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「原神」が変えた中国ゲーム業界。次にねらうのはクラウド化。ライバルはマイクロソフト

原神を開発したmiHoYoが、ゲームのクラウド化を進めている。クラウド化することによりデバイスの負担を減らし、古いスマートフォンでもリッチなゲームが楽しめる世界を実現するためだ。これにより、miHoYoの最大のライバルはマイクロソフトになろうとしていると虎嗅が報じた。

 

テンセントの重力圏を無効化した「原神」

「あなた方は次の原神をつくることができますか?」が、ゲーム領域の投資家たちが常に口にする質問になっている。2020年10月に公開された「原神」(米哈游、miHoYo)が、中国のゲーム業界のゲームチェンジャーになっている。それは原神が生み出した利益が莫大ということだけではない。最も大きいのは、中国ゲーム業界の巨人である騰訊(タンシュン、テンセント)のポジションを変えてしまったことだ。

原神以前、ゲームスタジオはテンセントの重力圏から逃れることはできなかった。ゲーム開発には長い時間と制作費がかかり、売れるかどうかの保証はまったくない。数十億円をかけて配信を始めてみたら、1ヶ月で配信停止せざるを得ないという惨敗もたびたび起こる。中国では、テンセントの出資を受け、テンセントの傘に守られなければゲーム開発などできない。しかし、miHoYoは、独自資金で原神を開発した。

 

独自資金だけで開発をしたミホヨ

テンセントは2020年に頻繁にmiHoYoに接触をしている。開発中の原神の内容が明らかになるつれ、従来どおり、出資をして傘下に加えるべきだと判断したからだ。

そのオファーは「株を持たせてくれるだけでいい。一切の口出しはしない」という好条件だったが、miHoYoはそれを断った。独自資金で間に合っており、自分たちでやりたいと考えたからだ。

現在の株主構成を見ても、創業者の3人の他には、米芸投資という投資会社が出資をしているだけになっている。この投資会社は、miHoYoの創業時に資金不足になって存続の危機を迎えた時に出資をしてくれた「斯凱網絡科技」(SKY)の投資会社だ。つまり、自分たちと苦しい時に助けてくれたSKYの資金だけで運営をしてきている。

▲miHoYoの株主構成。創業者の3人の他は、miHoYoの財政がいちばん苦しい時に助けてくれた投資会社だけの構成になっている。独自資金で成功したことが、中国のゲーム業界の構造を変えようとしている。

 

二次元、オープンワールドもテンセントの盲点になっていた

テンセントはこの出資に失敗したことに何もコメントはしていないが、そうとうに悔やんでいるものと思われる。

それまでテンセントの看板ゲームは、中国で圧倒的なヒットを続けるMOBA「王者栄耀」だった。3対3、5対5などでチーム対戦をするゲームで、キャラクターには古今東西のヒーローが登場する。歴史に材をとった典型的な中国ゲームの集大成になっている。

ところが、miHoYoはアニメのような二次元キャラを使い成功をした。それまでオタク、アニメ、コミック、萌えといったものは、趣味としては成立をし、小さなビジネスとしては成立をするものの、国民的なヒットゲームになるとは思われていなかった。これもmiHoYoがチェンジをしたことのひとつだ。

このチェンジにもテンセントは相当に焦ったと言われている。なぜなら、明らかに原神のキャラクターを意識した「諾亜之心」(ノアズハート)、オープンワールドを意識した「玄中記」、アニメ画を意識した「白夜極光」を次々とリリースをしたからだ。これもテンセントは何もコメントをしていないが、明らかに原神対策だとネットのゲーマーたちは認識をしている。

▲テンセントから配信された「諾亜之心」(ノアズハート)。グラフィックの手法は異なるが、キャラ設定などで原神との類似性が指摘されている。

オープンワールドを意識した「玄中記」。これも原神との類似性が指摘されている。

▲二次元アニメ画を意識した「白夜極光」。テンセントは次々と、二次元+オープンワールドのゲームを配信した。

 

