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航空機の遅延保険を悪用した詐欺事件。ネットで犯罪にあたるのかどうかの議論が盛りあがる

昨年2023年6月、南京市公安局は、李某(仮名)を保険金詐欺で逮捕した。航空機の遅延保険を利用したもので、2015年から累計で300万元の保険金を受け取った。しかし、これがネット民、法律の専門家の間で、犯罪にあたるのかどうか議論になっていると跟着地図看世界が報じた。

 

申請が簡単な遅延保険を悪用

山東省に住む李某は航空会社の地上スタッフをしていて、飛行機が遅延、欠航した場合の遅延保険の案内などの業務もしていた。遅延保険は、飛行機の出発が一定時間遅れた場合、それにかかった経費を補償してくれるというものだ。一般的には、宿泊費や食事代、あるいは代替移動手段に切り替えた場合の交通費などが支払われる。

しかし、保険の申請には、航空会社の遅延証明や経費の領収書を添付しなければならない。中国ではこのような証明書や領収書はほぼすべて電子化されているものの、それを添付して保険会社に申請するにはいちいち偽造されない形での出力を行わなければならない。それが面倒で遅延保険に加入しない人も多い。

そのため、賠償額を一定限度に抑え、航空会社の遅延証明と身分証明書だけで申請額をそのまま補償する簡便な遅延保険も登場している。これがねらわれた。

 

全国のチケットを買い6000万円を稼ぐ

李某は、この業務をしていて、遅延保険でお金を稼げるのではないかと思いついた。天気予報を見て、遅延や欠航が起きそうな3便を選んで、チケットを購入して、遅延保険に加入をしてみた。案の定、その3便は遅延をし、申請をすると、チケット代以上の額が補償されるため、1000元(約2万円)を稼ぐことができた。

李某は、この”事業”を拡大していった。中国の天気図を読み、どの地域で悪天候が生じるかを予測し、その地域の航空券チケットを購入する。遅延保険が加入できる時間ぎりぎりに最終判断をして、遅延が起きそうであれば遅延保険に加入をし、遅延が起きそうになければチケットを払い戻した。これにより、遅延保険の申請を行い、お金を稼いだ。

さらに、航空券のチケットはネットを探して格安航空券を買うようにして、経費コストを下げた。さらに、親戚知人から身分証と銀行口座を借りて、20人分の航空券と遅延保険に入ることで、2015年から2019年の間に300万元(約6000万円)を稼いだ。

▲逮捕された李某。6000万元を稼いだが、ネットでは犯罪にあたるのかどうかの議論が続いている。

 

不審に思った保険会社が調査を開始

遅延保険を扱う保険会社では、遅延保険の適用件数が急激に増えたことを疑問に感じ、調査を開始した。すると、特定の人たちが大量に全国各地の航空券を購入し、遅延保険に加入し、保険金支払いを受けていることを発見した。この事実を南京市公安局に相談したことから、李某が逮捕されることになった。20万元以上の保険金詐欺は禁錮10年以上の軽くない罪だ。

 

犯罪に当たるのかどうか論争となる

しかし、ネット民の間で、「これは保険金詐欺にあたるのか?」という議論が起こり、そこに法律の専門家まで加わり、議論が続いている。

以前、上海で同様の遅延保険の詐欺事件があった。それは、航空会社のスタッフと共謀し、欠航情報を発表前に入手し、それから航空券と遅延保険を大量に購入するというものだった。これは不正な情報に基づいた契約であるため、保険金詐欺にあたる。

一方、李某は、不正な情報を得て遅延保険に入るのではなく、天気図を見て、自分の知識で予測をして遅延保険に加入している。親戚や知人の身分を使って、航空券と遅延保険を購入しているが、親戚が被保険者、李某が保険契約者であり、親戚の同意を得て身分証を使用しているのだから問題とは言えない。実際に、親が子どものために航空券を購入し、親が遅延保険に加入することは珍しくない。搭乗者の名前を子どもの名前にしておけば何ら問題はないし、遅延が起きた場合、補償金は契約者である親に支払われる。

▲李某の手帳の一部。天気図を読み、遅延、欠航が起こりそうな便を予測して、チケットを購入し、遅延保険に加入をしていた。

 

航空会社や保険会社にも不備がある

しかも、李某は天気予報から自分の判断で遅延保険を購入している。確かに、実際には飛行機に搭乗していないものの、それは搭乗証明を求めない保険会社の落ち度であり、乗る乗らないは本人の自由ではないかというものだ。また、保険は本来、その事象により受けた損害を事後的に補償するものだが、その損害の領収書なども求めない遅延保険がある。これは保険ではなく、遅延したらお金がもらえるという「くじ」や「ギャンブル」のようなものであり、保険商品そのものにも問題があるのではないか。李某はそのほころびに気づいただけの話で、罪には問えないのではないかというものだ。

▲あるネットでのアンケート結果。規則を利用しただけで無罪が88.79%になっている。

 

遅延保険のあり方に問題があるという意見が多数

李某が航空券を購入した飛行機に搭乗する意思があったかどうかは誰にも判断できない。しかし、搭乗口にいたかどうかは客観的に証明ができる。航空券を放棄して、他の代替手段で移動した場合は、そちらの領収書や乗車証明があるはずだ。加入者の利便性を考えたこととは言え、その証明を求めない保険会社側にも問題がある。

保険業界関係者の発言では、航空便の遅延保険は保険会社にとって儲からないビジネスになっているという。中国で遅延保険が登場したのは2004年のことで、航空券を購入する時に加入するかどうかを決められるようになっている。つまり、遅延保険というのは保険として独立した商品ではなく、航空券の付加価値を高めるためのものだった。そのため、掛け金に関しては常に下げるように圧力がかかるため、保険会社としては、審査や支払いにかかるコストを下げるため、補償額を下げていき、必要な書類の提出を省く方向に進んできてしまった。本来は保険であったものが、飛行機が遅れるとあたる「くじ」に近いものになってしまった。

つまり、保険業界の方に問題があるのであって、李某はそのほころびを教えてくれたのだという人もいる。この議論はいまだに続いていて、SNSでいろいろな人がアンケートをとっているが、どれを見ても、「李某は無罪」の回答が多くなる。