タオバオに店舗を出す若者が増え始めている。しかし、小売をして儲けたいというのではなく、非常に狭いニッチなビジネスをしている例が目立つ。若い世代は、お金よりも、好きなことに没頭できる時間をいかに増やすかを考えるようになったと真実故事計画が報じた。
タオバオネイティブ世代が社会人に
アリババのEC「淘宝網」(タオバオ)は2003年5月にスタートした。SARS(重症急性呼吸器症候群)の感染が拡大し、人々が外出を控えるようになり、ECにとって絶好の機会だと判断されたからだ。それから20年、今の20代前半(Z世代)にとっては、物心がついた頃にはタオバオがあり、ECで商品を購入するのがあたりまえのタオバオネイティブ世代になっている。
若い世代の間で、タオバオの名前を知らない人はいないが、タオバオを運営している企業はどこかと尋ねられると答えられない人がけっこういる。「タオバオはタオバオでしょ?」。それほどタオバオはあってあたりまえの存在になっている。
中高年とは異なる若者の人生観
中高年と若い世代ではタオバオに対するイメージが大きく異なっている。現在の中高年は、若い頃に「タオバオで一旗あげよう」と考えたことが必ずある。こんな商品をタオバオで売ってみたら、大量に売れてひと財産を築いた。そんな大人のお伽話に耳を傾け、自分にもチャンスがあるのではないかと考える。タオバオは、何のスキルも学歴もない人間が成り上がるための手段だった。
しかし、若い世代はそうは考えていない。そもそも、お金持ちになりたいとは考えない。それよりも、好きなことに没頭できる時間が大切で、好きなことを仕事にして、普通の暮らしを続けられることを理想としている。
タオバオはレアな生き方を成立させるツール
しかし、その好きなことが世の中からあまり必要とされない変わったことである場合はどうするのか。あまりに変わったことは仕事にはならない。しかし、タオバオならそんな変わったことにお金を出してくれる人が見つかるかもしれない。ファンは何十万人、何百万人もいらない。わかってくれる数百人、数千人がいて、人並みの暮らしをする収入が成り立てばいい。
若い世代にとって、タオバオは、そんな普通であれば仕事にならないことに収入の道を拓いてくれる場所になっている。
中国で唯一のスティームパンク昆虫標本師
27歳の蘇法強さんは、アトラスオオカブトの標本を取り出し、下腹部の内臓をピンセットで取り出し、手足の筋肉も取り除いていく。そして十分に乾燥させた後、腹腔に自作の機械式8気筒エンジンを埋め込んでいく。電源につなぐと、このエンジンが動き、羽を羽ばたかせることができる。
蘇法強さんはおそらく中国で唯一のスティームパンク昆虫標本師だ。月に20体ほどしか製作することはできないが、1体1000元程度で売れるので、月の売上は2万元(約38万円)になる。材料費を支払っても、自分1人であれば十分暮らしていける。
蘇法強さんは大学を卒業して、タオバオでアパレル商品を販売している会社で働いていた。その時、昆虫標本に歯車を埋め込んだオブジェを見て衝撃を受けた。自分もやってみたいと思い、仕事が終わってから1年間で20体ほどを製作した。
蘇法強さんの会社の寮が移転をすることになったが、製作した標本は持っていくことができないため、仕方なくフリマサービスに出品をしてみると、こんな不思議なものがすぐに80元で売れた。他のものも出してみると、すぐに売れる。蘇法強さんは考えて、大蘇昆虫芸術工作室を設立することにした。
決して、高くは売れないし、大量に売れることもない。大量につくることもできない。しかし、蘇法強さんは自分の好きなことだけに没頭できる生活に満足をしている。
オーダーメイドでインクを製造
余昊源さんは、タオバオでインクの販売をしている。といっても、普通のインクではない。色、香り、用途などにより、一人一人の注文に応じて特注インクをつくる。一人一人の話を聞いて、その話からイメージを膨らませ、インクを調合していく。ある男性教師は、恋人がいたが家族から反対をされ、反対を押し切って結婚をした。毎日、夜になると恋人の元に忍んでいったという話を聞いて、「吸血鬼は夜に訪れる」というネーミングのインクを調合した。血液のように赤いインクで、血のつながりの強さに負けない赤をつくろうと考えた。
余昊源さんの部屋にはさまざまな染料が入った瓶が並べられ、レシピを記載したノートには調合式がびっしりと書かれている。仕事をするのは、周りが静かになって集中ができる深夜で、明け方3時ぐらいまで調合をする。余昊源さんは2年間の努力で、すでに26個の技術特許を獲得している。
創業しようとすると自分の時間が奪われる
余昊源さんは小さい頃からインクの色に魅せられ、大学に入るとインクの調合を楽しむ同好会を設立した。あるイベントでインクの販売をしようと、材料費の300元を学校に申請すると認められ、手づくりのインクを調合し、そのイベントで販売してみると、600元の売上があがった。
