チャン・イーモウが2019年に制作をした縦型動画「竪屏美学」が再び話題になっている。巨匠が69歳で挑戦をしたもので、人物配置などの画面構成が完成されており、多くのクリエイターが参考にする教科書的存在になっていると太尉史記が報じた。
突然、大量検索されたチャン・イーモウの名前
中国を代表する映画監督で、北京の夏の五輪、冬の五輪の開会式の総監督も務めた張芸謀(チャン・イーモウ)の名前が、2023年9月5日に突然大量に検索されるという事態が起きた。チャン・イーモウが亡くなったのではないかという話がSNSを駆け巡ったからだ。
しかし、それはデマだった。元になったのは新晩報が報じた「陳凱歌、張芸謀の先生が亡くなる」という記事だった。見出しだけでなく、最初の数行を読めば、中国を代表する2人の映画監督を育てた、北京映画学院の司徒兆敦氏が84歳で亡くなったという内容であることがわかるのだが、これをチャン・イーモウが亡くなったと勘違いした人がSNSで発信をし拡散をしたため、多くの人がその真偽を確かめるために、チャン・イーモウの名前を検索する騒ぎになった。
芸術性は高くても、気楽に楽しめるチャン・イーモウの映画
そのおかげで、チャン・イーモウの過去の作品が再び見られる機会が生まれた。チャン・イーモウはあまりに著名となり、芸術的な映画であり難解であると思われているところがあるが、大衆映画としても見て楽しい。芸術性は高いが、それを前面には押し出さず、誰でも楽しめる映画に仕上げる点は、日本の黒澤明監督にも通じるものがある。
1950年4月、陝西省西安市で生まれたチャン・イーモウは、北京映画学院を卒業し、陳凱歌監督の撮影監督を経て、1987年「紅いコーリャン」で映画監督としてデビューした。国際的な評価を得たのは、1994年の「活きる」だった。清朝の崩壊から文化大革命を生き抜いた没落貴族の人生を描いたものだが、テーマは重いのに、喜劇のようなエピソードがつなげられているため、重さを感じることなく楽しめる。しかし、終わった後に、テーマの重さが一気にのしかかってくる。
日本で名前が広く知られるようになった「あの子を探して」、チャン・ツィイーのデビュー作となった「初恋のきた道」も、中国の貧困農村の現実を描き出しながらも、どこかおとぎ話のような軽やかさがある。
後期には、武術映画「LOVERS」など、アクション映画も撮っている。芸術性は高くても、大衆映画の枠を外れない。そういう映画監督で、それが夏冬の北京五輪の開会式の監督を務めることにつながった。
チャン・イーモウが製作した縦型動画
チャン・イーモウのデマ騒ぎで、再評価をされているのが「竪屏美学」(縦動画美学)だ。これは2019年8月に開催された抖音映画祭に出品された作品で、チャン・イーモウが縦動画の作品に挑戦をしたものだった。チャン・イーモウはこの時69歳。その年齢でありながら、若々しい作品の内容が絶賛された。それだけでなく、縦動画をどう活用するかという点で学ぶことの多い作品だった。
2020年末に抖音でも「遇見你」「陪伴你」「温暖你」「謝謝你」の4本が一般公開をされ、現在では、縦動画をつくる時の教科書のような存在になっている。
▲第1集「あなたと出会う」。寝台列車に乗った青年は、下の段に美しい女性がきたため、なんとか話をするきっかけをつかもうとする。
▲第2集「あなたとともに」。ショーウィンドウの中で新年の飾りつけ作業をする女性。そこに夫と子どもが餃子を持ってやってきた。
▲第3集「あなたに温かく」。エスカレーターで毎日すれ違う男性と、着ぐるみに入った女性。すれ違う中で交流が生まれる。
▲第4集「あなたにありがとう」。オフィスで働く男性と、窓の外でゴンドラに乗り清掃の仕事をする男性。窓ガラスを隔てて交流が生まれた。
縦動画に人物を配置する画面構成
縦動画は横幅が狭いため、たくさんの人を横に並べることができない。そのため、多数の人を登場させると、その関係性を映像で説明することができない。竪屏美学では、登場人物を絞り込んでいる。いずれも寝台車の中で出会った男女、エスカレーターですれ違った男女など2人の関係を描いており、「陪伴你」でも母と父と子どもという3人の関係を描いている。
日常のささやかな幸せを数分で表現する
竪屏美学は2分程度、長くても4分で、この短さの中でストーリーを語らなければならない。そのため、描かれているのはささやかな幸せだ。それは、日常生活の中で誰もが経験していることであり、共感をしやすい。それでいながら、必ず意外な展開が用意されている。
縦か横かだけでなく、スクリーンとの距離に着目したチャン・イーモウ
縦動画は、映画館のスクリーンや大型ディスプレイではなく、スマートフォンで見ることが前提になる。横動画なのか縦動画なのかという違いもあるが、チャン・イーモウはスクリーンまでの距離に着目をした。スマホでは圧倒的に近い距離で映像を見ることになり、しかも多くの場合、一人で見ることになる。そのような映像では、大きなテーマではなく、ささやかで個人の体験に訴えるテーマが適しているとチャン・イーモウは考えた。
横に並べるのではなく、前後に並べる
多くの人が絶賛をするのが画面構成だ。縦動画では水平方向の視野が狭くなるため、複数の人を横に並べることができない。そこで、竪屏美学では複数の人を前後に並べ、焦点を変えることで奥行きを出している。この構成により、水平方向に狭い縦動画であるのに、狭苦しさが感じられず、むしろ広い空間を感じられるようになっている。
チャン・イーモウ69歳の挑戦
縦動画では2分から4分程度でひとつのストーリーを完結させなければならないため、テンポのはやい展開が必要になる。そのため、セリフは使われず、すべて俳優の演技でストーリーが展開をしていく。バックにはじゃまにならない美しい音楽が流れる。
チャン・イーモウも70歳を超えているが、今でも年1本ペースで映画を撮り続けている。この「竪屏美学」は、チャン・イーモウにとって余技の作品であり、フィルモグラフィーには入れられていないことも多い。しかし、もはやチャン・イーモウのことをあまりよく知らない若い世代からは「このすごい動画を撮ったのはだれ?」と作品を通じて再認識されるようになっている。