中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

コロナ禍で香港から深圳への商品の流れが逆転をした。消える水貨客という商売

コロナ禍以前、香港で爆買いをし、深圳に持ち込み転売する水貨客と呼ばれる人たちがいた。しかし、コロナ禍の間に、中国のECが進化をし、ほとんど商売が成り立たなくなってしまった。しかし、彼らは今度は中国の商品を香港に持ち込み、香港で転売する逆水貨を始めていると金錯刀が報じた。

 

香港から大陸に入る転売屋たち「水貨客」

香港と大陸の間の商品の流れが逆転をし始めた。2003年に香港と大陸の間で、自由通行が可能になると、誰でも出境手続き、入境手続き、通関手続きをするだけで気軽に行き来ができるようになった。すると生まれたのが、水貨客と呼ばれる人たちだ。

水貨とは密輸品のこと。元々は香港から船で海上に商品を運び、海上で別の船に載せ替えて大陸に運び込んだことから水貨と呼ばれる。

水貨客たちは、香港で、iPhone、化粧品、粉ミルク、薬品、靴、バッグなどを購入して、大陸に持ち込み、それを売りさばくことで利益を得ていた。当時は、香港には大陸では販売されていない商品もあり、また香港には関税がないため、海外製品が大陸よりも安く購入できる。

こういう水貨客たちは、1日に数回、深圳と香港を行き来して、大量の商品を持ち込み、それで生活をするだけでなく、大儲けをして財産を築いた人もいる。

▲コロナ禍以前の水貨客たちの様子。香港の人たちにとっては、商品が買いづらくなる、人が多い、ゴミが散乱すると、迷惑な存在だった。

 

関税逃れをするための数々の伝説

香港から深圳に入る入境時の税関では、当然ながら、手荷物のチェックがあり、大量の商品を持っている場合は関税がかけられることになる。水貨客にとっては、関税を支払うことになってしまっては、利益がなくなってしまうので、いかに通関をごまかして持ち込むか=密輸をするかが勝負になっている。

そのため、さまざまな伝説が生まれている。関税は、基本的には自分で使うために持ち込む分にはかけず、販売するために持ち込む分にはかけるというのが世界どこでも共通ルールになっている。そのため、生理用ナプキンを大量に持ち込もうとした中年男性が「すべて自分で使う」と言い張ったとか、洗濯機を持ち込むために、香港で洗濯機を分解し、複数人に分けて「自分で使う修理部品だ」と言い張って持ち込み、深圳で復元をして販売したとか、どこまで本当なのかわからない伝説が山ほどある。

 

検査が緩い税間職員をねらう

通関では、検査が厳しい職員と緩い職員がいて、水貨客にとっては検査が緩い職員のレーンをいかに選ぶかが鍵になっている。そのため、税関では、検査が緩そうな職員がいるレーンには長い行列ができる一方、検査の厳しい職員がいるレーンには誰も並ばないという不均衡が生まれるのが常だった。

税関側も対抗して、長い行列ができているレーンの職員を途中で、検査の厳しい職員に変えたりする。すると、水貨客は「行動停止!」と大声で叫ぶのが暗黙のルールになっていて、その声を聞くと、並んでいた水貨客が蜘蛛の子を散らすように別のレーンに並び直すという光景が日常的に見られた。

 

香港中の商品が水貨客に奪われてしまう!

しかし、この水貨客が増えると、香港にはさまざま悪影響が起こり始めた。大量の水貨客が商品を購入するために、香港市民が必要な時に商品が買えない物資不足が起こり、価格は上昇し、さらには、パッケージを開けて不要なゴミを捨てるために環境を汚し、大量の水貨客が右往左往をし、街中で混乱が起きるなどの迷惑が起きるようになった。

そこで、香港政府は、牛乳制限令を出したこともあった。粉ミルクの場合は、24時間につき2缶までしか香港の外に持ち出すことができず、それ以上を持ち出そうとした場合は、関税をかけるのではなく、違法として処罰するというものだ。

▲水貨客により、香港の商品が奪われ品不足になってしまうため、香港政府は粉ミルクの持ち出し制限をかけたこともある。

 

コロナ禍で消えた水貨客

このような水貨客による混乱はコロナ禍で一瞬にして消えた。ほぼ3年間、大陸と香港の通行は大きく制限され、居住者やビジネス客は行き来ができるものの、観光や水貨客は一切通行できないようになってしまった。

そして、ようやく通行が再開されてみると、もはや水貨客はいなくなっていた。中国の小売状況が大きく変わったからだ。以前は香港経由で買っていたような商品が、今ではライブコマースなどで香港よりも安く買える。通行が再開して、以前と同じように水貨客の仕事を試みる人がいないわけではないが、今では1回の行き来で稼げる額は300元(約6000円)ほどになっているという。これでは交通費と自分の食事代で利益はなくなってしまう。以前は、1日に数回往復をすれば1万元(約20万円)は稼げていたという。

ある水貨客は、香港で黄道益(筋肉痛や肩こりに効くオイル)を53元で購入して、深圳に持ち込んだが売れたのは60元でしかなかった。それでも、ライブコマースで購入したらもっと安く買えると文句を言われたという。

さらに、中国ではコロナウイルスが荷物に付着して中国内に持ち込まれていると信じられたため、どこの税関も厳しく検査をするようになっている。香港で安く購入しても、関税を取られてしまうと、ライブコマースやECで買える価格よりも高くなってしまう。この水貨客というビジネスはもはや終わりだと誰もが感じている。

▲コロナ禍以後も水貨客の姿を香港で見ることができる。しかし、中国の商品を香港で転売するという逆流が始まっている。

▲香港で人気なのは、中国のスイーツ。深圳の店でスイーツを買い、これを香港に持ち込み転売する。

▲逆流する水貨客を報じる香港のメディア。中国のタピオカミルクティーが地下鉄「九龍塘」駅で転売されていることを報じたもの。

 

逆方向の水貨に賭ける人たち

しかし、逆方向の水貨客が少しずつ生まれている。深圳で商品を購入して、香港で売るというものだ。中国では普通に販売されているのに、香港では販売されていない商品であれば、香港で高くても売れるからだ。

人気になっているのはタピオカミルクティーだ。中国には無数のドリンクチェーンが生まれてさまざまなタピオカミルクティーが販売され、すでにブームは終わっているが、香港はこのブームに無縁だった。そのため、タピオカミルクティーをまだ飲んだことがない人が多く、人気の商品になっている。深圳のスタンドで、タピオカミルクティーを大量に買い、それをスーツケースに入れて香港に持ち込む。香港に入る時は、関税はないので、危険物や動植物などの禁止品でなければ堂々と持ち込める。スーツケースからタピオカミルクティーが30杯出てきても、税関職員は何も咎めない。

さらに、ホールセールクラブの「サムズクラブ」で販売されているスイーツや、中国で話題となっているスイーツ「鮑師傅」、鴨料理の「周黒鴨」の鴨肉などが香港で高く売れるという。

しかし、高く売れるといっても、1回の往来で稼げる額は300香港ドルから400香港ドル(約7300円)ほどで、交通費を考えると、1日3回は往復をしないと生活が成り立たないという。

香港は越境ECにも人気が集まり始めている。このような商品を越境ECが扱うようになれば、水貨客の仕事は奪われることになる。今は、逆水貨客でしのいでいるが、いずれ、この商売も消える運命にある。ひとつの時代が終わろうとしている。