余昊源さんは驚いた。趣味でやっていたインクの調合が、わずかとは言え、利益を生んだのだ。同級生は、タオバオに出店したら継続的な利益が出せるのではないかと言う。そこで、タオバオにオリジナルのインクを出品してみると、ちょうど2016年の独身の日セールにあたり、タオバオでも推薦商品にしてくれたこともあって、大量に売れた。
サークルの仲間は興奮をした。当時は、大学生がタオバオで商品を販売して、株式公開をして大金持ちになるというストーリーが信じられていた。余昊源さんもお金持ちになって、思う存分研究費を使って、インクの研究に没頭できる生活を夢見た。そこで、さまざまな創業コンテストに参加をしたり、ベンチャーキャピタルの人と会ったりして、創業資金を調達しようとした。
しかし、余昊源さんは資金調達活動のために忙しくなり、自分がやりたいインクの調合をする時間がなくなってしまった。自分の生活を振り返り、何かが違うと感じ、創業をあきらめ、インクの調合はあくまでも趣味として続けることに頭を切り替えた。
ネットなら詳しい人ともつながれる
すると、インクに対するアイディアがどんどん湧いてくるようになった。余昊源さんは「森の息吹を感じられる」インクを開発しようと考えた。しかし、木の香り成分は分子量が大きく、水に溶けにくい。何度やっても失敗をする。ネットで助けを求めたが、誰も解決策を教えてくれなかった。
余昊源さんは熱中をし、大学を1年休学して、本格的に挑戦することにした。しかし、なかなか研究は進まない。
その時、ネットで知り合ったのが、ハルビン大学の化学系の大学院生だった。意気投合し、彼に染料の原料を送り、2人で研究開発をすることにした。そして、ようやく完成し、タオバオで販売してみると、飛ぶように売れた。
生活しているだけ稼げればそれでいい
余昊源さんがタオバオで「星墨」というショップでの活動を続ける中で、ある文具展覧会に参加したところ、2人の人が挨拶をしにきた。1人はタオバオの中で年間1億元以上を売り上げる文具店の主催者で、もう1人は国内大手の文具販売チェーンの人だった。
このような業界の人たちと知り合い、オーダー品だけでなく、レディーメイドのインクシリーズを商品化し、余昊源さんは生活がしていけるようになった。購入者のほとんどは女性だ。
ショップを開いても失敗続きのアパレルデザイナー
南京市で生まれたHisoさんは、服が好きで、アパレルショップを開きたかったが、そんなお金はないため、タオバオで「MDEM」という名前の店を開き、服をデザインし、販売することを始めた。ところが、まったく売れない。
2年間で貯金がほとんどなくなったHisoさんは、ストレスで顔に吹き出物が大量に出てきしてしまった。夜になると呼吸が苦しくなり、眠れなくなってしまった。吹き出物があるので外出もしなくなり、どうしても外に出なければならない時はいつもマスクをするようになった。
ある友人の勧めで、ECの運営と管理のオンライン講座を受講するようになり、体調は次第に回復をしていった。その中で気づいたのは、自分の審美眼だった。自分が好きな服はあまりにも前衛的すぎて、普通の人には受け入れることができない。どうしたら、受け入れられる服をデザインすることができるのか。
タオバオの店舗のMDEMに寄せられた消費者からの不満のコメントを読んでいき、ひとつひとつ改善をしていった。さらに、ブランドの特徴を出すことも重要だと考え、米国風のスタイルを取り入れることも考えた。
2020年4月には、Mの字を使ったブランドのロゴも考え、ブランド構築をした上で、タオバオの店舗をリニューアルして販売を再開したところ、ようやく商品が売れ始めた。
その頃、同じ南京市出身のknowknowさんが参加するヒップホップグループ「高兄弟」(ハイヤーブラザーズ)のアルバムがヒットをして、中国だけではなく、アジア圏で有名なグループとなった。そのknowknowさんが、MDEMの服を気に入り、着てくれるようになった。これでMDEMの服は人気となり、大量に売れるようになった。今では、元からやりたかった前衛的なデザインにも挑戦できるようになっている。着る人を選ぶため、売上はショップを維持するぎりぎりだが、Hisoさんは好きな服をデザインして、理解し合える人たちと付き合うことができて、人生を楽しんでいる。
お金よりも自分の時間がほしいタオバオネイティブ世代
タオバオネイティブ世代は、起業をして投資資金を集めるとか、株式公開をするといった願望は強くない。それよりも人生の質を求め、好きなことに没頭できる時間をいかに多くできるかを考えるようになっている。
タオバオであれば、レアなものでも、必ずお金を出してくれる人と巡り会うことができ、どんなことをやっても普通の暮らしをしていくのであればなんとかなる。そんな自分の好きなことをして生きていきたい若者たちがタオバオに集まり始めている。