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1日14時間、365日。たった一人で中国語フォントをデザイン。中国語フォントに革命を起こしたフォントデザイナー

フォントデザイナーの葉天宇さんは、たった1人で中国語フォントセットを完成させ、これを淘宝網ダウンロード販売することで、中国語フォントの世界に新風を送り込んだと新週刊が報じた。

 

漢字文化圏にとって大きな負担となるフォントデザイン

日本と中国にとって、IT分野で障害となるのが文字数の多さだ。日本語の場合JIS第1水準+第2水準という常用される文字で約6300文字が必要となる。中国の場合、常用簡体字が6763文字だが、現実には繁体字や人名漢字も必要となるため、1万文字程度が必要となる。

バイスはこれだけの文字数を扱わなければならない。コンピューターが登場した黎明期にはこれが大きな障害となった。現在では演算能力が上がり、文字を扱うことは大きな負担ではなくなっている。しかし、フォントをデザインしなければならないという問題が残っている。

フォントのデザインは作家性の高い仕事で、基本的な要素が含まれている文字は多くの場合、1人のデザイナーがデザインをする。基本文字ができあがったら、チームで分業をして文字をつくっていくが、主任デザイナーはすべての文字についてチェックをし、修正を指示する必要がある。負担の大きな仕事だ。

▲フォントデザインスタジオ「喜鵲造字」を主催する葉天宇さん。たった1人でフォントセットを完成させたことで注目されたフォントデザイナーだ。

 

1人で手書きでフォントセットをデザイン

中国の場合は、日本よりも文字数が多いため、フォントデザイナーの負担が大きいが、この中国語フォントをたった1人で、しかも基本デザインは手書きでやり抜いた人がいる。葉天宇(イエ・ティエンユー)さんで、現在フォントデザインスタジオ「喜鵲造字」を率いている。

葉天宇さんは、2013年に中国伝媒大学のニューメディアデザイン科を卒業した90后(90年代生まれ)のデザイナー。当時はゲーム、アプリなどを開発企業が大量に起業するインターネットブームの時代であったので、デジタルデザインができる人材は就職に困らなかった。葉天宇さんもあるテック企業に就職し、デザイナーとして活躍をしていた。

しかし、葉天宇さんは次第にデジタルデザインの仕事に疑問を持つようになる。ウェブのデザインをしても広告のデザインをしても、それは用が済めば世の中から消えてしまう。自分の生み出した作品が消えてしまうことに虚しさを感じるようになってしまった。

▲葉天宇さんの最初のフォント「招牌体」。招牌とは看板のこと。いわゆる中国風の看板書体だ。古書などから伝統的な看板文字の特徴を抽出してデザインをした。

▲招牌体には英文字も含まれている。英文字も中国看板文字の要素が取り入れられ、併用しても違和感がないようになっている。

 

中国風デザインにこだわり続けた

大学時代の葉天宇さんは、永遠に残る可能性のある作品を生み出していた。同級生の多くが、北欧デザイン、バウハウス、日本風デザインに夢中になる中、葉天宇さんは中華風デザインにこだわり続けた。北京市の常設の骨董市である潘家園に通い古い美術書を収集し、インターネットで古い時代のポスターを収集し、漢字のデザインの分析をしていった。

卒業制作の時は、指導教官の勧めで、フォントをデザインして、中国語フォントのコンテストである方正奨(https://ztds.foundertype.com)に出品し、三等賞を受賞した経験があった。

卒業して仕事をするようになって、潘家園にいくこともなくなったが、仕事に疑問を持った葉天宇さんは久しぶりに潘家園に行ってみると、自分の中で生命の息吹が湧き上がってくるのを感じた。

そして、仕事が終わって帰宅をすると、古い時代の美術書や雑誌、新聞、絵本などの文字を模写するようになった。趣味としてフォントデザインをするうちに、これを仕事にしたいと思ようになっていった。

北京市にある常設の骨董市「潘家園」。葉天宇さんはここに通い詰め、古書や美術書などを買い集め、中国の文字の伝統的な要素とは何なのかを追求していった。

 

1日14時間365日で1つのフォントセットが完成する

しかし、フォントデザインを1人で行うのは現実的とは言えない。葉天宇さんは手書きをすると、1時間で2文字をデザインするのが精一杯だった。これを1日14時間、365日続けて、ようやく1セットの中国語文字フォントができあがる。

そこで、葉天宇さんはこう決断した。仕事を辞めて、1年間で1セットのフォントをつくってみよう。1年間だけ没頭する生活を送って、そのフォントが評価されて次のフォントがデザインできる環境が得られればそれでよし。もし、できなければフォントは趣味として、デザインの仕事を探そう。葉天宇さんはこの1年に自分の人生を賭けた。

