中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

EVのバッテリー発火事故はガソリン車の2倍以上。温度アラートシステムと専用の消化剤の開発が必要

台湾出身の人気俳優、林志穎がEVで走行中、事故を起こし、激しく発火したことから、EVバッテリーの発火問題が再び話題になっている。専門家によると、発火事故はガソリン車の2倍以上で、アラートシステムと専用消化剤の開発が必要だと語ったと懂車帝視線が報じた。

 

人気俳優の事故で再びEVの発火問題が話題に

新エネルギー車の中心になっている電気自動車(EV)の発火問題が再び話題になっている。きっかけになったのは、台湾出身の俳優でありレーシングドライバーでもある林志穎(リン・ジーイン、ジミー・リー)が、7月22日に発火事故を起こしたからだ。ジミー・リーはアイドル時代は、金城武などともに「台湾四小天王」と呼ばれた人気俳優。

ジミー・リーは、子どもを乗せて、台湾の桃園市芦竹区をテスラモデルXで走行中、分離帯に衝突をした。フロント部分が大きく破損し発火をし、周囲にいた人がジミー・リー親子を救出すると、火は大きくなり、前方部分がほぼ焼きつくされた。

ジミー・リーは顔面骨折や肩甲骨の粉砕骨折など重症だが命は助かった。子どもは軽症で済んでいる。しかし、もし、周囲の人の救助がなければ、二人とも焼死をしていた可能性があることから、改めてEVの発火問題が注目されている。

▲林志穎の事故。高速出口の分離帯に激突をして発火をした。林志穎は重症だが、同乗していた子どもは軽症で助かっている。

▲衝突をした後、バッテリーが変形をして発火をした。周囲の人が発火前に2人を助け出すことができたが、それができなかったとしたら命に関わる事故になっていた。

 

EVの発火事故はガソリン車の2倍以上の発生率

中国科学技術大学の孫金華(スン・ジンホア)教授は、7月21日から23日まで四川省宜賓市で開催された2022世界動力電池大会(World EV&ES Battery Conference)で、EVのバッテリー発火事故に関する講演を行った。

孫金華教授は、まず国内の発火事故の基本データを示した。2021年末時点での中国のEV保有台数は784万台。全国で3000件の発火事故が起きている。ここから発火事故割合を求めると、0.038%となる。一方、燃料車の発火事故の割合は0.01%から0.02%なので、倍以上の発生率になっている。

 

多くの発火事故は三元系リチウムイオンバッテリ

リチウムイオンバッテリーは、その使用する物質から、主に「三元系」「リン酸鉄系」の2種類がEVにはよく使われる。三元系はNMC(ニッケル、マンガン、コバルト)を正極に使ったもので、大きなエネルギーを出力できるためEVに向いている。リン酸鉄系はリン酸鉄リチウムを正極に使ったもので、高温耐性があり安全性が高いが、出力に問題があるため、データセンターや産業機器に主に使われているが、安全性に着目をし、近年ではEVにもよく用いられるようになってきている。テスラも安全性の高いリン酸鉄系を採用している。

2019年のデータによると、三元系電池の発火事故が圧倒的に多くなっている。

▲バッテリー発火事故を起こしたリチウムイオンバッテリーの種類。安全性が高いリン酸鉄系の事故は少なく、ほとんど三元系だ。

 

発火事故は走行中と充電中に集中

また、発火が起きた状態を整理すると、走行中と充電中がほぼ同じになったが、自動車の使用状況を考えると、停車中の時間が最も長く、次に走行時間、充電時間となる。これを考慮に入れると、リスクとしては充電中の発火事故が最も高くなると考えられる。

さらに、月別の事故件数を見ると、気温が上がる夏に増えており、充電などでバッテリーの温度が上がり、それが限界を超えて発火事故に至っていると考えられる。

▲バッテリー発火事故を起こした状況の割合。時間が短いことを考えると、発火リスクは充電中が最も高い。

▲バッテリー発火事故を月別に整理をすると、気温のあがる夏に多くなる。バッテリー内部温度が臨界温度に達しやすくなるからだと思われる。

 

発火するのは可燃性の電解質溶液

リチウムイオンバッテリーは、正極、負極、隔膜(セパレーター)、電解質溶液の4つの材料からできており、リチウムイオンが正極と負極を移動することで、充電や放電を行う。全体に電解質溶液で満たしておくことが必要で、この電解質溶液が可燃性であるために、セパレーターが壊れて内部ショートが起きると、電解質溶液に着火をして発火事故が起きる。

リチウムイオンバッテリー内部の化学反応は複雑で、放熱する反応もあれば、吸熱する反応もあるが、放熱反応が過剰になると内部温度が上がり始め、内部温度が一定以上に上がると放熱反応がさらに進むという暴走状態が起き、最終的に発火をする。

 

鍵になるのは負極表面のSEI被膜の制御

具体的には内部温度が90度になると負極表面のSEI被膜が分解を始める。このSEI被膜(Solid Electrolyte Interphase)は、負極の表面に自然に形成されるものだが、厚くなると電気抵抗が高くなり出力性能が落ち、薄くなりすぎると電解質電気分解が起きてしまう。そのため、うまい具合にSEI被膜が形成されるような材料を使用したり、電池全体を設計することが、リチウムイオンバッテリーの性能や安全性を決める鍵になっている。

このSEI被膜が分解を始めると、電解質電気分解が始まり、バッテリーの内部温度はさらに上がっていくことになる。そして、内部温度が130度に達すると、セパレーターが溶け出し、内部ショートが起きて発火をする。

特に満充電状態で高温になると危険で、炎が噴射をする「射流火」と呼ばれる現象が起きる。バッテリーが破壊をされ、内部からジェット気流のような炎が噴射をする現象で、室内で発火事故が起きた場合は、一瞬でその室内が炎に包まれることになる。このため、電動自転車などのバッテリーの充電も屋外で行うのが望ましい。EVも密閉されたガレージではなく、屋外で充電するのが鉄則だ。

もちろん、適切な使用をしている場合であれば、内部温度が90度に達するようなことはないようになっている。

▲事故を起こした時にバッテリーが変形をして発火する例。

▲充電中の発火事故。これが最も多く、射流火が起こるため、被害も大きくなる。

 

EVバッテリーに必要な3つのアラートシステムと専用消化剤

孫金華教授は、このEVの発火事故問題に対して、2つの提言をしている。ひとつはアラートシステムの搭載で、もうひとつはリチウムイオンバッテリー専用の消化剤の開発だ。

アラートシステムは、3段階必要で、「事故などによる変形」「熱暴走」「発火」の3種類で、外部からもわかる仕組みが必要だとしている。EVが交通事故を起こした時に、バッテリーの変形アラートが伝われば、救急隊員などが安全に救出活動を行うことができる。充電中に熱暴走アラートが伝われば、充電を中止することで発火事故を防げることになる。

もうひとつは、専用の消化剤だ。消化能力と温度を下げる能力を兼ね備えた消化剤の開発が必要だという。このような消化剤があれば、発火事故が起きても、射流火のような大事故になる前に鎮火できる確率が高まる。

 

EVシフト時代に必要な安全技術の開発

もはや、日用車や都市乗用車、バス、トラックなどの商用車はEVシフトしていくことは確実だ。EVの充電は自然に夜間電力を活用することになるため、エネルギー供給体制を大きく変革する必要はあるものの、エネルギーコストを大きく下げられる可能性も秘めている。

中国はいち早くEVシフトを進めており、発火事故に関しても世界に先駆けて頻発をしている。EVの安全技術、安全対策に関しても中国が世界に先駆けて進歩する可能性がある。