今年2023年1月7日に、アントグループが株主構成の変更を発表した。その眼目はジャック・マーの議決権が53%から6%に減らされるというものだ。アリペイ運営会社の支配者の座を追われたことになる。この変更が政府の介入により行われたため、西側メディアは中国政府の横暴ぶりを批判的に報じている。しかし、この背後には合理的な理由があったと老諭商業が報じた。
ジャック・マーの議決権が53.46%から6.208%に
今年2023年1月7日に、螞蟻集団(アントグループ)が、株主構成を大きく変える発表を行なった。それによると、それまで議決権の53.46%を握っていたアリババの創業者、馬雲(マー・ユイン、ジャック・マー)の議決権割合が6.208%になるという内容だ。以前は、ジャック・マーはアントグループの議決権の過半数を握っていたため、単独で重要事項を決定することができていた。しかし、それが6.208%に減らされてしまうということは一株主に過ぎず、単独では経営判断ができないことになる。
共産党政府はアントグループを解体しようとしているのか
このような大掛かりな株主構成の変更が行われることは、普通の株式会社では滅多にないことだ。また、ジャック・マーの減った分の株式はいったいどこに行ってしまったのだろうか。政府にただ取りされてしまったのだろうか。このようなことが、政府主導で行われるなどということは、自由主義社会ではあり得ない、想像もできないことだ。
この一件を受けて、ウォールストリートジャーナルの社説ではこう書いている。
「中国の規制当局は、アリババ傘下のアント・グループが築いた巨大なフィンテック(ITを活用した金融サービス)の帝国を事実上解体しようとしている。これは投資家にとっての教訓だ。アントの解体は、中国国内企業の生死が共産党の思惑次第だという現実を改めて気付かせてくれた」(https://jp.wsj.com/articles/SB10630137526570893697904587200250766804684)
この見方は正しいのだろうか。アリペイを運営するアントグループを中国政府はつぶそうとしているのだろうか。
元々はEC内通貨であったアリペイ
スマホ決済「アリペイ」は、元々、アリババのEC「淘宝網」(タオバオ)内で利用できるポイント通貨だった。タオバオは、B/CtoC型ECという一般的なECとフリーマーケットサービス的な両面の性格を持っているため、個人でも気軽に出品をすることができる。
しかし、中にはまがい物を出品したり、購入しても出荷しないなどの悪質な販売業者もまぎれこむことになった。そこで、アリババはポイント通貨を用意し、購入する時はこのポイント通貨を購入して、それで商品を買うことを推奨した。ポイント通貨を商品代金として受け取った販売業者は、アリババにポイント通貨を送ると、現金が銀行振込されてくる。万が一、取引に問題が起きた場合は、アリババは調査を行い、問題のある販売業者の現金化依頼を拒否してしまう。そして、購入者にポイント通貨を戻す。これで、タオバオは安心して購入できるECとなり、利用者が広がった。
このポイント通貨は、当初「支付保」(支払い保証の意味)と呼ばれたが、後に、保と同じ音である「宝」という字を使って、「支付宝」(ジーフーバオ、アリペイ)に改名された。
アリババは決済事業者の免許が取得できない
アリババは2012年に、このアリペイを街中の決済にも使えるように拡大をしようとした。しかし、そのためには、政府から決済事業者の免許を取得する必要がある。ここで問題が発生をした。
どの国でも、インフラを運営する企業に対しては外資規制を設けている。インフラ企業が外国人株主の手に渡ってしまうと、安全保障上の問題が発生するからだ。日本でも、マスメディアや公共交通、エネルギー関連の企業には、外国人株主の割合を一定以下に抑えるようにする外資規制がある。
中国の決済事業者の場合、100%内資である必要があった。ところが、当時のアリババの大株主は、ソフトバンクと米ヤフーであり、外資が入っている。このため、アリババには決済事業者の免許は下りない。
アリペイ部門を分離して、決済事業者免許を取得
そこで、アリババは、アリペイ部門を分離して、アリババとは資本関係のない企業にする必要があった。そこで生まれたアイディアが「ジャック・マー個人が所有する会社にする」というものだった。ジャック・マーは中国人であるために、新会社は内資100%の会社になる。そして、この新会社は、アリペイの技術とブランドの使用料を毎年、アリババに対して支払う。これで子会社同然でありながら、アリババとは直接資本関係がないことになり、決済事業者の免許が取得できるようになった。
これが2013年3月に成立した「小微金融服務」で、この会社が後に「螞蟻金服」(アントフィナンシャル)に改名し、さらに「螞蟻集団」(アントグループ)になっていく。
こうして、アリペイは対面決済に乗り出し、中国の金融を変えていく原動力になった。
不安定な株主構成のまま上場を目指したアント