しかし、親は当然ながら大反対だった。「文字をつくって食べていけるの?仕事を辞めて食堂を開きたいというのなら応援するけど」と言われた。そこで、2015年7月、葉天宇さんは仕事を辞め、親にはまだ勤めているふりをして、毎朝、家を出て、大学の自習室に行き、そこでフォントのデザインをした。

▲葉天宇さんは手書きでフォントのデザインをする。頑張っても1時間で2文字を完成させるのが限界だ。これを1日14時間行い、28文字を完成させる。

▲直線の多いフォントの場合も手書きでフォントデザインをする。デジタルツールを使うことに比べ、圧倒的に効率は悪いが、納得のいくデザインをするには手書きでやるしかないという。

 

旧態依然としたフォント市場

基本の文字ができあがった2016年、葉天宇さんは製作中のフォントを方正奨に出品をした。これが入賞をし、国家大劇院の展覧会にも展示されることになった。チケットを父親に送り、展覧会を見てもらった。これで父親が理解を示すようになり、2017年に「招牌体」と「楽敦体」の2つのフォントが完成をした。

しかし、葉天宇さんはこの時蓄えがまったくなくなっていた。友人と久しぶりに会って食事に行く時も、こっそりとシェアリング自転車の会員を解約してデポジットを戻してもらわなければ食事にも行けないほどだった。

この2つのフォントを売ってお金に変えなければならない。しかし、フォント市場には大きな問題があった。

ひとつは、あまりにも専門的な分野になっており、普通のデザイナーがネットなどでフォントを手軽に購入する手段が存在しないことだった。フォント企業と契約を結ぶなど煩わしい手続きが必要になる。そこで、多くのデザイナーが違法コピーのフォントを使ってしまう。

もうひとつの問題はフォントはごく一部の企業により独占されており、使用料が非常に高価であるということだった。フォントを販売している企業には、方正、漢儀、華康などがあったが、多くのフォントは1年間の使用料が1万元から2万元もする。

これが違法コピーフォントを蔓延させることになり、権利侵害の裁判も頻発している。2020年になっても、メディアの華夏日報が、許諾を得ていないフォント14文字を使っていることが発覚をし、14万元の賠償を支払う判決が出ている。華夏日報が悪意で権利侵害をしたのではなく、デザイナーの世界に違法コピーフォントが蔓延をし、日常的に使っているため、チェック漏れが起きたものだと思われる。

このような問題を考え、葉天宇さんは淘宝網タオバオ)に出店をし、99元を支払えば、永久に利用ができる売り切りフォントとして販売を始めた。

▲葉天宇さんの2作品目「楽敦体」。いわゆるポップな書体だが、中国の80年代、90年代を感じさせるレトロさもある。この時代は、中国が経済成長を始めた夢のある時代であるために、懐かしく感じる人が多い。

 

99元で買い切りの形でダウンロード販売

これが非常に歓迎された。デザイナーたちは違法コピーフォントを使いたくて使っているわけではない。試しに使ってみたいと思っても、使用の手続きが複雑で、使用料もかかる。そのため、デザインを試行錯誤するときには違法コピーフォントを使い、さまざまなデザインを試してみる。そして、デザインが完成すると、使用しているフォントの使用許諾を得るというやり方をする。

しかし、忙しい日常の仕事の中で、この手続きに漏れが出て、許諾を得ていないまま作品が世に出てしまい、裁判沙汰になることが起きてしまう。しかし、葉天宇さんのフォントであれば99元なので、デザインを検討するときに使うのであっても購入できる。しかも、タオバオでお金を払ってダウンロードするだけでいいのだ。

▲葉天宇さんは中国の伝統的な建築、美術からもフォントデザインのヒントを見出す。伝統建築のひさしの角度から、「広」という文字のバランスの参考にしている。

 

弟子入り経験もなく独学の注目フォントデザイナー

葉天宇さんはこの2つのフォントが売れたため、フォントデザインスタジオ「喜鵲造字」を開き、現在17種類のフォントを販売している。さらに、映画のポスター、企業ロゴ、書籍などのフォントデザインを頼まれることも増え、フォントデザイナーとして活躍をしている。

葉天宇さんは今40歳。フォントデザイナーとしては若く、弟子入りをした経験もない。大学で基礎的なことは学んだとは言え、ほぼ独学でフォントデザイナーとなり、起業をし、フォントデザイナーとして評価をされている。1人で学び、1人でデザインし、1人で販売ができたのは、インターネットという仕組みがあったからだ。葉天宇さんの喜鵲造字のフォント環境を大きく変えようとしている。

 

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