小紅書は特別なSNSであり続けるのか。小紅書で人気のあるノートの6つのパターン」でご紹介をしているので、ここでは簡単な復習にとどめます。

創業者の湖北省武漢市出身の毛文超(マオ・ウェンチャオ)は、親が銀行家であるという、いわゆるいいとこのお坊ちゃんで、上海交通大学に進学をし、外資系コンサル「ベイン」に入社をします。そして、ベインの社費留学生に選ばれ、米スタンフォード大学に留学をするというエリートです。

サンフランシスコのショッピングモールで、武漢市の親に連絡するため中国語で電話をしていました。電話が終わると、話しかけてくる中国人女性がいます。「武漢の方ですよね?私も武漢出身です。米国で武漢訛りを聞くことができて懐かしくて声をかけてしまいました」と言うのです。彼女が瞿芳(チー・ファン)でした。瞿芳は北京外国語大学を卒業後、メディア企業「ベルテルスマン」で働いていました。2人は意気投合し、一緒に起業しようという話になり、小紅書がスタートします。つまり、小紅書は誕生の物語からして、イケメンと美女のエリートがサンフランシスコのモールで出会い、帰国をして起業するという、2013年当時では多くの中国人にとって夢のような物語の中から生まれています。

 

小紅書は、最初は海外ショッピングガイドのメディアでした。海外旅行をした時、越境ECを使って買い物をする時、どのような商品がおすすめで、どのようにして買うとお金が節約できるかというオンライン情報雑誌でした。ですので、購読者は女性が多く、扱う商品は化粧品や衣類、バッグなどが多くなっています。これが次第にユーザー投稿を扱うようになり、現在のSNSになってきました。

つまり、ちょっとよそ行きのSNSなのです。どのSNSでも、ユーザーは素の自分を出すということはありません。自分の生活のいい面だけを見せたりなど「見せたい自分」を演じるようなところがあります。それが小紅書の場合は「合理的で開明的で利他的な自分」というところに落ち着き、現在の心地いい雰囲気になっています。

 

もうひとつは、ガツガツしない運営方針です。小紅書は以前から「いつ上場するのか」と言われ続けていますが、上場する気配がまったくありません。よほど秘密裏に上場準備を進めているのか、あるいは上場するつもりがないかのいずれかです。

小紅書は、後ほど触れますが「種草」(ジョンツァオ)というコンテンツECにとって重要な発明をしました。TikTok Shopなどはこの種草をショートムービーに応用したものです。それなのに、本家の小紅書はEC機能はあるものの、流通総額(GMV)や手数料収入の成長にこだわっている様子がありません。さまざまなチャンネルに出店をしている人も「小紅書は儲からない」と言っています。

小紅書は上場をしていないため、営業収入などの財務情報がはっきりとわかりません。しかし、報道によると、20-30%がEC販売手数料流入で、70-80%が広告収入だそうです。広告収入は2023年で37億元、利益が5億元という報道があるので、70%が広告収入だとすると、販売手数料収入は16億元弱と推定できます。小紅書の販売手数料は商品によって5%から15%なので、10%とすると、GMVは160億元ということになります。これは淘宝網タオバオ)の7.98兆元と比べると非常に小さな数字です。約1/500でしかありません。

 

小紅書でのECのやり方は、ペットならペットというカテゴリーに特化をして、ペット関連の記事を投稿します。そしてその記事に商品タグを埋め込み(これが種草)、そのタグをタップすると商品ページが表示され購入できるというものです。外部のECに飛ばすのではなく、小紅書の中で商品が購入できるクローズループになっている点がミソです。これにより、小紅書は利益を他のECに渡すことがなく、利用者にとってはワンタップで商品が購入できることになります。

このような仕組みなので、特定のジャンルに特化したショップでは売上が一定程度あがりますが、タオバオなどのようにヒットをしてバカ売れするということはあまりありません。どちらかというと、ファンをつくり、そのファンに買ってもらうという小さく閉じた小売ビジネスです。うまくいっているショップでも、営業が安定的に続けられるという程度で、小紅書で急成長したという話はあまり聞きません。

しかし、これが小紅書の心地よい空気感をつくることに貢献しています。他のECでは、売るために過剰な広告コピーを掲げたり、中には虚偽の広告を出すなど、競争が激しいためにガツガツした雰囲気になりがちです。しかし、小紅書ではそのようなことをするより、ファンになってくれた人が必要としている情報を提供して買ってもらうという誠実なビジネスの方が安定をしやすいのです。

