中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

中国の半導体が、西部内陸部で製造される理由。その中心にあるのは甘粛省

中国の半導体工場は、甘粛省西安成都など西部内陸部に集中をしている。土地や電気のコストが安いということもあるが、西部に集中するのには歴史的な理由もあったと華商韜略が報じた。

 

1人GDPが全国最低の甘粛省

中国というと、東部の沿岸部の大都市が思い浮かび、なかなか西部の方にまでは意識がいかない。甘粛省は中国西部の省で、シルクロードが栄えていた時代は、交通の要所として栄えた場所だ。河西回廊が交通の要所となっていて、チベット高原ゴビ砂漠を抜けて、西域に至る重要拠点だった。しかし、近代になってシルクロードの重要度が失われるとともに甘粛省は寂れ、莫高窟の観光資源ぐらいしかない地域になっていた。2021年、甘粛省GDPは1兆元を突破したが、それでも中国第29位、1人あたりのGPDでは、全国最低となっている。

甘粛省は中国西部の産業が未発達な省。1人あたりのGDPでは中国でいちばん低い。しかし、半導体産業の規模は中国で2位となっている。

 

半導体生産が盛んな甘粛省

しかし、この甘粛省が中国の半導体生産を支えている。甘粛省半導体生産量は2021年で643億個となり、中国では江蘇省に続いて、第2の省となっている。なぜ、1人あたりのGDPが中国で最低の取り残された地域である甘粛省半導体が生産されているのか。これには長い歴史があった。

1969年、米国がアポロ11号で、人類が初めて月面に降り立つという快挙を成し遂げた。アポロ計画の技術上の大きなポイントは、LSI(大規模集積回路)を多用し、デジタル計算により、宇宙船などを制御したことだ。と言っても、今日のコンピューターから見れば初歩的なもので、現在の科学計算電卓よりも計算能力は低かったとも言われる。この頃、米国と中国のデジタル技術に大きな差はなかった。中国としてはロケットやミサイルという軍事技術もデジタル制御されることは必須であるとみて、LSI技術の確立に積極的に動いていた。

その使命を担った第4機械工業部は、各地に半導体工場を設立していったが、そのうちのいくつかを甘粛省に移設することになった。なぜなら、甘粛省には酒泉衛星発射センターがあり、当時は東風センターと呼ばれ、弾道ミサイルの発射実験が行われていた。そのため、LSIを供給する工場がそばに必要だったからだ。

こうして、甘粛省秦安に749工場(後に永紅器材)、871工場(後に天光集成電路)が設立された。

米国のシリコンバレーも、サニーベール市にあるモフェット海軍飛行場で、秘密プロジェクト「ポラリス」(潜水艦から短距離核弾頭ミサイルを発射する)を担当したロッキード社が開発チームを移転させ、それにともないさまざまな工学系企業が集まってきたのが、その始まりとなっている。米国も中国も軍事がテクノロジー産業のメッカを生んでいる。

▲中国の半導体生産は、上海市に近い江蘇省がトップだが、2位は西部のあまり開けていない甘粛省だ。

甘粛省には酒泉衛星発射センターがあった。このため、半導体企業が周辺に集まることになった。

 

IC封入に生き残りをかけた国営工場

この2つは国営企業であったため、生産性は悪く、改革開放の時代になると、国営企業の多くが破産をした。しかし、永紅器材は生き残りを図った。自分たちの技術を生かして、IC封入と検査の事業に特化をした。半導体は円形のシリコンウェハー上に写真印刷の技術を用いて回路を印刷し、1つのウェハーに大量の半導体をつくる。このウェハーを切り出し、半導体を1つ1つに分け、金属線を取り付けて、樹脂カバーを取り付け、最終検査を行うのがIC封入工程だ。つまり、半導体の後工程、仕上げ工程を担当する。

これにより、永紅器材は秦安から天水に移転をし、組織改変を行い、華天科技と改称した。2007年には深圳証券取引所に上場をし、中国でも第2位、世界でも第7位のIC封入業者となっている。華天科技は、現在、甘粛省のGPDの1/6を生み出している。

▲華天科技の工場内。自動化が進んでいるため、人の姿は少ない。

半導体産業では台湾に遅れをとった中国だが、猛烈に追い上げている。IC封入ではJCET、華天科技が世界のトップ10に食い込んできた。

 

サムスン西安半導体工場を建設

甘粛省だけでなく、陝西省西安市にもサムスン半導体工場がある。世界で生産されるフラッシュメモリーの15%以上を生産し、世界で最大のフラッシュメモリー生産工場となっている。

サムスンは中国に半導体工場を建設する上で、さまざま地域を調査し、最終候補に残ったのが、西安重慶だった。サムスンの内部では候補地をスコア化し、重慶が95.5点、西安が75.0点だったという。ほぼ重慶に決まりかけていたが、四川大地震の被害を重慶も受けたことから、最終的に西安が選ばれたという。当時、サムスンの海外投資案件としては最大のものになった。

サムスンは、世界最大のフラッシュメモリー工場を西安市で稼働させている。


インテル成都市でIC封入工場を稼働

中国西部には西安半導体工場があり、甘粛省にIC封入工場がある。あとは単結晶シリコンの生産工場があれば、中国西部に半導体生産の上流から下流までがそろうことになる。隆基緑能(ロンジーグリーンエナジー)は、単結晶シリコンの生産工場を寧夏回族自治区の銀川市に建設した。

四川省成都市には、インテルインテルとしては最大のIC封入工場を建設した。これにより、半導体関連の国内企業、海外企業が成都市に拠点を置くようになり、成都市政府もシリコンウェハー生産とICの設計の2つの領域で企業を育てる政策を進めている。

インテルインテル最大のIC封入工場を成都市に建設した。

 

土地と電気が安い中国西部が半導体生産のメッカに

これにより、中国西部の半導体生産体制が整っていった。中国西部は高原と砂漠ばかりだが、高速道路と中国版新幹線「高鉄」が整備をされたため、交通の便の悪さは大きな問題ではなくなっている。一方で、土地の使用料は安く、水力、太陽光、風力などのエネルギー資源が豊富にあるため、電気代が非常に安い。このようなことから、中国西部が半導体生産のメッカになろうとしている。地方政府も、産業の少ない中国西部の経済を活性化する決め手として半導体関連企業を積極的に誘致をしている。

半導体の最先端技術を追求する点では、中国は台湾や韓国に大きく遅れをとっている。しかし、米中貿易摩擦に端を発したデカップリング政策で、ファーウェイの最先端SoCのKirinが製造できなくなるど、中国は半導体最先端技術のキャッチアップにも本腰を入れ始めている。この数年で、中国の半導体産業が飛躍的に成長するのはほぼ確実だが、その中心地は上海や北京という東部沿岸部ではなく、西部内陸部になりそうだ。