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路線バスが維持できない。EVバスの導入が致命傷に。EVバスの思わぬ盲点とは

地方路線バスの経営が悪化をしている。その大きな原因になっているのが、EVバスの想定外の劣化だ。買い替えに苦しむ各地方バスでは、路線の縮小や燃料車バスの再活用が始まっていると張捷財経観察が報じた。

 

経営が厳しくなっている公共バス

中国の路線バスの運営が危ぶまれる状態になっている。昨年2023年9月、天津市バスのある従業員が給料が3ヶ月支払われず、社会保障の支払いも滞納しているとSNSで訴え、大きな注目を浴びた。天津市は中国でも最も古くからバスの運行が始まった都市で、その老舗が危機を迎えている。従業員は1.83万人、保有バス量は約6400台という国営企業だが、ここ数年は毎年6.89億元の赤字を出し続けている。

これは天津市だけのことではない。四川省南充市バスは今年10月7日に、2路線55台のバスの運行を停止することを宣言した。しかも、その停止が翌日からという急なもので、市民は困惑をしている。このような事態が各地に広がっている。

▲2014年からEVバスの導入が始まり、そろそろ買い替えの時期になっているが、費用が捻出できなくなっている。

 

バス苦境の理由1:コロナ禍による習慣の変化

バスの苦境の最大の原因は、コロナ禍による乗客減だ。コロナ禍期間、感染への不安から地下鉄やバスなどの公共交通が避けられた。多くの人が、マイカーや電動自転車など、他人と接触せずに済む交通手段を利用するようになり、感染不安がなくなってもそれが習慣として定着をしてしまった。地下鉄は、他の手段に切り替えるのが難しいため、再び乗客が戻ってきているが、バスの場合は、短距離では電動自転車、中距離ではマイカーやライドシェア、長距離では中国版新幹線「高鉄」へのシフトが起こり、バスはどこも乗客減に悩まされることになっている。

▲各公共交通の乗客数。いずれも減少傾向にあるが、バスの減少が著しい。コロナ禍でバスを避ける習慣が定着してしまった。単位:億人。

 

バス苦境の理由2:運営が地方政府に移管された

もうひとつの大きな理由が、中央政府のバス会社への補助が2019年で打ち切られたことだ。バス会社の多くは国営企業で、それまでは国の補助金を使って運営されていたが、2019年にそれが打ち切られ、運営責任が地方政府に移管をされた。しかし、地方政府の財政も逼迫をしているところにコロナ禍が起きたため、バス会社への地方政府からの補助金は、それまでの中央政府からの補助金に比べて大きく減額をされたところがほとんどだ。たとえば、湖南省洞口県バスでは、127台のバスを運行しているが、中央政府から年に1000万元以上の補助金があったものが、2020年から県政府からの補助金はわずか100万元になってしまい、一気に経営危機に陥っている。

 

バス苦境の理由3:EVバスの導入の失敗

もうひとつの理由が、EVバス導入の失敗だ。中国ではカーボンニュートラルを実現するために2014年からEVを中心とした新エネルギー車バスの導入が始まり、中央政府も大きな補助金をつけたため、条件がそろえばほぼ無料でEVバスを導入できる状況にあった。これにより、EVバスの導入が進み、2014年と2022年を比較すると、台数は3.7万台から52.9万台へ、バス全体に占める割合は6.9%から77.1%へと急増をした。

バスは、ルートが固定されており、毎日の走行による放電と車庫による充電が規則的で、計画的な運用ができるため、EVに非常に向いている。そのため、多くのバス会社が補助金を利用し、古い燃料車のバスを買い替える時にEVバスを選んでいった。

▲バッテリーが想定以上に劣化をしているため、夏の間もエアコンをつけずに運行するEVバスが現れ始めている。

 

買い替え費用が捻出できない

ところが、この中央政府補助金は2022年いっぱいで打ち切られた。今後、EVバスを導入するにはバス会社が実費を負担しなければならない。個人向けの乗用車のEVは、大量に販売され、競争も激しいために、今では価格が燃料車と変わらない程度にまで下がってきている。しかし、バスは業務用であり、価格を下げる動機になる競争は激しくはない。さらに、大型のモーター、バッテリーを搭載する必要があり、車両価格は燃料車よりもかなり高くなる。

2014年という初期に導入されたEVバスは、導入後8年経ち、そろそろ買い替えをしなければならない時期に差しかかっているが、EVバスの価格の高さから、多くのバス会社が燃料車の購入も検討しているという。

 

EVバスの想定外の劣化も

さらに、大きな問題が、EVバスの寿命が想定以上に短かったことだ。通常の運用コストはバスの方が安くなるが、EVバスはバッテリーが劣化をし、買い替えるかバッテリー交換のコストがかかるため、導入から廃車までの全コストは燃料車とあまり変わらなくなる。しかし、それはバッテリー寿命がメーカーの想定通りだった場合の計算で、現実にはそれよりも早くバッテリーが劣化をしているため、バス会社の導入計画や資金計画に狂いが生じている。

なぜ、EVバスのバッテリー寿命が想定より短くなってしまうのか。専門家によると、バスの運用に盲点があったという。バスにはガレージがあることは少なく、バス車庫の多くは野ざらしだ。そのため、夏は直射日光があたり、車体の温度が上昇をする。これがバッテリーに悪い影響を与えて、寿命を短くしているのではないかという。

▲一般的なバス基地。ひさしがない野晒しであることが多く、夏の直射日光でバッテリーが想定外に劣化したと見られている。

 

バス調達が難しく路線の停止や燃料車バスの再活用も

バス会社の業績そのものが苦しくなっている時期に、想定よりも早くバスを買い替えなければならないというのはバス会社の苦境にとどめをさしかねない。そのため、特に地方の小さなバス会社では、バスの調達が難しくなり、不採算路線の運行停止が始まっている。このままいくと、地方から移動難民が出かねないことになる。

都市の大手のバス会社でも、EVバス導入時に売却した燃料車バスを、中古で買い戻す動きや、新車の燃料車を買う傾向が生まれている。また、湖北省黄石市バスでは、バッテリーが劣化したバスを運行に使うしかなく、気温が40度になってもエアコンをオンにできず、乗客からはまるで15年前のバスに戻ったようだと不満が出ている。

世界に先駆けてEVバスを導入したことは、中国のカーボンニュートラル政策の象徴ともなっている。しかし、このままでは、バスのEV化率も下がりかねない状況になっている。コロナ禍という想定外のことが要因になっているとは言え、中国社会は解決の難しい難題に直面をした。