この誠実さがあるがゆえに、さまざまな生活トレンドをブーミングするテコとしての役割を果たすことができています。中国にしては極めて珍しい、ガツガツしていないSNSなのです。

 

この10年ぐらい、中国の街を歩けば誰もが感じるのがペットを連れて散歩する人が増えたことです。また、室内で飼うために外国人には見えづらいですが、猫を飼う人もものすごく増えています。中国人は犬派なのでしょうか、猫派なのでしょうか。

日本も猫派が犬派を上回ったという報道がありますが、中国でも拮抗あるいは猫派がやや優勢という状況です。「2022中国ペット人群調査研究報告」(East Money Information)では、ペットを飼っている人のうち、猫を飼っている人が61.90%、犬を飼っている人が40.06%という数字が出ています。後ほど触れますが、100%を超えているのは、犬猫を同時に飼うというのが小紅書発でブームになる兆しがあるからです。

今回の記事は、「小紅書2024ペット産業洞察報告」(小紅書×第一財経×CBNDATA)からデータを引用してご紹介します。これは小紅書ユーザーに対するアンケート調査をまとめたものです。

小紅書ユーザーの猫派犬派の統計では、猫派50%、犬派40%、同時飼育10%という結果になっています。

▲小紅書ユーザーの犬派猫派調査の結果。多頭飼い、犬猫同時飼いが増える傾向にある。

 

また、人気の犬種、猫種は次のようになります。

▲人気の犬種ランキング。中国犬である中国田園犬が2位に入っている。

 

▲人気の猫種ランキング。中国品種である茶トラとドラゴンリーが入っている。

 

日本でもよく知られている犬種、猫種が並びますが、日本と同じで人気の種類は比較的短い間に入れ替わります。

この中に、中国独特の品種もあります。犬では、中国田園犬で「土狗」とも呼ばれる土着の品種です。品種といっても、国際的に登録されている品種ではなく、体型もがっしりした犬からスマートな犬まであるので、一定の遺伝子グループに属する犬という言い方の方が正確だと思います。その地域地域で、○○田園犬と呼ばれる犬たちがいるので「日本犬」と同じぐらい広い名称だと思います。

非常に力があるのに性格は温厚で、人にも懐きやすく、中国の農村には各家にこの田園犬がいるイメージです。田園犬は、人の手から直接食べ物を食べないということで有名です。手で食べ物を差し出しても、よだれを出しながらじっと待っています。食べ物を床に置くと、ようやく食べます。そういうDNAであるとは考えづらく、多くの人がそういうしつけをするのだと思いますが、中国人は、田園犬が飼い主に対して一定の節度をもった態度であることを誇りにしているようなところがあります。大きさは中型で運動量も多いため、室内飼いには向いていないので、名前のとおり郊外や農村でよく飼われる犬種です。

日本の柴犬も以前から人気犬種になっています。日本のメディアやコンテンツでもよく取り上げられるため、その影響もあるのかもしれません。また、柴犬は頑固というか執着が強い傾向があり、しつけに失敗をすると攻撃的になり手に負えなくなることがあります。そういう難しい犬種であることも挑戦する面白さがあるようです。ドッグトレーナーという職業もかなり広がってきました。

猫も茶トラとドラゴンリーが中国土着の猫種です。茶トラはいわゆる中国土着の猫で品種ではありません。捨てられている子猫、野良猫が子どもを産んでしまったのを発見して、かわいそうで見てられなく、飼い始めるということが多いようです。一方、ドラゴンリーはシマ柄の中国土着猫ですが、国際的にも品種登録をされています。

「ペット産業ブルーブック」(知乎)によると、2023年には、犬と猫で1.9億匹になるそうです。多頭飼いを考えても人口14億人の1割以上の犬猫がいることになります。中国の世帯数は2020年の全国人口調査で4.94億戸となっているので、ここから計算すると、ペットのいる家庭は38.5%となります。これはほぼ日本と同じ水準です。ということは、中国のペット産業は日本の10倍の市場規模があるということになります。そこに小紅書がどのように作用しているでしょうか。

今回は、中国のペット産業を例に、小紅書が小売業でどのように活用されているかをご紹介します。

 

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