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若者が今いちばん尊敬する起業家は、バイトダンス創業者の張一鳴。平常心が非常なことを成し遂げる

今、中国の若者から尊敬されている起業家は、バイトダンスの創業者、張一鳴だ。

張一鳴は、平常心を大切にし、ものごとに冷静に対処することで、バイトダンスを成長させてきた。創業9周年での社内の講演が再び、若者の間で読まれるようになっていると捜狐が報じた。

 

今人気なのは平常心を持つ静かな経営者

中国の景気が減速をしているだけでなく、尊敬される起業家の姿も変わってきている。これまでは、アリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)に代表される情熱的な経営者が多くの起業家からロールモデルとして尊敬を集めていた。しかし、今はバイトダンスの創業者、張一鳴(ジャン・イーミン)のような静かな経営者が尊敬を集めるようになっている。

張一鳴が大切にしているのは「平常心」。さらに推し進めて「私はロボットになりたい」とまで言ったことがある。目の前のことに一喜一憂することなく、常に平常心でものごとを進めていく。それでバイトダンスを世界でも有数のユニコーン企業に成長させた。

張一鳴の平常心とはどのようなものか。冷静でいて、厳しい競争を勝ち抜くためには何が必要なのか。2020年、バイトダンス創業9周年に張一鳴が行った講演「平常心が非常なことをする」(The ordinary mind, doing extraordinary things)が再び起業を目指す若者たちの間で拡散をし、読まれるようになっている。

▲張一鳴が最も大切にしている言葉。「平常心が非常なことを成し遂げる」。

 

地に足をつけ、目標を高く維持する

今日は「平常心」というテーマでお話をしたいと思います。ダイナミックに動く世界を前にして、私たちはしばしば不安を感じてしまいます。その不安は、未来への恐れと過去への後悔です。このような世界の変動に直面すると、私たちは不安を感じることに、多くのエネルギーと時間を浪費してしまいます。

バイトダンスのたくさんの社員の方々とコミュニケーションをとってきましたが、平常心を保っている人は、いつもリラックスして、心に歪みがなく、ものごとを精密に観察し、事実から真実を見極めようとし、忍耐強いのです。そういう人が何かを成し遂げることができます。今日の私のお話のテーマは、Remain Grounded, Keep Aiming Higher(地に足をつけ、目標を高く維持する)です。

▲バイトダンスの創業者、張一鳴。TikTokを世界中に流行させ、中国では「今日頭条」というニュースキュレーションサービスを成功させている。いずれもAIによるリコメンドの質が鍵になっているプロダクトだ。

 

平常心とはよく食べて、よく寝ること

平常心とは仏教の言葉で、百科事典の定義では「あらゆる状況、すべての行動において、偏りを持たないこと」です。心理学では「最善を尽くしたら流れに身を任せ、すべてを冷静に受け止める」という説明もあります。さらに、近い言葉としてLet It Be、Let It Goなどの言葉や、ネットでは「本質に着目し、事実から真実を導き出す」「不確実性を受け入れる」という説明もあります。

しかし、いちばん簡単な言い方をすれば「食べる時はよく食べ、寝る時はよく眠る」ということではないかと思います。

 

傑出した起業家も普通の人にすぎない

平常心について最も私が伝えたいのは、平常心で自分に向き合うということです。そして、私も含め、多くの人は普通の人であるということに気づくことです。

メディアは、スタートアップ企業や創業者のストーリーを報じる時、彼らはその物語を伝説にしようとしたり、登場人物が特異な人であるとして、物語を彩ろうとします。私もインタビューを受けた時に、ドラマチックなエピソードを教えて欲しいと言われたこともあります。私は、そのような要望には応えない場合がほとんどです。

なぜなら、ほとんどのことには理由があり、理に基づいているため、あえて説明をする必要もありませんし、格別珍しいことでもないからです。

 

過度な期待は行動を歪ませ、複雑にする

ビジネスが成長するにつれ、多くの人と知り合うようになりました。その中には非常に才能があると感じさせる方もたくさんいます。それでも、私の感覚では、知識や経験に多少の違いがあるだけで、人間的にはみな、身近で普通の人なのです。ひとつ言えるのは、素晴らしいことを成し遂げることができる人は、平常心を維持できる傾向があるということです。普通の心の状態を保ち、その瞬間瞬間の自分を受け入れ、自分をうまく扱うことで、ものごとをうまく進められるのです。

