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広がるバーチャルアバターによるライブコマース。コストは人間並でも24時間配信が可能になる

バーチャルアバターによるライブコマースが広がっている。人間のMCの外観、音声、しぐさなどを学習し、人間そっくりのバーチャルアバターが人気だ。昼間は人間が、深夜はバーチャルアバターが担当することで、ライブコマースの24時間運営が可能になっていると運営研究社が報じた。

 

ライブコマースはもはや日常の購入チャンネル

ライブコマースのMC(司会者)をバーチャルアバターに置き換えるバーチャルアバター関連企業が、2022年には948社となり、2021年の564社から急増をしている。

現在、中国の多くの小売系企業がライブコマースを行なっている。MCが出演し、商品を紹介し、ライブ配信で販売するというもので、「抖音」(ドウイン)、「快手」(クワイショウ)、「微信視頻号」(WeChatチャネルズ)、「淘宝網」(タオバオ)などで行われている他、多くのECが対応をするようになっている。

ライブコマースの消費者にとってのメリットは3つある。ひとつは各社とも消費者を惹きつけるために、思い切ったタイムセールを行うため、通常の販売チャンネルではあり得ないお買い得価格で買えるということ。2つ目は、ライブ配信であるために、チャットを使ってダイレクトに商品についての質問ができること。3つ目は、商品について詳しく知ることができるということだ。例えば、洋服であれば、チャットで「裏地を見せてください」と投げかけることができ、MCがそれに応じて裏地を見せてくれるなど、現実の商店に近い感覚で、買い物をすることができる。

▲@1号職場のライブコマース。MCの女性はバーチャルアバター。実際に出演している人間のMCの外観、しぐさ、音声などを学習し、入力された脚本に基づいてライブコマースの司会をする。「人間ではない」という違和感は感じるが、24時間、いつでもライブコマースを配信できるというのがメリット。

 

意外にコストのかかるライブコマース運営

しかし、問題はMCが人間であるということだ。人間である以上、疲れるため、24時間ライブコマースを続けるなどということはできない。準備もあるため、1人のMCで1日4時間程度が限界だと言われている。

深夜帯を除いた朝から夜までの16時間程度のライブコマースを毎日配信したいと考える企業は、6人から8人程度のMCを用意する必要がある。ライブコマースのMCの報酬は最低でも月2万元という相場感であるため、8人のMCを揃えると、月16万元、年では192万元(約3900万円)ということになる。さらには、ライブコマースを運営するスタッフも必要であるため、本格的にやろうとするとライブコマースは意外にコストがかかる。

この運営コストの問題で、バーチャルアバターが注目をされている。

▲2022年に抖音でブレイクした「柳夜熙」。モーションキャプチャーを使ったバーチャルアバターによるドラマ。このヒットから、ライブコマースでもバーチャルアバターを使うことが広がった。

 

バーチャルアバターの3つの考え方

バーチャルアバターには3種類の考え方がある。ひとつはCGで作ったアバターだ。CGアバターであれば、2Dだけでなく、3Dでも可能になる。話す内容は、あらかじめ設定した脚本に基づいて合成音声で話をする。アバターのしぐさに関してはあらかじめプログラミングされた動きを適宜適用する。ただし、消費者から見ると、人間ではないということがすぐにわかるため、企業のキャラクターなどであればともかく、魅力には欠ける。

2つ目は、2Dにはなるが、リアルな人を撮影し、リアルな人のバーチャルアバターを使うというものだ。脚本に基づいて話し、設定されたしぐさをするのは同じだが、消費者は本物の人間と区別がつかなくなる。現状では不自然な会話の流れ、不自然なしぐさが残っており、バーチャルであることがわかるが、改善をされていけば見分けがつかなくなる。

3つ目は、そのライブコマースの人間のMCを撮影、学習し、そのMCの合成音声、しぐさをするバーチャルアバターを制作する。この技術が洗練されていくと、人間のMCとの区別がつかなくなる。

このようなバーチャルアバターは、現在最も需要があるのはライブコマースだが、ニュースメディアなどでも需要があり、さらには将来的にはエンターテイメント分野でも使われることになる。

▲バーチャルアバター制作会社のライブコマース。当然ならが、バーチャルアバターによるライブコマースが行われている。数秒見ると、人間ではないということがわかるが、最初の数秒は区別がつかないところまできている。

24時間ライブコマースが可能に

運営研究社では、バーチャルアバターを導入した「@1号職場」に取材をした。@1号職場は、人材派遣会社で、求職者がライブコマースを見て、派遣登録をするという仕組みを構築している。求職者は、職種と報酬だけで仕事を選ぶわけではなく、特に近年の若年層は職場の雰囲気なども気にする。ライブコマースでは、実際の職場のスタッフに出演してもらうなど、そういう機微な情報まで伝える工夫が可能になる。

@1号職場は朝6時から夜10時まで人によるライブコマースを行なっていたが、休止時間帯の夜10時から朝6時までの8時間をバーチャルアバターによる配信を始めた。この8時間で、平均して3万人程度が視聴をしているという。

