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加入者1億人を超える「後払い、わりかん保険」。保険金の支払いは、加入者全員の投票で決める

アリババのスマホ決済「アリペイ」を運営するアントフィナンシャルのわりかん保険「相互宝」(シャンフーバオ)の加入者数が1億人を突破したものの、解約する人も増加し、難しい局面を迎えていると学覇説保険が報じた。

 

支払った保険金を、加入者で割り勘後払いする保険「相互宝」

相互宝は、後払いのわりかん保険。4種類のメニューがあるが、メインの「大病互助計画」では、がん+99種類の大病+5種類の希少疾患に対して、最高30万元(約470万円)が保障される。

分担金(保険料)は、毎月2回、実際に支払った互助金(保険金)の総額に、管理費8%を乗せて、これを加入者数で頭割りするという仕組み。もし、加入者の誰も病気にならず、互助金の支払いがなければ、支払う分担金は0元となる。現在、4元(約60円)で推移をしている。

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▲相互宝のメニュー。主にリスク別に3つの疾病保険を用意していた。加入者の伸び悩みを乗り越えるため、交通傷害保険も新設した。

 

アリババ系、テンセント系ともに加入者1億人を突破

この相互宝は、2018年10月に信美人寿保険社が、アリペイ上で開始したネット保険「相互保」だが、中国の法律上、保険に相当しないということが問題になり、アントフィナンシャルに運営が移管され、名称も「相互宝」として、保険商品ではないことを明確にした。

このようなわりかん保険は、「ネット互助」と呼ばれる。保険ほど厳しい規制がないために、テック企業が次々と参入している。特に、テンセント系の「水滴互助」(シュイディー)とアリババ系の「相互宝」は、いずれも加入者数が1億人を突破して、競い合っている。

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▲主な「ネット互助」サービス。テンセント系「水滴互助」、アリババ系「相互宝」が2強として競い合っている。

 

簡単に加入ができ、定額の「わりかん保険」

このネット互助が人気を集めている理由は、「加入が簡単」「分担金が低額」「運営の透明性が高い」などさまざまな理由がある。

加入は、アリペイ上のミニプラグラムから簡単に行え、医師の健康診断なども不要。健康であることを自己申告するだけでいい(もちろん、虚偽申告が発覚すると互助金を受ける資格を失う)。また、芝麻信用スコアが600点以上あることも必要だが、高い点数ではなく、キャッシング返済の遅滞などを起こしていない普通の人であればクリアできる。それで分担金が月に10元以下でありながら、最高30万元の保障を受けられる。

 

保険金の支払いは、加入者全員の投票で決められる

さらに注目されるのが、運営の公平性と透明性だ。加入者が病気になり、互助金の申請を行い、運営の調査員が審査をして、規定上問題がなければ、互助金が支払われる。ところが、支払い条件に問題がある場合は、加入者全員参加の投票にかけられることになる。

例えば、ある例では、急性心筋梗塞で死亡した41歳男性の案件が投票にかけられた。この男性は2020年10月に胸の痛みを訴え、救急搬送されたが、そのまま死亡してしまった。相互宝では、互助金を受けるには国家二級以上の公立病院か、指定をした民間病院での診断を受ける必要がある。しかし、この男性が搬送された病院は、この規定から外れる病院だった。

家族は、命を救うために、選択の余地のない行動だったと主張した。診断のために、遠方の指定病院に搬送をすることはできない状況だった。この事情を汲み取って、互助金を支払うべきかどうか、投票が行われた。

 

掲示板で有資格の審判員が議論、加入者全員で投票

投票に先立って、申請人の主張と調査員の主張が公開され、論点整理が行われる。詳細情報が、相互宝ミニプログラム内の掲示板に公開をされる。また、加入者の中で、医学または法律の専門知識を持つ人は審判員の資格を得ることができ、自分の意見を掲示板に書き込むことができる。

審判員の意見には、「申請人を支持」「中立」「調査員を支持」のいずれかのタグをつけ、立場を明確にする。さらに内容によっては、「医学的角度」「法律的角度」のタグもつけられる。

一般の加入者は、この審判員の意見を読み、同意できる意見には「いいね」ボタンを押す。この「いいね」ボタンの数で、意見の集約ぶりが直感的にわかり、最後に「申請人を支持」(互助金を支払う)か「調査員を支持」(支払わない)のいずれかに投票する。

申請人を支持が50%以上であった場合、無条件で互助金が支払われるという仕組みだ。このケースでは、10万人以上が投票し、63%が「申請人を支持」に投票し、互助金の支払いが実行された。

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▲判断が難しい保険金(互助金)支払い案件は、仮名で詳細情報が公開され、加入者全員の投票で支払いが決定される。この例では、10万人以上が投票し、63%の人が支払いを支持した。

 

「悪貨が良貨を駆逐する」現象により、加入者が足踏み

きわめて透明性の高い仕組みで、加入者から歓迎をされ、また、コロナ禍による不安心理もあり、2020年8月に加入者1億人を突破した。

しかし、ここへきて、加入者の新増も多いが、同時に退会者の人数も増え、1億人を割り込む局面もあり、加入者1億人の大台を挟んで、足踏み状態が起きている。これは「悪貨が良貨を駆逐する」現象が起きているのではないかと専門家は見ている。

理由は単純で、分担金の上昇だ。2019年初めまでは分担金が0元の時も多かったのに、2019年後半に急上昇、現在は4元を超えるほどになっている。それでもじゅうぶん安いと言えるが、それでも健康にまったく不安がない人には不満が生じる。いったん退会して、体の不調を感じるようになってから再加入すればいいのではないかと考える人も出てくる。

一方で、元々健康に不安を持っている人は、多少分担金が高くなってもなかなか退会はしない。つまり、健康でリスクの小さな加入者が退会をし、不安がありリスクの高い加入者の割合が増えていくことになる。

これが続くと、どこかで分担金が急上昇する局面が現れることになり、分担金があがるたびにこの「悪貨が良貨を駆逐する」現象が強まっていくことになる。

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▲相互宝の毎月(月2回)の分担金の推移。分担金があがると、低リスクの人は退会し、高リスクの人が残り、より分担金が上昇するというスパイラル現象が始まると指摘されている。これをどう乗り越えるかが、ネット互助の定着の鍵になる。

 

傷害保険を導入して、足踏み状態を突破しようとする相互宝

2020年8月に、相互宝は4つ目のメニューとして「公共交通事故計画」を新設した。これは飛行機、鉄道、タクシーなどで交通事故に遭遇した場合の傷害を保障するものだ。最高で100万元(約1600万円)まで保障される。新たなメニューを追加することで、加入者の引き留めを図っている。健康に不安がない人で、疾病メニューから離脱をする人は、傷害メニューに切り替えてもらおうというものだ。

このわりかん保険(ネット互助)は、2011年に互保公社(現康愛公社)が登場したことに始まり、世界の中でも中国が先行をしている分野だ。1億人突破と、ひとつの商品としては未知の規模領域に突入している。

相互宝は3億人加入を目標としているが、そこに到達できるのか、それとも「悪貨が良貨を駆逐する」現象により停滞をすることになるのか注目されている。