結果を気にしすぎると、ものごとはうまくいかなくなる可能性が高くなります。例えば、アーチェリーではマトの中心をねらいますが、10回すべて当てたいと考えるとなかなかうくプレーができません。仕事でも人生でも同じですが、過度な期待を抱くと行動が歪んでしまい、行動が複雑になってしまうのです。

例えば「取締役」というラベルは、その人を、単純な質問をするのを恥ずかしく思うようにさせたり、ごく普通のユーザーのように製品を深く体験することを妨げることになります。若輩者というラベルを貼られると、アイディアや提案をすることを思いとどませることになり、先輩たちに対する批判的意見もしなくなります。フロントエンドエンジニアというラベルを貼られると、機械学習の知識に目を向けなくなります。

私が酷訊(クーシュン、張一鳴が起業前に勤めていたオンライン予約サイト)にいた頃は、バックエンドエンジニアを務めていましたが、問題がある時はフロントエンドエンジニアの会議にも参加し、プロダクト企画にも参加し、営業活動にも参加をしました。自分のセットに縛られることはないと思いますし、この時の経験が私にとってとても役に立っています。

 

過去や未来にとらわれず、「今」を生きる

2年前、「開言英語」(オンライン英語学習サービス)で、「The Power of Now」という本のことを知りました。その中に、「すべての消極性は、心理時間の累積と現在の否定から生まれる」という言葉がありました。つまり、不安、焦り、緊張、圧力、憂慮といったものは未来に注目することから生まれます。後悔、残念、恨み、卑屈、悲しみ、苦渋といったものは過去に注目することから生まれます。

私自身の例を挙げたいと思います。私の生活は、特に規則正しくもなく規律を守っているわけでもありません。スマートフォンを見たり、音楽を聴いたり、ニュースを読んだり、抖音を見たりと気ままに過ごしています。世間で言われる伝説とはだいぶ違うのです。

抖音で面白いコンテンツを見つけて夢中になってしまい、やるべきことをやっていなかったことに気がつき、後悔をして夜中に仕事をすることもあります。それが遅く寝ることに繋がり、翌朝の重要な会議では寝不足で機嫌がすこぶる悪くなっていました。

The Power of Nowという本は、人々が未来のことを心配し、過去を後悔することに多くの時間を費やし、その一方で現在に注意を払わなくなり、何をすべきか、どう感じているかを考えなくなってしまいがちであることを警告しています。未来と過去に対して時間とエネルギーが消費され、最も重要な「今」に注意が払われていないのです。

 

「今」に集中することが最高の結果をもたらせてくれる

多くの企業では、年度初めなどに「会社の状況は非常にいい。今年はもっとよくなるだろう」と言います。しかし、ビジネスにはさまざまな状況があり、浮き沈みがあるのがあたりまえなのです。よく私はこう尋ねられます。「バイトダンスは昨年は100%成長をしましたが、今年も100%成長できますか?」。私はいつもこう答えます。「なぜバイトダンスが今年も100%成長しなければならないのですか?」。

もちろん、高い成長率を願っていますが、それで成長への不安、未来への不安に囚われてしまうのでは意味がありません。今、バイトダンスの成長速度は確かに非常に速いですが、過去の結果に酔いしれたり、過ちに悩まされたり、根拠のない期待を保つことはできません。状況をよく見て、ユーザーを理解し、冷静な判断をするために、目を見開いていることだけが、最高の結果をもたらしてくれるのです。

 

ライバルは最高の教師

バイトダンス内の事業チームが「この競争はいつ終わるのだろう?」と嘆いているのを何度も耳にしてきました。まず、競争を当たり前のこととして受け入れ、逃れようとしないでください。競争はいいことです。M&Aによってライバルを排除するのはいいことだと思いません。M&Aでライバルを排除し、どんどん気分がよくなり、怠慢になってだめになってしまった企業をいくつも見てきました。

ライバルは最高の教師です。競合他社は、製品やイノベーションマーケティング戦略など、学ぶ価値のある優れた方法を持っています。ライバルが、私たちに勝つために批判的な記事を公開したとしても、怒る必要はなく、注意深く読むべきです。80%は問題のある内容かもしれませんが、20%には私たちが吸収できる何かがあります。競合他社以外に、私たちの問題点を指摘してくれる人はそうそういません。

