中華IT最新事情

中国を中心にしたアジアのテック最新事情

人力デリバリーながら、ミスも遅延もないムンバイのダッバーワーラー。EC企業も注目するその正確さの秘密

インドのムンバイには、弁当を届けるダッバーワーラーという仕事がある。ITシステムを使わず、人手で管理をしているが、ミスや遅配が宅配便やデリバリーよりも少ない。その秘密は組織構造と独特のコードシステムにあるとNKI知網が報じた。

 

人手でミスなく配食するすごいシステム

中国で始まったフードデリバリーは今やどこの国にでも存在をする。しかし、大量の食事を誤りなく届けるということは不可能に近いことで、中国の美団(メイトワン)やウーラマは、機械学習による予測をもとに、配達スタッフに配達を指示する大規模なシステム開発を行っている。しかし、それでも、ミスはシックスシグマ(100万個あたり、3、4個)以下に下げることは簡単ではない。

しかし、毎日20万食を配達しながら、エラー率は1/800万と、シックスシグマを達成しているサービスがある。インド・ムンバイのダッバーワーラーだ。しかも、基幹システムなどはなく、人手だけで業務は遂行されている。

▲集めた弁当を駅に運ぶダッバーワーラー。インドのムンバイで見られる独特の風景だ。

 

お弁当を会社に届けるダッバーワーラー

ダッバーワーラーとはヒンズー語で「ダッバー」(弁当箱)「ワーラー」(する人)という意味で、お弁当を届ける人の意味だ。

インドが英国の植民地だった時代、イギリス企業で働いていたインド人たちは、勤務先で提供される昼食を食べなかった。味の好みが合わないということもあったが、ヒンズー教イスラム教で忌避される食材が出されるからだ。そのため、家族がつくった弁当を食べる習慣が生まれた。大きな容器であるため、自分で持っていくことはできない。これを自宅から回収して、勤め先まで届けるというのがダッバーワーラーの仕事だ。すでにこの仕事には120年の歴史がある。

▲最後は自転車などで会社に届けられる。

 

フラットで競争原理が働く理想的な組織構造

ダッバーワーラーの料金は月150ルピーから300ルピー(約490円)程度。5000人ほどの人が働き、年間2億ルピー(約3.2億円)の売上を上げている。しかし、民間企業ではなく、営利民間協会であるということがポイントだ。

会社ではないので、組織構造は3層だけしかない。最高層は協会執行委員会で経営を担う。中間層は20人だけで、グループ責任者(管理職)。一般的にはベテランの社員が担当をする。この管理職が200ほどの配達チームを管理している。その下は全員配達スタッフで、役割分担はあるものの上下関係は存在しない。

もうひとつのポイントが、各チームは独立採算で競争原理が働いているということだ。契約価格の下限など一定のルールはあるが、配達の速さ、確実さ、丁寧さなどは競争状態に置かれている。そのため、現場で生じた問題のほぼすべては現場で解決される。管理職や経営者の意見を聞く必要はなく、問題を解決した後、管理職に報告をするだけですむ。

ダッバーワーラーたちは1日12時間働くのが標準だが、月収は5000ルピー(約8100円)で、タクシー運転手よりも高給であるという。

 

雇用されるのではなく、労働力を投資する

また、重要なのが会社ではなく、協会であるため、スタッフたちは社員ではなく、会員であるということだ。雇用関係ではなく、スタッフは毎月15ルピーの協会費を納め、ダッバーワーラーの仕事をする権利を得る。半年以上働くと、協会の株式を購入する権利が生まれ、勤務期間の長さにより、健康医療や子どもの就学など社会保険的な支援を協会から受けられるようになる。

つまり、仕事をして、給料をもらっているだけの関係ではなく、ダッバーワーラーで業績をあげればあげるほど引退をした後の保障が厚くなる。お金のために働くのではなく、自分の人生のために働いている。そのため、離職率もきわめて低く、空きが出るとすぐに新しい人が応募をしてくるという。

 

5つのチームで分業化された業務

ダッバーワーラーの仕事は5つのチームに分かれて行われる。午前8時、第1チームが各家庭を回って弁当をピックアップする。1人が30人から40人分を担当する。午前10時半、第1チームは回収した弁当を最寄駅に届ける。そこには第2チームがいて、弁当を行き先別に分類をする。

第3チームは列車に弁当を乗せ、行き先の駅ごとに降ろしていく。第4チームが各駅に控えていて、弁当を受け取り、行き先別に分類をする。第5チームが企業などの届け先に配達をする。

午後になると、今度は届け先から空の弁当箱を回収し、まったく逆の方法で、各家庭に戻す。

▲駅に集められた弁当は、行き先別に列車に乗せられる。

 

ITもAIもない人力システム。それでも誤配や遅延もなし

この作業にITシステムやビッグデータやAIは存在しない。すべて人手で行われている。それで遅延もなく、配達ミスもきわめて少ない。ダッバーワーラーの間にはひとつの伝説がある。ある配達スタッフが配達中に交通事故に遭い死亡してしまうことがあった。しかし、仲間がやってきて弁当の配達を分担し、いつもより10分遅れで配達は完了したというものだ。

▲運ばれる弁当の缶。蓋に書かれているコードシステムが合理的であるため、人力でもミスや遅配が起こらない。

 

人力管理を可能にした合理的なコードシステム

ダッバーワーラーの中には文字が読めない人もいる。それで正確な配達を可能にしているのが、ダッバー(弁当容器)の上に描かれるコードシステムだ。

中心に描かれる記号は届け先の駅を示し、その上の英文字は発送先の駅を表している。左のAはピックアップするチームを示している。この3つの記号の色がエリアも示している。

右の青い記号は届け先情報だ。やはり青がエリアを示しており、2Ex12は2のチームが配達を担当し、Eはビルの記号で、その12階に届けるというものだ。

つまり、届ける時は、まず届け先コードの色別に仕分け、それから中央の下す駅の記号ごとに仕分けていく。配達チームは自分のチーム番号のものをピックアップし、ビルごとに分けて配達をする。

▲合理的なコードシステム。このコードにすべての情報が集約されている。下す駅を間違えるのは致命的であるため、中央に大きく描かれている点も合理的。文字が読めない人でも覚えられるように配慮されている。

 

EC企業もダッバーワーラーの配達力に注目

中国のフードデリバリー企業はダッバーワーラーに驚嘆をしている。自分たちは最新のITシステムを常に開発し続け、機械学習やAIの最新技術を導入し続けている。それなのに、単純なコードを使っているだけのダッバーワーラーに配達の正確さで勝つことができないのだ。

もちろん、フードデリバリーとダッバーワーラーでは大きな違いがある。フードデリバリーは注文のすべてが突発的に発生するが、ダッバーワーラーは長期にわたって注文が固定をしている。フードデリバリーは調理時間や賞味期限(アイスクリームや冷たいドリンクなど)も考慮に入れる必要がある。

そのような違いはあるものの、インドのEC「Flipkart」は、ダッバーワーラーと提携をし、最後の1kmの配達効率を高めようとしている。ダッバーワーラーの契約者数も都市化、ホワイトカラー人口の増加にともない毎年5%から10%の成長をし続けている。インドは数学やITに強いと言われているが、その秘密はインターネットがない時代からこのような合理的な仕組みを構築できることにあるのかもしれない。