 

精密なバーチャルアバターもコストは人間並

このようなバーチャルアバターSNS「小紅書」(シャオホンシュー)でも販売されていて、最も安いものでは299元(約6000円)というものまである。もちろん、品質は粗雑なもので、個人ブロガーがお遊びで使うのであればともかく、企業のライブコマースで使うのには無理がある。専門に委託開発をしてくれる企業にバーチャルアバターの開発を依頼した場合、月額で1体2500元から3500元程度、一年パッケージで5980元から9980元という価格設定をしているところがほとんどになる。

企業のリアルなMCの外観や声、しぐさなどを取り込んで、MCそっくりのバーチャルアバターを制作してもらうには、制作費や改善費用として、年に2万元から3.5万元が必要になる。つまり、精緻なバーチャルアバターを使おうとすると、人間と同程度か、それ以上のコストがかかることになる。

SNS「小紅書」では、バーチャルアバターの制作販売が盛んに行われている。トレンドは、実際の人間の外観や音声などを学習し、人間のMCそっくりのバーチャルアバターを制作することだ。

 

24時間ライブコマースが常識の時代に

しかし、それでもバーチャルアバターを利用するのには、さまざまなメリットがあるからだ。

ひとつは一人のMCが24時間ライブ配信できるようになることだ。MCは、ライブコマースの顔となっているため、視聴者はMCを見て、視聴を続けるかどうかを決めるようになってきている。人気のMCが、いつでもライブコマースをしているというのは、視聴数の獲得、さらには販売量に大きな影響をもたらすことになる。また、そこまで人気を獲得しているMCの場合は、出演料、販売数に応じた手数料も莫大になっているため、バーチャルアバターのコストが増えても、全体ではコストを大きく下げることができる。

 

脚本は対話型AIを活用して制作

2つ目は、運営コストが大きく下げられる。以前は、バーチャルアバターが話す脚本は人間が書いていた。2時間の脚本を書くのに、1日あるいは数日かかるのが一般的だった。しかし、現在は、対話型AIを使って生成し、1時間以内に生成をして、校正をしてテキストデータとしてバーチャルアバターに入力することが可能になっている。さらに、人間のMCが話した内容を対話型AIに学習させることも行われるようになっていて、人間のMCと変わらない話術を再現できるようになっている。また、人間のMCも脚本を自分で書くのではなく、対話型AIを活用することは常識になっている。人間とバーチャルアバターの話術はどんどん収斂をして、視聴者からは区別がつかないものになりつつある。

 

機械は間違えない

@1号職場では、リアルなMCとバーチャルアバターの違いはまだあるという。バーチャルアバターは人間のようなユーモアに欠け、視聴者に親しみを感じさせる点ではまだ課題があるという。一方で、人間のMCは言い間違いをしたり、不明瞭な発音をして、視聴者にうまく伝わらないことがどうしても出てくるが、バーチャルアバターの場合、それがないというメリットがある。特に、@1号職場は、求職者に仕事を紹介するライブコマースであるため、言い間違いや不明瞭な発音はない方が望ましい。特に採用条件や待遇などでの誤解があると、後に問題になるリスクもあるため、バーチャルアバターではそのようなリスクも低減できる。

 

視聴者からの質問にもリアルタイムで回答

バーチャルアバターは、視聴者からのチャットによる質問に答えられないという問題があった。そのため、以前は、背後に担当スタッフが控えていて、視聴者からの質問があると、回答のテキストを作成し、バーチャルアバターに入力をするという作業が必要になっていた。

しかし、これも対話型AIを活用することで解決されようとしている。あらかじめ、想定質問とそれに対する回答を学習させておき、対話型AIに回答を生成させる。それを人間のスタッフがチェックをして、バーチャルアバターに入力するということが可能になった。@1号職場では、人間のスタッフが修正を加えることはほぼなくなっているという。

 

新規視聴者を獲得する目的には向かない

バーチャルアバターを活用している企業からは、視聴者数が増えないという不満の声もあがっている。しかし、@1号職場はその不満はバーチャルアバターに対する誤った期待ではないかという。視聴者が、わざわざ「バーチャルアバターだからライブコマースを見たい」と考えることはない。深夜帯などであっても、ライブコマースを見たい時に見られることにメリットを感じて見ている。バーチャルアバターを活用することで24時間ライブコマース配信を行い、「あの企業はいつでもライブコマースをやっている」という印象を広げることで、ライブコマース全体の視聴者数が増えていく。そういう活用の仕方が向いていると感じているという。

昨年ぐらいまではバーチャルアバターは、見ていて大きな違和感があり、長時間見るのには向かないものだった。しかし、対話型AIが活用されるようになって、人間のMCのような魅力は感じることはできなくても、買い物をするのにはじゅうぶんな機能を持つようになっている。2023年は、24時間ライブコマースの元年になる可能性が出てきている。