しかし、アントグループは実質的にはアリババの子会社同然であり、どちらも支配をしているのはジャック・マーという同じ人であり、アントグループは間接的に外資の影響下にある。また、一人の個人が議決権の半分以上を持つという状態は、株式会社としては好ましくない。
例えば、ジャック・マーが外国人に持ち株を譲渡した場合、アントグループは容易に外資系企業になってしまう。その場合、決済事業者の免許は取り消されることになるが、それはアリペイがある日突然使えなくなるということで、金融市場を混乱させることになる。
その曖昧な不安定な状態の中で、アントグループは悲願とも言える上場を上海と香港に対して申請をした。
さらに大きなデジタル人民元の発行免許
さらに大きな問題がデジタル人民元の発行権だ。デジタル人民元は、中央銀行である人民銀行が管理をするが、発行は認可をした銀行が、準備金を人民銀行に積むことで、各銀行が発行をすることができるようになる。アントグループは、子会社の網商銀行を通じて、このデジタル人民元の発行銀行の認可申請も行なっている。
株式会社の統治として問題のあるアントグループにデジタル人民元の発行権を与えてもだいじょうぶなのか。そのアントグループが上場をするということは、株式が売買されるということで、海外株主に買収されるリスクも生まれる。
2020年11月、12月に金融監督部門はアントグループとの面談を行なった。そして、4月にも面談が行われ、アントグループの株主構成を変えて、株式を公開して外国人株主が入ってきても、デジタル人民元の発行に影響がなく、当局がデジタル人民元発行の監督ができる体制づくりが模索された。
問題となった一致行動協議
この時点での、アントグループの株主構成は、一般的な株式会社とは大きく違っていた。「雲鉑投資」という投資会社(ジャック・マーの投資会社)が、別の投資会社を通じて、アントグループの株式の31.04%と22.42%の合計53.46%を保有している。過半数を超えているため、雲鉑投資は単独でアントグループの決裁が可能になる。実質的な支配をしている。
しかし、ジャック・マーは雲鉑投資の株式の34%しか所有していないため、ジャック・マーは単独で決裁をすることはできない。
その他の3人の株主は、いずれもアリババの幹部だ。そこで、この4人の間で、「一致行動協議」という約束を交わしている。それは「いずれの株主も、最も議決権割合の多い株主が決定したことに従い、行動をともにする」という約束だ。ここでは、ジャック・マーの議決権割合が最も多いため、結局はジャック・マーが単独で決裁ができることになる。
そして、雲鉑投資はアントグループの株式の53.46%を持っているため、単独で決裁ができる。つまりは、ジャック・マー個人がアントグループの重要事項を単独で決裁できることになる。
株式会社として問題のあるジャック・マーの投資会社
しかし、これは上場企業、デジタル人民元発行機関としては問題がある。
ひとつは上場をしたら、ジャック・マーの株式が外国人株主に譲渡されてしまうリスクがある。アントグループは、雲鉑投資の株式のわずか34%を取得するだけで、支配されてしまうことになるのだ。これは乗っ取りを企む人からすれば非常に美味しい状況で、アントグループは、敵対的買収に非常に脆い構造になっている。
もうひとつは、一致行動協議などというおかしな仕組みがあるために、株式会社の最大の利点である株主間の相互監視、相互牽制が働かないということだ。過半数を超える株主がいない株式会社の場合、株主がなにかを決めようとすると、別の株主と連帯をする必要があり、そこで公平で民主的な意思決定が担保される。しかし、雲鉑投資ではジャック・マーが一人ですべてを決めることができてしまう。
そこで、監督部門とアントグループは協議をして、株主構成の変更を行うことにした。
アントグループは再び上場を目指している
変更の最大のポイントは、問題の一致行動協議を取り消すことだ。そして、新たな投資会社を入れ、株主もアリババ幹部からアントグループ幹部に入れ替えられた。
増資も行い、株式交換をしたため、ジャック・マーの所有株自体は減っていない。
しかし、議決権は、一致行動協議がなくなったため大きく下がり、31.04%×20%=6.208%となる。ジャック・マー1人で決裁をすることはできず、何かを決めたい時は、他の株主と連帯をする必要がある。
これで、アントグループは、株式会社として開かれた企業になった。これにより、上場が可能になり、アントグループ傘下の網商銀行にデジタル人民元の発行権も与えられた。これでアリペイもデジタル人民元に対応する道が開けた。
一連の動きに、「中国国内企業の生死が共産党の思惑次第だという現実」などどこにもない。むしろ、デジタル人民元の普及が加速をすることになる。中国政府は、人民元を国際取引通貨として広める政策を進めようとしている。その前提として、国内のデジタル人民元の体制を整備しただけの話だ。アントグループは、体制が固まったことで、再び、上場の準備を進めている。