 

全力で立ち向かうのは怠惰の一形態にすぎない

競争で重要なのは、近道を取ろうとしてはいけないということです。優秀なビジネスマンにありがちなのが、オールイン戦術を取ろうとすることです。全勢力を一気に集中して、短期間で勝敗を決しようという考え方です。私は、気軽にオールイン戦術を取ろうとするチームには大きな問題があると感じています。なぜなら、オールイン戦略は怠惰の一形態にすぎないからです。「もう考えたくないから、全部を賭けて、競争を終わらせよう」と言っているように見えます。

 

メソッドに頼るのは思考のレバレッジにすぎない

ものごとを抽象化して、何らかのメソッドに頼るのも問題があります。私の経験ではこのようなメソッドというのはだいたい役に立ちません。ものごとを抽象化して考えるということは、思考にレバレッジを加えることに等しいのです。そのため、メソッド上での小さな誤りが、思考のレバレッジにより、現実には1000倍もの誤りとなって現れてしまいます。

これは「理性的な自惚れ」であり、人間のエゴから出てくるものです。人間の知識や理解には限界があり、しかも構造化されていない知識であるのに、それを抽象化された概念に当てはめることには無理があるのです。

議論をするときは、結論を急がないでください。「つまりこういうことだろう?」と安易に言わないでください。結論を出す時には、他の可能性を考え、常に心を開いておく必要があります。

 

専門用語を使うと誤ってしまう

また、抽象的で専門用語のような言葉の使用も避けるべきです。レコメンデーション、クロスターミナル、コンストラクション、コンテンツ生態系、クローズドループ、バリューチェーン。そのような言葉がバイトダンスの会議でも使われています。しかし、このような言葉は思考のレバレッジであり、メソッドと同じような問題を抱えています。実際、私たちの重要な決定の多くは、それほど複雑な言葉で記述する必要のないものです。重要な判断というものは、事実やユーザーの観察から出てくるもので、そこで必要なのは繊細な共感力と開かれた想像力です。

私たちバイトダンスの製品にも、直感に反するデザインが採用されていることがしばしばあります。自分のアイディアの優秀さを証明したいと思いすぎて、あるコンセプトに固執してしまい、プロダクトデザインを誤ってしまうのでしょうか。多くの場合、子どもたちは直感に反するデザインをすぐに見つけられるのに対して、経験のあるプロダクトマネージャーがなかなか見つけられないのはなぜでしょうか。

ショートムービーという概念を最初に世の中に出したのは私たちバイトダンスです。しかし、当初、都市部のユーザーにはあまり受け入れられませんでした。その原因を探る議論で、ある人は「都市のホワイトカラーは精神的な仕事が多く、写真やテキストで自分を表現する傾向があるからだ」と言いました。この推測は、当時、とてももっともらしく聞こえました。しかし、今では、これが事実でないことを私たちは知っています。

すべての結論が間違っていると言っているのではありません。ただ、私たちが知らないことがまだあるということを認めることが大切なのです。

▲ロッククライミングでは、「今」に集中しないと危険な状況になる。過去を後悔したり、未来を不安に思っている暇はない。

 

心の散漫がいちばん危険

フリーソロクライマーのアレックス・オノルドの話を聞いたことがあります。私が最も感銘を受けたのは、「心の散漫がいちばん危険だ」という話です。ロッククライミングの最中では、それまでのクライミングを振り返る暇はありません。また、次の一手を踏み出すことに恐れたりすることもできません。「今」という瞬間に集中しなければならないのです。

私もジョギングをすると2kmは何とか頑張れましたが、そこから先が走れません。なぜ走れないのかを考えてみると、これ以上走ることに対する疲労や身体への負担を心配したり、不快感を持ってしまうからです。そこで、今に集中をして、呼吸を整え、使わない筋肉をリラックスさせてみました。すると、その「今」を積み重ねていくだけで、3kmでも4kmでも走れるのです。水泳でも同じようなトレーニング法を取り入れました。元々は500mしか泳げなかったのに1kmも楽に泳げるようになりました。

仕事や生活にどんな困難があっても、それは心の外のことにすぎません。どんなに外部環境に波乱があっても、心の中は平常心を保つことが何より大切なのです。今日の私の共有すべきお話は以上です。