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フーマとサムズクラブの「生死を賭けた戦い」。なぜホールセラーが競争の場となっているのか

フーマとサムズクラブが激しい価格競争を始めている。ネットでは「小学生のケンカみたい」と面白がられているが、フーマの侯毅CEOは「生死を賭けた戦い」と呼んでいる。それは大袈裟ではない理由があると星海情報局が報じた。

 

フーマとサムズクラブの値下げ競争

盒馬鮮生(フーマフレッシュ)が、「生死を賭けた戦い」を展開している。相手はホールセラー「サムズクラブ」だ。サムズクラブでは、ドリアンミルフィーユ1kgが128元で販売され、大人気商品となっていた。そこへフーマは、同じ商品を99元で販売をした。すると、サムズクラブは98.9元に価格を改定した。すると、フーマは89元に下げる。サムズクラブは再び88元に下げると、露骨な価格改定が6回行われ、サムズクラブは85元、フーマは79元に落ち着いた。

フーマは、サムズクラブに対して、他の商品でも低価格競争をしかけていった。侯毅(ホウ・イ)CEOは、この価格競争を「生死をかけた戦い」と呼び、改定した価格を「移山価格」(山を移す価格)と呼んだ。中国の故事「愚公移山」にちなんだネーミングで、地道な努力をし続けていくという意味が込められている。

▲フーマとサムズクラブの値下げ競争は、ネットでは「小学生のケンカみたい」と面白がられている。

 

フーマの布陣は、アウトレット、フレッシュ、フーマXの3つ

しかし、フーマはなぜサムズクラブをライバルとみなし、戦いを挑んでいるのだろうか。

フーマは、オンラインでも店舗でも注文ができ、持ち帰りも30分配送も選べるという新小売スーパー「フーマフレッシュ」が基礎になっている。良質の食品を利便性の高い方法で購入できるということから、中産階級の消費者に受け入れられ、大きく成長をした。

しかし、フーマフレッシュが成功したのは、あらかじめ約束されたようなものだった。なぜなら、アリババのスマートフォン決済「支付宝」(アリペイ)の決済データの分析により、購買力があって利便性も求めている消費者が住んでいる地域に出店をしてったからだ。

そのような地域というのは、大都市の中心部に限られる。フーマが成長するには、その周辺にどうやって出ていくかが大きな問題となり、コンビニ形態などさまざま手法を試みたが、いずれもうまくいかない。最終的にたどり着いたのがフーマアウトレットだった。フーマフレッシュで消費期限が近づいた商品をアウトレット店舗に移して大幅割引をして販売する。都市周辺部の購買力が落ちる消費者にはこれが受けた。

現在、フーマフレッシュは300店舗、フーマアウトレットは68店舗の展開で、この2つでフーマの売上の90%近くを占めている。重要なのは、この2つの業態はサムズクラブとは衝突をしないということだ。

▲フーマX会員店。フーマが始めたホールセラー。現在4都市10店舗の展開をしている。

 

ホールセラーは利益を先にもらうビジネス形態

サムズクラブはホールセラーと呼ばれ、会員制スーパーだ。年会費260元(約5200円)を支払うことで利用ができるようになる。販売されている商品は、例えば、クロワッサンであれば18個入りというように1つの商品の個数が多い。倉庫に大きな商品パッケージが大量に並べてあるところがそのまま店舗になっている。

これは米国の事情から生まれてきた業態だ。米国は国土が大きく、地方では人口が分散をしている。しかも、貧困層でも車を持つという生活をしている。そのため、10km程度であれば車を運転して買い物に行くことを厭わない。車で行くために、大量に購入し、行く回数を減らす。そこにホールセラーは受け入れられた。

ホールセラーでは、会員制であるということが大きな意味を持っている。中国の場合、サムズクラブの年会費は260元で、会員数は400万人を超えている。つまり、260元×400万人=10.4億元の収入を、サムズクラブは何もしなくても得ていることになる。そこで、人気商品に関しては原価割れを起こしてでも販売をし、会員を維持することを考える。ドリアンミルフィーユが仮に1元の赤字で、年間1億個を販売したとしても、1億元のマイナスでしかない。

▲サムズクラブの店内。ホールセラーは1996年に中国に上陸をしたが、当初は業績がなかなか浮上しなかった。しかし、2019年あたりから人気が出始めている。

 

ホールセラートラフィックビジネス

つまり、一般のスーパーと異なり、利益を会費として先にもらっているため、商品を販売することによる利益よりも、会員をいかに維持をして、増やしていくかの方が重要なビジネスなのだ。つまり、ホールセラーは会員制サイトやサブスクサービスと同じトラフィックビジネスなのだ。販売する商品は利益をあげるためではなく、会員の離脱を抑制し、新規会員を増やすことを念頭に企画をされる。

先に会費を払ってでも、良質のものを安く購入したいと考えるのは、そのホールセラーを頻繁に利用する人、経済的にある程度の余裕がある人になる。そのため、サムズクラブの顧客は、中流以上の人が中心になる。経済的に余裕のない人は、会費が不要で、すぐに買える一般のスーパーを利用し、価格を比べて、少しでも安いところを利用するために、いくつものスーパーをハシゴすることになる。

▲フーマでは価格改定を「移山価格」と呼んでいる。地道な努力を続けて低価格を続けるという意味だ。

 

若い時はアウトレット、結婚したらフレッシュ、子どもができたらフーマX

フーマは、この経済的に余裕のない人から中流以上の人をカバーしようとしてきた。新社会人になったばかりの時は経済的な余裕がなく、都市郊外にしか住むことができない。この時代はフーマアウトレットを使ってもらう。結婚して収入も増えると都心部に住むようになるが、忙しく時間もないのでフーマフレッシュを使ってもらう。そして、子どもができ管理職になり、マイカーも持つようになり、経済と時間の余裕ができたらフーマXを使ってもらう。それがフーマの描く理想的な姿だ。

中国も豊かになり、車を持ち、経済的にも余裕のある中流+の層が増えてきている。このような人たちがサムズクラブに奪われようとしている。サムズクラブは1996年に中国に進出をしたが、20年間で16店舗しか展開できなかった。当時は、車を持ち、経済的に余裕のある中流層がそうは多くなかったからだ。しかし、2016年から出店ペースを加速させ、現在は60店舗にまで増えている。中国の中流層が育って厚みを増してきていると見ているからだ。

つまり、フーマは、このままでは、優れた購入体験を提供して、中流層を育て、その育てた消費者をサムズクラブに持っていかれてしまうかもしれない。フーマを卒業されてしまい、必要なものはサムズクラブで購入し、足りない食材をフーマで宅配してもらうということになりかねない。

この流出を防ぐために、先回りをして、フーマはホールセール「フーマX」を10店舗展開して対抗をしている。実際、2023年6月のアプリデータでは、サムズクラブとフーマの重複率は43.1%に達している。

 

ホールセラー層での戦いは、スーパーの生死を決める

サムズクラブは、中国のスーパーやフーマが育ててきた中流以上の消費者を奪おうとしている。フーマはそうはさせないと、サムズクラブの消費者を奪い、自社のホールセール、新小売スーパー、アウトレットを使ってもらおうとしている。

侯毅CEOが「生死をかけた戦い」と呼んだのは、単にフーマのビジネスが圧迫されるなどという近視眼的なことではなく、ビジネスモデルとビジネスモデルの戦いだという意味だ。中流以上の消費者だけを相手にしようとしているサムズクラブと、中流から下流まで幅広くカバーをしようとしているフーマの戦いで、ある意味、ビジネス観の戦いになっている。だからこそ「生死をかけた戦い」なのだ。