ミホヨは次のステージ「クラウド」に

しかし、テンセントはmiHoYoへの対応策を間違えているかもしれない。テンセントほどの巨大メーカーが、miHoYoが設定した土俵で戦おうとしている。miHoYoはお金に苦労をしながら生き延びてきたテックオタク集団だ。彼らの土俵で、高給を得ているテンセントのクリエイターたちが戦うというのは愚かな戦略だ。永遠にmiHoYoに追いつくことはできないかもしれない。

miHoYoは、そのテンセントの追撃を振り切って、次のステージに進もうとしている。クラウドゲームに挑戦をしているのだ。グーグルですら2022年9月にサービス停止を発表したクラウドゲームプラットフォーム「Stadia」の世界に挑戦しようとしている。

 

クラウド化をして対応デバイスを広げる

原神の唯一の問題は、スマートフォンの性能を要求するということだった。原神は、Androidの一部の旧機種を切り捨てざるを得なかった。クラウド化を進めることで、デバイスの計算負荷は減ることになり、旧機種でも原神が遊べることになる。今後発表するよりリッチなゲームでは、ますます機種を限定せざるを得なくなっていく。それを防ぐためにクラウド化を進めたい。これがmiHoYoの現在の大きなテーマになっている。

この点でも、テンセントは遅れをとっている。クラウド化を進めると、どうしてもゲーム操作の遅延が起きてしまうからだ。そのため、多くのクラウドゲームが遅延を少しでもなくすために、画面の画質を犠牲にする。また、王者栄耀のようなリアルタイムの操作性がキーポイントになっているゲームでは、小さな遅延でもゲーム性を損なうことになる。

しかし、原神はクラウドにも親和性がある。バトル部分はリアルタイムの操作性を要求するように見えるが、実はプレイヤーが指示をするのは攻撃コマンドとキャラクターの移動ぐらいであり、あとは華々しいグラフィックでバトルが演出をされる。見た目は派手だが、操作部分は意外に少ない。また、探索部分は多少の遅延が生じても、ゲーム性にあまり影響しない。偶然なのか、あるいは開発時からクラウド化が頭にあったのかは不明だが、原神はクラウド化がしやすい構造になっているのだ。

▲テンセントのドル箱ゲーム「王者栄耀」。いまだに高い人気がある。しかし、テンセントは二次元+オープンワールドに乗り遅れた感がある。

 

クラウドを分散、クラウド技術に投資

miHoYoは現在、さまざまなクラウドを利用している。原神、崩壊3はアリババのアリクラウドを利用している。女性向け恋愛ミステリーゲーム「未定事件簿」はテンセントクラウドを利用している。「崩壊2」は百度クラウドを利用している。さらに、京東クラウドキングソフトクラウドも利用している。

外配信では、原神ではAWS、崩壊3ではエッジコンピューティングクラウドZenlayer、未定事件簿では観脉クラウドを利用している。

これはリソースを分散させるという意味もあるが、実際に使ってみることで、優れたクラウドはどれなのかを見極めようとしている面もあるのではないかと言われている。

さらに、資金的な余裕が生まれたmiHoYoは、次々と投資を行っている。メタバースSNSとして人気の出ている「Soul」、映像、ゲームのクラウド配信プラットフォーム「蔚領時代」だけでなく、高温超伝導技術開発の「能量奇点」、民間ロケット開発企業「東方空間」などに投資を行った。

また、2022年2月にはHoYoverseブランドを設立し、シンガポール、米国、カナダ、日本、韓国などでの活動も始めている。

高温超伝導やロケットはさすがに純粋な投資かもしれないが、Soulや蔚領時代はクラウド化に対して必須となる要素だ。

 

ミホヨの真のライバルはマイクロソフト

着々とクラウド化の道を歩み始めるmiHoYoが恐れているのは、マイクロソフトXbox Game Passのようなクラウドゲームプラットフォームが地位を確立してしまうことだ。マイクロソフトも原神の発売前にmiHoYoに接触をしている。内容は不明だが、出資か買収を試みたことは間違いない。そして、原神は、Xboxではなくソニープレイステーションを選んだ。この失敗を後悔したマイクロソフトは、中国ゲームスタジオへの投資を急速に増やしている。

テンセントは、原神の後追いの二次元ゲームを公開することは対抗上仕方のないことだとしても、そこではなく、ゲームクラウドの構築に注力をしてほしいというのゲーマーたちの意見だ。テンセントはmiHoYoを追いかけるのではなく、miHoYoと協働して、中国でクラウドゲーム時代を切り拓くことが望まれている。