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香港、台湾、マカオに残る繁体字と看板文化。使われている書体はそれぞれに異なっている

中国大陸では薄れてしまった看板文化と繁体字。香港、台湾、マカオでは看板文化と繁体字が健在だ。しかし、よく使われるフォントは、それぞれに違いがある。フォントデザイナーであれば書体を見ただけでどこだかわかるほど違いがあると東方文化雑誌が報じた。

 

識字率20%という中で生まれた簡体字

中国の本土は、画数を簡便にした簡体字を使い、香港やマカオ、台湾といった地域では繁体字を使う。この違いは、歴史的な理由による。1949年に新中国が成立をしたが、当時の識字率は20%以下という低水準なものだった。ほとんどの人が、漢字を書くことも読むこともままならなかったのだ。新中国政府の大きな仕事が、この識字率をあげる教育を行うことだった。

しかし、歴史的な繁体字は書くのが非常に難しい。そこで、専門家が工夫をして、1956年「漢字簡化方案」を発表し、字画を簡略化した簡体字の使用が始まった。

一方で、香港は英国により租借をされ、マカオポルトガルに領有され、台湾は中華民国政権であったため、中国政府の主権が及ばず、簡体字が使われることなく、繁体字が使われ続けた。香港とマカオは中国に返還をされたが、漢字に関してはそれまでの習慣から繁体字が使われ続けている。

▲羊のしゃぶしゃぶで有名な北京の老字号「東来順飯庄」。1903年創業で、揮毫は当時有名だった書家・劉潤民氏に依頼をした。しかし、文化大革命で店名も「民族飯庄」に改名をさせられた。現在は、店名も看板も復刻されている。

 

繁体字圏で生き残った看板文化

これにより、香港、マカオ、台湾では繁体字が使われ続け、さらに看板文化が今でも残されている。繁体字の大きな看板が道路にまで迫り出しているという風景は、このような地域を象徴する顔になり、観光資源のひとつにもなっている。

しかも、香港、マカオ、台湾では、使われている繁体字の書体、看板のデザインがそれぞれに異なっている。

 

香港では、彫刻刀の跡が残る北魏楷書

香港の看板の代表的なフォントは「北魏楷書」だ。北魏楷書は、魏・晋・南北朝時代に流行した書体で、隷書と楷書の特徴を合わせて持っている。碑文や墓銘によく使われる書体だ。清の時代に、古い碑文などの研究が盛んになり、書家が当時の書体を研究し、改良をして、新たな書体を生み出した。これが北魏楷書で、碑文の書体を元にしているため、彫刻刀で刻んだような直線的で、字画の末端は鋭利であり、彫刻刀の動きが残る、古風な風格を残した書体になっている。

香港の書家である区建公氏(1971年没)が、香港の看板の北魏楷書の創始者ではないかと見られている。区建公氏は書法の学校を開きながら、多くの看板のデザインも行なった。50年代から60年代に、この区建公氏による看板が流行をし、多くの模倣者が登場したため、香港の看板書体のスタンダードになっていった。

香港の商店の多くは家族経営であり、親から子へ継いでいく。そのため、看板はその一族の商いを象徴するものとなり、多くの商家が大金を払ってでも、有名な書家に看板を揮毫してもらおうとし、代替わりする時も、デザインを変えずに子の世代に伝えようとする。これにより、香港は今でも伝統的な看板を使い続ける商店が多い。

▲香港の看板文化。彫刻刀で掘った跡が感じられる直線的な北魏楷書が多く使われる。

 

台湾では、丸みのある劉体楷書

台湾では、特に屋台で「劉体楷書」が使われる。太く丸みがあり、遠くから見ても読みやすいフォントで、台湾屋台の独特な風景を生み出している。劉体楷書は、1970年に台湾の書家・劉元祥氏が著した「商用字彙」から取られている。

当時、劉元祥氏は1件、10台湾ドルで看板の書体を書いていたが、自分の書体を広めるために「商用字彙」を出版した。楷書、隷書、行書などさまざまな書体が収録されたフォントスタイルブックだった。その「商用字彙」を見て、劉元祥氏に揮毫を依頼する人もいたが、屋台などでは、「商用字彙」から適当な書体を選んでコピーをして看板や幕を制作してしまうことも多かった。その中で、劉体楷書がよく使われるようになり、屋台で最もよく使われる書体になった。

また、台湾では、書家・于右任氏が揮毫した古風な看板も使われる。1950年代には最も有名な書家であったため、小籠包の「鼎泰豊」、「国軍英雄館」「台湾電力」

などが今でもこの書体を使っている。

▲台湾の夜市での看板文化。フォントスタイルブックである「商用字彙」から勝手にコピーをして看板(垂れ幕)が作成されることが多い。遠くからも目立つように丸みのある劉体楷書が使われることが多い。

▲台湾では書家・于右任氏が揮毫した看板も使われる。小籠包で有名な鼎泰豊のもの。鼎泰豊ではこの字から取った文字を店舗の看板にも使用している。

▲鼎泰豊の台北市信義店(本店)にも、この書家の字が企業ロゴとして使われている。

 

マカオでは、アレンジされた北魏楷書

マカオでは香港と同じく、北魏楷書がよく使われる。調味料で有名な「李錦記」の本店には、柱に北魏楷書を使った店名が書かれている。

マカオでは、書家・林栄耀氏が40年間にわたって800近い看板の揮毫をしている。香港の北魏楷書の系統だが、北魏真書のデザインも取り入れているため「マカオ楷書」と呼ばれている。香港の北魏楷書と比べると落ち着きがあり、おさまりのいい書体で、フォントデザイナーなどは、書体を見ただけでそこが香港であるかマカオであるかを見分けることができるほど、マカオの独特の顔になっている。

▲有名な調味料メーカー「李錦記」の柱を利用した看板。マカオでも、香港と同じ系統の北魏楷書が使われる。

マカオでも香港と同系統の北魏楷書が使われるが、微妙な違いがある。フォントデザイナーはマカオ、香港、台湾をフォントの形から見分けられるという。

 

大陸では看板文化が途絶えてしまった

一方、簡体字を取り入れた中国本土でも、商店の看板は著名な書家に揮毫をお願いし、書家は古い書体を現代的にアレンジをしてデザインをするということが行われていたが、文化大革命の時期に資本主義と封建主義が徹底否定をされたため、このような伝統文化の香りがするものは排除されていった。

老字号と呼ばれる老舗商店は、現代になってこのような伝統的な看板を復刻させているが、多くの商店では現代的な印刷書体を看板に使うようになっている。簡体字は合理性という点では優れたものだが、文化を継承する妨げとなってしまった。書体に関しては、繁体字圏で、その伝統が受け継がれている。